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昼休みの過ごし方は人それぞれと言えども、これほど部室に依存しているのは、おそらく俺くらいなものだろう。
まあ、部室備え付けの電気ポットの恩恵による、インスタントコーヒーがその理由に当たる訳なのだが。

そして今日も俺は、谷口や国木田との冴えない昼食を難無く終え、尽く部室へと急いでいた。

しかしながら、連日の冷え込みは体に堪える。早く熱いコーヒーを・・・

俺は部室の前に立つと、朝比奈さんの生着替を警戒しつつノック・・・しかけて手を止めた。
今は、昼休みだったな。
おそらく居るのは、長門くらいのものだろう。
いきなりドアを開けたところで何も問題な・・・

のわっ!な、何だこれ!

天井まで積み上げられた黒い箱の数々!
そして段ボール箱の山、山、山っ!
そして、埋もれる様に座っている長門・・・

長門っ!?

-おい、長門!大丈夫かっ!?一体、これは何だ?
「・・・・。」

長門は無言のままに、その段ボール山脈の向こうを指差した。
モゾモゾと動く黄色いリボンの例の頭が見える・・・
ああ・・・なんとなく解ってたけど、やっぱりハルヒか・・・。

「ちょっと、キョン!あんた何処行ってたのよっ!」
-知らないうちに教室から消えてたのはハルヒだろっ!
「全く、女のアタシに力仕事させて!思い遣りの欠片も感じられないわねっ!」
-・・・人の話を聞け。
「まあ、いいわっ!放課後は、これ全部開けて整理して組み立てっ!わかったわね?」
-だから何だってんだ、それ!

「ふふん!バンドの機材よっ!」

-はい?


放課後、俺はあまりにも重い足取りを自覚しながら部室へと向かった。
まさか、本当にバンドをやる気だったとはな。
文化祭の後にハルヒがそれらしい事を言っていた様な記憶はあるものの、どうせいつもの思い付きだろうと判断した俺は「脳内ゴミ箱」に、その記憶を移動させちまって久しかった。
しかし、困ったもんだ。

俺はあまり人前で色々とやるのは得意ではない。
いや、この世界に生きる大多数の人間は俺と似たようなものだろうと思っている。
考えてもみて欲しい。
世界に生きる人々全てが、人前に出て色々とやる事に何の抵抗も持っていないとしたら、この世界は歌や音楽やパフォーマンスに溢れ、煩くて仕方がない。
そういうのは極少数の人々が担う事でいい。
そして俺は、生憎その極少数派では無い訳で・・・とにかく、困ったものだ。


部室に着くと、先程より状況は悪化していた。
段ボール山脈は崩壊もしくは倒壊し、足の踏み場もない。
その真ん中で、意気揚々とハルヒが指揮をとっている。
「さあっ!開梱よっ、開梱っ!古泉君、その黒くて丸いのはドラムセットの何とかだから優しく扱って!みくるちゃん?軽いものばかり選んでないのっ!女性の社会進出が常識の時代よっ!パワフルに行きなさいっ!ほらユキ?本読むのは後にして、それ組み立ててっ?」

今日は・・・先に帰るか・・・。

「あら、キョン!いいとこに来たわっ!この空段ボール、全部潰して?黒い箱は適当に片付けてね!」
-・・・はい。ところでハルヒ、何で今年もあと僅かのこの時期にバンドなんだ?
「それは後で!ほら、早くするっ!」

数分後、我がSOS団のアジトもとい部室は軽音部の如き様相を博していた。

-ドラムセットにキーボード・・・マイクスタンドに譜面立て、これは・・・ギターアンプか?
「そうっ!すぐにでもバンドが始められるわ!」
-どこから持ってきたんだ?もしくは盗って来たんだ?
「人聞きの悪いこと言わないで!軽音部がね、機材の入れ換えなのよ。何年かにわたって部費の一部を積立てしておいて、古くなったら買い換えるんだって。昨日丁度それに出くわしたのよね!だから、処分に困ってるならウチで全部引き取ります!って言ったわ。」

-それで、これか。

「そう!じゃあ準備が整ったところで、早速パートを決めるわね!まずアタシがボーカルとベース!」
-ギターじゃ・・・ないのか?
「煩いわね!シド・ビシャスみたいにしたいのよ!」
-そうか。(まあ、『はなわ』と言わないだけ良しとするか。)

「古泉君は・・・ドラムでいい?」
「はい、心得ました。」
「みくるちゃんは、キーボードね!」
「ふえええ、私もやるんですか~?」
「当たり前でしょ!で、ユキはギター!」
「・・・わかった。」
-俺は、無さそうだな。何も。(よかった、いや実によかった。)

「何、ホッとしてんのよ!無駄に解りやすくてイラつくわね!キョンにはふさわしいパートを用意してあるわ!
ね?六歳までピアノをやっていたキョン君?」
-うぼぁ!ハルヒっ!何でここでまた俺の黒歴史をここで暴露する?

