「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」
「…あぁ…その話か」
遅れて駆けつけたみくる達は目の前の光景に絶句した。
「あぁっ!やっぱり!」
「キョン君…!」
「…!!」
床に座り込んでいるキョン。確かにその手には蓋が開けられたプリンとスプーンがある。紛れも無く、キョンが犯人だ。
しかし、それどころではなかった。
血にまみれた部屋。キョンの妹が兄の膝に頭を預けている。穏やかな顔だったが、その瞼は…閉じられていて…
「それ!私のプリンでしょ!」
「そう…そうなんだよ。妹がさ…食いたいって言ったんだ…プリン。プリンを、さ…
もう…何も分からなくなってたのに…食いたいって」
「ちょっと!何の話よ!」
「急いで…急いで取りに行ったんだけどな…い、急いだつもりだったんだけどな…精一杯…はは…
途中、思いっきりスッ転んでさ。ほら、皮むけてる。な、なのに…帰ってきたら…も、もう…」
声をうわずらせながらキョンは頬を引きつらせる。笑おうとしているのか。笑い事にしたいのだろうか。しかしそれは笑顔と呼べるようなものではない。笑えるような事態でもない。
古泉は携帯でどこかと連絡を取っている。みくるは珍しく叫ぶことも気絶することもなく目の前の光景を見つめていた。
状況は彼女の認識も彼女なりに想定していた最悪のケースの彼女なりの覚悟も…全てを遥かに超えていた。
「やっぱあたしのプリンじゃない!蓋に『団長』って書いてある!」
「なぁ…なんでこうなんだ?どうして…どうしてこいつなんだ?」
「…キョン君。こちらへ」
古泉が血だまりへと踏み込んでいく。制服が汚れるにもかかわらず、古泉はキョンの側に膝を付いた。

「どう思う、古泉くん!人のもの黙って食べるって!育ちが知れるわよね!」
「すぐに『組織』のものが来ます。後の対応は任せましょう。今は…」
「なぁ…食えよ。食えよ、ほら。俺がお前のためにわざわざ取りに行ってやったんだ。
食え。食えって。大好きなプリンだぞー。スーパーで3つ105円で売ってるような安モンじゃ…」
「何勝手なこと言ってんのよ!それはあたしの!あたしのなの!」
「妹さんをもう休ませてあげましょう」
「食えって…なぁ。口を開けろ…」
「食べちゃダメ!ちょ…よこし…よこしなさい!」
「揺すっちゃいけない…!体の中身が出…」
「うるせぇ!」

「もう死んでる!!!」
「!!!!!」

古泉はキョンの胸倉を掴み上げた。キョンを含めて、部屋にいる誰もが古泉が声を荒げるのを初めて聞いた。
そこには彼のむき出しの本性があった。憤り、苛立ち、哀しみ…あらゆる負の感情がその瞳から覗いていた。キョンの手からプリンが血だまりに転がり落ちる。
「あー!!!もったいない!!!」
「…もう死んでるんだ」
「………」
「あむ…うん。おいしい♪」
ヘリの音がした。古泉はゆっくりと手を離した。そしていい加減にキョンの襟元を直し、立ち上がった。

やや合ってどこのものともしれない装備を身に付けた完全武装の兵隊達が何人も室内に入ってきて、みくるを脇に押しやった。
古泉の指示のもと、用途不明の道具や機材が次々と運び込まれてくる。やがて担架にキョンの妹は載せられた。

「んー!やっぱりプリンは最高ね!」
「くれぐれも丁重に」
兵隊が小さく頷く。担架は手際よく運び出されていった。キョンは座り込んだまま、それを呆然と見送っていた。
「携帯…貸してくれ…」
みくるが我に返り、慌てたように携帯を取り出す。が、キョンが差し出した血まみれの手に硬直した。
「親に…連絡しないと…」
古泉がみくるの手を下げる。
「我々の方で既に。ご両親の移動の方もこちらが行います」
「…うちはうちで勝手に行くよ」
「いいえ、我々が。少々…一般の方とは縁遠い『施設』なので。
みなさん、必要なものは持って出てください。ここはしばらく出入りできなくなりますから。詳しいことは後ほど…」
「…警察とかはどうなるんだ…」
フラフラとキョンが立ち上がる。
「一応、殺人な訳だろう?けど…これは…凄く特殊な…」
「…そういったことも含めて全ては後でお話します」
「あの…キョン君…今は病院に…」
「したり顔で指図してんじゃねぇよ!!!!何でもかんでも勝手に話進めやがって!!!!」
キョンの叫びにみくるが身体を震わせる。腹から振り絞った割にはあまり大きな声は出ていない。声もかすれていた。けれども兵隊達でさえ全ての作業が止まった。それはそういう叫びだった。
「全部!!てめぇらのせいじゃねぇか!!!」
みくるは唇を振るわせる他に成す術がなかった。
「…ええ。そうですね。我々の責任です。ですから出来る限りのことをさせてください。その通りです。あなたのせいではありません。もちろん妹さんの責任でもない」
古泉は…どこまでも穏やかだった。
「………」
「…後でお話します」
それ以上、キョンは何も言わなかった。促されるままに部屋を出る。一足先に妹を乗せたヘリは飛び立っていった。

