気がついたのは病院の一室だった。母さんが心配そうにオレを見つめている。
母さんは元の世界とそんなに違わないな・・・などと考えていたら、先生が入ってきた。

先生「やはりまだ退院は早かったようですね」
カーチャン「そうですか・・・」
先生「聞くところによると、学校でなにかと問題を起こしていたとか」
カーチャン「ええ・・・先生、いつになったらこの子は元に戻るんでしょうか」
先生「急いではいけませんよ。今まで培ってきたモノを短期間で無理に変えようとすれば
   必ず大きな歪みが発生します。あせらずじっくりと治すことを考えましょう」

なにを言っているんだ?

先生「ところで、例の妄言についてですが」

カーチャン「あの、SOS団、とかいう」
先生「そうです。聞くところによると、彼の妄言はは中学1年の頃からしばしばあったとか」
カーチャン「ええ、なにか都合の悪いことが起こると、決まって『閉鎖空間』、などと
    つぶやいていたように思います」
先生「それですよ」
カーチャン「どういうことですか?」
先生「中学1年の途中から彼はいじめに遭っていました。子供のいじめは残酷なもので、
   心に一生のキズを負ってしまうこともしばしばあります」
  「彼は自己の精神を防衛するため、『閉鎖空間』という架空の概念を生み出し、
   おそらくいじめに遭うたびに、これは現実ではない、『閉鎖空間』の中の出来事なんだと
   いうようなことを自分に言い聞かせてきたのではないでしょうか」
カーチャン「・・・はい」
先生「つらい中学時代を過ごしてきた彼は、高校ではせめて楽しい学校生活を送りたいと考えた」

カーチャン「そこで、SOS団・・・ですか」
先生「そう。おそらく彼は、自分の望んだ高校生活を実現することができなかった。
   聞けばその、SOS団という妄言は5月の中ごろから言い始めたんですよね?」
カーチャン「・・ええ」
先生「新しいクラスになじめず、クラブ活動に精を出すこともできなかった
   彼は焦ったことでしょう。このままでは中学の二の舞になってしまう、と」
  「そのとき、SOS団が生まれたのでしょうな。始めは軽い妄想に過ぎなかったSOS団は、
   彼の中で除々にその大きさを増していったのでしょう」
カーチャン「・・・」
先生「快適な部室、気になる女の子、憧れの先輩、そして楽しい出来事・・・
   彼は自分の望む要素を次々にSOS団へ加えていきました」

先生「お母さんが異変を感じ、私の所へ来たのは、たしか6月の頭くらいでしたか・・・」
カーチャン「ええ」
先生「我々の治療により、彼はもう一歩で妄言を振り払えるところまできていました
   あのときはたしか、『神人』とか『白雪姫』などとつぶやいていましたが・・・
   結局彼はSOS団に戻ってしまいましたね」
カーチャン「・・・」
先生「半月ほど前からの集中治療にも、かなりの成果がみられました。SOS団の妄言は
  相変わらずですが、2日前ほどから彼は現実を正確に認識できるまで回復していたのです」
  「しかしその結果は・・・いうまでもありませんね」
カーチャン「・・・」
先生「やはり治療を急いでしまったのがいけなかったようです。現実はときに
   とてつもなく残酷な刃と化す・・・我々は神経科の医師として肝に銘じておかなければ
   ならないことだったのですが・・申し訳ありません」
カーチャン「いえ、早期治療を望んだ私が悪かったんです」
先生「・・これからの治療方針を検討しましょうか。あせってはいけません。いずれは
   治る病気ですよ。私が保証します」
カーチャン「うっ・・キョン・・・」

母さんと先生の話を一通り聞き終わったオレは、すべてを理解した。
いや、思い出したといったほうがいいのか・・・
SOS団はオレの妄想だった。
『S』世界を『O』大いに盛り上げるための『S』涼宮ハルヒの 団
こんなふざけたサークルが実在するわけないよな。

たしかに涼宮ハルヒという人間は実在する。しかし、オレの妄想に出てくるような
エキセントリックな人間ではない。多少気が強いトコはあるが、普通の女の子だ。

オレは北高に入学後、偶然後ろの席にいたハルヒに一目ぼれをした。
ハルヒと仲良くなりたかったオレは必死で話しかけた。HR前、休み時間、昼休み・・・
始めは気さくに答えてくれていたハルヒは、次第にオレを疎むようになった。
当然だ。女の子とロクに話をしたことがないオレに四六時中話しかけられているんだ。
いい気はしないだろう。というか、4月も終わるころにはほとんど返事もしてくれなかったな。

GWが明けたころ、オレはある妄想をするようになった。ハルヒと一緒に
サークルを作るという妄想だ。妄想の中のハルヒは、強引にオレを巻き込み、
メンバーを集めていった。中学時代気になっていた長門さん、憧れの朝比奈先輩、
地元最強の古泉・・・

そう、それこそがSOS団。すべてはオレの妄想にすぎなかったのだ。

妄想をしつつもオレは現実の人間だ。訳のわからないことを口走ったり、
ハルヒ達を追い回したりして迷惑をかけていたのだろう。まるで妄想の中のハルヒのように。

キョン「はは・・なんで泣いてんだ、オレ?」

ああそうか。オレは現実に戻りたくはなかった。いつまでもSOS団でいたかった。
さっき先生が言ってたな。『現実はときに、とてつもなく残酷な刃と化す』だって?
今のオレのためにあるような言葉だ。
それがわかっていながら、なんだってオレを現実に引き戻すようなマネをしたんだよ。



古泉『キョン君、やっと見つけましたよ!はやくこの閉鎖空間から脱出しましょう!』

キョン「!!」

ふいに古泉の声が聞こえてきた。いけ好かないニヤケ顔の、自称超能力者のほうの古泉だ。
ああ、もう少しはやくきてくれたらどれだけよかったことか・・・オレはもう、理解してしまったんだよ。
すべてはオレの妄想に過ぎないってことをさ。
だからさ、お前の力はもうほとんど残っちゃいないんだよ。


頭の上にかすかにまたたいていた赤い光は、オレの絶望と共に消えていった。
もうSOS団には戻れないんだな・・・

翌日、オレは一通り検査を受けた。先生は驚いていたよ。
なんせ治療の見通しがない分裂症寸前の患者が、一晩で正常に近い状態まで回復したんだからな。
フロイト先生もびっくりだ。
オレが検査を受けてる間、母さんはずっと泣いてたみたいだ。
心配かけてごめん、かあさん・・・


一週間後からオレは学校へ復帰した。
今までのオレの奇行は、全部病気のせいだってことで落ち着いたみたいだ。
クラスの連中は転校生を迎えたような感じでオレに話しかけてくれる。
かなりぎこちない表情だったけどな。
ハルヒは・・・さすがに一言もかけてくれないな。当たり前か。今までさんざん付きまとってきたんだ。
というか、女の子の中では委員長の朝倉だけだな。オレを気づかってくれるのは。
ホントにいい子だ。妄想の中では消滅させたりしてごめんよ。

オレの精神は完全に元へ戻ってしまったようだ。あの頃のことは夢でさえあまりみなくなった。
これはよろこぶべきことなんだろうが、正直寂しい。


だけど、不意に思い出すんだよ。
旧館の、あの部室へ行けば、朝比奈さんがお茶を入れてくれて、古泉とオセロをして、
長門の無表情な顔を眺めて、そして、ハルヒの、あの小生意気な団長の、ワケのわからない思いつきに
振り回される、そんな日常が待っている気がするんだ。


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最終更新:2007年01月14日 01:17