文化祭とその後の一件を終えて、俺は久々に安堵の面持ちで部室にいた。

 

外は曇りで、今にも降り出しそうな気配が窓の表面に張り付いていた。

 

ここにいる全員、もうわざわざ名前を連ねるまでもないが、
俺、朝比奈さん、古泉、長門はまったりと時を過ごしていた。

 

ハルヒはいない。またどこかで何かの企みのために走り回っているんだろうって?
違うな、文字通りハルヒはいないんだ。今、この世界に涼宮ハルヒという存在がいない。

 

団長不在のSOS団団室もとい文芸部部室で、俺は古泉とカードゲームに興じていた。
朝比奈さんは編み物をしているし、長門はまぁ、読書だ。いつも通りさ。

 

なぜ俺や他の面々がハルヒ不在の元こうして落ち着いていられるかというと。
いや、ハルヒがいないほうがもともと部室は落ち着いているのは当然として…。

 

ハルヒがいなくなってしまったのにどうして落ち着いていられるか?
それを説明するには3日前に遡らなくてはならない…。

 

その日も俺たちは同じように時を過ごしていた。
今と違うのは、そこにハルヒもいたことであって、それ以外は
空気や行動も含めてほとんど今と変わらないSOS団的日常が広がっていた。
が、それは一瞬のことで、次の瞬間にハルヒはこうのたまっていた。

 

「この部室、そろそろ寒くてかなわないわね…」

 

そりゃぁそうだ。なんせ暖房器具がないんだ。ストーブのひとつでもあればいいが、
この部活でもなんでもない傍観すれば怪しさの塊でしかない団にそんなものを寄付や進呈
しようという個人、集団、団体があれば、俺はすぐさまそいつかその親玉に
お前の頭は一般人として機能しているかと問うていることだろう。

 

そんなわけもあって、部室を暖める装置は何一つ存在していない。
よってハルヒが騒ぎ出すのも当然である。

 

「キョン、あんた商店街にでも行って、寄付してくれる人がいないかどうか探してきなさいよ!」

 

無茶にも程があるぜハルヒさんよ。
今さらエキセントリックな発言に野暮なツッコミは入れないが、
だからってその命令は漠然としすぎているってものだろう。
せめてもう約束はとりつけてあって、その品をもらう役目を俺に与えるとかな、
そういうはっきりとした使命を持たせてくれよ。

 

それならば俺は胸を張って、とは行かないまでも、
まぁ必要な要件であるし朝比奈さんや長門に行かせるわけにもいかないので、
古泉かどっちかでじゃんけんでもして承ることにしますよ。

 

「まぁ…そう言われればそうだけどさ…」

 

ハルヒは両頬を風船のように膨らませ、ぷいっとそっぽを向いた。
やれやれだ。まぁな。そんな親切な人がそうそういるとも思えないし、
いたとしてもそう都合よく我らSOS団に寄付する事なんて、

 

コンコン

 

ドアのノック音である。
この室内でノック音を聴くなんてのは俺にとってはそうそうない事で、
それはこの中でノックをして部室に入るのが俺くらいだからで、
それゆえに俺は室内で誰かの来訪を告げるそのリズムを聞くことはないのである。
このへんぴな部に来るゲストなど、季節に1人、もしくはひと組くらいだからな。

 

だがそのゲストが来たわけである。
彼は名を笹木氏と言って、現在2年生の書道部員、
家は商店街で電気店を経営しており、彼の両手には身体の3分の1くらいの大きさの箱が…。

 

何となく予想していただけたかもしれないが、まぁ、大体その通りだと思うぜ。

 

「SOS団に寄付をしたいと思ってね」

 

にこやかに笑う上級生、書道部笹木氏はそういってストーブの箱をストンと置いた。

 

「これは僕の家の去年の在庫余りだよ。普通に機能するストーブだから、よかったら使ってくれ」

 

おいおい、何だこの無理矢理別のパートを切り貼りしたような唐突な展開は。
俺は疑念の目で笹木氏を見たあと、長門、古泉、朝比奈さんを続けてみたが、
三者とも夏に喜緑さんがあらわれた時のような来客用フェイス(いや古泉くらいだが)を
テクスチャして、みな笹木氏の方を眺めていた。

 

「ほんと!?助かるわ!!見たかしら、キョン。分かる人には分かるのよ、この団の重要性がね」

 

ほとんど全てを聞き流して俺は笹木氏を見ていた。
特別変わったところはないように見える。そうだな、コンピ研部長がもっと落ち着いたら
こんな感じになっているかもしれない。

 

「えぇ、SOS団でしたか。これまでと今後のさらなる活躍を願って、進呈します」

 

如才ない微笑みは古泉の得意技であったが、笹木氏も負けていなかった。

 

彼はそれだけで帰っていき、特別他に用件があるわけではなかった。
ハルヒは大満足かもしれないが、どう考えてもおかしいだろ?
作り話でもこうはいかないと思うぜ。もしそれで話が進むんなら、
きっとその後に何か裏がある。つまりこの場合だってそうなんじゃないか?

