空耳ではない。
どこかで、確かに、
「・・・ごめんなさい」
と、言う長門の声を。







俺は、聞いたんだ。








長門邸、深夜2時。



草木も眠る丑三つ時とはよく言ったもので、それはこの情報統合思念体によって作られたヒューマノイドインターフェースとやらにも当てはまるらしい。
ベッドで寝ている長門の寝顔は、普段起きているときとは違ってそりゃあもう安らかなものであった。・・・というか、こいつ、寝ているときの方が表情豊かじゃないのか?
ん・・・?なんかむにゃむにゃ言ってるぞ。
寝言というのは深層心理の表れだと、かのフロイト先生も申されている。
普段無口な長門だからこそ、だ。
俺の中で寝言を聞いてみたい人物をランキング付けするならば、この長門こそ1位を取るに相応しい人物といえよう。






……え?2位以下は誰だって?
どこかのとっても可愛らしい未来人の言葉を借用するようで申し訳ないが、それは禁則事項とさせて頂く。
断じて、俺はあの我侭な団長の本音や深層心理など知りたくは無いッ!
まあとにかく、今はこいつの寝言に耳をそばだてるとする。・・・なになに・・・ん、キョだって?まさか俺か?




「巨乳・・・朝比奈みくる・・・」




……長門よ。スマン。聞かなかったことにしておく。ごゆっくり!




ああなんて卑しいことをしているんだ俺よ!
安らかな長門の寝顔を見るだけで十分じゃないか。・・・可愛い。さすが谷口がAマイナーまで推すことはある。
俺はずっと長門の寝顔を眺めていた。あのとき、アイツが来るまで、ずっと。





何の前触れも無かった。
不意に寝込みに身の危険を感じた小動物のごとく飛び起きた長門は、突然こっちを向いた!
驚いて声も出せない、と言った表情で、こっちを見ている。
仮にも、女の子の寝室に忍び込んだのを、見つかった。それも深夜に。
この状況。どう見ても、誤解しないでくれと言う方が、おかしい。
俺は、一秒で、無い頭を人生で一番必死に働かせ謝罪の言葉を考え、覚悟を決めて、長門の目を見た!



「なが―」



言いかけた俺は、長門の目を見て、はっとした。
長門は、俺ではなく、後ろの方を凝視していたのだ。




長門の視線の先には―――


アイツが立っていた。




俺は、驚いて、長門に何を言おうとしたのかを、すっかり忘れてしまった。




「久しぶりね、有希ちゃん。」







朝倉涼子。俺を2回も殺そうとしたその人、いや宇宙人である。
俺をまた殺しに来たのか?いや違う。それならば、俺にも用があるのなら、『久しぶりね、長門、キョン君』とかいうであろう。
何だ、何がしたい朝倉!!!答えろ!!答えてくれ!!




「用件は」



「有希ちゃんにしては珍しく愚問ね」



「あなたを消しにきたの。」



二人は俺のことなど気にも留めないように会話を進める。無視かよ、無視すんな!!



「この国の言葉では。」
朝倉は続けた。
「将を射んとすればまず馬を射よって言うでしょう?」
「今度は、まず邪魔なあなたを消してから、そのあとゆっくりキョン君を料理するの。」



マジかよ、やっぱ俺か。ん?俺はそばに居るぞ?そもそも、俺はこんな深夜に、何たって長門の家に居るんだ?



次々に沸いて来る矛盾や疑問をほったらかしにして、二人の会話は進められた。







俺がふと回りを見ると、既にここは、長門の寝室などでは無かった。
いつぞやの情報制御空間特有の、歪んだ、金属光沢の壁。すっかり違う場所の様であった。



「させない。」



「ふふ、やってみる?」



そう言い終ったが早いか、よくある時代劇の侍の切りあいのようなかっこうで、二人の位置と向きは入れ替わっていた。



そして。
崩れ落ちたのは、なんと長門のほうであった。上体と下体を真っ二つに分断された長門の姿は、さすがに一般人の俺から見ても、もうダメだと感じた。



「さすがのオリジナルさんも、部屋も空気も敵だと、ダメだったようね。ここまで準備するのには、とっても骨が折れたわ。」



「わたしは・・・キョンを・・・世界を・・・まもる」



「うん。有希ちゃんは頑張り屋さんだったもんね。でもね、もういいのよ。」
「バイバイ。」




長門おおおおおおおおおおオオオオオオォ―!!!!!!!!!!!!!!!



