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…━━━買い物を頼まれただけでも億劫だというのに、辿りついたコンビニは車と人で溢れ返っていた。
まあ、日曜日の午後の国道沿いのコンビニなんてこんなもんなんだろうが。
俺は、ひしめきあう車達を横目に自分が自転車で来た事に少しばかりの優越感を感じながら、それを店先に停める。
そしてハルヒに渡されたメモを見ながら首を傾げた。

『牛乳、味の素、ふりかけ』

まったく…前もってスーパーで買っておけば安く済んだのに━━━…


【HOME…SWEET HOME】

第3話・「偶然なんかじゃなかった」


━1━

買い物を済ませて店の外に出ると、突然「ガシャン」という音が聞こえた。
俺が自転車を停めた辺り…いや、間違いなくその場所からの音だ。
慌てて視線をそこに向けると、その直前に感じた微かな悪い予感は的中していた。
駐車スペースからはみだした車のバンパー部分が直撃したらしく、俺の自転車がひっくり返っている。

「あーあ、マジかよ…」

溜め息をつきながら倒れた自転車のもとへ早足で向かう。


そして倒れた自転車を起こそうと手を延ばした時、突然背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

「ふえぇぇ…大丈夫ですか?私…車を退げ過ぎてしまって…」

よく知っている、少しこもった丸みのある女性の声…

まさか!

慌てて振り返ると、そこにはその「まさか」が立ち尽くしていた。

「朝比奈…さん?」

見覚えのある白いスーツに身を包んだ朝比奈さんが、困惑した表情でこちらを伺っている。
そして相手が俺である事に気付いたらしく、途端に目を丸くした。

「あ、キョン君…!」

「ええ!お久しぶりです!…2年ぶりですか!」
「そうね!あなた達の結婚式以来だから…2年ぶりね!」
「いやあ、偶然とはいえ…どうです?その後…」
「相変わらずよ。それよりキョン君…」

再会の喜びに満ちていた彼女の表情が、突然波が退く様に冷めていく。

「あ、はい?」
「…ごめんなさい、あのね?その…偶然って訳じゃ無いの」
「…え?」
「貴方を捜してたのよ…」

そう言うと朝比奈さんは気不味そうに目を伏せながら、手にもっているポーチから2つ折りにしたメモを取り出して俺に差し出した。



「話したい事があって…」
「話、ですか?」
「ええ。明日…貴方の仕事が終わってからでいい。このメモの場所迄来てくれるかしら」
「別に構いませんけど…」

一体、何だってんだ…
了解はしたものの、俺は困惑の色を隠せない。
彼女はそんな俺の様子をやりすごすかの様に、倒れたままの自転車を気遣うように見つめながら「これ、大丈夫だったかしら」と心配そうに呟いた。
俺は「大丈夫ですよ」と自転車を起こしながら相変わらずの朝比奈さんの横顔に、こみあげる懐かしさを胸の奥で噛み締める。
だが、それと同時に彼女が俺を呼び出して何を話そうとしているのか気になって仕方がない。

「朝比奈さん?その、話って…」
「ごめんなさい、ここでは無理」
「…そうですか」
「ねえ、キョン君」
「何です?」
「最近、貴方の周りで変わった事やおかしな事って無かった?」

思わず例の課長の事を思い出す。
ハルヒに瓜二つの例の課長の出現…
変わった事と言えば変わった事だが、なんとなくそれに関しては喋りたくない。


というよりは、正直なところハルヒの『力』がどうのこうのといった話に、もう関わりたくなかった。
俺の中では既に終わった事だったし、事後調査として古泉や朝比奈さんがその後も活動している事は知ってはいたものの、もう俺とハルヒの生活には『関係の無い』事…
つまり、もうゴタゴタは御免なんだ。
俺は今の穏やかな生活を壊したくない…

「別に何も無かったですよ?」
「そう…」
「何か?」
「いいえ、じゃあ私はこれで失礼するわね…今日は本当に突然でごめんなさい。しかも、あまりゆっくり話せなくて」
「別に…大丈夫ですよ」
「今は貴方にあまり接触出来ないのよ。また明日詳しく…ね?」

接触…か。
こんな言葉使いをするって事は、やはり彼女が従事ている組織絡みの話…つまりハルヒに関する事なんだろうな。
となると…
やはり例の課長の存在は女房に何か関係があるのだろうか…

