…━━━『全く…母さんは「もったいない」とか「そのうち使う」とか言って何でもとっておくから困る…』
俺が子供の頃に、親父がお袋に向けて発した言葉だ。
お袋は昔…いや今もそうだが、とにかく色々なモノを捨てずにとっておきたがる。
古着、お菓子の缶、デパートの紙袋…
だが、どうやらそれは俺の母親だけではなく、世の主婦の大半に言える事らしい。
そして俺は、結婚して『親父の言葉』を身をもって思い知る事になった━━━…
 
【HOME…SWEET HOMEの大晦日】
 
大晦日…我が家は大掃除の真っ最中である。
 
俺は、積み上げられた段ボールを眺めながら溜め息をついていた。
こいつらの出処は我が家の押し入れ…
2年前にハルヒが俺と結婚する時に持ち込んだ『実家からの荷物』だ。
中身はハルヒが昔に着ていた洋服が殆んどで、あとは訳の解らない雑貨や小物、中には『高校の教科書』と書いてある殺人的に重いヤツまであった。
去年の大掃除の時に、なんとかするべきだったのだが「何で捨てるのよっ!もったいないじゃないっ!」という猛抗議のもとに処分を断念、仕方なく押し入れにしまいこみ今に至る。
 
とりあえずリビングにそれらを並べ、俺が片付けを始めた途端に「あっ、お餅買うの忘れてた!買いに行ってくるわっ!」と見え見えの嘘をつきながらエスケープしたハルヒの帰りを待つ。
まったく…面倒臭いといつもこれだ。


 
数分後…
玄関のドアが静かに開く音がした。
やれやれ、帰ってきやがったな。
 
「たっだいま~…あれ、まだやってたの?(…ちっ)」
「おかえり。残念だな、終ってなくて」
「べ…べつに良いわよ!…あはははっ」
「さて…今日こそ観念してもらうぞ?今すぐ使うモノと捨てるモノに分けるんだ!
去年の大掃除の時は「もったいない」とか「そのうち使う」等の必死の抗議に処分を断念したが、アレから1年間もこのままだった訳だ!当然、これらは『使わないモノ』であり『捨てるもの候補』だよな?」
「う……そのうち使うわよ…」
「じゃあ手始めに、その『そのうち使うモノ』を選別してくれ」
「な…なによっ!この冷血人間っ!要らなくなったら何でも捨てるって訳っ?」
 
来たよ、逆ギレだ…
だが、その手にはのらないんだぜ?
 
俺は寝室に転がっているハルヒが買い込んだ「コレクション」の数々をリビングに持ち込んで並べられるだけ並べた。
 
「なあハルヒ、コレはなんだ?」
「………『その場でアクティブウオーキング・消費カロリー表示機能付』だったかしら」
「じゃあ、これは?」
「………『手軽に腰シェイプ・金魚運動マシーン』よね」
「じゃ…これは?」
「………『アナタのお宅にマイナスイオン・スーパールームイオンDX』だわ」
「そうだ。まだまだたくさんある。そして、しまう所が無い」
 
「しょうがないじゃない、押し入れがイッパイなんだもの!」
「だから、片付けるんだ!このままじゃ布団を敷く場所が無くなるぜ?それとも…今後一切、大好きな通販を我慢出来るか?」
「な…何よ…出来る訳ないじゃないっ!」
「じゃあ、要らないモノを処分するしかないだろ。…ほら、手伝ってやるから早くしろよ」
「わ…解ったわよ」
 
ハルヒは口をとがらせブツブツと言いいながら、段ボールを1つ選んで中を覗きこみながらガサガサとやり始めた。
そして俺も同じ様に段ボールを1つ選んで中身を取り出してみる。
最初に中から出てきたのは古着だった。
派手なプリントのTシャツやら際どいホットパンツやら…
 
