ハル……お……ル………ハルヒ!
何よ…まだ寝たばっかりじゃないの…。
…ルヒ!起きろって!
誰よ…その声は…
ハルヒ!
…キョン!?
ふと意識が戻る。目の前にはキョンの顔があった。
「やっと起きたか…やれやれ」なにやら安心したような表情のキョンがそこにいた。
辺りを見回すと、見慣れた建物があった。学校だ。
天気も良いし、寒くない。今は12月なのに。
「いきなり寝るもんだから驚いたぞ」キョンがそう言ってあたしを起こす。
キョン!あんた本当にキョンなの!?
「ああ、どうしたんだ?いきなり」
あ、いや…なんでもないわ…。
「どうしたんだ。悪い夢でも見たんじゃないか?」キョンがバカにいたような笑い声を出す。
そうね…ちょっと悪い夢を見てただけよ!
…でも内心理解していた。今この場こそが夢なのだと。
理由はわからない。ただ、今居るここが夢だと言う事ははっきりを認識していた。
「早く教室に戻らないと、授業が始まるぞ?」
携帯電話で時間を確認したのか、キョンが校舎を指差す。
…ねぇ、キョン。
「ん?なんだ?」
このままサボってどこかに行かない?
「本当にどうしたんだ?ハルヒ。お前らしくないじゃないか」
…いいから!
そう言ってキョンの手を引っ張った。

「お、おい!」
すぐ後ろから驚いたキョンの声が聞こえてくる。
たとえ夢でもいい。キョンが今ここに居る!
少し走って校庭に下りた。ここまで全力疾走したのが堪えたのか、
キョンは息を切らしながら
「おいハルヒ!一回止まれって!」と言ってくる。
その言葉であたしは少しペースを落とし、校庭の真ん中くらいで一度止まった。
振り返るとキョンが肩で大きく呼吸している。
まったく!これくらいでへばってどうすんの!
「いきなり走り出す奴があるか…まったく…」
息を切らしながらキョンが答える。
ふと辺りを見回すと何かが記憶をかすめた。
そう言えばあの時の悪夢…ここでキョンにキスされたんだっけ…。
「一体どういうつもりだ?ハルヒ。いきなりサボろうなんて」
少し呼吸も整ったのか、キョンが聞いてくる。
いいじゃない!サボりたかったのよ!それに…あんたと居たかったの!
「はぁ?」
訳がわからないといった顔をするキョン。
言い訳は無し!あんたはSOS団を無断でサボったんだから!本来なら死刑よ!
「サボったってお前……」
そこでキョンは言葉に詰まったようだ。図星なのかしら。夢の中でも団をサボるなんて最低ね。
いいから!あたしがどれだけあんたの事心配したと思ってるのよ!
本来なら死刑よ死刑!!
一方的にキョンに向かってまくし立てる。これがいつものあたしだ。
キョンもいつもみたいにやれやれって表情をしている。

「すまない、ハルヒ」
キョンは意外にも素直に謝った。
何よ!その程度の謝罪で許されると思ってるの!
「本当にすまない」
いくら言葉で言ってもダメよ!あんたは重罪なんだから!
夢の中のキョンに責任が無いのはわかっている。でも今のあたしにはこのキョンが全てだった。
どうしても許して欲しいって言うなら…何か誠意を見せなさいよ!
「そうは言われてもなぁ…どうすればいいんだ?」
それは!自分で考えるの!ふん!
そこまで言うとあたしはそっぽを向いた。…少し後悔した。
せっかくキョンに会えたのに…素直に言葉が出てこない。
言葉に出したって相手は夢で自分が作ったキョン。ただの自己満足だって知ってる。
それでもあたしは再会できたキョンの顔を見たかった。
夢の中だし、ちょっとくらい不自然でもいいわよね…?
ちらっとキョンの方を見たらキョンは真剣そうな顔をしていた。
どうやら本当にどうするべきか悩んでいるらしい。
キョンってあたしの事をけっこう真面目に考えてくれてたんだ…。
ふと意識が薄くなる。もしかして夢が終わろうとしているの?
嫌よ…やっとキョンに会えたのに…。
目の前ではキョンが何か言っている。しかし声はもう自分に届いていない。
キョン!何を言ってるの?もう一回言って!
こちらの声も届いて居ないのかキョンが喋り続ける。
そんな…キョン…。目の前の出来事から逃げたくなって目を閉じようとした。