「私も連れて行って下さい…」
ヘリの前でみくるがそう言う。古泉はそれを冷めた目で見下ろした。
「うわぁ!ヘリコプター!?何々!?これ古泉君の自家用機!?
あー、キョン!プリン!弁償しなさいよね!あんな食いさしで納得すると思ってんの!?」
「…来てどうするんです」
周りは古泉の『身内』で固められている。ある意味ではみくるは『敵地』の只中にいると言えた。
それでもみくるは、みくるらしからぬ自己主張を試みていた。しかし。
「………」
「朝比奈さん。意地悪や『我々』の立場の違い以前の話です。
ここからはご家族が悲しみにくれるためだけの時間です。貴方は場違いだ。来て何をどうするんです。妹さんとのお別れならばお葬式できちんと…」
「知る限りの…」
「………」
「私が…私の知る限りの情報を教えます。だから…」

古泉の目が見開き、そして細められた。驚きと、打算で。
「禁則事項を…?これだけのために?」
そんなことをしたらどうなるのか。知っているわけではない。が、容易に想像はつく。それでもみくるは続けた。
「乗せてもらうためとか…そんなんじゃ…それだけじゃなくて…」
みくるは焦点の合わない目で途切れ途切れに言った。
「私たちが…私や貴方たちがお互いに…これまでのように知っていることを口にしないまま続いていったら…また…またこんなことが起こる…起こるかもしれない…だから…」
「…それとこれとは関係が」
古泉は言葉を切った。
いつも以上に平静を欠いている彼女の言葉は支離滅裂だった。だが分かる。古泉には彼女が何が言いたいか。何を思っているか。今は彼にもそれを上手く言葉には出来ない。彼もまた、外見ほどには冷静ではないから。しかしそれでも充分だった。
そしてそれとは無関係に気付いた別のこともある。そしてそれこそが彼女がこうまで食い下がる理由なのだろう。
全ては誰を想ってのことか。
「乗ってください」
近くの男が口を開こうとするのを古泉は遮る。
「古いず…」
「友達としてです。いいですか?僕は友達として貴方をヘリに乗せるんです。くれぐれもそこを履き違えないで下さい。
貴方の情報が目当てではありません。貴方が僕に情報を漏らす理由は何もありません」
その言葉はみくる本人にというよりは、みくるの向こう側にいる何者かに向けられていた。それを言い切ると古泉はみくるに背を向け、別のヘリへと向かっていった。
「…ありがとう」
古泉は返事を返さなかった。

「これ…着替えだって」
キョンは頭を抱えたまま、みくるが差し出した袋を見ようともしない。
これは輸送へリか何かなのだろう。明らかに人が乗るには大きすぎ、また居心地が悪すぎるスペースに3人は乗っていた。無論座席は用意されていたのだが、キョンがフラフラとここに乗り込んでしまったためにこういうことになっている。
暗い。電気はついていない。かろうじて小さな窓はあるが、外ももう随分と暮れ始めていた。最初ははしゃいでいたハルヒもよく外が見えない状況に早くも退屈し始め、不平を口にし始めていた。
「プリン!黙ってたら忘れるとでも思ってんじゃないでしょーねー!生憎私はそんな間抜けじゃないわ!徹底的にこの問題は追及させてもらうわよ!
ええそうよ、たかがプリン。小さなことだわ。けれどこういった小さなことを見逃すことが大きな問題へと繋がっていくと私は考えるわ。違う?」
みくるは袋をキョンの隣に置き、じっと彼を見下ろしていた。
「SOS団はやめる」
「……はい」
やがてキョンはポツリと口を開いた。
「元々向いてなかったんだ。部活とか。鍵は俺だとかなんとか…アンタ達の口車に乗せられて…もっと早くやめてれば…妹は…」
「…そうですね」
「利用するのはもう…勘弁してくれ」
その声は乾ききっていた。ただ単に本当にみくる達を存在ごと拒絶していた。
「鍵なら他を当たれよ…もう俺は―…」
みくるは膝をキョンの前にひざをついた。

「……え?」
「…血が付くぞ」

ハルヒの喚き声が止まった。ゆっくりと腕が回され、キョンはみくるの胸に抱き締められた。

「…離せ」
「………」
「離せって言ってんだ」
わずかに身じろぎしたもののみくるは身体を離さなかった。
「…何のつもりですか。慰め?それなら後でお願いしますよ。たっぷり。ゆっくり。これ以上のことを」
みくるは何も言わない。
「こんなことして繋ぎとめようったって…俺はあんた達には協力しな…」
やはりみくるは何も言わない。ただ、抱き締める力が強くなった。小柄なみくるのどこにこれほどの力があるのだろうと言うほどに。
焦り出したのはキョンの方だった。いよいよみくるから真剣に逃れようともがき始める。
「ハルヒがいるんですよ。俺が良くても『貴方たち』は困るんじゃないんですか。あいつが…その…閉鎖空間とかいうのが…」
そのとき。
ポツリとキョンの首筋に雫が落ち、キョンは身をよじるのを止めた。
「う…ぐ………ぐす…さい…」
「………」
「めん…なさい…ごめ…な…」
あぁ。なんて三文芝居だ。主演女優だけが一流の。ハルヒも真っ青だね。俺自身は出演する気は無かったのに。
ダメですよ。朝比奈さん。涙は結構ですが鼻水は頂けない。俺の後頭部の被害もさることながら、貴方のようなかわいらしい方にはそれはNGだ。事務所的に。ハルヒだってそう言いますよ。きっとそうだ。
あぁ。貴女の鼓動が聞こえる。貴女の泣き声が聞こえる。やさしい人だ。朝比奈さん。貴方は本当にやさしい人だ。
けれど貴方は今、1つ俺に対して酷い仕打ちをしていますよ?とてもとても酷い仕打ちを。

先越されたら…泣き辛いや。

「…………え?」
しばらくすると泣き声が二つに増えた。
混乱するハルヒを全てから置き去りにし、ヘリは夕暮れの町を飛翔していった。

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