「なあハルヒ、これは捨てるぞ?」
「ダメ。そのうち使うっ」
「…どう使うんだよ」
「…………」



 
捨てても良さそうなので、手元のゴミ袋へ放りこむ。
ホットパンツに関しては着て見せて欲しい気もするが、そこらへんはケースバイケースだ。
 
「あっ…ちょっとまってっ!」
「なんだよ、要らないだろ?捨てるぞ?」
「違うのっ!…これ見てよ!」
 
俺に差し出したハルヒの手には、青い手編みのマフラーが握られていた。
 
「ん?…ああ、懐かしいな。その箱に入ってたのか?」
「ふふっ、そう。覚えてたんだ…確か今くらいの時期よね?」
「違う、クリスマス前だろ?」
「そうだっけ?」
「そうだ」
「よく覚えてるわね」
「まあ…な」
 
そうだ…
クリスマス前の寒い冬の朝だったな…
高校1年の時…いや2年の時だっけか。



 
あの朝…
 
俺は、相も変わらずいつもの待ち合わせ場所の公園でハルヒを待っていた。
自転車を走らせる事により体温を気温と反比例させる事が出来ていた俺だが、公園に辿り着いてから暫くの間に指先は痺れる様な寒さを感じ始めていた。
 
(まったく…こんな日に限って待たせる…)
 
大体…ハルヒの奴はいつもそうだ。
来て欲しい時に来なくて、来て欲しくない時に限って現れる…
 
「まったく…俺に何か恨みでもあるのかってんだ…」
「ん?何か言ったかしら?」
「…………へ?……うおっ!?!」
 
気付かぬうちに側に居たハルヒに、俺は思わず驚きの声をあげる。
そして…
その驚きの声を辛うじて挨拶に差し変えた。
 
「お…おおはよう!だな…」
「うん、おはよう。…何慌ててんのよ?
……まあ、良いわ。あのさ…これ、前のカゴに入れてって?」
「あ?ああ…」
 
ハルヒが差し出したのは、見覚えがあるデパートのロゴの入った紙製の手提げ袋だった。
その半開きになった口の中には、いくつかの青い毛糸と…
編み針?
そして、編みかけの『何か』が見える。
 
「ハルヒ?これ…」
「ああ、マフラー…もう少しで完成なのよ!だから、学校で仕上げちゃおうと思って…」
「そうか…」
 
気の無い返事をして見せたものの俺は…
猛烈に感動していたっ!!
 
だって、そうだろ!?
このハルヒに限って『手編み』など絶対に有り得ないと思っていたが、今まさに…その『手編み』のマフラーを制作中なのだ!
しかも、この場合のプレゼントの相手は禍いなりにも『彼氏』であるこの俺だろう!
この世に生を受けて十余年…
遂に俺の首に手編みのマフラーが巻かれようとしているっ!
ところで…
コレはクリスマスプレゼントなのか?
だとしたら少し気が早い気もするが、セッカチなハルヒなら十分ありえる話だ。
俺は逸る気持を押さえきれずに、自転車の後ろにハルヒを乗せると力一杯ペダルを踏み始めた。
 
「ち…ちょっとキョン!何、急いでんのよ?」
「ん?急いでなんかないさ!それより、いつもの販売機に寄るだろ…?」
「え?…まあ、寄るけど…」
「奢ってやるよ!」
「はあ?」
「だから、奢ってやるって!」
「…うん。…………(キョンが元気いっぱいだと、微妙な気分になるのは何故かしら)…」
「ん?何か言ったか?」
「べ…別に何も言ってないわよっ!」


 
やがて、いつもの販売機にハルヒを乗せて到着した俺は、自転車から降りる瞬間にハルヒに気付かれない様、そっとカゴの中の袋に目をやった。
先程の通りに半開きになった口から、編みかけのマフラーが見える。
俺は、思わずニヤケそうになるのを必死に堪えながら販売機に向かうと、コーヒーとカフェオレを買いカフェオレをハルヒに手渡した。
 
「ほら…飲めよ」
「あ、ありがと…」
「大変だったろ?」
「え?何がよ」
「編みモノ」
「…うん。まあね」
「そうか…」
 
大変だったんだろうな……
だが!だからこそ手編みは良いのだ!
その『大変』な作業により編み込む想いの数々…
これこそが手編みの醍醐味だ…!
俺はコーヒーを一気に飲み干すと、ハルヒを自転車に乗せ、再び全力でペダルを踏み始めた。