その時、突然キョンがあたしを抱きしめた。
…え?
見るとキョンが何か囁いている。何を言ってるの?全然聞こえないよ…。
気が付くとあたしもキョンを抱きしめていた。でも感覚が無い。
気が付いたらキョンに抱きしめられているはずなのにその感覚も無かった。
本当に夢が終わろうとしているみたい…。こんなの嫌…。もっとここに居たい。
キョンがまた何か言っている。だから聞こえないってば…。
そう言おうとする前にキョンの顔が近づいていた。
そして…唇が重なった。
これまでほとんど感覚が無かったのに、この時だけはっきりとそれがわかった。
唇の触れる感覚が伝わってくる。
うれしい…キョン…あたし…キョンが大好きだよ…
その思考を最後に、目の前は真っ白になった。

次に意識を取り戻したら、朝だった。
何か眩しいと思ったらカーテンの隙間から入ってきた朝日が目に入っていたようだ。
ふと自分の唇に手を触れる。ついさっきまで夢の中でキョンの唇に触れていた。
でも…今ここで目覚めたという事実がそれが夢だった事を告げている。
そう思ったらまた気分が沈んだ。そっか…やっぱり夢だったんだ…。
つまり現実ではキョンは居ないままだ。
さっきまで話していたのに。朝起きたばかりだと言うのにまた涙が出てきた。
夢が覚めたら最悪の気分じゃない…。

昨日にも増して重い足取りで学校に向かう。
その内、重さで足がおかしくなるんじゃないかって気さえする。
もう…学校にも行きたくないな…。休みが明けて授業が始まって…
その時にキョンが居なかったら、あたしはどうなるんだろう。
今の心境から考えれば登校する気になんてなれないだろうなぁ。
クラスが変わってもキョンは同じクラスにいたし座席もあたしの前だった。
2年になってもクラスの連中があたしを避けていたのは知っていたし、そんなあたしと話す
キョンもまた変わり者を見る視線を受けていたのを知っている。
キョンは比較的クラスに馴染んでいたけど、あたしは全然だ。
きっとキョンがいないクラスなんて退屈の塊でしかない。
そんなところに行く理由は無いわ…。

部室のドアを開けると、やはり3人しかいない。
「おはようございます。涼宮さん」
古泉君はいつも通りのスマイルで挨拶しているけど、すこし引きつっているように見える。
「あ…おはようございます…今、お茶用意しますね…」
みくるちゃんは露骨に元気が無い。
有希は…いつも通りだ。ここまで変わらないと怒りのような気持ちさえ浮かんでくる。
あんたはキョンが来なくて悲しくないの!?
そんな事を有希に当たってもしょうがない。そう思っていつもの様に座席に着き、パソコンを点けた。
キョンが居ない生活もこれで1週間、ここ毎日はずっと同じことをしている。
何かをしようって気分にはなれなかった。言い出せば皆賛成するだろうとはわかっていたけど、
それだけの元気が自分の中から無くなっているのを痛いほどに自覚していた。
こんな日はいつまで続くんだろう…。

11時が近くなった時、突如その音は鳴り響いた。
しばらく聞かなかった音なので全員がびっくりしたようだ。
ドアをノックする音だった。
「は、はぁぃ…どうぞ」精一杯元気そうな声を出してみくるちゃんが答える。
何よこんな時に…こんな冬休みにSOS団に来るバカは…今は依頼を受ける気分じゃないのに…。
パソコンの画面を見ながら視界の端ではドアを開けて入って来る生徒が目に入る。
男子生徒らしい。「あ…え…?」みくるちゃんが不思議そうな声を出す。珍しいお客かしら。
またコンピ研あたりがわけのわからない勝負を持ち込みでもしたのかしらね。
ドアに入ってきたその男子はこう言った

「すまんハルヒ、寝坊しちまった」

……え?その声…まさか…
パソコンから目を離し、そこに立っている男子を見る。
他の誰でも無い、そこに居たのはキョンだった。
眠そうな顔をしている。今の声もどことなく眠そうだった。
………キョン?
「すまなかったな。一週間も空けたりして。いろいろと事情があってだな…」
……………この、バカァ!!!!!
気が付くとあたしは思いっきり叫んでいた。

