3話


 朝から妹のボディプレス、ハルヒの耳元絶叫により、寝覚め最悪で俺は朝食を食べていた。
 あぁ、くそ。鼓膜が痛ぇ。
「いつまでも起きないのが悪いんじゃない。あたしまで遅刻させるつもり?」
 ……ちょっと待て、お前は俺と一緒に登校する気か?
「当たり前じゃない! あの自転車は共有だから一緒に行くしかないでしょ!」
 あぁ、そうなのか。頭の良い俺は、今のセリフでわかったよ。
 ハルヒを後ろに乗せて学校に向かわねばならないわけか。
 そして必然的にハイキングコースもハルヒと二人か……。
 古泉が見たらいつもの3倍のニヤけ面を俺に向けて来るんだろう。……数日の我慢、数日の我慢。
 迫り来る登校時間に焦りつつ、ハルヒを乗せて家を漕ぎ出た。
 ……うむ、いつもより足が重い。やはり一人分多いのはキツいな。
「ふふ……なんか懐かしいわね。キョン兄と一緒に登校出来るのは一年ぶりだもん」
 こいつは入学したばかりだから久しぶりなのか。
 俺の記憶には無いが、中学時代も一緒に登校していたのだろう。話を合わせとかなきゃな。

 そうだな。今まで軽かったペダルが一人分重いぜ。……痛ぇっ!
 ハルヒの手が乗っている肩を抓られた。
「女の子にそんなこと言わない!」
 『女の子』……か。このハルヒは中学時代から精神がまともなのか?
 いや、まともなら能力が残ってるわけないか。
 自転車を止めて、ハルヒと並んで学校へと歩き出した。
 よくよく考えると、似てない兄妹である。谷口に見つかったりしたら絶対に勘違い……「キョン!? お前……その娘……ええぇぇ!?」
 ……まぁ、お約束か。
「キョン兄、誰?」
 あぁ、こいつは谷口。クラスメイトだ。で、谷口よ。こいつはハルヒ。あ~……妹だ。
 谷口はリアクション芸人も真っ青のオーバーアクションで驚いていた。
「お、お前な! 嘘つけ、似てねぇ! こんなにかわいい娘がお前の妹なもんか!」
 なんて失礼な野郎だ。……確かに似てないとは思うけどな。
「か、かわいい……? えへへ、ありがとうございます!」
 おい、なんだそれは。頬を赤らめて谷口に敬語を使うハルヒなんておかしいだろ。
 そんな態度を取るとバカが調子に乗るぞ。
「ハルヒちゃん、よかったら放課後にデートでも……「行くぞ、ハルヒ。あやしい奴にはついて行くなって中学で習っただろ?」
 俺はハルヒの肩を抱いて坂を登っていった。
 ……あれ? 何でこんなに必死に谷口から守る必要があるんだ? そうか、兄としての義務だからだ。そうに違いない。
「ちょっ……キョン兄! もういいから!」
 何がもういいんだよ。
「肩!」
 3分くらいずっと肩を抱いたまま歩いていたらしい。ハルヒは妹とはいえ恥ずかしい。

 ゆっくりと肩から手を外し、改めて並んで歩き出すと、ハルヒが知り合いを見つけて走り出した。
「涼子、一緒に行こう!」
 人を寄せ付けなかったハルヒが友達に『一緒に行こう!』か。
 実は元のハルヒも、こういう生活に憧れてて、その理想をこっちに投影してるんじゃないのか? ……ないか。
「あ、ハルヒちゃん。いいわよ、一緒に行きましょ」
 かわいらしい声で振り向いた人物は……参ったね。
 見事なまでに朝倉涼子だった。
「キョン兄、あたし先に行くからまた後でね!」
 あ、あぁ。
 動揺を悟られぬように笑顔で手を振った。
 朝倉が何故ここにいる。ハルヒと友達? 今度も俺の命か? それともハルヒか?
「大丈夫」
 俺の心の中を見透かしたように声が聞こえた。
「あれは涼宮ハルヒのイメージの朝倉涼子。
 どうでもいいクラスメイトの中でも、カナダに転校して、イメージが強く残った彼女を友達として選んだと見られる」
 毎回毎回、俺を落ち着かせてくれるな。この声は。
 長門、本当に俺達に危害は無いんだな?
 ショートカットを揺らしながら俺を追い抜いた後、振り向いてそいつは答えた。
「無い。もし何かあったとしても……わたしが守る」
 本っ当に頼りになるぜ。
 俺の鼓動はいつの間にか落ち着いていた。
 大丈夫だ、今回はあの日のように、俺一人が別世界に来たわけじゃない。
 古泉や朝比奈さん、そしてなによりも長門がいる。
 頼りにしてるぜ。……そして早く元の世界に戻してくれよ。
 長門の背中を見送り、先程置き去りにした谷口と共に学校へと歩き、自分の教室へと向かった。


