━━━━おもわず言葉に出してしまった胸に秘めた想いを、誤魔化すためにかけた音楽が不覚にも甘く切ない求愛系だった…。
だいたい…今夜は、何もかもが上手く行かな過ぎる。
売り切れたシュークリーム…ペアのマグカップ…そして…幸せそうに微笑む朝比奈さん…
まったく、調子外れな夜だ。
この夜は…このまま何処へ流れて往くのだろう…━━━━━━━


【コーヒーふたつ8・後編】


迂濶にも選んでしまった甘いメロディーが、車の中を充たしている…。
僕は胸の内を悟られぬ様に必死に平静を装いながら、何事でも無いようにハンドルに軽く手を添え、国道を飛ばした。
隣に座る朝比奈さんの様子が気になってしょうがないものの、今はマトモに視線を投げ掛ける事すら出来ない。必然的に気まずい沈黙が生まれ、それが暫く続く。
そして、その沈黙を破ったのは朝比奈さんの思いがけない一言だった。

「この曲の様に…こんな風に想われたら、どんなに素敵な事でしょうね?」
「えっ?」
「それとも…古泉君の気持ちそのものなのかしら…」


あまりにも大胆で唐突な彼女に、僕は答える術を失ってしまった。
そして…心を見透かされた気がして、腹立たしさにも似た恥ずかしさを覚える。

(このまま、言われてばかりでは…)

「そうですね…。でも、貴女がそう想って欲しい相手は僕では無いでしょう?」

精一杯悪びれたつもりだった。
このまま、彼女を不愉快にさせて…嫌われてしまっても良いと思った。
そうすれば、傷付くのは僕だけで済む…いや、僕が楽になれる。

(終わった…な)

彼女は、僕の言葉に目を丸くして…そして、少しだけ考える素振りをした後で突然笑い出した。

「うふふっ…、キョン君の事ですね?」
「えっ?いや…」
「好きでした…いいえ、今でも好きですよ?」
「そう…ですか…」
「でもね、今のその感情は貴方が考えている様なものではないのです。」
「えっ…?」
「貴方には…いずれ話しておかなければならないのかもしれませんね」
「何を…です?」
「キョン君と私の…本当の関係を…」
もう…僕は何がなんだか解らなくなっていた。
そして混乱する僕の心を、掌の上で転がすかの様に朝比奈さんが助手席で微笑む。
僕は、今持ち併せる全ての平常心を掻き集めて「それは…実に興味深いですね。是非、伺いたいものだ…」と答えてみせた。

「では、夕食の時…その後があるのでしたら、その時でも構わないですよ?」
「今…という訳にはいかない様ですね。」
「だって、この車は貴方のモノでは無いでしょう?…貴方を疑っている訳では無いのだけど…」
そう言われて、僕は自分が機関の人間である事と、この車が機関の所有物である事を思い出した。
(なるほど…盗聴を警戒しているという事か…)
「…解りました。では、その様にしましょう」
彼女の言う「キョン君との本当の関係」には何か秘密が隠されている様だ。
もはや、これは僕の想い如何の問題ではない。
そして僕は「彼女とキョン君の本当の関係」に該当する情報を機関からは何も得てはいない。
彼女が盗聴の可能性までもを警戒するという事は、それなりの情報なのだろう…。

僕は車を走らせながら、今改めて再び思う。
この夜は…このまま何処へ流れて往くのだろう…と。



レストランへと向かう間の時間は、僕に平常心を取り戻させるのには充分だった。
だからこそ僕は、レストランの駐車場に着いた後も、シュークリーム屋に着いた時と同じように彼女をエスコート出来たし、普段通りの自分で居られる事が出来た。

朝比奈さんも、先程の車の中での会話などはまるで幻だったかの様に、僕の良く知っている微笑みを浮かべながら普段通りに振る舞っている。
そして、海岸線に沿う様に建つホテルの一階にあるその店の入り口に立つと「…高価そうなお店ですね…」と心配そうな表情を見せた。