その声の大きさに驚いたのか、喋ろうとしたポーズのままでキョンが固まっていた。
他の3人も身動き一つしない。でもそれくらい驚いていたのはあたしだって同じだ。
「おいおい、いきなり怒鳴る事はないだろ…」
うるさい!このバカ!今まで何やってたのよ!
「それがだな…まだ若かった叔父が急に亡くなったんだ。それで…」
叔父?亡くなった?あの喪服?叔父の葬式?
キョンの言葉を聞いたと同時に頭が混乱していた。でも確かにあの時キョンって…。
「葬式で一週間ほど家を空ける事になってな。
連絡しようと思ったんだがうっかり携帯を忘れたんだ。それで…」
途中からキョンの言葉は意識に残っていなかった。頭のなかでぐるぐる回っていた何かを吹き飛ばすように、
あたしは叫んでいた。
もういい!!
その一言でふたたび沈黙が訪れる。
何今頃になって説明してんのよ!これまで音信不通で!!
「だから携帯を…」
うるさい!!!
そこまで言うとあたしは走り出していた。何故かはわからない。
ただこの場所から一刻も早く出たかった。
部室を飛び出したあたしは無我夢中で走りまわった。

自分でも錯乱しているのがわかっていた。どこをどう走ったかも覚えていない。
気が付くと校舎の外に出て、校庭に向かおうとしていた。
「おい!ハルヒ!待てって!」
後ろからキョンの声が聞こえる。
でも止まりたくなかった。キョンの声を無視して走り続ける。
校庭に降りてもスピードを緩めることなく走ろうと思った。
しかし、ここ数日で気が滅入っていたこともあったのだろう、予想以上に息切れが早い。
「ハルヒ!」
後ろからはあたしを呼ぶ声が続いている。
でもこれ以上は走れなかった。結局校庭の真ん中ほどであたしはペースを落とし、止まった。
息を荒げながら追いついたキョンの顔にも疲れが出ている。
「どうしたんだよいきなり」
あたしはキョンの方に向き直した。でも顔を上げる事はできなかった。
うるさいわね…。どうして今まで連絡ひとつしなかったのよ。
「帰ってきたのは今日の早朝だ。携帯を見たら電池は切れてるし、直ぐ充電したが間に合わなかったんだ」
あんたが居なくて…あたしがどれだけ心配したと思ってるのよ…。
「要らない心配をかけてしまったのは誤るよ。すまない」
要らない心配ですって!?あたしの気持ちも知らないで!
怒った声こそ出していたが、あたしは泣いていた。
堪えようとしても涙は止まらなかった。
あんたの家に行った時、喪服のお母さんと妹さんが出てきて、それで…
あたし…あんたが死んだと思って…毎日辛かったのよ!

「ハルヒ……」
キョンが心配そうにあたしの名前を呼ぶ。
あんたにあの時のあたしの気持ちがわかるの!?あたしがどんな思いだったか…
そこまで言った時、ふと背中に力が込められた。
キョンがあたしを抱きしめている。
「すまない、ハルヒ」
「…本当にすまない」
「心配かけたな…」
キョンの言葉が優しさと一緒に伝わってくる。今キョンは本当に心配してくれてる。
あたしがどんな思いだったか……キョン…キョン…
涙を堪えることも辞め、ただキョンにすがりついた。
泣きながらあたしはキョンの名前を繰り返して呼び、
キョンもあたしを抱きしめながらあたしの名前を呼んでいた。
ちょっと状況は違うけど…あの夢が本物になっていた。
キョンはここに居る。キョンから伝わる体温を感じる。
涙と共にあたしにのしかかっていた不安も流れていく。
心が洗い流されるような、そんな気分だった。
ふと視界がキョンの方に向いた。どうやらキョンが顔をあげさせたらしい。
女の子の涙を見ようなんて不謹慎ね。
キョンは何かを言いたそうにしている。いつになく真剣な眼差しで。