 新学年に上がり、新しくなった教室。一年の時と同じように、俺の後ろに陣取ったハルヒはここにはいない。

 ……なんか、違和感あるな。少し寂し……くは無い。うん、寂しいわけがあるか。
 谷口や国木田と少し話をして、去年と同じく席替えで決まった窓際後方二番手の席に座り、外を眺めた。
 はぁ……なんだかやる気が出ないな。
 その時、誰かが俺の後ろの席に座った。まさか……ハルヒ!
 叫んで振り返った俺の視線の先では、意表をつく人物が微笑んでいた。
「お久し振りですね」
 あっ……え? な、なんであなたがここに?
「仕事の一環です」
 微笑みを崩さずにそう言い放った人物、森園生さんは静かに席に座った。
 一体、何歳なんだ? 違う、それより何故ここにいるんだ? 何故、改変されても記憶が残ってるんだ?
 様々に疑問が頭に浮かんでいく。それに気付いたのか、森さんは俺を屋上へと呼び出した。
「私も涼宮さんとあなたは兄妹だと認識しています。真相は古泉から聞きました」
 それじゃあ何で『久しぶり』って……。
「あなたは古泉の友人として、朝比奈みくる、長門有希と共に夏に別荘に泊まりに来ています。
 冬も同じような感じで会っていますよ。……あ、『涼宮さん』という呼び方も、古泉の指示です。
 あなたにはそちらの方が分かりやすいからと」
 そうだ、ハルヒは名字が俺と一緒になっているんだよな。
 だんだんわかって来たような気がするぞ。
 つまりハルヒの改変の有効範囲は《ハルヒを知っている者》なんだな。
 それで機関の人間も記憶をいじられた。
 しかし、それを防御した古泉から真相を聞くことで、機関も今まで通りになるよう動くってわけだ。
 ……それで、何故、森さんが学生になって、しかも空くはずのハルヒの席に?

「簡単なことです。長門有希さんに情報操作を……あ、ちなみに私が一番学生っぽい顔をしてるという理由から選ばれました。
 うふふ、うれしいですよね。若く見られて」
 機関と情報統合思念体の利害が一致したとかそんな理由か。
 しかし……本当に森さんは違和感がない。実年齢はいくつなんだ?
「今、私の年齢のこと考えてましたよね? ふふ……禁則事項ですよ」
 ここで朝比奈さんのセリフを取りますか。もうね、大人っぽいけど子どもっぽいですよ。
 大体の事情がわかり、俺は教室に戻ろうと階段を降りた。
「あ、待ってください」
 どうしました?
「これから、世界が戻るまでは学生ですので、それ相応の喋り方、接し方をしますので覚えておいてください」
 わかりました。
 本当はよくわからなかったが、いい加減、予鈴がなりそうだったから返事をしておいた。
 ……まぁ、すぐにわかることになったが。
「それじゃあ、教室に戻ろう? キョンくん」
 あぁ、自分のキャラをカモフラージュか。妹ハルヒ並みに破壊力がある変化だ。
 合宿の時などに見た微笑みじゃなくて、満面の笑みを向けられていた。
 完全に学生になりきっている。これほどの演技力なら女優になれるな。しかも学生役からメイドまで何でも来いのだ。


