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「つばめよ 高い空から… 教えてよ 地上の星を…」
「あははは、いいわよー有希!」
「長門さーん、こっち向いてー。えいっ!」

中期試験明けの放課後。
制服のまま、平日格安のカラオケボックスへ突撃した
あたし率いるSOS団一行は、慰労カラオケパーティーを
楽しんでいた。ここ数日は活動らしい活動もなく、
部室でもほとんど試験勉強一色だったものね。みんな、今日は
めいっぱい羽を伸ばしなさい。団長が許可するわ!

無表情ながらなんだかんだでよく歌う有希に、そんな有希を
物珍しそうに写メに撮りまくってるみくるちゃん。
穏やかな微笑みで手拍子を入れている古泉君。うんうん、
みんな楽しそうね!
と、そんなあたしの上機嫌さは、古泉君の隣に視線を移した途端
どこかへ飛んでいってしまった。ウーロン茶のグラスを片手に、
曲目帳をぺらぺらめくっているバカ男。
さっきから、こいつはずっとこんな調子だ。ああ、もう!
カラオケで真剣に曲を選んでる奴って本当にバカだと思うわ!
思いついた曲を思いついた先から入力しちゃえばいいじゃない!?
時間は有限、歌った者勝ちなのよ!

「ちょっとキョン! ノリ悪いじゃない!?」

バン!と片手をテーブルに突いて、思わず声を荒げてしまう。
するとキョンの奴は、顔を上げてあたしを見たかと思うと、
ふうと重い息を吐いた。

「悪かったな、ノリが悪くて。今回は俺史上でも最大クラスで
勉強させられたからな。まだ試験疲れが残ってんだよ」

なによ、根に持っちゃってるの? そりゃ、ここ一週間近くの
放課後は、あたしが付っきりで、ほとんど強制的に
勉強という勉強を叩き込んでやったけどさ。
それもこれも、あんたのためじゃない。赤点さえ喰らわなきゃ
御の字だなんて、最初から諦め発言しててどうすんのよ。
そんな事じゃ将来…将来…その、
あ、あんたが困る事になるんだからねあんたがッ!

「ああ、感謝はしてる。実際、今回は自分でも驚くくらい
手応えあったしな。ただ、ずっとテストに集中してた分…」
「ふふ、いきなり歌えと言われても、そうは
気持ちの切り替えが出来ませんか」

したり顔の古泉君に、キョンはなおざりに頷いていた。

ふん、あの程度のテストでそんなに緊張してんじゃないわよ。
このあたしが隣で勉強見てあげてたのよ? 手応えありまくりで
当然だわ。
そうよ、あんたが頑張ってたのは、あたしが一番よく知ってる。
だから今日はねぎらいの意味も込めて、パーティーを
開いてあげたっていうのにさ。そんな辛気くさい顔をされたら…
ほ、ほら、みくるちゃんや有希だって、白けたような
表情してんじゃない。もう、全部あんたのせいだからね、キョン!

「いいわ、歌いたい曲が見つからないんだったら、
この団長様が決めたげる。適当にピッピッピのピッと…
さあキョン、これを歌うのよ!」
「おいおい、闇カラかよ。俺、レパートリーそんなに広くねえぞ」
「いいから、さっさと歌う!」

あたしに指差され、古泉君に背中を押され、有希にもマイクを
突きつけられたキョンは、やれやれと言いたげな顔で
小さなお立ち台に上がった。あたしの隣では、みくるちゃんが
柔らかな笑顔でぱちぱち拍手をしてる。
やがてカラオケ装置がフィーンとうなり始めて、曲名が
パッとモニターに表示された。『言えないよ』…?

「ほう、郷ひろみですか」
「でもこれ、割と最近の曲だよな。聞き覚えあるし。
これならなんとか歌えそうか」

イントロを聞いたキョンも、そう呟く。ふふん、言ったわね?
それじゃあせいぜい期待させて貰おうかしら?