「なぁ、ハルヒ。俺は口の上手い方ではないから良い言い方ができないんだが…」
「俺もお前と会えず、連絡も出来なかった一週間、辛かったんだ」
え…?どういう事?
「それなのにお前は心配しちゃいないだろうと思い込んでた。すまない」
「ハルヒにも随分心配をかけさせたんだな」
キョンが珍しくまともに謝っている。それにいつもより言葉に気持ちがこもってる。
「俺はハルヒが傍に居るのが一番だ。これからもそうして欲しい」
「俺にとって今のお前は大切な存在なんだ」
キョン…それって愛の告白?
「ああ…そう受け取って欲しい」
キョンも…あたしの事が好きだったの…?
「そうだ。俺は……お前が好きだ」
あたしは改めてキョンの顔を見た。キョンの目は真剣だ。
なんて答えようか少し悩んだ。いや、本当は悩んでなんていなかった。
だって答えは自分の胸にあったから。
あたしも…キョンが好き…もう離れたくない
「あぁ…これからは一緒に居よう」
あたしを抱きしめるキョンの腕に力が入る。
キョンと完全に目線が合って数秒が経った。
あたしは昨日の夢を思い出していた。
あと時のキョンが最後に言った言葉は今言った言葉と似ていた気がする。
それなら…この後の出来事も同じ…?

キョンは無言だった。何かを戸惑っている様にも見えた。
あたし自身も戸惑っていた。もしあの夢が正夢なら…キョンとキスする事になる。
かつて見た悪夢と同じ場所で見た夢と。
もしかしたらキョンも同じ夢を見たのかもしれない。だから戸惑っているのかも。
キョン…
ふとあたしは彼の名前を呼んだ。
それが後押しとなったのだろうか、彼の顔から戸惑いがなくなった。
あたしは目を閉じた。
唇の触れる感覚だけが頭の中を駆け巡る。
校庭で二人きりでキスするなんて…わかりやすい夢を見たのね…あたしも。
でも今あたしとキョンがしているキスは…間違いなく現実のもの…

数秒間のキスだったはずだけど、あたしにはとても長い時間に感じられた。
キョンの体温が伝わるのを感じる。キョンの鼓動がわかる。
そんな気持ちの中で泳いでいた時、ふと首筋に一点の感覚が走った。
…冷っ!
その刺激と共にキョンと唇を離してしまった。
突然だった為か、キョンが驚いた表情をしている。
だけど、そのキョンの後ろに何かが写っていた。
……雪だ。
さっき触れたのは雪だったんだ。

「雪が降ってきたのか。ここ1週間天気は良かったんだがな」
ぼや~っとキョンが呟いている。
綺麗…
あたしはふとそんな言葉を呟いていたらしい。
「そうだな、まだ朝だし、辺りが明るいから光を反射してるんだろ」
キョンの言うとおり雲にはまだ晴れ間が射している部分もある。
木漏れ日のように射してくる陽の光は雪を照らし光輝いている。
―――まるで宝石のように―――
キョンとあたしはその美しい光景に見惚れていた。
この辺りでは雪はあまり降らないし、まして積もることもない。
さらに言えば朝方のこの時間に雪が降る確立は相当低いだろう。
その幻想的な雪の輝きは、心を通わせたあたしたちを祝福しているかのようだった。
「……行こうか、ハルヒ」
そう言ってキョンが手を差し出してきた。
……うん。行こう。キョン
あたしはその手をしっかり握った。もう離したくないと思いながら。

そのままの状態で部室に戻ったので、3人がそれぞれのリアクションで応えてくれた。
古泉君は「おや、おめでとうございます。お二人さん」と祝いの言葉を述べてくれたし、
みくるちゃんは「わぁ~、やっとですね~」と言った。前から予想されてたのかしら?
有希はあたし達の方を少し見てまた読書に戻った。本当に何も感じないのかしら…。
と思っていたら小さく「…おめでとう」と言った。…ありがとう!有希!みんな!

その日帰ってからキョンに電話をした。
用件は明日土曜日の予定についてだ。不思議探索も予定に入れてないし、
せっかくだからデートに行こうという件で。
もちろんキョンは直ぐに了承した。どこへ行こうかと話している内に時間は過ぎ、
大よその予定を決めて電話を切った。

この一週間は本当に辛かった。でも今はそれ以上に幸せだと感じられる。
だって今のあたしの傍にはキョンが居るから…。
明日にはどんな話をしよう…目を閉じて眠るまでの間でそれを考える。
これからあたし達はどう変わっていくんだろう。それはわからない。
でも、キョンと一緒なら大丈夫だよね。
だから、また明日。
おやすみ。キョン―――


FIN...



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