 そんなこんなで、教室に戻り、ハルヒの代わりに森さんが後ろにいる学校生活を開始した。
 しかし、別段変化はなく、授業中のシャーペン攻撃が無くなったくらいだった。
 そして昼休みになったわけだが……。
「あれ? キョン、ご飯食べないの?」
 国木田、見ればわかるだろう? 忘れちまったのさ。
「わはははは! バカだな、バカ! 一人寂しく学食でも行って来い!」
 このくそ野郎……。

 谷口の背後に回り、右手を振り上げて構えた所で制止がかかった。
「こ~ら、キョン兄! 人に迷惑かけない! 弁当はあたしが持ってきてあげたから!」
 ハルヒが弁当を持って俺の教室に……ってマズい!
 すぐにハルヒを連れて教室から離れた。
 何故かって? そりゃ恥ずかしいし……ハルヒを取られたくないから周りの奴等に見せたくないのさ。
 勘違いするなよ、《兄》としてだからな。
 バカ! 来るなら来るって言えよ、恥ずかしいだろうが!
「な、なによ。そんなに怒らなくてもいいじゃない。
 ちょっとキョン兄の様子を見たかったんだもん……ごめん……」
 そんなに悲しそうな顔をするな、怒る気が失せるだろ、畜生。……やっぱり妹には甘いんだな、俺は。
 ハルヒ、ありがとう。助かったよ。
 頭を撫でてやると、ハルヒはニカッと笑った。この顔が見れるから甘くなるんだろうな。
「今回だけの特別サービスなんだから! 次からは罰金よ、罰金!」
 そう言い残して走り去って行った。……さぁ、昼飯だ。

 教室に戻ると、谷口がまたギャーギャーわめいてきた。相変わらずウザい。
 国木田はと言うと、「久しぶりに見たなぁ。綺麗になったよね」などと見事なマイペースぶりだ。
 こいつはたまに家に遊びに来てたから、その時に見たということになっているのだろう。
 やっぱり学校生活はハルヒと長門で上手いように書き替えられていた。
 午後の体育の時間も、森さんは去年からずっと一人で目立って活躍しているとの小ネタを聞いたからな。
 ちなみに森さん情報はこうだ。
 頭脳明晰、運動神経抜群、性格最高、かわいくて癒される。
 入学してしばらくのハルヒと朝倉を足して二で割った感じだ。
 もちろん、谷口ランクは最高らしい。
 ハルヒはハルヒで女友達を数人作ったみたいだし、なんか真新しい感じがする。
 ……違うな、物足りなさを感じてるんだよな。
 もっとぶっ飛んだ生活が好きだったんだよ、俺は。今の生活も悪くないけどさ。


「キョン兄、帰るわよ!」
 気がつくと、放課後になっていた。ボーッとし過ぎたか。
 大方の予想通り、ハルヒは教室まで迎えに来やがった。……昼休みに隠れたの意味ないな。
「あ、あなたはキョンくんの妹さん? 全然似てないのね」
「顔だけじゃなくて、中身も違うよ。成績も上から数えるくらいの優等生だったよね、中学の時は」
 阪中、国木田、うるさいぞ。また明日な。
 ハルヒを連れて足早に教室を去った。あいつら、好き放題言いやがって……明日覚えてやがれ。
「ね、キョン兄。このまま家に帰るの? どっか寄ってかない?」
 そうだな……あ、一か所行くところがあるんだがいいか? お前は待っててもいいが。
 ハルヒは少し頬を膨らまして言った。
「せっかく一緒に帰るんだからついていくわよ!」

