オレが現実に戻ってから3ヶ月あまりが過ぎた。未だクラスにはなじめなかったが、
とくにいじめに遭うこともなく、それなりに平和な毎日が続いた。
しかし、季節が春の訪れを感じさせるようになると
オレは今までにない寂しさを感じるようになっていた。

キョン「あと少しでこのクラスともお別れか・・・結局あれからハルヒとは
   しゃべらずじまいだったな。クラスが変われば、二度と話す機会もないんだろうな」

現実では、ハルヒはクラスの人気者だった。
頭がいい上にスポーツ万能、さらにとびきりの美人とくれば、
魅力を感じないほうがどうかしている。
SOS団という幻想が消え去った今、オレはハルヒを遠くから眺めているだけになった。

どうやら話を聞くところによると、オレは病んでた間ハルヒに対して、度を越した
つきまとい方をしていたらしい。
文芸部部室に押しかけたり、休日には彼女の後をつけまわしたり、帰りに待ち伏せしたりと、
オレは穴があったら掘り進んでマントルに焼き殺されたいくらいの心境だった。

クラスでオレと話してくれるのは委員長の朝倉と、谷口国木田コンビしかいない。
よくよく思い出せば、谷口は積極的にオレの陰口を叩いていたような気がするんだが、
オレが病んでいたと知ってからはやけに親切にしてくれる。
実はいいヤツだったんだな、谷口。ハルヒだったらSOS団の副副副団長ぐらいには
してくれるかもしれんな。
…また思い出しちまったよ。オレが今まで生きてきた中で一番楽しい思い出…
いや、たぶんこれからも含めて一番楽しい思い出になるんだろう。

不意に涙が流れた。オレはまだあの幻想に未練たっぷりらしいな。
SOS団のことを考えると、いまだに心が痛む。呼吸が浅くなり、目頭が熱くなってくる。
まるでナイフで切り裂かれているようだ。また頭がおかしくなっちまいそうだ。

…もう母さんに心配をかけるわけにはいかない。これからはできるだけ地味に生きていくんだ。
下らないことは考えずに、頑張って勉強して、いい大学を目指そう。
そもそも事の発端は、オレが不相応にハルヒを好きになってしまったのがいけないんだ。
クラス替えになればハルヒを見る機会も減るだろう。それまでの辛抱だ。

ある昼休み、谷口が深刻そうな面持ちでオレのところまで来た。

谷口「おいキョン。学期末試験のヤマ張ってくれよ。オレが無事進級できるようにさ」
キョン「ヤマ張るのはいいが自己責任だぞ。留年してもうらむなよ」
谷口「アホか、最後まで責任を持って面倒みてもらうぞ」
キョン「ならお断りだ」

現実に戻ってからの数ヶ月間、オレはわき目もふらずに勉強した。あの幻想を振り払うためなら
なんでもよかった。たまたまその対象が学業になったというだけのことだ。
おかげで2学期末の試験では、学年上位20位以内にランクインという成果を挙げた。

そういや谷口は、試験前に限って妙に親切になる。もしかしたらオレはヤツの
試験対策要員にすぎないのかもしれんな。まあ、ヤツのアホっぷりを眺めていると
多少なりとも気を紛らわせることができるのでおあいこということにしよう。

時は飛んで学期末試験の最終日、今日ほど試験の終わりを気持ちよく迎えた日は今までなかっただろう。
オレは久しぶりに晴やかな気分を味わっていた。やはり勉強ってヤツは、日頃の積み重ねがモノをいう世界だな。

暗い顔の谷口を横目に、オレはとっとと帰ることにした。学校に残ってたって特にやることもない。
試験休みと終業式がすぎれば、あとは春休みである。特に予定もないオレは、今から
休み中の暇つぶしに頭を抱える次第であった。
(バイトでもやってみようかな)

下足室までくると、不意に声をかけられた。
長門「キョン…君」
キョン「!!長門さん…」

声をかけてきたのは、中学の頃からの同級生、そしてオレの妄想の被害者、長門有希であった。

言っておくが彼女は宇宙人ではなく、れっきとした人間である。特に不思議な力が使えることもない、
ただの文学少女である。オレのつきまといを受けて、おとなしい性格の彼女は相当な迷惑を被ったことだろう。

キョン「長門さん…ごめん、オレ…」

声にならない。いまさら謝ったところでどうなるというんだ。

長門「いい…あのときのことは。病気、だったんでしょ」
キョン「ごめん…」

ただ謝り続けるオレに長門は困ったような顔を見せていた。

長門「もういいの。それより、ちょっと時間ある?」
キョン「!!」
キョン(どういうことだ。長門がオレに用事なんて…まさか、あのときの仕返しに
オレを嵌めようとでもしてるのか?)

