あたしは、普通なものが嫌い。有名なものや、流行に流される奴等も嫌い。
今日のあたしのクラスの話題は、昨日新曲をテレビで歌ったっていうあるアーティストの話ばかり。
うるさい。嫌でも聞こえてくるメロディー。
そんなに歌いたいならENOZの人達みたいに自分らで作って歌いなさいよ。
「ハルヒ。なに朝から思いっきり不機嫌な顔してんだよ。」
キョンが来た。それだけで、あたしのストレスは少し無くなったみたい。
「朝来たらまずはおはようでしょ!?お・は・よ・う!!」
「やれやれ、何言ってんだよまったく。…おはよう、ハルヒ。」
珍しくキョンが素直に言う事を聞いた、…明日は雨ね。
「よろしいっ!」
あたしはそう言うと、さっきから何度も同じメロディーを繰り返す教室に嫌気がさして、窓の外を眺めはじめた。

 

休み時間、昼休み。
何処にいようと噂のアーティストの新曲のメロディーが聞こえてくる。
ウンザリする。
音楽自体はそんなに嫌いじゃない。むしろ、文化祭で歌うことの楽しみを覚えたと言ってもいいかも。
でも、今はとても気分が悪い。学校全体が流行に流されている。

 

 

こんなに気分の悪いことは無い。
早く部室に行きたいな…。あそこだったら、嫌なことなんてないのに。
ずっとそんなことを考えながら、放課後が来るのを待った。

 

 

「やっぱり此処は落ち着くわねっ!」
「ふえっ?どうしたんですかぁ?」
「ん~ん、なんでもないわ。みくるちゃん、お茶っ!」
あたしは、団長席に座り、パソコンのマウスを片手にお茶を飲む。
やっぱり此処は居心地がいい。無口だけどかわいい有希、優しいみくるちゃん、笑顔で癒される古泉くん。
バカで鈍感なキョンは掃除当番だけど、なんだかんだでちゃんと来てくれるだろう。
「お~す。」
ほら、来てくれた。
ただ、気になることがあった。キョンは機嫌がいいのか、鼻歌を歌っている。
「あ~、それ、5年くらい前の歌ですよね?わたしも、この前聞いて気に入ったんですよぉ。」
みくるちゃんはその鼻歌に反応した。やめてよ、今日はどんな音楽の話題でも聞きたくないの。
そんなあたしの願いも叶わず、キョンとみくるちゃんはその曲の話を続けている。

 

 

やめて、頭が痛い。イライラする。そんな思いが頭を巡り、あたしは椅子を飛ばして立ち上がっていた。
「気分悪い。帰るわ。」
あたしがドアに向かって歩きだすと、キョンが腕を掴んできた。
「ちょっと待て、お前今日は朝からおかしいぞ。どうしたんだよ。」
平坦な口調であたしは答える。
「朝から、《流行の音楽》とやらで頭が痛いの。あたしと一年以上も一緒に居るんだから、理由もわかるわよね?」
キョンはハッとした表情を見せる。
「で、でもお前、俺達が話してたのはまったく関係な……「うるさい。あたしは今日は音楽の話なんて聞きたくないの。みんなして流されて……バッカみたい!」
それだけ言うと、あたしはキョンの手を振り払い足早に部室を出た。
早く学校を出よう。家に帰って部屋に入れば音楽なんて聞かなくてもいいんだから。

 

 

下校中もいろいろな所からあの歌が聞こえてくる。
心に響かない、ただ流行なだけで人気のある歌。
本当に良い歌ならメロディーだけで引きつけられる。だけど、この歌から感じるのは嫌悪感だけ。
煩わしい、早く帰ろう。

 

 

あたしは家に向かう歩みを早めた。

 

 

「ただいま!」
あたしはそう言うと、一目散に自分の部屋に行き、ベッドに仰向けに倒れた。
あ~、やっぱり静かな自分の部屋はいいわね。
此処なら落ち着いていられるわ。
インターホンが鳴った。
誰だろう?ま、親が出るからいいわよね。
ちょっと時間あるし、少し眠ろうかしら……。

 

 

 

誰かいるの……?
あたしが起き上がると、額を何かにぶつけた。
「~~~~っ!いったいわねっ!誰!?」
「いってーな…いきなり起き上がるなよ!」
よくわからないが、そこにはキョンがいた。
「あ、あれ……?キョン?なんであたしの部屋にいるのよ。」
「お前に謝ろうと思ってな。…今日は悪かったよ、お前の気持ちを考えなくてさ。」
別にキョンが悪いわけじゃない。むしろ悪いのは自己中なあたし。
「べ、別にいいわよ。ちょっと……気がたってただけだから。」
「そうか。それで…だ。」
キョンが鞄から何か取り出した。……ほんとに謝る気はあったの?
それは、MDウォークマンと、一枚のMDだった。
「あんた……あたしをさらに怒らせに来たの?」
自分でも分かるくらい怒りに震える声が出ている。

 

 

 