 そうか、じゃあついて来い。
 歩きなれた道を通り、だんだん人の少ない道へ。俺は部室棟へ向かっていた。
 ハルヒがいなくても勝手に集まってるんだろうな。
 階段を登り、ノックをした。涼宮ハルヒのいないSOS団の部室を。
「はぁい」
 そのままドアを開けると、やはりみんな座っていた。俺がハルヒを連れて来たのは予想外だったらしく、驚いてはいたが。
「おやおや、何やらかわいらしいお人を連れて来ましたね。とうとう色恋沙汰にお目覚めですか?」
 ハルヒが妹という事に完全に適応してやがる。まったく、要領の良い奴だ。
 うるさいぞ、古泉。こいつは俺の妹だ。今年から北高に入学したんだよ。
 それについて行く俺の大根役者っぷり。みんな、笑ってくれても構わないぞ。
「あ、あはは……本当にかわいいなぁ! す、涼み……じゃなかった。名前はなんて言うんですか?」
 朝比奈さんに至っては、昨日会った事はなかったことになってるようだ。俺よりボロが出そうだな。
「あ、えっと……ハルヒって言います。昨日会いましたよね?」
「え? ……あ、そっか! そうですよね! あはははは……」
 しかし、いくらハルヒとは言え、見知らぬ先輩3人に囲まれたら丁寧な態度にもなるか。
 ……いや、改変された世界のごく普通の人間のハルヒだからか。
 このハルヒは強引な所、わがままな所こそ変わっていないが、ぶっ飛んだ考えは持っていない。
 だから友達もそれなりにいるようだし、明るく見えるんだろうな。
 朝比奈さんと古泉がハルヒと会話を交わしている隙をついて、長門に話しかけた。
 どうだ、元通りになるにはどのくらいだ?
「涼宮ハルヒのプロテクトが意外に強力。学校の時間は仕方ないが、夜に一気に作業を進める」

 ……え~と、つまりまだ未定ってことでいいんだな?
「……いい」
 やれやれ、当分の間はこの妹に振り回されるんだな。
 部室のドアの方へ戻り、3人に声をかけた。
 みんな、俺は帰らせてもらう。こいつとデートして、チャリに乗っけて帰らなきゃいかんからな。
「ふふふ、わかっていますよ。どうぞ妹さんを大切にしてやってください」
 くそったれ古泉。その気持ちはうれしいが、ニヤけ面をやめろ。ぶん殴るぞ。
「そんな顔になってましたか? すみません」
 かなりむかつく古泉の顔を遮るようにドアを閉めた。明日にでも、森さんにあいつの弱みを聞いとくか。
 ハルヒと一緒に歩いて坂を降り始めると、何故か口数が少ないことに気がついた。
 どうした? 体調でも悪いのか?
「ううん、何でもないわ。それよりどこに行こっか?」
 そうだな……。


 結局、いつもの喫茶店で軽く食い飲みしながら話し、そのまま帰った。
 帰りの自転車でハルヒが立ち乗りではなく、俺の腰に抱き付いて座っていたのには驚いたが。
「疲れてるのよ、細かいこと気にしない!」
 全然細かいことではない。なぜならこいつの女の部分が背中に当たっているからな。
 俺も男だから意識するさ。ただ、それを気取られることはないように努めるが。
 二人分の重さの自転車は俺の足に多大なるダメージを与え、家に着く頃にはフラフラだった。
「キョン兄、大丈夫? やっぱりお母さんに自転車買ってって頼もうか?」
 大丈夫だ。うちの家計のことも考えてやろうぜ。
 ドアを開けて、家の中に入った。飯の前に風呂に入ろう、汗かいたし。
 ただい「おかえりっ!」
 ぐおっ!

 入った瞬間に妹からのダイブをくらった俺は、フラフラの足では支えきれずに倒れた。
「あ、えへへ……だいじょぶ?」
 大丈夫じゃねぇ。背中痛いし、頭打った。……まぁ、ハルヒに被害がなかっただけましか。
 妹を引っ掴み、ハルヒに手渡すと風呂へと向かった。やれやれ、災難だぜ。
 ここからの夜の時間は特に何もなかった。
 長門に電話して状況を聞こうかとも思ったが、邪魔になったら悪いと思い、結局しなかった。
 今、俺にはただ一つだけ不安がある。
 この生活に完全に居心地の良さを感じてしまうことだ。
 このままハルヒが妹でも構わないと思いそうで怖い。
 だから、その不安を拭い取るためにも……頼んだぜ、長門。
 まだ、今は平穏な日であることに安堵しながら俺は目を瞑り、深い眠りに落ちていった。


つづく


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