ちなみに事実だが・・・泣きながら親に辞めたいとせがんだのも事実・・・ああ、ここから逃げ出したい気分だ。

「ほう?意外ですねえ?」
ほら!古泉がニヤついてるっ!長門ですら、少しだけ笑った気がしたぞ?畜生!ハルヒの人でなしっ!

「でも、ピアノを弾く男の子って素敵!私、好きですよ。」
-朝比奈さん・・・。 いや、バイエルは一通りやりましたよ?・・・っ!?

瞬間、ハルヒの凶器的な視線を感じた俺は、全力で話題を変える事にする。

-あー・・・それで、どんな感じにするんだ?バンドは?それと、俺は何をやればいい?
「ふん!キョンはこれ!」
-ん?パソコンのソフトか?
「そう!これで、私達のパート以外の「全部」をキョンが作るのよ?ブラス、ストリングス、その他SE等々!」
-ようするに雑用か。まあ、裏方なら・・・
「もちろん、ステージにも立ってもらうわよ!」
-・・・。

ああ、なんという悲劇だ。
恥ずかしい過去を暴露されただけでなく、ステージに立つ事まで只今決定してしまった・・・トホホ。

「さて!パートが決定した所で、次は何を演るかね?古泉君!どんな音楽が好き?」
「そうですね、大体80'sを聴いてますよ?まあ、ほとんどAORですが。」
「ふんふん、なるほどね!キョンは?」
-あ、俺は・・・
「やっぱいい。」
-・・・。

ハルヒの奴がAORを把握しているかは不明だが、会議は続く。

「みくるちゃんは?」
「わ、私そういうの良く解らなくて・・・」
「じゃ、いいわ!ユキは?」

「・・・・・・スガ=シカオ。」



「・・・なるほどね!じゃあ、まとめると・・・・レーザーびんびん飛びまくりの曲締めで花火ドガーンのロックオペラって事で良いかしら!」

-どう・・・まとめたんだ?


『じゃあ、明日の放課後までに演る曲を用意するわね!一週間後には、お披露目といきたいところだわ!それでは今日は解散っ!』


昨日の「緊急発表」から一夜明け、俺は・・・やはり憂鬱だった。
とりあえずハルヒを迎えに、いつもの公園に向かうものの体が鉛の様にダルい。
今まで映画制作や草野球、夏の合宿など様々な事でハルヒには振り回されて来たが、今回は正直言うと荷が重いのだ。

昨日あの後、ハルヒは家に着くまで終始上機嫌で、音程の外れたGET IT ONを鼻唄で歌ったり、膝を叩いてリズムを刻んだりしていた。
それは、まるで新しいオモチャを買って貰ったばかりの子供の様で、おそらく俺はハルヒのこういうところに、毎度の我儘を許せてしまうんだろうな。

まったく困ったもんだ。

いつもの待ち合わせ場所に着くと、ハルヒは颯爽と俺の自転車の荷台に跳び乗り、背中越しに腕を回して俺の右耳に何かを突っ込んだ。

-うおっ?な、なんだ?
「ねえ!これ聴いてみて?」

耳に突っ込まれたのはステレオイヤホンの片側だった。
ハルヒは、もう片方のイヤホンを自分の右耳に挿しながら続ける。

「いくわよ?よく聴いてて!」
-あ、ああ。

俺は、ペダルを踏み出しながら耳を澄ます。
しばらくすると、イヤホンから音楽が流れて来た。
ロック・・・と言うよりはR&Bか?ボーカルの女の子、声量凄いな。演奏も完璧だ。
そして・・・心地よい疾走感がある・・・

-おい、ハルヒ?まさか、これを演るのか?
「あら、キョンにしては鋭いわね!その通りよ。いい曲でしょ?」
-しかし・・・難しいんじゃないか?昨日の様子を考えると、朝比奈さんがこのピアノを弾きこなすとは到底思えんし、古泉だってドラムなんか初めて触る筈だぞ?まあ、ハルヒと長門は別として・・・
「何よっ!やってみなけりゃ判んないでしょ!」
-まあ、それはそうだが・・・