嫌…だな。

俺は「分かりました」と頷くと、彼女が背を向けると同時に自転車に飛び乗り、走り始めた。





コンビニから家までの間、俺はペダルをゆっくりと踏み回しながら少し昔の事を思い出していた。

3年前…
大学を出てから1年後の夏だったか。

「久しぶりに高校時代の…SOS団のメンバーで集まりませんか?」

そんな古泉からの突然の連絡で、俺達は集合した。
そこで俺はハルヒ以外の三人から、ハルヒの持つ力が完全に失われた可能性がある事と、それにより各々が別々の道へ歩み始めることになった事をこっそりと告げられる。
古泉と朝比奈さんはしばらくの間、ハルヒの能力についての各々の所属する組織のもとで事後調査に当たる事に。
長門は…確か「やりたい事がある」と言ってたな。
その後、その日を最後に三人は音信不通になった…
…いや!古泉と朝比奈さんは、それから1年後の俺とハルヒの結婚式の当日に突然現れたんだ。
そういえば俺は、未だに何故二人が結婚式の日や場所を知っていたのかを知らない…
連絡先も判らずに招待状も出しそびれていたから、来てくれた事に対しての嬉しい気持ちで胸が満たされてしまい、その向こう側にあると思われるなんらか事情については深く考えなかったんだっけ…



ぼんやりと色々考えているうちに、俺は危うく家の前を通り過ぎてしまいそうになった。
慌ててブレーキを握り、少し弧を描くように戻りながら玄関先へとハンドルを傾ける。
そして素早く自転車を停めると、一回だけ深呼吸をした。
何事も無かった様に玄関のドアを開ける為に。

「ただいま」
「おかえり…遅かったわね?」
「ああ…少し立ち読みしたりして…」
「ふーん…まあ良いわ!ちゃんと牛乳も買ってきてくれたみたいだし。これで無事にシチューが作れるわねっ!」

ハルヒはそう言いながらコンビニのビニール袋を俺の手から奪いとると、颯爽とキッチンへと消えた。

俺はリビングのソファーに腰を下ろし、力を抜きながらボンヤリと部屋の中を見回す。
しばらくしてキッチンから鍋の沸く音と包丁がまな板にトントンと触れる音が聞こえてきた。

代わり映えの無い日常の一場面…
ああ…
こんな日々が、このまま続きますように…




━2━

一夜開けて月曜日である。
憂鬱な月曜日…いや、世の中に憂鬱じゃない月曜日なんて存在するのだろうか。
ましてや今日の俺には、ただでさえ憂鬱な月曜日に加えて仕事の後に例の約束が待ち構えている。
故に会社に着いてからも一向にテンションが上がらない。
そんな訳で…結局俺は外回りに出る事を諦めて、今日一日をデスクワークに当てる事にした。

しかし、会社に残ったからといって気分が晴れる訳ではなく、事あるごとにボンヤリと昨日の事を思い出してしまう。

(一体、朝比奈さんの『話』とは何だろう…)

そんな俺の様子を見ていたのだろうか…ふと気が付くと、課長がムスッとした表情で腕を組みながら俺のすぐ側に立っていた。

「ちょっと、キョン!何サボッてんのよ?外回りはどうしたの?」
「べ…別にサボってませんよ。今日はデスクワークに専念するつもりなんです。年末に処理しきれなかった返品やら交換品が未だ手付かずだったもので…」
「そのわりには、さっきからボケーッとしてるじゃない?」
「…そうですか?疲れているのかな…」



言い訳だ。疲れてなどいない。

「正月に遊び過ぎたのかしら?とにかく、しっかりして貰わなきゃ困るわね」

課長は眉をしかめながら溜め息まじりにそう言うと、自分の席に戻って行った。
そして椅子に腰を下ろしたかと思うと、机の上のディスプレイの横からヒョッコリ顔を覗かせて俺を呼ぶ。

「ねえ、キョン!」
「あ…はい?」
「アンタ、お昼はどうするの?」
「いえ、適当に…」
「ふーん…ねえ、ラーメン好き?」
「え?ああ…嫌いではないですが」
「じゃあ、アタシに付き合いなさいっ!」
「えっ……?」
「何よっ?今、嫌な顔したわねっ?」
「し…してませんよ!」
「それじゃあ決まりね!上司の誘いは有り難く受けるものよっ!」

ラーメンねぇ…
まあ割り勘て事は無いだろうし、断る理由も無いな。


なんたって「上司の誘い」なんだからな。

昼飯の話をされたからではないが、なんとなく時計を見るともう十一時を回っていた。
さて、少しでも仕事をするか…

しかし、毎度の課長のハルヒ然とした仕草には微妙な気分になる。
いや、仕草だけじゃないルックスも何もかもが「ハルヒ」なんだ…

『最近、貴方の周りで変わった事やおかしな事って無かった?』

不意に昨日の朝比奈さんの言葉が頭をよぎる。
(おおアリですよ…朝比奈さん)