刃と化した朝倉の右腕が、長門の胸を貫いた。







「起きて・・・」
「起きて・・・」




気がつくと、そこはいつもの文芸部室もとい、今やスペシャリストの巣窟と化している我がSOS団の部室だった。起こしてくれたのは、今まで朝倉と死闘を演じていたはずの、長門であった。



何だよ・・・夢だったんじゃねえか。
やれやれ。とんでもないトラウマを抱えちまったもんだぜ。



こんな時には、朝比奈さんの笑顔が一番の特効薬なのだが、生憎部室には朝比奈さんどころか、ハルヒ、それからあのニヤケ顔ももいないようで、俺は今、長門と2人きりである。
いや、こんな夢だ。長門に話すべきであろう。もちろん、夢のなかで聞いた寝言などの前半部分は割愛して。



「長門。」
「ちょっと聞いてくれないか。」
「今とんでもない夢を見たよ。」



「違う。」
「夢ではない。現実。」
「夢と呼ばれるのは、今いる、この世界。および、今あなたが見ていた、現実の映像。」



??




長門の言ったことを俺は瞬時に理解できなかったが、嫌な予感だけは、なんとなく感じていた。





長門はさらに話を続けた。



「私はあなたの期待に沿う事ができなかった。」



「どういうことだ?」



「午前2時48分19秒、朝倉は私という存在を、この世から抹消した。」
「どうやらもう、私には、あなたを守ることはできないようだ。だから、あなたの夢を利用して、私に残された最後の力で、あなたに真実を伝えた。」



相変わらず断片的にしか話さないやつである。
しかし俺は、どうにか長門の言葉を5回位ずつ反芻し、一つの答えに辿り着いた。
そして、それは、考えうる最悪のケースだった。



「つまり、今いるここは、俺の夢の中。さっきのは俺の夢の中で見た夢としての、現実の出来事、って言うことか?」



違うと言ってほしかった。
だが長門の口から発せられた言葉は、俺がもっとも聞きたくない一言だった。






「そう。」







信じたく、なかった。



「ごめんなさい。」



謝るな!行くな!長門!



「待ってくれ!!」



「生きて。」 



長門は最後にそう言い残すと、暗闇へと消え、俺は何かの力によって後ろへ、光の刺すほうへ吸い込まれるように引っ張られていった。








……眩しい……。……五月蝿い……。




「・・・君?」









「キョンくーん!!」








いつもの妹の声。いつもは五月蝿く感じるこの声も、今日はありがたいと感じる。



なんだ、やっぱり、夢じゃねえか。




やはり単なる悪夢だったのさ。やはり、朝倉に襲われたときの記憶が、トラウマになっているのかもしれないな。
そう。きっとそうだ。いつもどおりに学校へ通学して、いつもどおり放課後に部活に顔を出せば、myスウィートエンジェルの朝比奈さんの笑顔。
ブスッとしているかやけにゴキゲンかのハルヒの顔。
何を考えているか分からん古泉のニヤケ顔。
それから、いつもどおり隅でひっそりと読書に没頭している長門に会える。
そうだ、そうに違いない!



「キョン君、ご飯は―?」



「ごめん!先行く!!」



朝飯も食わず、妹も置いていき、俺は学校に着くまでのハイキングコースを、いつもの5割増しのスピードで駆け抜けることによって、俺はなんとか平静を保ちながら俺は学校に到着した。




学校に着くと、俺は自分の教室へ行くよりも先に長門の教室へと足を急いだ。・・・いない。あと10分で朝のHRが始まるというのに。
部室は普段、朝は鍵がかかっている。しかし。俺は、部室へと急いだ。



やはり部室は鍵がかかっていた。



どこだ、どこへ行っちまったんだ長門よ。嘘だ。夢だよな長門?嘘だ。中から鍵をかけているに違いない。居るはずだ!そうに違いない!畜生!そうであってくれ!!



