「痛い! 痛い! もうやめて! もういや!」
何度も何度も椅子で殴りつけられ、体は痣だらけ、心はボロボロ。あたし――朝比奈みくるは今いじめられています。



何時からだろう。こんなことになってしまったのは。
たしかいつも通り昼休み、友達と楽しくお弁当を食べていたら、ガラの悪いクラスメイトの女の子達に呼ばれて……



「あんたさ、ムカつくんだよね」
「そーそー」
「な、なにがですかあ?」
「それだよ、それ」
「かわいこぶってんじゃねえよ!」
そう言ってその子はあたしのお腹を強く殴った。さっき食べたばかりのお弁当を吐き出しそうになり、そこでうずくまる。
「い、いたいですう……」
「コイツまた!」
「まって、次アタシ」
今度は横腹を思い切り蹴られる。肋骨が激しい痛みを訴え、涙が溢れて零れ落ちていく。蹴られた拍子に仰向けになり、女の子の一人と目が合う。
「そんな目したってここに助けてくれる男(ヤツ)なんていないんだよ!」
お腹への踏みつけ。さっき塞き止めていたものが口から吹き出す。女の子達は全員不快な顔をしてから、あたしに唾を吐いて去っていった。



「どうかしたの?」
身支度を整えた後、保健室へ行った。担当の先生が怪訝顔をしている。
「少しお腹が痛くて……」
うそは言っていない。でも一番痛いのは――
「そう。食中毒かしらねえ? じゃあ少し横になって様子を見ましょ」
「はい……」
お腹の痛みよりも、胸の奥底がひどく痛かった。



放課後、鶴屋さんがお見舞いに来てくれた。目を赤くして、肩が小刻みに震わせている。
「みくるっ、ゴメンよ。止められなくて。あの時その場にいれば止められたのにね」
「いいんです。あたしがいけないんだから……」
鶴屋さんの手を握って、安心させようとしてみる。
「みくるは何も悪くないよっ!」
鶴屋さんがぎゅっと握り返した。あったかくてやわらかいな鶴屋さんの手……
「今度ひどい目にあわされたら、ちゃんと言うんだよっ!」
私は微笑で応えた。



結果的に言えば、あたしは一度も鶴屋さんに助けを求めなかった。
呼び出しは度々あり、その度にいじめられた。外見からはわからないようにされていたし、呼び出し方法も下駄箱や机の中など、間接的になってきた。そして何より――
「最近コイツのオトモダチ、ウザイんだよね」
いじめが恒例化してきた頃、一人が言った。
「鶴屋だっけ? あいつ『みくるをいじめるなー』とか言ってマジウザイ」
「いい加減しめちゃう?」
「いいねそれ」
「やめて……」
私は便器から顔をあげて懇願した。今回は便器の水の中で目を開くという行為を行っていた。
「うるせえな! 敬語つかえよ、敬語! このブタ!」
頭を踏まれて勢いよく便器の中に顔を突っ込んだ。あやまって飲んでしまい、むせ返る。
「まあいんじゃない? そいつ人質にしてさ、こいつの口封じちゃえば」
「まあね」
「あたしら教師ン前じゃまじめ君だしね」
「バレたら大変」
全員がゲラゲラ笑っている。一人があたしに向かって、
「と、いうわけ。言ったらアイツひどい目にあわすから」
そう宣告され、あたしは首を縦に振るしかありませんでした……



「痛い! 痛い! もうやめて! もういや!」
そして今に至ります。彼女達にとっては、もはやこれが当たり前と化し、最初の怨みの行動とは違い、娯楽の一部となっていました。
今日のいじめが終わり、昼休みの残りの時間、よろよろと廊下を歩いていると、
「朝比奈さん?」
キョン君に出会ってしまいました。あの日以来、彼とは会ってもいません。逃げるわけにもいかず、立ち尽くすあたし。歩み寄るキョン君。距離は縮まり、会話が出来る距離になりました。
「どうしたんですか朝比奈さん。部活に何日も顔を出さないなんて。ハルヒ達が心配していましたよ? 一応詮索はするなと言っておきましたが……」
「う、うん。ちょっと……」
本当のことを言えば、尚のこと心配させてしまうので黙っておくことにした。
「その……何かあったんなら言ってください。力になるんで」
時間についての問題のことを言っているのだろう。あたしは首を振った。
「ううん。そういうのは今は感知されてないから。心配しないで」
「そうですか。ならいいんですが……」
彼が何かをいいたそうにしているとき、チャイムが鳴った。助かった。
「ほら、鳴ったよ? 戻らなきゃ」
キョン君はしぶしぶ帰っていく。よかった。彼には特にしられたくないから。ソックスに隠れている痣がズキズキ痛みを発している。痛み止めを持ってくればよかった。



「みくるっ、部活いかなくていいにょろか?」
帰り道、鶴屋さんが聞いてきた。
「うん。最近調子悪いから……」
「! やっぱりまだ……!?」
「ううん。違うの。ただ、何となく」
「ならいいにょろ。でもめがっさ心配だよっ!」
「ふふふ。ありがとう」
どんなに蔑まれても、虐げられても、こういう時間があたしを
満たしてくれる。せめてこの時間が、止まりませんように――



『最近、女子高生をターゲットにした殺人事件がこの地域で横行しています。近隣住民の皆さんは地域安全のために灯火をお願いいたします』
翌日、古ぼけた演説用の車から響いてくるその音声を聞きながら、
鶴屋さんを待っていた。しかしいくら待っても待ち合わせ場所には来ず、
結局、一人で登校することになった。担任の先生に聞いてみても、
「聞いていない」の一言だ。首を捻りながら考えてみても、
何も思い当たる節がない。
その謎が解けたのは、その日の昼休みだった。
いつも通り彼女達の『憂さ晴らし』は終わり、解放される時、
リーダー格の女の子が言いました。
「良いニュースだよ。お前のお友達、テレビに出れるよ」
「…………?」
その子が一枚の写真を差し出しました。その写真に写っていたのは――



「鶴屋さん……?」
写真の中で鶴屋さんは、衣服がびりびりに破かれ、体は体液で濡れ、顔は原型を留めずぼこぼこ。それが首から吊るされていました。
「いやあ。最近になってやたら五月蝿くなってさ。ダチの兄貴に頼んだってワケ。ニュースくらいみてるだろ? あの連続殺人犯だよ」
ケラケラと嬉しそうに語る彼女の言葉を呆然と聴いていました。死んだ? 鶴屋さんが? だって昨日まであんなに元気に……
「オマエのせいだよ。『朝比奈がいじめられている。返してほしかったら来い』って言ったらあっさり引っかかったよ」
あたしのせい? あたしがいじめられていたから?――アタシガヨワイカラ?



――アタシガツルヤサンヲコロシタ――



「イヤアアアアアアア―――!!」
私の中で何かが壊れました。それと同時にあたしの世界は黒く染まっていきました。
もう、未来なんていりません。

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最終更新:2007年01月12日 00:54