腕組み足組みをしたあたしの視線の先で、曲に合わせて
キョンが歌い始める。最初はみくるちゃんたちもノリノリで
声援やら手拍子やらを送っていたけれど、
ゆるやかに曲が流れていく内にそれは次第にまばらになり、
そしていつしかあたしを始め、全員がキョンの歌に
静かに耳を傾けていた。
別に、キョンの歌が特別うまかったわけじゃない。歌自体は
可も無く不可も無く、十人並みといったレベルだ。
ただ、その歌詞が――

『言えないよ 好きだなんて 誰よりもきみが近すぎて
悲しいよ 夢だなんて
きみに届きそうな くちびるがほら空回り』

しっとりとしたスローバラード。切々と歌い上げられる
その歌詞に、あたしたち全員が聞き入ってしまう。
そう、その歌詞は、まるで――

と、間奏の合い間に隣のみくるちゃんがあたしの耳元に
唇を寄せて、小さくささやいた。

「うふふ。なんだかキョン君に口説かれてるみたいな
歌詞ですね」

途端、あたしは顔じゅうが熱くなるのを感じた。
みくるちゃんの感想は、まんまあたしの感想だったからだ。

『ああ きみをだれかにね
さらわれたなら 耐えられないくせに』

そう、その歌詞はあまりにキョンにはまりすぎていて。
そのせいだろうか、有希も古泉くんも、歌い続けるキョンに
ずっと視線を注いでいる。そして、あたしも…。

『言えないよ 好きだなんて 誰よりもきみが近すぎて
言えないよ 恋だなんて
お互いを知らない 季節に時計を戻せたら』

う、わあ…。ダメだ、ダメだこれ以上は。
これ以上聞いてたら、あたし…。

「涼宮さん?」
「ごめん、あたしちょっとその、ト、トイレ!」

気が付くと立ち上がっていたあたしは、キョンの歌から
逃げるように部屋を飛び出していた。



「はーっ、はーっ…」

幸いな事に、女子トイレには他に人影はなかった。
今のあたしを見たら、きっと変なコだと思われただろう、
洗面台に両手をついて、荒く息を吐いている女の子なんて。

鏡の中のあたしを見てみる。冷たい水で何度も
顔を洗ったのに、頬はまだまだ赤い。瞳も潤んだままだ。
気を抜くと、涙がぽろっとこぼれ落ちそうになる。

「なによ、何なのよ、これ…」

本当は分かってる。前から薄々は気付いていた。
あたしは、キョンの事が好きなんだ。
それを自覚してもなお、今日のあたしはどうかしている。
直接告白されたわけでもないのに。それっぽい歌を聴いた、
ただそれだけの事なのに。

キョンのあの歌が、耳にこびり付いている。それが
リフレインする度に、背筋をぞくぞくとしたものが走り、
息が詰まるほどノドが震え、膝がかくんと折れそうになる。
恋愛が精神病? とんでもない!
心が揺れるくらいじゃ済まないわ。身体にこれほど症状が
現れるんじゃ立派な病気よ。ビョーキ!

そうよ、『情が移る』とか言ったりするじゃない。テスト勉強を
見てあげてる間に、きっと感染しちゃったんだわ。
頭が悪いなりに、あいつはあたしの解説に一生懸命聞き入って。
しかめっ面でしばらく考え込んでたかと思うと、突然
パッと輝いた顔をこっちに向けて、

「ああ、そうかなるほどな! サンキュー、ハルヒ!」

なんて言ったりするんだもの。たまんないわよ、もう。

「うん…あたしはキョン病に、罹っちゃったんだ…」

自分で自分の肩を抱くように、身を縮こませて。ぽつりと
洩らした呟きが、女子トイレに小さくこだました。



ぼんやりとした足取りで、あたしは元いた部屋へと
歩いていく。あたしはキョンが好き。それは分かった。
あの歌を聴いて、これでもかと思い知らされた。
でも、じゃあ告白しよう!だなんて思えなかった。自分でも
信じられない事に。
もしも自分に好きな男が出来たりしたら、イチもニも無く
全力で突っ走って行くはずだと、あたしは自分の事を
そう思っていたのに。
クラスメートとして、そしてSOS団員として。あたしと
キョンの間にはすでに心地良い距離感がある。
今さら告白する事で、その距離感が壊れてしまうのが、
あたしは恐かった。足がすくむくらいに恐かった。

バカね、あたし。今まであいつの事を、何度もバカキョン
呼ばわりしてきたけどさ。
あたしの方がよっぽどバカだ。キョンを好きな事にも、
本当の自分はこんなに臆病なんだって事にも、
ちっとも気が付いていなかった。

どうしよう、あたし。キョンへの気持ちに気付いちゃって、
それでも今まで通りにふるまえるのかな。
分かんない。なるようになれだわ!って強がるしかない。
震える指先で、部屋の扉を押し開けて――