僕は、今の彼女と先程の車の中での彼女とのギャップがおかしくて、思わず声を出して笑ってしまう。
「な、なにがおかしいんですかっ?」
「アハハッ…いや、失礼!先程の…朝比奈さん思い出すと、今の朝比奈さんはあまりにも普段通りで…安心してしまったんですね、多分…」
「そんな…」
「いやいや、本当に失礼しました。…この店は、上にあるホテルのオーナーが『趣味』を兼ねてやっている店でして、まあ僕の様な若輩者でも気軽に立ち寄れる店ですから、御心配なく!」
「趣味…ですか?」
「ええ、中々素敵な『趣味』ですよ?とりあえず中へ…」
僕は店の入り口に立つボーイに「二人…」と告げ、彼女と共に店の中へと進んだ。
そして、途中に待ち構えていたウェイトレスに連れられて客席に向かう。
やがて、店の中を進むにつれて客席の様子が見えて来ると、彼女が驚きの声をあげた。
「あら、古泉君…これは?」
「驚きました?」
「ええ…電車、ですよね?おそらく本物の…」
「はい。ここのオーナーがその道のマニアでして…趣味が高じて、このような買い物をしてしまったんだそうですよ?」
「ああ!さっき言ってた趣味って…」
「そうです。それで、ただ飾って置くのはつまらないという訳で、このような形で…店舗の客席として使用しているのだそうです。」
僕達はウエイトレスに導かれ、屋内にあるそ電車に乗り込んだ。


そして、客室の窓に沿う様に並べてあるいくつかのテーブル席のひとつに案内されると、お互いに静かに腰を下ろした。
「なんだか…このまま走り出してしまいそう…」
彼女が、まるで少女の様に瞳を輝かせながら辺りを見回す。
そしてメニューを差し出しながら「気に入って頂けましたか」と微笑みかける僕に「ええ!とっても!」と笑顔で答えた。
「さて…朝比奈さんは、どんなパスタがお好みですか?」
「パスタならなんでも好きですよ?そうね…古泉君のお奨めは何かしら?」
「僕でしたこの…ブラウンバターとミゼトラチーズソースですかね。」
「じゃあ、私も同じものを。」
「飲み物は、どうします?」
「そうね…では、カンパリを頂こうかしら。」
僕は、ごく自然にアルコールを選んだ彼女に違和感を覚えながらも、近くに居たウェイトレスを呼び寄せ注文を済ませた。
そして数分後、運ばれてきた料理を目の前にして、彼女が一層目を輝かせた。
「わあっ!美味しそう!」
「さあ、冷めないうちに頂きましょう。」
「うふふっ、頂きます。…でも、なんだか悪いわ…私だけ、お酒を頂いちゃって。」
「構いませんよ。僕は運転がありますからね?僕まで飲んでしまっては、帰れなくなる…」
「あら、帰る事を考えなければ良いのではないかしら?」


そう言いながら彼女は、人指し指を立ててホテルのある上の方を指差してみせた。
よく見ると、カンパリの注がれていたグラスが既に空になっている。
「どうも、ここのカンパリはよろしくない様だ…。貴女に悪ふざけをさせる…」
「あら、ふざけてなんかいませんよ?当然の展開…だと思いません?それに…さっきの話の続きもあるし…」

(なるほど、そういう事か…)

つまり彼女は、完全に外部から遮断された空間で先程の車の中の続きを語りたいのだろう。
僕はウェイトレスを呼び寄せると、上のホテルに適当な部屋を用意する様に言付けた。


平日の夜だからだろうか、あまりにも簡単に僕達はスイートルームの鍵を手にする事が出来た。
チェックインを済ませ彼女と共に部屋へ向かいながら、僕は今日一日を振り返る。
(やれやれ、スウィーツを買いに出掛けたつもりがスイートルームか…。)
普通のデートならば、男冥利に尽きる展開だが、今はそれどころでは無い。
彼女がこれから語ろうとしている事…それだけに今の僕は心を奪われていた。
いや、厳密に言うとそれだけでは無いな…。

僕は彼女と食事をした時…彼女が自然にアルコールを選んで見せた時から、ある疑念を抱いていた。
そしてそれは、その場面についてのみではなく、彼女と待ち合わせをした時から無意識のうちに感じていた事なのかもしれなかった。

(とりあえず、全てはこの部屋で…)