「長門!長門!いるんだろ!ここを開けてくれ!!」俺は叫びながら、まるで独房に閉じ込められた凶悪犯のようにドアを手の痛みが無くなってもなお叩き続けた。
俺が後ろから団長様に呼び止められて我に返るまで、どれくらいそうしていただろうか。



「まったく。教室にいないと思ったら。・・・アンタこんなとこでなにやってんの?部室に用があるんなら、今日の鍵当番のアタシに言いなさいよね」



そうだ。そうだった。今日は部室の鍵当番はコイツだった。



「あ・・・ああ、すまない。」



俺はハルヒから鍵を受け取り、祈るような気持ちで、ドアを開けた。



そして――




――そこには、誰も居なかった。――





本当は、分かっていたんだ。只の現実逃避、自己欺瞞だなんて。





「キョン・・・?」
「どうしたの、そんなマヌケ面しちゃって。何かここに用があったんでしょ?」



「あ・・・ああ、すまない。俺の勘違いだ。」



「変なキョン」



どうやらハルヒには聞かれてはいなかったらしい。俺は適当なことを言って、教室に戻った。
それから、部活までの時間、俺は授業の間中、ずっと今日見た夢と、長門がいない現実と、これからの俺の未来について頭を巡らしていた。
結局のところ、長門が消えた今、頼れるのはニヤケ顔の自称エスパー野朗しかいないのは分かってはいるのだが。



「・・・ちょっと。キョン?」







「・・・ねえキョンったら!当てられてるわよ!!」



「え!」



後ろからハルヒの声。どうやら当てられちまったらしい。
前を見ると、教師が黒板を指差して、こっちをにらみつけている。
こんなとき、答えられる解答なんてものは一つだろう。



「はい。わ、わかりません!」



教室から笑いが漏れ、教師はしかめっ面をしている。



「全く。期末試験から、1点引くからな!!!じゃあ、次!谷口!答えは?」



「え!俺っすか?えーと・・・」



「もう・・・しっかりしなさいよね。」ハルヒが溜息をつく。



授業など聞いちゃいられない。
この高校に来てから様々な事件に巻き込まれて、俺はちょっとやそっとのことでは動じなくなっていたのだが、流石に今回ばかりは、他に何かを考えられる程の余裕など有りはしなかった。
おそらく雀の涙ほどになるであろう俺の期末考査の点数からさらに何点ほどマイナスされたかなどという問題は、もはやどうでも良くなっていた。





「起立、礼-」



「さぁキョン、部室に行くわよ、ってコラ!団長を置いていったら死刑だって言ってるでしょ!!・・・って聞きなさいよ!!」



日直の号令とともに、俺の脚は古泉の教室へと全速力で向かっていった。後ろの席のあいつが何か言っていたが、スマン。ハルヒよ。今はそれどころじゃないんだ。



「起立-礼-」




俺が小泉の教室に到着したとき、ヤツのクラスは丁度HRが終わるところであった。
その教室から一番に、普段は終始ニヤケ面でマイペースなヤツが、鋭い目をして―まあこいつは普段のニヤケ顔でも、大抵は何かよからぬことを考えている奴ではあるが。
そんな奴が飛び出してきたときは、改めて事態の深刻さを肌で感じたものである。



「キョン君」
「古泉」



お互い、言わんとしていることはわかっている。



話が-
「ある。」
「あります。」





「こちらへ。」


そう言って古泉が連れてきた場所は、中庭だった。
「僕のところへ急いできたということは――――」
急いで来ただって?だがな、古泉。お前もずいぶん焦っているように見えたぞ。ひとつ言わせてもらおう、とも思ったが、それは断念し、代わりに俺はやつの話を遮るようにこう言った。
「ああ、知ってる。」



「長門が・・・朝倉に消された、だろ?」



「・・・話が早い。その通りです。そして・・・」



「そしてあいつは、今度は俺の命を狙っている。・・・だろ、古泉?」



「そこまでご存知でしたか。」



「本人から直接伝えられたからな。あれが情報思念体とやらの力のひとつなんだろうな。」



「では用件だけ手短に話します。」




「キョン君。これより朝倉涼子を排除するまでの期間、あなたは我々の組織が、全力を持ってお守りします。」
「もちろん、通学することは出来ますが、しばらく、自宅へは戻れないと思われますので、ご家族には、お話をつけておいてください。」