長門「…無理かな?」
キョン「いや、問題ない。今からでいいのか?」
長門「‥うん」
キョン(考えても仕方がない。もし嵌められたとしてもそれはオレのせいなんだ。
   いさぎよく覚悟を決めるか)

長門は歩き出し、オレはその後についていった。

長門がたどり着いた先は旧館にある文芸部の部室だった。そしてSOS団の・・・
キョン(ここまで来たらイヤでも思い出しちまうな)

長門「…入って」
オレの内心の葛藤をヨソに、長門は部室に入るよう促した。
ここまでくれば仕方がない。意を決してオレはドアを開けた。
…久々に入る文芸部部室は、記憶よりもこざっぱりとした部屋だった。むしろ殺風景といってもいい。
オレの妄想の中での文芸部部室は、ハルヒが持ち込んできたものでいっぱいだった。
団長机、コンピ研からガメてきたパソコン、冷蔵庫やストーブ、朝比奈さんのコスプレ一式、短冊を吊るした笹…
いかん、また涙がにじんできた。ここが本来の文芸部部室なんだよ。
オレは自分に言い聞かせるように首を振った。

長門「座って」
長門に促されるままにオレは席についた。

キョン(ここでよく古泉とゲームをしたもんだ。横では朝比奈さんが編み物をしてたな。
ああ、もう一度あの人のお茶が飲みたい)

長門「ごめんね。こんなトコまで連れてきて」
キョン「いや、いいんだ。なんか話があるのか?」
長門「…うん。実は涼宮さんのことでね」
キョン(・・・・・)

ハルヒの名前を聞いてオレは気が重くなった。通常比3倍ぐらい。ハルヒのことだって?なんでオレに話すんだ?

長門「今ね、あの子とても困ってることがあるの」



長門の話をまとめると、どうやらハルヒは古泉(DQN)にしつこくつきまとわれているらしい。
元ストーカーのオレとしては耳が痛い話だ。ストーカーの心はストーカーにしかわからんってことか?

キョン「なんでオレなんだ?」
長門「え・・・?」
キョン「仮にもオレはちょっと前まで涼宮につきまとってたんだぜ。それに相談相手なら、他にもっといいやつが・・」
長門「ダメ」
キョン「?」
長門「・・・最近ね、古泉くんが、えーと、怖い人たちとつるみだしたらしいの。暴走族っていうのかな」
キョン「・・・」
長門「それで、学校じゃ誰も古泉君を止められる人がいなくなっちゃったみたいなの。
  最近じゃ先生も見て見ぬフリをしてる」
キョン「・・・それで、なんでオレなんだよ。そんなにオレが強い男に見えるのか?」
長門「無茶なこと言ってるのはわかってる。でも、他に頼める人がいないの。・・・キョン君、これは罪ほろぼしよ」
キョン「!」
長門「正気じゃなかったとはいえ、あなたは涼宮さんに迷惑をかけてきたわ。だから、今度は
  あの子を助けてほしいのよ」

キョン(なんだなんだ!一体どういうことなんだ?少し落ち着け、オレ)

古泉につきまとわれてるハルヒを助けろってことは、つまり古泉をやっつけろってことか?
アイツには正気に戻る前に一度ぶちのめされたんだっけ。あんときゃ体中が震えて
声すら出せない状態だったね。
妄想に出てきたヤサ男ならともかく、DQNバージョンの古泉はオレには少々荷が重い。
というか、あんときのヤツの剣幕を思い出しただけで寒気がする。
どう考えても話し合いが通じる相手じゃないぞ。

長門「・・・無理言ってごめん。やっぱり駄目だよね」

オレがしばらく沈黙していると、一瞬だけ長門の表情が変わったような気がした。
『大丈夫、・・信じて』
キョン(なんだ!今確かに聞こえたぞ!今のは・・長門?)

ええい!オレも男だ!ここでやらなきゃ一生後悔するぞ!…まあ、前歯折られて後悔するかもしれんが。
それでもやらずに後悔するよりは数倍マシだ。
…それにハルヒには散々迷惑をかけてきたんだ。むしろこのチャンスをありがたく思うくらいだよ。

キョン「わかった。古泉にはオレがなんとか話つけてみる」
長門「ホント?ホントにお願いしていいの?」
キョン「できる限りのことをやってみるよ」
長門「キョン君・・ありがと・・」

長門の表情はとっくに元に戻っていた。あの瞬間、無表情の中に僅かな感情を残した、
なにかをオレに訴えかけるような顔・・・まだ妄想が治ってなかったのか?
それとも・・・
長門の話に圧倒されてすっかり忘れてたが、明日から試験休みが始まる。
その間、古泉がハルヒになにかしないとも限らない。
これは早急に動く必要があるだろう。

キョン「ところで長門…さん。今ハル、いや涼宮はどこにいるんだ?」
長門「長門でいいわ。今日は部室に集まる約束だったんだけど・・・
教室にいなかったの?」
キョン「試験終わってすぐに出てきたからな」
長門「私、ちょっと見てくるね」

そういうと長門は部室から出ていった。
そういやオレ、中学のときはあの子に気があったっけ・・・
おとなしくて、かわいくて、今もあのころと全然変わってないな
かくいうオレも中学のときはパッとしない存在であり、いじめられっこでもあった。
閉鎖空間・・・か。オレがあのころ唯一気を休めることのできた場所。
もう二度とあんな場所は作っちゃいけないんだ。

バタンッ!