僕は少しだけ鍵を固く握ると、部屋の前に立ちドアを開けた。

「わあ!広いっ!見て、古泉君!海が見えますよっ?」
「ああ…本当だ。さすがにスイートルーム…と言った感じですね。」
「うふふっ…。さて、古泉君?先にどちらをします?」
「え?何がです?」
「先程の車の中での話の続きをするか、それとも今日のデート自体の続きをするか…」
「先に…という事は、どちらも有りという事になりますね…」
「私が相手では…嫌?」
「既に僕の心を見抜いている癖に…今更ですね…」
僕は彼女にそっと近付くと、腰に手を回して少し強引に抱き寄せた。
そのまま…彼女が瞳を閉じると同時に、奪うようにキスをする。
唇から頬へ…頬から首筋へ…
そして、唇が首筋へと辿り着いた瞬間、先程感じた疑念は確信に変わった!

僕はそっと彼女から離れると、突然中断した行為に拍子抜けした彼女へ向かって語りかけた。
「貴女は…朝比奈さんではありませんね?」「…え?」
「いや…厳密に言うと『僕とバス停で待ち合わせを約束した』朝比奈さんではない…」
「古泉君…何を言っているの?」


「いや…盲点でしたよ。貴女が時間を飛び越えられる事を知っていながら、まんまと騙されてしまいました。
…それで、いつ入れ替わったんです?『その先の未来から来た』朝比奈さん?」
「…………あはははっ!とうとう、ばれちゃったか!さすがは一樹…いえ古泉君ね!
でも、おかしいわね…ついさっきまで完璧だったのに、何故判ったのかしら?」
「臭い…ですよ。」
「臭い?」
「そう、貴女は僕と待ち合わせをした時『部室にあった衣装を適当に合わせた』と言ってましたよね?」
「え?…ええ。」
「先程、僕が触れた貴女の首筋からは部室の臭いなんて全然しなかった…」
「あ…。」
「それだけではありません。その服は、コスプレの衣装なんかじゃない…。
抱き締めた時の感触で判りましたよ?その他にも色々とありますが……とりあえず、これだけの理由で十分ですか?」

「……なるほどね。完敗だわ…。実は、貴方に伝えたい事があって、『こちら』に来たのよ。それで部室に近付いたら、丁度貴方と『私』の会話が聞こえて来てね?チャンスだったから少し細工をして『私』には帰ってもらったわ。」
「細工…ですか?」
「そう、『私』の下駄箱に貴方の名前で置き手紙をしたのよ。『急用が出来ました、また次回にでも…』ってね。」
「そして…バス停には貴女が現れた…」
「そうね。本当はそこで、貴方に用件を伝えてオシマイ…でもよかったのよ。
でも、少し欲が出ちゃって……色々と考えるのに必死だったわ…。服装の言い訳とか、貴方に対する喋り方とか…ね?」
彼女は喋り終わると、少し溜め息をつきながら「残念!いいところだったのにな…」と笑った。



そして、そのままソファーに腰を下ろすと上目使いで僕を見ながら、乱れた襟元を整えた。
僕は話を続ける。
「なるほどね…まあ、貴女の存在は過去に把握してましたからね。
確か以前も…この時代にこのような現れ方をした事があった筈だが…」
「詳しいのね?」
「仕事ですから…それで、用件とは何です?それと、車の中での話の続きも気になりますね。」
「そうね…、どう伝えたら良いものかしら…」
そう呟くと彼女は目を閉じて黙りこんだ。
そして、少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと目を開けて語り始めた。

「今日、私が伝えたかった事と貴方に車の中で話した事は、実は深く関係がある事なの。まとめて順番に話すけど…それでいい?」
「構いませんよ。」
「それと…あまり直接的な表現は出来ないの。考えながら理解してもらうと助かる。」
「承知しました。」
彼女はそっと立ち上がり窓辺に立った。そして、暗い海を見つめながら静かに語り始めた。
「私の家は……父と母と私の三人家族なの。
お父さんもお母さんも若い頃に結婚したせいか、まだまだ若々しいのよ。
私にあまり手がかからなくなってからは、毎週日曜日になると必ず二人でドライブに出掛ける……でも、最近お父さんは仕事が忙しいみたいで、せっかくの日曜日でもなかなか布団から出て来ないの。
お母さんは、そんなお父さんがじれったくて、いつも大声で起こすのよ。
『さっさと起きなさいよっ!このバカキョンっ!』ってね。」




何……だと?