「朝倉を排除するって、出来るのか?」



「ええ、組織の最高実力者たちが、この件に関しては担当することが決まりました。」
「もちろん、僕一人では無理でしょうが。」



「・・・そうか。すまない。」



「涼宮さんにとって近しいあなたの死は、世界の崩壊を招く恐れがありますからね。」



正直、これは俺にとってとても有難い申し出であった。こいつらに見捨てられたら、俺はこれからずっといつ殺されるかわからぬ不幸な赤子同然だ。



まて・・・赤子?
それって、ただの足手まといってことじゃないのか。
それって、問題の中心は俺なのに俺は指を咥えて見ているしか無いってのか?
長門は?長門はどうなるんだ?
俺を何度も助けてくれた長門に、俺は何もしてやれないってのか?



「・・・古泉。」



「何ですか?話も終わりましたし、そろそろ部活へ行かないと閉鎖空間が発生する恐れがありますよ?」




まだだ、まだ終わってねえよ。







「・・・俺に、何か出来ることはないのか?」



「・・・何もありませんね。」



「この件が落ち着くまで、あなたは、我々の用意した行動、場所に従っていてください。お願いします。」



「・・・そうか。それから―」



俺は声を荒げていた―



「長門有希のことでしたら、助けられる可能性は極めて少ない、と思われます。あちらの組織が、また彼女を創ったりしない限りはね。」



「さあ。とりあえず今は部活へ行きましょう。涼宮さんのご機嫌が悪くならないうちに、ね。」
「親御さんには、部活のあとで話をつけてきてください。」



一瞬、古泉の目が鋭く光ったのを俺は見逃さなかった。まるで、『お前には無理だから』と拒絶しているかのような、あの目を。




そうだ、俺には、理解不可能な文明の力も、時空を超える力も、ましてや超能力なんかもない。






 俺は、‘ただの‘、人間なんだ。








「ちょっとキョン!?遅かったじゃないの!!」
「有希も先生に聞いたら今日は休みだって言うし、みくるちゃんも今日は追試で来られないっていうし、あーまったく、うちの連中ときたら!」



我らが団長様は、放課後長い間一人で退屈していたのがどうにも気に食わなかったらしく、虫の居所が悪いようだった。



「僕もバイトがありますので、すぐに失礼します。」



オイ古泉。今か?今出来た仕事だな?我らが団長様の不機嫌によって出来た、出来立てホカホカのやつだな?



「古泉君まで?」
「あ~分かったわよ。今日は休み。さ、行くわよ、キョン。」



「どこに?」



「有希の家よ。あの子、携帯にかけても、通じなかったんだから。」



正直、行きたくなかった。傷が抉られる思いをするのは、分かっていた。だが、結局俺はハルヒと、長門の『お見舞い』に行くことにした。
何かつかめるかもしれない、という、希望を込めて。
俺に出来る事と言えば、多分これ位だろうからな。





マンションの場所は、前に来たことがある。もっとも、前回は朝倉の件だったが。
長門と朝倉という、2人の宇宙人が住んでいたマンションの場所なんてのを忘れるやつはいないだろう。もしいたら俺がお勧めの病院を紹介する。
入り方もバッチリだ。コソドロみたいな方法ではあるが。
そうして、俺たちは長門の部屋の前に着いた。



「ちょっと、有希~?あたしだけど!?お見舞いに来たわよ~。」



インターホンを鳴らしても反応がないからって、ドアの前で騒ぐ団長様。いや、やめろって!恥かしい!