 

「古泉、何か思うところはあるか?」

 

予測どおり何も心配していないような調子で、

 

「いいえ、特に何も。奇特な心の持ち主も中にはいるものですね」

 

とだけ言って、ハルヒが嬉しそうにストーブを取り出す様を眺めている。
朝比奈さんは少し心配げだったが、笹木氏が帰るとまたお茶汲みに戻り、
「あー、お客さんにお茶出すの忘れてましたぁ」と適度にずれた事を言ってくれた。

 

はてさて、こんな事もあるものなのかと無理矢理自分を納得させにかかっていた矢先、
それは例によっていきなり発生した。

 

カチッ

 

ハルヒがストーブの電源を入れたが、どうも接触が悪い。
「あれ?おかしいわね。もう一回!」

 

カチッ

 

まだ点かない。

 

「壊れてるのかしら?新品そのものに見えたけど」
それは同意見だった。ぱっと見には誰かが使った形跡はない。
初めから壊れていたか、保管している間に衝撃が加わったか…
などと考えていると、ハルヒは

 

カチッ

 

「あっれー?」
何やら説明書を取り出し、2秒ほど見たと思ったら
「そっか!しばらくひねりっぱなしにしなきゃいけないんだわ」
なるほどな、と俺が思って息をついたのもつかの間。

 

瞬きひとつした間に、ハルヒが部室から消失した。

 

一瞬、室内の時は止まったと言って差し障りのない状態になった。
丸ごと凍らされて固体になったような、時間などそもそも存在しないような。

 

…でもそれは幻想であって、もちろんその間も時は流れていた。
最初にその静寂を破ったのは俺で、

 

「ハ…ルヒ?…」
「涼宮さん…??」

 

朝比奈さんが後に続き、

 

「…」

 

長門はひたひた歩いてきてストーブの前にしゃがみ込んだ。
「さて、何が起きたのでしょうね」
いやハルヒが消えたんだろ、と脊髄反射的に古泉に返す俺だったが、

 

「それは見てのとおりです。果たして涼宮さんはどこにいったのでしょう」

 

俺が訊きたい。と、何か起きたときに大体そうなる流れによろしく、
俺と古泉は短い前座を終えた。

 

「古泉、お前の仕込みじゃないよな?」
「僕は手品師ではありませんよ。それに、意味もなく涼宮さんをどこかへ
やってしまうような危険を、僕が冒すとお思いですか?」

 

念のため訊いてみたんだ。

 

「朝比奈さんは?どう思いますか?」
「…」

 

長門の中身をコピーしたように無言の天使と化していた。ええい。

 

「長門、何か分かったか?」

 

さっきからずっとしゃがみ込んでストーブを調べていた長門は、

 

「この機械には日数選択式単方向時空転移装置が内臓されている」
「なるほど」

 

言ったのは俺じゃなく古泉だぜ。…まぁ、分かってくれたかもしれんが。

 

「それで涼宮さんは時間跳躍をしたという事ですか」
「時間は飛び越えるものではない、ある点と点をそのまま移動する事」

 

そんな細かい方法論はどうでもいいぜ。俺は長門に質問する。

 

「それで、ハルヒはどこに消えたんだ?」
「具体的日時は不明、でも推測は可能」
「…どういうことだ?」

 

「移動したのは今から数日後。
日数は涼宮ハルヒが直前に取った行動に起因すると思われる」
「というと…」
「ストーブのスイッチでしょうか?」

 

古泉がさらりと言った。この手の話で俺がこいつの先手を取れる日が来るとは思えない。
アナログゲームでこいつが俺の先手を取れないのと同じで。

 

「そう」
長門は言った。まだストーブの方を見つめていたが、立ち上がって

 

「事前入力した数値に比例する日数を移動したと思われる」
とだけ言ってまたするすると自分の椅子に戻って読書を再開する。

 

「いや…長門、問題ないのか?」
「移動できる範囲は長くて十日以内。その程度であれば特別な弊害は発生しない」

 

いやちょっと待て。間にハルヒがいなかったら、家族とか心配するだろう。

 

「部分的情報操作をする」
それならハルヒを未来からここに連れ帰った方がいいんじゃないか?
「それはできない。前に言ったとおりわたしに時間移動の機能は与えられていない」

 

時間移動といえば朝比奈さんであるが…

 

「朝比奈さんはどうですか?いい解決方法とか思い当たりは…」
「そ、そう…ですね…できればいいんですが…涼宮さん本人が対象となると…」

 

確かに。それはハルヒにそういう世界を認めさせてしまうようなものだ。
今回も何とか事後処理で乗り切る必要があるだろう。
いつまでこのパターンで対処できるのが…疑問ではあるが。
この部室で慌てるという行動を与えられるのは俺と朝比奈さんくらいのもので、
今回もまたもれなくその枠の中に入った俺であった。

 

「慌てていてもしょうがないですよ。
たまには涼宮さんがいない日々があってもいいのではないですか?」

 

ちょっと待て、ずいぶんのん気だな古泉。
お前いつかハルヒがいるから世界がいるとか言ってなかったか?

