日曜日。
恒例の市内探索も行われず、暇を持て余していた俺に妹は言った。

「キョンくん。動物園行こうよぉ」

甘えた目で見つめられても困るわけだが。
せっかくの休みに家族奉仕なんて俺に合わんし、それにこういう日に休んでおかんと後が持たん。
当然俺は、

「却下だ」

足にへばりつく妹を無視して俺はポテトチップスの袋を開ける。
味はコンソメパンチ。
邪道だが、俺はこういう中途半端なものが好きだ。
売上に貢献していると思うと、俺も捨てたもんじゃない。

「だめぇ! 今日はぜったい動物園行くのぉ!」
「どうしてそうなる」
「これ見て!」

藁半紙に印刷された、学校で配布されたであろう情報を俺に叩きつける。

「どれどれ」

内容は簡単にするとこうだ。

写生コンクール用の書きたい題材を見つけてください。
おすすめは動物園です。
動物園で生きた動物を観察して、写真を撮ったり、下書きすると良いでしょう。

「おすすめは動物園とな」
「そうなのぉ! だから動物園にいくのぉ!」

おかしいところがいくつかある。
とりあえず問題なのは教師が勝手におすすめを教えるな!
親が迷惑することぐらい分かるだろ! 

「で、お前は何を書きたいんだ?」
「キリンさん!」

なるほど。
確かに昨日テレビでキリンの特集をしていた。
高い場所の草を食べるために首は進化しただとか、その弊害で食べ物が喉に詰まって死ぬキリンが結構いるだとか。

ケイタイが鳴る。
ハルヒからだ。
呼び出しじゃないといいが。

「もしもし」
『キョン! あんた暇? 暇ね! 駅前に来なさい。三十秒以内!』

即効で電源を切られるのを恐れた俺は慌てて、

「ちょ、ちょっと待て! あいにく今日は先客があるんだ。妹が動物園に連れて行けとねだってな」
『動物園? なんでそんなつまんないとこ行くのよ!』
「いろいろあってな。それじゃあ、そういうことだから」

俺が電話を切ろうと耳からケイタイをはずすと、あっちのハルヒは周囲にも聞こえるくらいの音を漏らして、

『ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あたしも行ってあげるわよ! どうせ動物園なんてつまんないんだからあたしが行って丁度いいくらいよ!』
「ああ、なんだ。お前も行きたいのか。そうならそうと……」
『うるさいわね! 昼ごはんぐらい作ってあげるわよ! 十時に駅前集合で良いわね!?』
「昼ごはんはあっちで買えばいいんじゃ……」
『作ってあげるって言ってるのにごちゃごちゃうるさいわよ!』

ピッ。

突然告げられ、突然切られる。

「だ、そうだ」

ケイタイからだだ漏れのハルヒとの会話を妹に告げる。

「行ってくれるってことだよね?」
「そういうことになるな」
「やったぁー!」

やれやれ。
たまには家族奉仕もいいかと、無理やりな理屈を自分で証明したところで、俺は深い溜息をつかざるをえなかった。

俺は駅へ向かう途中、動物園に生きた動物はいるのかと形而上学的な思考をめぐらせていた。
生きた屍と化してる動物に何の価値があるというのだ。
でも、今日は妹が隣で満面の笑みで楽しみにしているのを見て、そんな野暮なことを考えるのは止めにした。
こうやって、妹が本当に楽しそうにしているのを見るのはとても久しぶりだったから。