「んもう。誰もいないのかしら・・・あら、開いてるじゃない。」



ドアを開けて中に入る団長様。これが普通の人の家なら、俺もすぐにハルヒを止めていたであろう。
だが、長門が一人暮らしなのを、俺は知っている。この部屋に今誰もいないことを、今現在俺はこの世界で、誰よりも知っている。



俺はハルヒと一緒に、部屋に入った。




それから一部屋、一部屋、ハルヒと俺は見て回ったが、特に目を引くものも無く、残るはこの寝室のみとなった。
そこには、夢の中で長門が着ていたのと同じ床に放り出されたパジャマと、ハルヒの着信履歴でいっぱいの携帯電話がベッドの脇にあった。長門がここで朝倉に殺されたことは俺には容易に想像が出来た。



百聞は一見に如かずとはよくいったもので。
長門が消えた。この現実を今日何度も耳で聞かされてはいたものの、実際に見るとより一層、俺は胸が押しつぶされる思いがした。



それを見て俺は必死に、胸の奥から湧き上がる感情を抑えていた。
同じ光景を見て、

「脱ぎっぱなしで開けっ放し、ねえ。有希って意外とだらしないわね。」

と言ったハルヒに対して、俺は何もつっこむことが出来なかった。



他に大して目ぼしいものもなかったのか、ハルヒは最後に、


「それにしてもどうしちゃったのかしら。アタシに心配かけさせるなんて。次の部活は罰ゲームね。」

どうやらこいつなりの、心配の言葉らしい。


そう言い、俺の手を取り、さっさと部屋を後にしようと、引っ張った―


その時だった。


別に、ハルヒが力いっぱい引っ張ったからじゃない。それとは別系統の痛み、そうだな、例えば


―眼球を紙かなんかで切ったような―


鋭い痛みがしたんだ。


俺の動きが止まり、体ごとハルヒに引っ張られるまでのほんの一瞬だが、俺の意識は確かにどこか別の場所にあった。



「・・・キョン!コラ!」

「ちょっと!?歩きなさいよ!」


「・・・ん?あれ?痛くない。」


気付いた時には、痛みはアスファルトに初めに降りた粉雪のように、溶けて消えていた。


「何言ってんの?ほら、さっさと出るわよ。」


「ああ、すまない。」


・・・今のは気のせい、だったんだろうか?疲れてるんだな、きっと。

俺は、ハルヒに言われるまま、長門の部屋を後にした。


「いい!?明日も有希が来なかったら、お見舞いだからね!」のハルヒの捨て台詞を最後に、
俺たちはそれぞれの帰路に着いた。



太陽がオレンジ色になり、もうすぐ沈んで、暗くなりそうだ。影が一番延びている時間帯―
そう、以前、朝倉に、呼び出されたあの時間に、それはよく似ていた。






家まであと10分くらいの場所にあいつは立っていた。
夕日に照らされた奴の顔は、悔しいが、いつも以上に美青年だった。



「部活は終わったようですね。」



「おう。」
「バイトはどうだった?」



「今日のは楽でした。彼女のイライラも、幸い、たいした量じゃなかったですしね。」
「親御さんの許可が取れ次第、あなたは我々機関がお守りします。」
「なあに、うちの機関のトップにかかれば、2,3日もあれば日常に戻れますよ。」
「・・・家まで、お供します。」