キョンだけはあたしの気分をわかっていると思っていたのに。
それでも、キョンはあたしを宥めるような優しい声で答えた。
「違うさ。ただ、ほとんどの音楽を頭ごなしに否定して欲しくないんだよ。これ、俺の好きな歌な。」
そう言って、キョンはMDをプレイヤーに入れた。
瞬間、あたしはキョンの手からそれをはたき落とした。
「うるさいっ!あたしは普通な物が嫌いなの!!帰って。……帰りなさいっ!」
あたしは叫んでいた。
「そうか…。残念だな、これは置いてくから気が向いたら聞いてくれ。それと、ハルヒ。」
「なによ。」
「俺が選んだものがお前にとっての特別になってくれりゃ俺にとっても嬉しいんだけどな、はははっ。」
キョンはそう言うと、あたしの部屋を出て行った。

 

 

あれから何時間たったのだろう。あたしは、部屋はそのままにベッドに寝転んでいた。
最後の言葉、どういう意味かな…。キョンにとって嬉しいってのはあたしが選ぶことが嬉しいってこと?
それとも、誰とでも共有出来るのが嬉しいってこと?
……わかんない。
あたしは、はたき落としてそのままにしていたプレイヤーを拾いあげ、耳にあて、再生を押した。

 

 

聞こえてくる、調子の良い時にキョンが口ずさむメロディー。
歌詞の一つ一つを注意して拾いあげる。どうやら、励まし、元気付ける感じの曲だ。
………一曲全て聞き終えた。ごめん、キョンとみくるちゃん。あたしはこれあんまり好きじゃないわ。
そんなことを考えると自然と笑いが出た。
この感想を言った時のあの二人の顔を想像しちゃった。
そのままつけっぱなしだったプレイヤーから、次の曲が流れ出した。
さっきの曲とは打って変わった、スローバラード。
少し遅い分だけ、丁寧に歌詞を拾い上げた。
「あ、あれ?えっ?」
あたしは、涙を流していた。
歌で感動してしまったのだ。
その歌は、言葉を無くして気持ちを伝えられなくなった恋する少女の歌だった。
…この曲、なんていうんだろう。
あたしはMDの入っていたケースを拾いあげた。……一枚の紙が落ちてきた。

 

 

《ハルヒ、俺はお前と同じくらい素直じゃない。だから回りくどい方法じゃないと気持ちを伝えられないらしい。…ヘタレだな、ははは。つーわけで7曲目を聞いてくれ。実は俺が一番好きな曲はこれだ。お前のこと考えながらいつも聞いてる。》

 

 

なによ、これ。

 

 

あたしはすぐにプレイヤーを操作して、7曲目に合わせる。
流れ出したのは、ミドルテンポのひたすら愛を歌っているバラード。
正直に言うと、曲自体の出来はとてもヒドい。
文化祭の時の半分もない技量と曲の流れ。
だけど、《好き》という気持ちがこれでもかと言う程溢れだしている歌詞。
……あぁ、そうなんだ。キョンもあたしを好きでいてくれたんだ。

 

 

ひどい態度取っちゃったな。今更メールや電話で謝るのは恥ずかしい。
まぁいいよね、明日学校で謝ろう……。

 

 

学校に行くと、キョンはもう居た。
「あ~、キョ、キョン。昨日は……「ハルヒ。朝来たらまずはおはようだろ?お・は・よ・う。」
どうやらそんなに怒ってないみたい。
「キョンのくせにっ!!……おはよ、んで昨日はごめん。」
「おぉ、ハルヒが謝るなんて明日は雨か?」
せっかく謝ってるのに…。
「それよりハルヒ、ちょっと来いよ。」
いつもと逆で、今日はあたしがキョンに引っ張られてそのまま部室に連れて行かれた。
「な、なによ。部室なんかに連れて来て、あたしを襲うつもり?」
キョンは真面目な顔ながら、頬を赤らめて答えた。

 

 

「バカ言え。昨日、見たか?あの紙。」
「み、見たわよ。」
「じゃあ返事をくれよ。俺の気持ちは伝えた通りだ。」
キョンがやたら真面目な表情で押してくる。…それだけ真剣なのよね。
あたしは、鞄に手を突っ込み、MDプレイヤーのスイッチを入れた。
そして、キョンの耳に押し当てた。
「ハルヒ……これ?え?」
キョンは驚いている。MDの中身はあたしが歌った、昨日の7曲目。
「あ、あんたの為だけに歌ったんだからねっ!!」
恥ずかしい。顔が真っ赤なのが自分でわかる。
「ハルヒ……。」
キョンが近付いてくる、それをあたしは手で制した。
「昔、言ったでしょ?告白みたいな大事なことは自分の口で言いなさいって。」
キョンは、あたしの手を引っ張り抱き寄せてきた。
「大好きだ。付き合ってくれ、ハルヒ。」
と呟く。
あたしは嬉しさを堪えきれずにニヤけながら答えた。
「よろしいっ!!」
そのまま、あたし達は去年の夢の中以来のキスをした。

 

 

終わり

 

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最終更新:2020年03月12日 16:06