「遅いわよ、キョン!」

腕を組みながらいつも通りの怒り顔で言う。

「悪い悪い。カメラが見つからなくて、コンビニで買ってたから遅れたわ」
「ふん!」

ハルヒの手には大きめのバスケットが握られていた。
おそらく、俺達の昼飯だ。
よくこの短い時間で作れたな。

「あたしを誰だと思ってるのよ!」

はいはい、涼宮ハルヒ様ですね。

「そうよ! 海馬にナイフで刻み付けてあげるわ!」

そうじゃなくても忘れたくても忘れられないってのに、朝倉みたいな事はやめてくれ。

「ハルにゃーん!!」

機を伺っていたかのように抜群のタイミングでハルヒに抱きつく我が妹。
それを屈託のない笑顔で妹の頭を撫でるハルヒ。

「それじゃあ、遅くなってもあれだし、行こうぜ」
「そうね」
「あ、そのバスケット俺が持とうか? 重そうだし」

晴れた日の日曜日は男を紳士的にさせるものさ。

「いいわよ! あたしが持ってくわ!」

バスケットを大事そうに胸に抱えて顔を赤らめるハルヒは少しだけ、ほんの少しだけ可愛かった。
いや、ホントに。


目的の動物園は近郊には無く、ちょっとした小旅行だ。
俺は2.5人分の切符を買って、電車に乗った。
ハルヒは嫌がったが、買ってしまったものはと、無理やりに渡した。

「楽しみだぁー」
「そうよねぇ。楽しみよねぇ」

ハルヒは笑顔で姉妹のように受け答えをする。

「お前、動物園はつまんないっていってなかったか?」
「何よ!」

ハルヒはキッと殺意丸出しで俺を睨んだ。
あまりの殺気に後ろのガラスが割れるかと思ったぞ。

妹を真ん中にして横並びに座っている。
今日はやけに機嫌の良いハルヒは珍しく帽子を被っている。
大きめの帽子に合わせるようなひらひらしたキャミソールにカーディガン、制服姿のハルヒとは違ってとても大人びていた。

「何、じろじろ見てんのよ」
「いや、なんとなくな」

ハルヒにこれ以上追求されることを恐れた俺は向かいの窓に視線を泳がせた。

なぜなら、ハルヒに少しだけ、ほんの少しだけだが、ドキドキしてた俺がいたからだ。



目的の動物園は駅から非常に近かった。
というより、目の前だ。
迷いようが無い。

動物園でも2.5人分の入園料を払い、やっぱりハルヒは不機嫌そうに振舞ったが、
別に怒ってるわけではないようなので一段落だ。

「飯食ってから回らないか? もう十二時過ぎてるし」
「そうね」
「あたしもハルにゃんのご飯食べたい!」

適当な場所を見つけて、持ってきたビニールシートを広げた。
すぐに妹が飛び込んだので、引っ張り出してビニールシートを完全に広げ直した。

ハルヒは大事そうに持っていたバスケットをパンドラのように開けると、

「遠慮なく食べなさい? せっかくあたしが作ってきてあげたのよ?」

ありがたき幸せです。
涼宮閣下。
なんて調子に乗って土下座して見せた。

「そんなことはいいから早く食べなさいよ!」
「はいよ」

バスケットの中にはおよそあの短時間で作ったとは思えんほど量が入っていた。
とにかく、見た目は大丈夫だな。

「いいから、早く食べなさいよ! じれったい!」
「ああ、分かったよ」

なんていいつつ、そんなハルヒが楽しくてわざとゆっくりとする俺。

「ダァー! 遅いわよ! もう、あんたは食べなくて良いわ! 妹ちゃん一緒に食べましょう?」
「うん!」

妹よ、お前を連れてきてやったのは俺だというのに、その態度はなんなんだ。

やっぱりというかなんというか、ハルヒの弁当はうまかった。

「で、どうなの? おいしいの?」
「ん、まあまあ」

なんて素っ気無い受け答えをしてしまう。
俺の舌は絶賛してるが、頭はそうはいかないみたいで。

「そう」

なんて、少しがっかりしてるハルヒを見ると少し憂鬱だ。
どうしてこう素直にいえないんだろうな、妹みたいに。

「ハルにゃんお料理うまいー! どうしてこんなにおいしくできるのぉ?」
「妹ちゃんは素直ね。ありがとう」

わざとらしい笑顔を見せた後、ハルヒは激しく俺を睨んだ。
その気迫に気圧された俺は、

「その、なんだ、おいしいと思うぞ」
「そう」
「うん」
「それなら、じゃんじゃん食べなさい! せっかく作ってきてあげたんだから!」

ジブリ映画に出てくる肝っ玉のお母さんのようにハルヒは言った。

そうだな。
こんなおいしいものは久しく食ってない。
俺んちの食卓事情が垣間見えたような気がして、なんだが悲しい気分だが、今は目の前にあるものを大事に食べるのが最優先だ。

ハルヒの笑顔を見るのが好きになっていた、日曜日の午後。
なんだか良い事を言ってあげたくなる、久し振りの穏やかなハレの日だ。

食事を残さず平らげると、俺達はキリンを見に行くことにした。
途中日曜なのに人が余りにもいないのでこの動物園は経営が成り立っているのかと心底心配になった。

キリンは動物園でも一番奥のほうにいて、途中俺らの親戚を見て、その後、顔がぎゅっと詰まってるカラフトフクロウと睨めっこした。
よちよち歩きのオウサマペンギンを見て意外にもハルヒが反応を見せていたのに驚いたり(何よ!と怒っていたがな)、妹がフラミンゴの真似をしているのを見て二人で笑ったりもした。