やれやれ、だ。
ハルヒが持って来た曲は確かに良い曲ではあるし、昨日言ってた『レーザーびんびん飛びまくりの曲締めで花火がドガーン』の様なものでは無かったものの、高校生がバンドを組んで演奏出来る様な代物ではなかった。
素人の俺が聴いても、瞬時に『巧い』と判断出来る演奏。
これを初心者集団の俺達に「やれ」と言うのは、いくら長門やハルヒの様な特殊な人間がメンバーに居たとしても到底無理だろう。
それに、ハルヒだってこの複雑なベースを弾きながら歌を歌うのは難しい筈だ。

昨日はシド・ビシャスがどうのこうの言っていたから、てっきりパンクでもやるのかと思っていた訳だが、この曲を演るとなると話は変わって来ると思う。

そもそも、それだけ大変なのを承知でハルヒがバンドをやり出そうとしてる理由は何だ?
ただ、機材を貰ったからって理由では無さそうだな・・・。


-ところで・・・なあ、ハルヒ。そろそろ話してくれても良いんじゃないか?
「ん?何よ。」
-何でバンドをやろうと思い付いた?
まあ、バンドをやるというのは良いとして、何故急いで形にしようとしてる?
「・・・ENOZが解散するって言うのよ。」
-ENOZって、あの・・・軽音部の、か?
「そう。昨日アタシ、機材が貰えるかもしれないって聞いて、軽音部の部室へ飛んでいったのよ。そしたら中西さんが居て・・・」

聞けば、ENOZは最近メンバー同士の関係が、しっくり行ってなかったらしい。
中西さんが受験の為に、なかなか活動に参加出来なくなってしまった事が原因の様で、年明けに予定していたライブすらキャンセルしようとしているとの事だった。

「アタシはENOZが好き。解るでしょ?あのバンドは普通じゃない!たとえば・・・プロになったとしても十分やっていけるバンドだと思うの!もったいないじゃない?ここで辞めちゃうなんて。」
-ああ。それで、どうした?
「アタシ、賭けをしないか?って言ったのよ。アタシがバンドを組んで一週間後に一曲でも完璧に演奏出来たら、ENOZは解散を取り止める。」
-できなかったら?
「SOS団を解散する。」

-! 本気かっ!?
「女に二言は無いわ。」
-しかし・・・な、ハルヒ?
「・・・ねえ、キョン。」
-ん、何だ?
「・・・アタシ、今回の賭けの事ね?半分は思い付きだけど、半分はそうじゃないの。」
-どういう事だ?
「アタシ・・・ENOZのみんなに思い出して欲しいのよ!バンド・・・いや、誰かに音楽を聴かせてあげられる事が、どれほど素晴らしい事かって!」
-ハルヒ・・・
「今、聴かせた曲ね?難しいって事、良く判ってる!でも、これくいの事はやってやりたいのよ!」
-・・・わかった。とりあえず、みんなに聴かせてみてからだ。な?
「・・・! うんっ!」

さてさて、忙しくなりそうだ。

放課後、部室へ向かおうとした途中の廊下で古泉とバッタリ出会う。
珍しい事もあるもんだ。
話題は自然とバンドの話になった。古泉もそれなりに考えているんだろうか。

「昨日、駅ビルの中にあるカルチャースクールのドラム教室に上手く潜りこめましてね?二時間程、触らせて貰いましたよ。」
-ほう?どうだ、出来そうか?
「はい、真似事程度なら。キョン君はどうです? ピアノでしたっけ?」
-殴るぞ。
「失礼、冗談ですよ。そうそう、もう曲は聴かせてもらったんじゃないんですか?」
-ああ、難しいぞ。おそらく、お前の好みではあるだろうがな。
「そうですか。まあ、『好きこそモノの上手なれ』なんて言葉もある程ですからね!ここは一つ張り切ってみましょう。ところで・・・」
-なんだ?
「いや、ピアノの音が聞こえませんか?」
-お前、まだ言うかっ!
「いや、本当に!少しだけ、耳を澄ませてみてください!」
-本当だ・・・。
「ウチの部室からですよね?」
-みたいだな。ハルヒか?いや、アイツはまだ教室に居た筈だ・・・。
「行ってみましょう!」

俺達は、部室棟の階段を駆け上がった。
どうやら、ピアノの音は本当に俺達の部室から聞こえて来ている様だ。


「戦場のメリークリスマス、でしたよね?この曲・・・。」
-ああ、そうだな。

俺達は、ドアの前に立つと静かにドアノブを右に回した。

-! 朝比奈さん!?

ピアノの音の主は、なんと朝比奈さんだった。
俺が不意に声をかけ驚かせてしまったせいか演奏を止め、こちらを伺いながら眼を潤ませてる。
ピアノは、昨日ハルヒが貰って来た電子ピアノ・・・か?