まずい…俺、また昨日の事を考えようとしてる…
俺は慌てて机の上に書類を揃えると、胸の奥にこびりついたモヤモヤを、目の前の仕事で覆い隠した。




━3━

終業のベルが鳴った。
幸い、隣の席の煩い奴…もとい谷口は未だ営業からもどって来てはいない。
帰って来たらまた「一服してから帰ろうぜ」とか言い出すだろうし、断れば「なんだよ、愛妻家だねぇ」と冷やかすだろう。
それで「いや、用事があるんだ」と家とは逆の方向へ向かえば、次の日には「なあなあ、もしかして女でも出来たか?」とか煩いから、用事がある日は谷口が戻る前に早々と帰るのが賢明だ。

素早く支度をして営業所の出口へ。
そして、駐輪場へ辿りつくと上着の内ポケットから携帯を取りだす。

『すまん、今夜は少し遅くなる』

電話で言いづらい連絡事項がある時程、この『メール』の存在に有り難みを感じるものだ。
俺は手早く送信ボタンを押すと、朝比奈さんのメモに書いてあった駅前にある筈の店へと向かった。

年明け間もない駅前の町並みは、つい最近の年末の喧騒とはうって変わって緩やかな時の流れの中に在った。
俺は歩道に沿うように所々に設けられた駐輪スペースの中から適当な場所を選ぶと、自転車を停めて鍵を二重にかける。
会社で無理矢理買わされたとはいえ、一応高価なモノだからな。

そして、辺りを見回しながらメモに書いてある路地を探した。



ドラッグストアの在る交差点…
そこから二つ目…
路地にあるのは目的の場所『catze』…

何て読むんだろう、英語じゃあないな…
しかも、喫茶店なのか飲み屋なのか…

考えながら歩いているうちに、俺はどうやら目的の場所に着いてしまったらしい。
黒ずんだ木の看板にcatzeの文字、煉瓦造り風のエントランス。
喫茶店とも飲み屋とも見えるが、健全な印象はまるで無い。

とりあえずドアを開けて中に入る。
客は誰も居ない様だ…。
ほのかに香るラベンダーと青紫を基調にした間接照明…
抽象的なデザインのインテリアはオーナーの趣味か…?

奥にあるカウンターへと進むと、カウンターに袖の無い淡い紫色のドレスの様な服を着た細身の女性が、こちらに背を向けたまま立っているのが見えた。
そして近付いた俺に気が付いたらしく、ゆっくりと振り返りながら「いらっしゃい」と…

「!」


…ちょっと待て!長門…か?
恐る恐る「久しぶり…」と話し掛けてみる。
すると、何も言わずにジッとこちらを見たまま「コクリ」と頷く…



長門…だ!驚いた!
少し背が伸びた様だが、薄い唇と銀色の髪…何よりもその独特の雰囲気と仕草で判る!

「驚いたな。ここは……お前の店か?」
「そう」
「…やりたい事があるって言ってたのはコレの事か?」
「違う。これは仕事」
「そう…か」

長門は相変わらずの淡々とした調子で俺に答えると、クルリと背を向けて何か用意を始めた。
そして、しばらくすると再び向き直りグラスに入った何かをさしだす。

「長門?」
「飲んで」
「ん、ああ…」
「サービス」
「ああ…ありがとう」
礼を言う俺を見て、再び頷く長門。
3年前の姿が思い出せなくなるくらい、大人っぽくなった…

「どうしたの」
「…っ、いや!何でも無い」
「そう」

な…何を長門相手に俺は!

慌てて何か別の話題を探す。
だが、こういう時ほど気の利いた話題は出てこない。



「あ…あのさ、今日は朝比奈さんに呼ばれたんだ」
「知ってる」

この程度だ。
しかし…『知ってる』って事は、今回の朝比奈さんが話そうとしている事を長門も把握しているという事なんだろうか。
俺は意を決して自分から、自分自身が触れたくない『あの事』を切り出してみる事にした。
『あの事』とは当然、俺の女房であるハルヒと最近現れたハルヒの生き写しの様な課長の事だ。

「あのさ、今日俺が呼ばれたのは…ハルヒの事だよな?」

長門は黙って頷く。俺は決心が揺らがぬうちに続けようと言葉を繋いだ。

「それと…俺の目の前に現れた、ハルヒにそっくりな女の事か?」
「そう」
「いや…しかし長門、彼女は偶然ハルヒに似ているだけだと思うんだがな。苗字も名前も似ているけど違う字だし…何か問題があるのか?」
「ある。彼女は…」

長門が言いかけたその時、店の入り口のドアがガチャリと開いた。
誰が来たのかは…もう見なくても判る。
俺は特に振り返りもせずに、先程長門の差し出したグラスを一気に飲み干した。
そして空になったグラスを置きながら、これから告げられるであろう何かから逃げ出したい衝動に駆られ、思わず目を閉じる。

「偶然なんかじゃなかった…か」

目を開くと、思わず呟いた俺を長門の藍色の瞳が静かに見つめていた。


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