 
学校に着いて授業が始まっても、俺の意識は黒板へと向く事は無かった。
 
(今…この時も、おそらくハルヒは俺の為に一生懸命にマフラーを編んでいる)
 
考えただけで、顔の筋肉が弛緩む。
そして、振り返って様子を伺ってやりたくなる…が、今は止めておく。
楽しみは後回しにしたほうが喜びが大きいからな。
 
(さて、今のうちにマフラーを受け取った時に言う言葉でも考えておこうか…)
 
俺は、ハルヒがどんんな顔をしてマフラーを俺に手渡すのか考えてみる。
そして…
やっぱりハルヒの顔が少しだけ見たくなって、気付かれない様にそっと振り返えった。
伏し目がちに手元を見つめながら、忙しく編み針を動かすハルヒ…
もうそれだけで俺は、胸の中にジンワリとこみあげて来るモノにヤラレてしまいそうだ。
様子から察するに、おそらく完成は放課後くらいだろうか…。
長い一日になりそうだな。



 
昼休みになっても、ハルヒの手は止まる事は無かった。
俺はなんとなく様子を見ていたくて、振り返ってハルヒの手元を目で追う。
 
そんな俺の様子に気付いたハルヒが、手元と目線はそのままに俺に語りかけてきた。
 
「なあに、キョン…どうしたのよ?」
「えっ…ああ、いや…その…毛糸の色、良いな」
 
俺は上手い言葉が思い付かずに、適当に見つけた言葉を返す。
ハルヒは、そのまま話続けた。
 
「そう。この毛糸を見付けた時ね?この色は絶対にアタシに似合うって思ったのよ。
丁度…良さそうなマフラーが売って無くて、がっかりしてた時だったから…すぐに自分で作る事を決めたわ!」


 
(何……と?)



 
「あら、キョン?どうしたの?固まっちゃって…」
「…いや、何でも…無い」
 
やっぱり…ハルヒはハルヒだった…。
俺は、今朝からの浮かれまくった自分を思いだし、激しく自己嫌悪に陥りながらも姿勢を元に正しながら冷静に考えてみる。


 
(そういえば、ハルヒの得意なセリフの一つに「無ければ自分で作ればいいのよっ!」ってのがあったな…)
 
おそらく今回も…街へマフラーを買いに行ったものの、気に入ったものを見付けられずに結局自分で作る事を思い付いたんだろう。
 
(なんてことだ…まったく…俺ときたら…)
 
やがて…授業が始まっても、俺の意識は黒板へと向く事は無かった。
今朝からの激しい期待感を失った事に因る倦怠感が全身を漂っている…。
ああ…長い一日になりそうだな…。




 
そして放課後…
 
俺は冴えない気分のまま部室に向かった。
 
ドアを開け、相変わらずの面々に軽く挨拶をしながら、ストーブの近くの椅子に腰を下ろす。
ハルヒは朝比奈さんの煎れてくれたお茶にも手を付けずに、教室より引き続き忙しく手元の編み針を動かしていた。
そして俺の存在に気付くと、先程と同じく手元と視線はそのままに「見てなさい?もう少しで完成するわよっ」と得意気に微笑む。
俺は「ああ…そうか」とそっけない返事をしながら、ストーブに両手をかざした。
そんな俺とハルヒの様子に気が付いた古泉が、ハルヒの方に視線を送りながら「キョン君のですか?羨ましいですね?」とでも言わんばかりに俺に微笑む。
俺は「違う違うっ」と手を鼻先で二三度振ると、古泉が「それは残念」と両掌を天井に向けるのを待って、ポケットから携帯を取り出して開いた。
とりあえず…
授業中に来ていた分のメールを確認しようとディスプレイを見るが、なんだか面倒だ。
そしてダルい…
 
結局、何もしないまま携帯を閉じる。
と同時に上体を机に伏せた。
顔を横に向けた俺の視界に、本を読む長門が映る…


 
(ああ…こいつは、こんなダルさとは生涯無縁なんだろうな…)
 