「ここまで、なんとなく把握して頂けて?」
「ええ…。まあ…続けて下さい……。」
「私が組織から母の持つ力について初めて告げられたのは、高校一年の冬だった…。
そして、私はそのまま貴方…いいえ、古泉君が得ている情報と同じ様なモノをそこで身に付けて、この任務に着いたの。」
「……ちょっと待ってください。では、あちら側での朝比奈さんは、どうなってるんです?」

「留学中…という事にはなっているらしいのだけど…。
フフッ…まあ、よく解らないのよ。続けて良い?」
「ええ、どうぞ… 」
「こちらに来たばかりの頃ね、あたしは毎日が不安で不安でしょうがなかった…。
でも、そんな中で友達が出来て…そしてキョン君と凉宮さんに出会う事も出来た。
もう気付いていると思うけど…あの二人は私にとって一番遠くて一番近い存在なの。
だから、出会った頃は少しキョン君に惹かれてしまったりもしたけど、どうにもならない事だって解ってたからなんとか出来た…。
まあ、貴方の存在もあったし……ね?」
「………。」
「……まあ、こんな感じかしら。ここから先の話は、今この時間に対しての未来の出来事になってしまうから、当然話す事は出来ない。」
「いえ……十分ですよ、朝比奈さん。」
僕は、ただ呆然とするしかなかった。
なんとか理解しようとするものの、把握するだけで精一杯だ。
彼女は更に続ける。
「それで…伝えたかった事はね?キョン君と凉宮さんの事なの。」
「彼等の?」
「そう。これから少し後で二人は少し大変な事になる。それを支えるには、この時間平面上に常駐する『私』では役不足なの。
だから、貴方に助けてほしい。」

「……承知しました。」

全てを語り終わると、彼女はそのまま静かに息をしながら海を眺め続けた。
僕は、彼女に対してこれ以上どんな言葉を語ればいいのか解らずに、彼女の背中をしばらく見つめていた。
そして…

1つだけではあるが…質問を思い付いた。
「朝比奈さん…」
「何かしら?」
彼女は振り返ると、じっと僕を見つめた。
僕も彼女から目を反らさずに、静かに問掛ける。
「貴女にとって…僕は…なんなんです?」
「……それは……私がここに居る時点で出ていた答え…でしょ?」
そう言って彼女は静かに笑うと「帰るわね」と告げ、部屋の出口に向かった。

(行かせない…っ!)

気が付くと僕は後ろから…彼女を抱き締めていた。
そして…特に驚く様子もなく彼女は僕に体を預ける。
「こうしてくれるって…判ってしまうのよ。つまり、貴方と私は……」
僕は、そう言いかけた彼女の肩をつかむと、振り向かせて唇を素早くキスで塞いだ。そしてそのまま再び抱き締める。
「…一樹?」


「…話してくれて…良かったですよ?それだからこそ…今僕は、躊躇わずに貴女を抱き締める事が出来る…。」
「…抱き締めるだけ?」
「さあ…どうでしょうね…」
僕は再び彼女に唇を重ねながら、少しだけ考える。
今は家で眠っているであろう朝比奈さんと、僕の腕の中に居る彼女の事…
そして、彼女の居た未来での僕はどうしてる?
彼女は僕を名前で呼んでいた様だが…
まあ、いい…今は今夜のデートの締め括りをしようじゃないか……………。








朝、目を覚ますと彼女はもう居なかった。
僕はとりあえず体を起こして、枕元にある受話器を取り上げると「コーヒーをくれないか?」とだけ告げ、直ぐに元に戻した。
そしてその拍子に、ベットサイドに一枚のメモを見付けた。

『先に出ます。

みくる』


なんとなく、ぼんやりと海を見ながら昨日の彼女を思い出してみる。
そして…それから今日の彼女を想ってみた。

(シュークリーム屋に…連れていかなければならないな)


僕は手早く着替えると、ルームサービスのコーヒーを待たずに急ぎ足で部屋を後にした。



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