「ああ、頼む。」



こいつが未だ嘗てこんなにも頼もしく見えたことがあっただろうか。
アメリカの映画なんかでよくある、危機を共にした2人がくっつく、なんてのは、こんな感じなんだろう。





「ああそうだ。」
「拘束期間中は、僕と同じ部屋ですから。」



そう言って古泉は、にやりと笑った。



おっと、さっきの表現はいささか悪かったようだな。すまない。訂正する。溺れる者は藁をも掴む、だ。



「やめろ、百歩譲って同じ部屋はまだ良い。だが笑うな。気色悪い。」



「ははは、冗談です。」



もう一度前言を撤回させて頂く。やっぱり藁のほうがいい。



「行かせない。」



「ん?古泉何か言ったか?」



「いえ、何も。キョン君こそ何か?」



「・・・・・・・・いや、俺が悪かった。」



「・・・そのようですね。」



俺達はふと目の前にある影が、3本であることに気付き、足を止めた。






「・・・なあ古泉?お前のとこ、時間外勤務手当てって通常の給料の何割り増しなんだ?」



「・・・相手によりますね。それを、頭数で等分します。」




「じゃあ、あれは?」



「一時間で。」
「僕の普段の給料では一ヶ月は働かなくて済むでしょうかね。」



「じゃあ、今度ボードゲームのツケを少し色をつけて払っていただこうかねぇ。」



「ええ、喜んで。」
「この仕事が、無事に終われば、の話ですが。」



そう言ってから、俺たちの前の地面に映った、長い髪の、うちの高校の女子の制服を着た、影の主を、俺たちは振り返った。







振り返ると、そこはいつもの見慣れた道などではなく、いつぞやの、カマドウマ事件の時のような、砂漠地帯が広がっていた。



「朝倉!」



「ふふ、久しぶりね、キョン君。あ、昨日も姿だけは見たはずだから違うか。・・・有希ちゃんの最後の力で。」



「長門をどこへ遣った?」



「言ったでしょ。『最後の力』って。あの子は消えちゃったの。私の力でね。」



「そちらは・・・転入生の、古泉君だっけ?巻き添えになっちゃうけど、ゴメンネ、恨むなら・・・うーん・・・」
「そうね、やっぱり、恨みっこなしね。」



「まずいですね・・・ボク1人では到底、朝倉涼子には勝てそうにありません。」



「ハッキリ言うな。」
「それにな、古泉。」



「ハイ。何でしょうか。」



「一人じゃないかもしれないぜ。」



「キョン君・・・その腕の赤い光は・・・」



(そういうことだ。)



「ええ、いきましょう。」
一瞬だけ、古泉が、笑った。





「最後の別れは終わった?」
「じゃ、死んで。」



一瞬だけ、不意に体の自由が利かなくなったかと思うと、朝倉はいつか俺に教室で襲い掛かったときのように、ナイフを持って古泉目掛けて突進した。俺は不覚にも、目を一瞬閉じてしまった。



何かがぶつかる音がした。



目を開けた次の瞬間、遠くのほうに致命傷とはいえないものの、確かにダメージを負った朝倉がいた。宇宙人相手でも結構効くもんだな。



「どうして?閉鎖空間外ではあなたはただの生身の人間でしょう?何故動けるの?」



「それは違います。」
「実は以前、情報思念体によって創り出された空間に閉じ込められたことがありましてね。」


「超能力がそこでも使えるってのは、実証済みってわけだ、朝倉。」



「・・・そういうことです。」


まあ、威力は閉鎖空間の10分の1だが。



「そっかあ。じゃあ、少しは楽しめそうね。まずは厄介な君からかな。」



「それは、どうでしょうか?」








古泉は持てる限りの力を尽くして戦ったと思う。だが、古泉の力は、あのとき俺を守ってくれた長門の力よりずっと弱く、時が進むにつれ疲弊していったのは俺の目にも明らかであった。



「キョン・・・君、に手出しは・・・させません」




「あらあら。もう力ものこってないのにまだ向かってくるなんて。」
「あなたも、有希ちゃんと同じで頑張り屋さんね。」
「お疲れ様。」
「最後は、一突きで楽にしてあげるね」



「止めろ!朝倉!!!」
俺は咄嗟に、奴の左手を掴んだが、人間と、宇宙人の力の差は歴然で、びくともしなかった。



「待たせちゃってごめんね。」
「次はようやく君の番だから、ね。」



そう言って、朝倉は、俺の目の前で、右手で古泉の胸倉をつかんで持ち上げると、俺の手が纏われたままの左手で、古泉の腹をナイフでぶすりと一突きにした。







「今です・・・キョン・・・くん」






「朝倉あああアアアア!!!!」



俺はありったけの力を込めて、至近距離から、今さっき得たばかりの超能力とやらを目の前の宇宙人にぶちかました。
手ごたえ、あり。というか、これで駄目なら、もうお手上げだったのだが。まさしく、最後の賭け、であった。