ドアが開く音でオレの思考は停止された。
入ってきたのは・・・
キョン「・・・ハルヒ」
ハルヒ「あんた、うちの部室でなにやってんのよ」
長門「私がキョンくんに頼んできてもらったのよ」
ハルヒ「有希はだまってて」
キョン「涼宮!・・・すまん、あやまって済む問題じゃないことはわかってる。けど」
ハルヒ「あのときのことはもういいわ。・・・アンタもいろいろ大変だったんでしょ」
キョン「涼宮・・・」
ハルヒ「私が言いたいのは、別にアンタの助けなんかいらないってこと。大きなおせっかいだわ」
長門「涼宮さん!」

長門「キョン君がせっかく力を貸してくれるって言ってるのに」
ハルヒ「いいのよ。・・・心配してくれてありがと。でもね、アイツのことぐらい
   自分でなんとかするわ。・・・今日はもう帰るね」

キョン(やっぱりハルヒはまだオレのことを・・)

 『気をつけて。彼女を一人にしてはダメ』

キョン(!!やっぱり間違いない。今のは、長門の声!)
キョン(でもどうしてだ?あの長門は、オレの妄想だったはずじゃ・・・)

オレが呆然と立ち尽くしていると、ハルヒはさっさと部室から出て行ってしまった。

長門「キョン君・・・」
キョン「いやな予感がするんだ。後を追いかけよう」

精神科の先生は、オレは現実逃避のために閉鎖空間を生み出したと説明していた。
もちろんそれは物理的な空間ではなく、オレの精神にのみ存在する世界だ。
なのになぜ今、あの、SOS団の長門有希の声が聞こえるんだ?
オレはまたおかしくなってしまったのか・・・?

長門「なにしてるの。はやく!」
キョン「あ、ああ」

オレと長門は下足室で靴をはきかえ、先に出ていったハルヒを追いかけた。

ハルヒ「キャッ!なによあんたたち!!」

校門付近まで来たとき、突然ハルヒの叫び声が聞こえた。
正門前の道路では、ハルヒが黒スーツの男たちに取り押さえられていた。

キョン「やめろ!なにやってんだお前ら!!」
古泉「おっと、邪魔してもらっては困るよ」

オレがハルヒの下に駆け出そうとしたとき、オレの前に古泉が立ちふさがった。

キョン(こいつ!)
古泉「キミに邪魔をされたら計画が台無しだ。ここでおとなしくしてもらう」

キョン(こいつ、こんな性格だったか・・?)

現実の古泉は、気が短くてケンカっぱやくて、
地元では札つきのワルとして恐れられていたヤツだ。それがまるで、
オレの妄想の中の古泉みたいな物言いだった。

まずい!そうこうしている間にハルヒは今にもヤツらの車に連れ込まれそうになっている。

古泉「おやおや、威勢よく出てきたわりにはなんの役にも立たないんだね。
  とんだナイト様だ。はははっ」
古泉「そうそう、実は一緒に長門さんも連れてくるように言われてるんだよ」
キョン「お前ら・・・!」
古泉「おっと、わけは聞かないでくれよ。なにしろ僕は
組織の末端構成員にすぎないんだからね」

キョン(まずい・・!このままだと長門まで連れていかれる!なにやってんだよオレは!
   ハルヒを助けて後悔を断ち切るんじゃなかったのか!?)
オレは覚悟を決め、再び古泉に向かって駆け出した。

古泉「また体当たりかい?キミにはケンカのセンスがないようだね」

古泉はさっきと同じように体を捻ってかわした。

キョン(いまだ!)

オレは手に握った砂を古泉の顔めがけて投げつけた。砂は古泉の顔に命中し、ヤツの視界を奪った。

古泉「うっ・・・前言を撤回するよ。まさかこんな手を使うなんてね・・・」

どうとでも言ってくれ。オレには手段にこだわっている余裕はないんだ。
ヤツがひるんだ隙に、今度こそ体当たりを命中させる。

古泉「ぐっ!」

思ったより派手に吹っ飛んだ古泉は門に叩きつけられ、ずるずると倒れた。

キョン(まさか死んじゃいないだろな・・・)
どうやら古泉は気を失ったようだ。息はしているみたいだが、すぐには意識が戻りそうにない。
オレは大きく息を吐き、なんとか気を落ち着けようとした。
さっきから腑に落ちないことが多すぎて思考が停止しそうだ。
なんでハルヒは謎の組織に連れていかれたんだ?そもそも古泉の組織ってのはオレの妄想のはずだ。
現実の古泉に超能力なんてないし、穏やかな性格ではなかったはずだ。
ついでに言うと、校門付近で派手にケンカをやらかしていたのに先生が駆けつけてくる気配もない。
もしかして、また閉鎖空間にきちまったのか・・・?

長門「・・・涼宮さん、ううっ」

気がつくと長門がしゃがみこんで泣いていた。
キョン(そうだ。オレはハルヒを守れなかったんだ・・・)



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