 

「今回は涼宮さんがこの世界から完全に消えたわけではありませんからね。
我々が危惧しているのは、いつかのように閉鎖空間や別の時空に涼宮さんが
行ってしまう場合、もしくは、彼女の命が危険にさらされる場合のふたつです。
このケースは、そのどちらにも当てはまりませんから」

 

こいつは俺を丸め込む時専用の意見をその場で組み立てているんじゃないだろうな。

 

「まぁいい。お前の言い分はもう分かった」
にしてもどうしてこう落ち着いていられるんだろうね。
長門も同じ理由のような気がするが、朝比奈さんは狼狽しまくっていて、
さながら僻地への転勤辞令が出ているのにどうしようもない所帯持ちのようだった。
毎度ながら何か起きるたびに俺以上の困惑を見せていては、
いい加減彼女の精神も持たないのではないだろうか。
朝比奈さん(大)はもうちょっと何かしてあげられないのかね。
彼女にとっては過去でも、俺の朝比奈さんにとっては現在の出来事だ。
こういう朝比奈さんの姿を見るたびに、どこか心が傷む。

 

その後1時間ほど、俺は心ここにあらずな調子で古泉の対戦相手をしていて、
おかげで今日に限って言えばこいつの白星のほうが多いくらいだった。
が、すっかり忘れていた事を思い出して俺は立ち上がると同時に大声を出していた。

 

「笹木氏は何だったんだ!?」

 

ハルヒがすっ飛んだおかげですっかりそれ以前の出来事の記憶が飛んでいたが、
そういやあの時空転移装置とやらを送りつけた笹木氏は何者なんだ?

 

「一般人と考えるには無理がありますね。何らかの集団に属しているか、
あるいはその者と関わりのある何者か、でしょうね」

 

古泉は肩をすくめて「それ以上は推察できかねる」というボディランゲージをした。

 

「思念体の一端末ってことはないのか?」

 

俺は長門にいった、長門は首を2ミリほど横向けて

 

「それはない。わたしたちは互いがインターフェースであればそれを認知できる」

 

とだけ言ってまた呼吸以上に当たりまえな本読みに戻る。
やれやれ、どうやら今はこれ以上の情報は得られそうにない。

 

「朝比奈さん、すいません。お茶のお代わりをいただけますか」

 

朝比奈さんはたった今魂を詰め込まれたかのようにはっと顔を上げ、
「はっ、はい!ただいま!」
と言ってヤカンの方へ振り向いた。

 

結論から言ってしまうと、ここからの3日間には何かが足りなかった。
3日という数字は、長門がその後数日の自分と同期して分かったことだ。

 

足りないものがハルヒだと言い切ってしまえばそれはその通りで、
ハルヒがいない事でこの室内の空気に大きな風穴が空いてしまったような。
長門が時空転移機能を取り除き、何の変哲もなくなった暖房器具はあっても、
それで温まらない部分が確かにあるのだった。

 

そんなわけで冒頭落ち着いていたと言ったが、どちらかと言えば
冷めていたと言えるかも知れない。
SOS団のエンジンがなくなっているんだからなぁ。無理もないぜ。

 

俺が本当の意味で落ち着くには、ハルヒがいて、いつまた無理難題をふっかけるか
わからないという状況のもとで古泉や朝比奈さん、長門とまったり時を過ごす。
と、そういう状態になって初めて俺は安らぎを得れるんだな。
あいつは文芸部部室という小さな星系における太陽なんだな。
同時に台風の目なわけだが…。
確かに凄まじい突風や暴風雨を発生させるけどな、雲の上みたいに
凪いで何にもない状態になったら、それこそ退屈以外の何物でもないぜ。

 

変化を望んでいたのがそもそもの俺のルーツ、とは借り物のようなセリフだけどな。
まさしくその通りなんだよ。

 

だから、これから数分の後にきょとんとして現れるだろうハルヒに、
俺はそれまで何もなかったかのような表情をしていられるか自信はないぜ。
3日の時間のずれを説明しとおせるかも謎だがそのへんは古泉に任せよう。

 

外を見ると停滞していた雨雲から雨が降り、パラパラと安普請の窓を打った。

 

仮に何が起こっていたか分かっていたってハルヒはただいまなんて言わないだろう。
「やっほー!楽しかったぁ」とか、絶叫マシンに喜ぶような反応を見せるかもしれんな。
もちろん事情を知る由なんてものはないわけで、今言ったようなアクションは俺の
妄想でしかないが。戻ってくるハルヒに、きっと俺は安堵するだろう。

 

この短い日々のどの瞬間より…な。

 

おわり

|