やがて、俺は足元に当たるストーブの暖かな感触に眠気を覚え、そっと目を閉じた…


 
「…ョン…」
「ん…?」
「…キョン……」
「なん…だ…?」
「起きなさいよっ!バカキョンっ!」
 
ハルヒの怒鳴り声に慌てて体を起こすと、既に部室の中にはハルヒ以外に誰も居なくなっていた。
 
「あれ?みんなは…どうした?」
「とっくに帰ったわよ!……それより…ねえ、見て?遂に完成したわよ!素晴らしい出来栄えだと思わない?」
「ああ…まあな…」
「いっその事…もういくつか作って、アタシのブランドでも立ち上げてネットで売り捌いてやろうかしらっ?」
 
ハルヒは、出来上がったばかりのマフラーを俺に見せながら満面の笑みを浮かべていた。
 
(手編みは貰い損ねちまったが…まあ、いいか…)
 
俺は「良かったな」とハルヒに軽く微笑みかけると、立ち上がって帰り支度を始めた。
ハルヒは既に支度を終らせていた様子で、コートをはおり手袋も着けている。
そして…俺がコートを着終わるのを見計らって、出来上がったばかりのマフラーを首に巻き始めた。


 
(確かにハルヒに似合う色だ………あれっ?)
 
ハルヒがマフラーを首に巻き始めたその時…俺は、ある事に気が着いた。
ハルヒの作り出したマフラーは…
 
恐ろしく長い!
 
戸惑う俺をよそに、ハルヒは手早くマフラーを巻くと、俺に余った長い部分を差し出した。
 
「…はい、キョン」
「ん?な、なんだっ?」
「アンタの分よ……」
 
ハルヒの顔がみるみるうちに赤くなってゆく……
そして…とりあえず言う通りに、余った分を首に巻いた俺を見て「ふふっ、暖かい?」と笑った。
 
「暖かいが…これは物凄く恥ずかしい…ぞ?」
「ええっ?何よ!この場合『恥ずかしい』じゃなくて『嬉しい』じゃないのっ?」
 
俺達は暗くなり始めた部室棟の廊下を、二人三脚の様にぎこちなく歩く…。
しかし…全くハルヒの奴ときたら、とんでもない事を思い付くものだ。
こんなところを誰かに見られたらと思うと、本当に恥ずかしくてしょうがない……
 
ただ…
それほど悪い気はしないが。
 
「こらっ!もっと嬉しそうにしなさいよっ!…えいっ!」
「ぐあっ!ひ…引っ張るなっ、首が締まるっ!」
「あははっ!面白~いっ!…えいっ!」
 
「ぐあっ!し…洒落にならん…」
「…えいっ!」
「グァ……」
「…いっ!」
「…ァ」
「……」
「…」
「」


 
「ちょっと、キョン!何ニヤニヤしてんのよっ!気持悪いわねっ!」
「…!…っ、な何でもない!」
 
ハルヒの声に我に返った俺は、あまりにも恥ずかしい回想の内容にに赤面しながら、慌てて作業を再開した。
 
「ねえ?もしかして今、想い出に浸ってた?」
 
忙しく手元を動かす俺に、ハルヒが悪戯っぽく笑いかける。
 
「べ…別にそんなんじゃないぞっ!そのマフラーをどうしようか考えてただけだっ!」
「ええっ?捨てちゃうのっ?」
「そんなわけないだろ」
 
俺はハルヒの手からマフラーを奪うと『使うもの』と書いた段ボール箱に手早くマフラーをたたんで放りこんだ。


 
「ふーん、使うんだ?」
「なっ?」
「だって…『使うもの』のトコに入れたじゃない」
 
しまった…
別に『大切にとっておくもの』の箱を作っておくべきだった…
 
「ねえねえ!いつ使うの?別に今夜、初詣に行く時でもいいわよっ?」
「い…いやだっ!恥ずかしいだろっ!」
「駄目っ!使うのっ!」
「あ!せっかくしまったのに引っ張り出すなよ!」
 
ハルヒは俺の手元の段ボール箱からマフラーを奪うと、手早く纏って見せる。
そして、俺に余った長い部分を差し出して満面の笑みを浮かべながら言った。
 
「うふふっ…はい、キョン?アンタの分よっ」


 
おしまい

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最終更新:2020年03月12日 14:23