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 ついこないだまで、汗だくで通学ハイキングコースを行き来してた覚えがあるんだがな。季節の移り変わりってのは、まったく感知しがたいもんだ。
 寒空の下、路肩に自転車を停めて白い息を吐いた俺は、サドルに腰掛けたまま片手の手袋を外した。取り出した携帯のボタンをピッと押して、一軒家の2階の窓を見上げながらコール音を聞く。2回目…3回目…4…。


「何よ、キョン!? いきなり電話してきたりして!」

 もしもしの挨拶も無しか。相変わらずだな、ハルヒ。まあ、昨日の不思議探索から1日で変貌されても困るんだが。

「ん、ちょっと渡したい物があってな。実はもうお前ん家の前まで来てる」

 俺がそう伝えると、見上げている窓のカーテンの横に、驚き呆れたような顔が現れた。

「ったく、突然すぎるじゃない…」

 スウェットパンツとトレーナーにカーディガンを羽織った思いっきり普段着な姿で、ハルヒはぶつぶつ不平を垂れながら玄関先に出てきた。ふふん、完全に意表を突かれたようだな。いつもは俺が一方的に驚かされてばかりだから、たまにはこういうのも良いもんだ。

「用があるならさっさと済ませなさいよ! 風邪引いちゃったら責任問題だからね!?」
「へいへい。ほらよ」

 自転車のカゴから取り出した茶色の紙包みを、俺はハルヒに手渡してやった。ずっしりとしたその重量感に、ハルヒは目を丸くする。だいたい2kgくらいって所か。

「これ…栗?」
「ああ、田舎からたくさん送られてきたんでな。おすそ分けだ」
「わざわざ、届けに来てくれたの…?
 っていうか、先に電話で確かめてから来なさいよ! もしもあたしが家に居なかったらどうするつもり!?」

 なんでそう顔を真っ赤にして怒る。

「いいだろうが、ちゃんと居たんだから。それとも栗は嫌いか?」
「そんなわけないじゃない、大好きよ。…あっ」

 答えた後、ハルヒは何故か気恥ずかしそうにうつむいてしまった。なんだ? 栗が好きだって言うのは恥ずかしい事なのか?
 どうも乙女心というのはよく分からん。そもそもハルヒを乙女にカテゴライズして良いのかどうかも微妙だが。

「まあいいや、好きなら味わって食べてくれ。婆ちゃんがせっかく採ってくれた奴だからな。ああ、でもたまに虫が喰ってる奴があるから気を付けろよ」
「うん…ありがと…」

 ほう、ハルヒが素直に礼を述べるとは。食べ物の力は偉大だな。
 これだけでも、わざわざ出向いた甲斐はあったかもしれない。まあおふくろに頼まれた買い物のついでだが。

「あのさ、キョン。外、寒いし…せっかくだから、う、うちでお茶でも飲んでけば…?」
「いや、実はおふくろにお使い頼まれててな。タイムサービスがそろそろだから、もう行くわ」
「そ、そう。残ねn…ううん、何でもないわよ何でも!」
「? じゃあな、ハルヒ。お前こそ風邪引くなよ!」

 軽く敬礼して、俺は再び寒空の下に自転車を漕ぎ出した。さて、急がなきゃ本当にタイムサービスに遅れちまう。鶏肉に白菜に白ネギだっけ、今夜は水炊きだなこりゃ。
 北風にケンカを売るように、俺は全力で自転車を走らせた。



 翌日、つまり月曜日の朝。

「おはよう、ハルヒ」

 教室に入った俺は、普段通りに挨拶をしたつもりだったんだがこれに返事は無く、机に片肘をついたハルヒはじとっとした眼差しで俺を見上げただけだった。なんだ? 俺が何か悪い事でもしたか?

「別に、悪くはないんだけどさ」

 ぶっきらぼうに、ハルヒはそう語り始めた。

「あんたの寄こした栗、母さんが栗ご飯にしてくれたのよ。それはいいの、美味しかったし。
 でもね? 自分が貰ったんだから自分が下ごしらえしなさいって、あたしが皮を剥かされたのよ!?」

 ああ、そうか。と俺は合点が行った。俺が昨日持って行ったのは、いわゆる『和栗』だ。天津甘栗なんかに使われる『中国栗』は、渋皮と中の実との間に隙間があるので皮を剥けばすぐ食べられるが、和栗は実と渋皮がべったりくっついているので、硬い外皮を剥いてからさらにナイフ等で渋皮を取り除かなければ、食べられない。
 俺にとってはそんなの当たり前の事なんだが、ハルヒにとっては想定外の面倒だったんだな。確かに1個や2個ならともかく、何十粒と格闘するのは地味でくたびれる作業ではある。

「まったく、貴重な日曜の午後が丸潰れになっちゃったわよ!」
「いいだろうが、美味い栗ご飯が食べられたんなら」

 イガを外す事から考えると、本当に手間が掛かるよな和栗は。でもその分、中国栗よりずっと味は奥深いんだぜ?

「そりゃそうだけど。でもまだ半分くらい残ってるのよね。はー、今日も帰ったら皮剥きかあ…」
「はっはっは、せいぜい頑張ってくれたまえ」

 冗談っぽくそう笑い飛ばしてやると、ハルヒはアヒルみたいな三角口で俺を睨んだ。そして。

「人の事をどうこう言う前に、あんたもしっかり努力しなさいよ!?
 渋い皮を剥いたら…その下には、ちゃんと甘い所が待ってるんだからね…」

 そう呟くと顔を真っ赤にして、ぷいっと窓の外を向いてしまう。はあ? 何だそりゃ? 俺も母親の手伝いをしろとか、そういう意味か?
 訊ねようとした矢先、教室の前の方から「おはよう! さあ今日も元気にホームルーム始めるぞー!」という岡部の声が届いて、俺は正面へ向き直った。
 背中で小さく「鈍感っ」という声が上がった、ような気がした。



渋皮やさしく剥いたなら   おわり


※『嘘から出た松茸』につづく※
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