「ふふ・・・まさか涼宮ハルヒが、キョン君まで超能力者にしていたなんてね。」



「今さっき得たばかりだ。おそらく、ハルヒが長門に戻ってきてほしいと願って、俺に持たせた力なんだろうな。」



「そう・・・有希ちゃんは人気者だったのね。」
「私と比べるにはまだまだだったけど。」



「俺はお前より長門派だ。」



「そう、残念ね。」
「また、遭おうね。バイバイ。」



そう言い残し、次の瞬間、朝倉は砂のように溶けていき、古泉はその場に倒れこんだ。




「古泉!!おい古泉!!しっかりしろ!!!」






「やり・・・ましたね・・・キョン君・・・僕の・・・バイトの・・・いい跡継ぎが・・・出来て・・・安心・・・しました・・・」



「バカヤロウ!!死ぬな!!絶対だ!!こんなところで、俺なんかに看取られていいのかよ!!」



「・・・それも・・・いいかも・・・しれま・・・せ・・・・・ん・・・・」



「喋るな!もうすぐ救急車を呼んでやるからな!!!オイ!しっかりしろ!」
古泉の腹部からは、今も大量の血が流れ出ていて、言葉も見る見るうちにぼけてきていた。
畜生!!ハルヒ!!長門を、いや、団員を助けるために俺に持たせた超能力だろ!?
古泉なら死んだって良いってのかよ!!このままじゃ、何も変わらないじゃないかよ!
ここでこいつを助けられなかったら、何のためのチカラなんだよ!
俺は無力のままじゃねえか!!
畜生・・・!畜生・・・!!!
気がつくと、俺は大粒の涙を流して叫び続けていた。
だれでもいい!!こいつを助けてやってくれ!!



そのとき。
「!&#$%&‘$“」



!?
後ろで、どこの言葉だろう、不思議な言葉が聞こえた。
この声の主は―







振り向くと、そこには長門が立っていた。



「どいて。」
「古泉一樹の再構成を開始する。」



長門は、俺の腕から古泉をひったくると古泉の腹部に手を当てた。



「長門・・・無事だったんだな!!」



「話は、後。」
「今は彼の再構成が第一の優先事項。」



「うむ。すまん。」



長門が古泉の回復をしている間に、暫くその場にへたり込んで心を落ち着けた俺は、ある事に気づいた。
そして、そっと長門にブレザーをかけてやった。



「長門」



「なに」



「服の再構成も、忘れんなよ。」



長門は顔を赤らめて、こちらを見ることなく、コクリとうなずいた。
長門さん、正直、それ、たまりません・・・・
気を失っている古泉に見せてやれないのがまことに残念であった。





それから長門は優先事項を順番にこなしていき、そのすべてが終わるまでにはそこまで時間はかからなかった。
古泉も何とか立てるくらいにまで回復し、俺たち宇宙人と超能力少年2人の3人組みは、砂漠で、つかの間の会話を楽しんだ。



「長門。」


「なに」


「ハルヒがとっても心配してたぞ。謝っておけよ。」


「わかった」


「それにしても、長門さん。」


「なに」


「よく、生きておいでになられました。」


「朝倉涼子は私に憧れを抱いていた。」
「だから、私という存在を、抹消せずに、自分の一部として私の思念を体の中に閉じ込めた。」
「それが、理由」


「なるほど」



相変わらず難しい説明である。古泉は、理解できているのだろうか?



「そして。」



ん?長門にしてはよく喋るな。
「私も朝倉涼子にまた、少なからず憧れがあった。そして。少しだけだが、それを学習できた。」



「何をだ?」




「・・・ありがとう。二人とも。」



あのときの寝顔のような、安らかな顔で、長門が―
笑って、そう言った。
「それ」が何なのかは、この長門を見れば、一目瞭然であろう。




「帰りましょうか。」
「そうだな。」
「うん。」



じゃあ長門、頼んだぞ。





「空間の再構成を開始する。」







翌日。


昨日の疲れからか、全ての授業を睡眠タイムとし、放課後、真っ先に部室に向かった俺は、一瞬、言葉を失った。
ドアを開けると、皆、黙っていたのだ。
奥の団長机の前に、ハルヒと長門が立っている。それをオセロをしている朝比奈さんと古泉がその光景を見守る。そんな格好で、部室は静寂に包まれていた。
別に見世物じゃない。そんな表情で、ハルヒはこちらを一瞥したものの、あいつなりの団長の面子だろうか。そのまま話を切り出した。