あたしは、唖然としてしまった。
部屋に残っているのはキョンだけだったのだ。どうして?
まだあと30分は時間が残っているはずなのに。

「あー、古泉は急用が入ったそうだ。
朝比奈さんは録画したい番組があったのに予約するの
忘れてましたぁ!とか言って、ついでに最近買った
DVDレコーダーの操作方法がよく分からないとかで、
長門を連れて行っちまった」
「あ…そ、そうなんだ」

出入り口付近で立ち尽くすあたしに、長椅子に腰掛けたキョンは
そう言って、やれやれと肩をすくめてみせた。

「って、みんな理由を付けてたけどな。多分、俺たちに
気を遣ってくれたんだと思う」

へっ?と目を真ん丸にしたあたしに顔を向けて、

「なあ、ハルヒ。ひとつ訊きたいんだが」

キョンの奴は、そうしておもむろに質問してきた。

「さっきの曲さ、知っててコード番号入れたのか?」
「そんなわけないでしょ。あたしはあの曲、さっき初めて
聴いたんだもの」
「だよな。いや、俺も歌ってて驚いちまったよ。
なんて言うか、俺の心情そのまんまの曲だったから」

え? それって…?

「あのな、ハルヒ。
俺が今日、カラオケに身が入ってなかったのはな、
確かに試験疲れってのもあったが、本当は
この後にお前に伝えたい事があって…どうにか
お前と二人きりになれないかって、うまい口実を
考えてたからなんだ」

とくん、と心臓が脈を打つ。

「ここ数日、お前は熱心に俺の勉強を見てくれてたよな?
ぶつくさ文句を言われて、ポカスカ頭を叩かれたりもしたが、
お前は俺が理解できるまで、じっくり説明してくれた。
そんなお前の横顔に、ふっと見とれてる自分がいる事に、
俺はしばらく前から気付いてたんだ」

はにかむように笑って、それからキョンは視線を前に
戻してしまう。それが何故だか寂しくて、あたしはキョンの方へ
歩み寄ってみた。
すぐ隣に腰掛けたあたしに、キョンはうつむいたまま
小さく言葉を続けた。

「それでな? 試験が終わったら伝えようと思ってた
言葉があったんだ。でも実際、こうして望み通り二人きりに
なってみても、やっぱり勇気が出てこない。
言いたいはずの言葉が、どうしても言えないんだ。
なんだかな。俺のせいでパーティーも白けちまったみたいだし、
どうにも俺って奴は…」
「意気地なしよね、ほんと」

ばっさり切り捨ててやると、キョンの奴は、がくーっと
目に見えてうなだれてしまった。あらら、ちょっと
意地悪が過ぎちゃったかしら?

仕方ないわね、ここは、こっちが少し譲ってあげますか。
あたしはひょいっと身を屈め、キョンの膝に
頭を乗せるようにして、下からあいつの顔を見上げた。
驚いたキョンが上体を起こすより早くあいつの首に腕を回して、
しっかりあいつの瞳を見据えながら、あたしは訊ねかけた。

「言えないの? どうしても?」
「あ、ああ、言えない」
「そう。でもあたしは意地っ張りだから、あんたが
そんなんじゃあたしの方からだって、何も言えやしないわ」
「…………」
「こんな調子でいつまでも待たされてたら、そうね、
本当に幻滅して失望しちゃうかも。
それまでに…言うべき事は言っておくべきなんじゃない?」

あいつの胸に寄り添うようにして、いたずらっぽく
そう問い詰める。
すると、それまで緊張した様子で固まっていたあいつが突然、
ぐっとあたしを抱きしめ、そして。

「言えねえよ。
言えないんだ、“好きだ”なんて。…これじゃダメか?」

あたしの耳元で、熱くそうささやいた。

「んもう、本当に意気地が無いんだから!
しょうがないわね。大まけにしてあげるわ、キョン…」

ぎゅっと抱きしめ返して、あたしもあいつの耳元でささやく。
えへへ、ゴメンね、キョン。意気地が無いのは、本当はお互い様。
あたしもそう簡単には素直になれないの。けど、いつか
きっと伝えよう。今はまだ言えない言葉を。

『あたしを選んでくれてありがとう! すごく、すごく嬉しい…
キョン、あたしもあんたの事が大好きよ!』

目の端に喜びの涙をにじませながら、意地っ張りなあたしは
胸の奥で、まだ言えないその言葉を噛み締めたのだった。



言えないよ   おわり
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