目的のキリンを前にすると、まず大きさに驚いた。
キリンと言っても色々種類があるらしく、この動物園にいるのはアミメキリンっていうらしい。
良く見るタイプのキリンなのかもしれない。
黄色い体に、薄茶色の網目模様、長いまつげに、長い首を有した温厚そうな動物だ。

俺はとりあえずコンビニで買ったインスタントカメラにその勇姿をおさめた。
妹が撮りたがるのでカメラを渡して、俺とハルヒは近くにあったベンチに座って待つことにした。

「あんたにしては妹孝行じゃない」
「そうか? いつもこんなもんじゃないか?」
「そうなの? 優しいお兄ちゃんね」
「近所じゃ格好よくて優しい最高のお兄ちゃんで通ってるからな」
「はいはい。それよりなんか飲まない? 喉渇いてきちゃった」
「それは俺に買ってこいってことの隠喩かなんかか?」
「そういうこと。妹ちゃんは見ててあげるから」
「へいへい」

俺は立ち上がると、一つ伸びをして、大きく息を吸った。

「あたしミルクティーでいいから」
「分かった」
「あ、お金」

ハルヒは財布を出そうとしたが、俺はそれを制するように言った。

「いいよ。妹を見てもらってるお礼だ」
「それに今日は遅刻してるしね」

ハルヒはくすくすと笑った。

「そうだな」

俺も今日一番素直に笑った。

といったものの、自販機など入園口以来見かけてないわけで、やっぱりそこに戻らなきゃならないのか。
でも俺は軽やかな気分で園内を渡った。
鼻歌の一つでも歌いたくなるような清々しい気持ちだ。

自販機でミルクティーと緑茶、妹用にオレンジジュースを買った。


座っていたベンチに戻ると、ハルヒの膝の上で妹は丸まって眠っていた。

「疲れちゃったみたいね」

ハルヒは妹の髪を撫でながら言う。

「そうみたいだな」
「帰りましょう。妹ちゃんも疲れてるみたいだし」
「そうだな」

確かに昼下がりでちょうど良い気温だ。
眠くなるのも分かるな。ハ
ルヒの膝の上で気持ち良さそうに眠る妹はなんだが、いじらしくて、なんとなく俺も髪を撫でてみた。
そして、起きないところ見ると、ハルヒに向かって肩を竦めて見せる。

「おい、起きろ。帰るぞ」
「ちょっと! 起こさなくてもいいじゃない! あんたがおぶって帰ればいいのよ」
「まあ、そうだが。こいつはもう小五だ」

そう言いつつも、俺は妹を抱き上げ(小さいからかとても軽かった)、起きないようにおぶった。

「じゃあ、かえりましょう」
「そうだな」

俺がそういうと、俺達は見つめあっていた。

なぜだかは分からない。
でも、俺達はなんとなく、ただなんとなく唇を重ねていた。

妹には内緒だ。
見てたのはキリンぐらいだろうよ。

そこからは行きと一緒だ。
切符を2.5人分金だけ渡してハルヒに買ってもらい、電車に乗った。
電車ではハルヒまで寝だして、ほとほと迷惑な奴らだと文句を言う相手もおらず、なんとなく見守った。

「ハルヒ、お前の寝顔は撮らせてもらった」
「ちょっとカメラ渡しなさいよ!」

寝ぼけ眼で怒っても迫力無いぞハルヒ。
というか電車の中で撮れるわけないだろう?
でも。
俺はその寝顔を忘れる事は無いように思われた。
なぜなら、これ以上ないほどに綺麗だったからだ。

「ハルヒ、今日はありがとな」
「いいのよ。あたしも暇だったんだし」

俺達は電車の中でさよならをした。

「キョンくん、ありがとう!」
「素直でよろしい」
「それよりキョンくん、今日ハルにゃんとキスしてたでしょ?」

悪魔のような目で(俺にはそう見えた)俺を見つめる妹。
ちょっと待て! なんでお前知ってるんだ?

「あたしね、実は途中から起きてたの。でも、キョンくんにおんぶして欲しくて寝た振りしてたんだよ?」
「そうか、それならそれ以上何も言うな」
「おかあさーん! キョンくんがねぇー!」
「ダァー!」

おしまい。

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