「で、話って?」



「その・・・」
「心配かけてごめんなさい」



そう言った、長門の表情は、本当に申し訳なさそうだった。長門のそんな表情を見るのは、「あの」団長消失事件以来、間違いなく、初めてのことだった。
ハルヒはとても驚いた顔をしていた。いや、昨日のことがなければ、俺だってびっくり仰天だ。
朝比奈さんなんか、対局中の石を落としてしまい、盤の石の大半を白から黒にひっくり返してしまっている。そんなことにも気付いてない様子だ。
喜べ、古泉。久しぶりに勝てそうだぞ。




ハルヒはその顔をまじまじと見てから―多分、最初の数秒は、単に呆気にとられて混乱していただけだと思われるが―



「うん、まあ、良いわ。今回は事情も事情だったしね。」
「以後気をつけること!」



あっさりと許したのであった。



「あの、それだけ?」


今度は長門が意外、といった顔をして、言った。



「え?」



「その、罰とか。」



それを聞いたハルヒは
突然笑い出したのであった。





「・・・ククク・・・あ~っはっはっ!!」
あの~、ハルヒさん?ご機嫌なところ申し訳ないが、それはうちの名誉顧問の専売特許ですよ?
「私もそこまで鬼じゃないわよ。」
「それにしても有希、なんか変わった?」



「そんなことない。」



「うーん、なんか、良くなった気がするんだけど。」



「・・・ありがと。」



そっちのほうが可愛いと思うぞ、長門。






「・・・ところで古泉?」
俺は朝比奈さんとのオセロに久しぶりに勝って,いつもより更ににやにやしている古泉に話しかけた。



「はい?」



「2つばかり、質問がある。」



「1つ目。あのな・・・今月厳しくてさ!俺も折角働けるようになったんだし、早速、バイトを紹介してくれないかな、なんて・・・」



「ああ、それでしたら。」
「あのあと、失礼ながらあなたのことを調べさせてもらったところ、驚きましたよ。」



「なんだ。あまり聞きたくないが言ってみろ。」



「実はですね。」



古泉はにやりと笑って耳打ちしてきた。





(あなたの力が消失してしまっていたのです)
(なんだって!)



俺はもう少しで叫びだしてしまいそうだった。
朝比奈さんをおもちゃにしているハルヒには気付かれなかったものの、本を読んでいた長門の体は一瞬ピクついて、反応を示した。やれやれ。危なかったぜ。



(つまり、俺は普通の人間に戻っちまったってことか?)
(ええ。そのとおり。)
(・・・・・・・)



俺はバイトが出来なくなって自分の今後の財政の見通しが、今の日本並みに危ういことを嘆くべきなのか、普通の人間に戻れたことを喜ぶべきなのか、なんとも複雑な気持ちになった。



(おそらく。)



なんだ。下手にフォローされると落胆するぞ。特にお前のフォローはな。



(涼宮さんが、あなたには、やはり普通の人であってほしいと望んだからなのでしょう。)
(何でまたハルヒはそんなことをしたんだ?)



(それは、あなたが彼女に選ばれ―)



俺は古泉から顔を遠ざけ、はいはい、分かった分かった、というジェスチャーをした。
古泉は俺の顔を見てから、からかうように含み笑いをした。
決めた。俺はもう一生、こいつのために涙など流すまい。





「じゃあ2つ目だ。長門の欠席理由なんだが?」



「それでしたら僕から涼宮さんに、幼馴染の葬式だったと言っておきました。嘘ではないでしょう?」



「・・・確かにな。」



俺にも古泉の含み笑いが移ってしまった。




……こうして。



俺(と古泉)は長門を取り戻し、代わりに一度は得た超能力を失い、普通の高校生として、普段の生活を取り戻したのである。でもちょっと残念だったなあ・・・。



そんなことを思いながら、ふと長門の方を見た。
長門も、こちらの様子が気になっていたのか、こちらを見ていた。


そして―


少し笑って、手を振った。





………まあ、これでよかったのかも知れないな。



朝比奈さんの嬉し泣きと、
古泉のニヤケ顔。
長門の笑顔と、
それから、
とびきり上機嫌のハルヒを見ながら、
これからの毎日がこうであることを願いつつ、俺はそう思った。





「朝倉涼子の逆襲」 完



|