「ふええっ、す、すいませええん!置いてあったから、ちょっとだけ弾いてみたくなっちゃって・・・」
-いや!謝る事じゃないですよ!
それより、弾けるんですね?ピアノ!
「あ、はい。無理矢理ですけど、習わされていましたから。今でも、たまに弾きますよ?」

「ふふん、やっぱりね!」
背中から聞こえる声に振り返ると、ハルヒが立っていた。
何か、たくさん書類を抱えている。

-何が、やっぱりなんだ?
「本当はね、みくるちゃんにはタンバリンでも持たせておけば良いと思ってたのよ!
でも、昨日気が変わった。」
-なんでだ?
「みくるちゃん、手を見せてみて!」

ハルヒに言われるままに、朝比奈さんは掌を差し出してみせる。

「見て!この爪と指先。綺麗に整えられている上に指紋が薄くなってるでしょ?ピアノを習慣的に弾く手よ!」
-ハルヒ、まさかそれに気が付いて・・・

「そう!ところで、みくるちゃん?ユキは?」
「あ、あのぉ・・・隣に何か取りに行ったみたいですけど・・・。」
「もうっ!この忙しい時になんでコンピ研に遊びに行ってんのよっ!」
「ふええっ、す、すぐ帰って来ると・・・あ!長門さん!」

ハルヒに続いて、部室へ入って来たのは長門だ。抱えているのは・・・キーボードか?

「・・・USBケーブルでPCに繋げる事が出来る。あなたには必要な筈。」
-あ、ああ。ありがとうな?長門。
「・・・。」

長門は黙って頷くと、いつもの場所に腰を降ろした。
全員集合、だな。

そして、ハルヒが声を張り上げる。

「さあ!いよいよ始めるわよっ!今から譜面とMDを配るわっ!
アタシが聴いて書き出したから完璧よ!
そんでもって明後日まで各自練習っ!」




そして、また朝が来た。

ハルヒの「バンド結成宣言」から2日が過ぎた事になる。
予定通りに行けば、あと4日後にはお披露目か・・・。

俺は授業中にも関わらず、窓の外を見ながらボンヤリと考える。

あれほど憂鬱だったバンド活動も、ハルヒのENOZに対する熱い想いに影響された為か、最近は心なしか楽しく思えてきた。

朝比奈さんがピアノ経験者だった事が発覚したり、古泉がワリと乗り気で自分なりに練習してたり・・・と、なんとなくバンドの形が見えてきた事も、その原因かもしれない。

それと・・・昨日、ハルヒから渡されたこのスコア!(※楽譜の意)正直、驚いた。
俺は、譜面を一目見てどんな曲かを理解出来る程のスキルを持ち併せてないので、帰宅後にパソコンに譜面を入力して実際に音に変えてから気が付いたのだが、
入力したパートとそれを再生する為に打ち込んだ暫定的なリズムのみを聴いただけなのに、
劇的にアレンジが変えられているのが解るのだ。

(これを、全員で演ったら一体どうなるんだ?)

嬉しい意味で、まったく予想がつかない。
そして、ハルヒの持つ才能の奥深さに思わず感嘆の溜め息をつく。

ハルヒはENOZを「あのバンドは普通じゃない」と賛じていたが、ハルヒも十分普通じゃない。
おそらく、俺以外のメンバーに渡したスコアにも、それ相当のアレンジが確実に施してあるだろう。
考えるだけで、たまらなく胸が騒ぐ。

ちなみに、俺が引き受けたのはキーボードパートの2とSE(※効果音等々の意)で、キーボードパートの1は全編ピアノを使用する為に朝比奈さんが受け持つ事になった。
ハルヒからスコアとともに手渡されたメモによれば、「ストリングス(※弦楽器同士の複合的な音の意)は必ず手弾きにしないと死刑よ」と書いてあった。
(手弾きって事は・・・俺がステージでコレを弾くって事だよな。)

ステージに立つことには未だ抵抗を感じているものの、今はとにかくみんなの音が聴きたいと思う。
だから、昨日は既にモノ置き場と化していた自宅のアップライトピアノ(※一般的な御家庭にみられる箱型のピアノ)の蓋を開け、軽く練習までしてしまった。
若干調律が狂っている気もしたが、予想以上に動かせる自分の指に「ピアノ・・・辞めなきゃ良かったな」と本気で後悔した程だ。

そんな事を色々と考えているうちに、早くも昼休みになった。


弁当を取り出そうと鞄をアサっていると、後ろの席でハルヒが机にへばりついているのが見える。

-おい、何やってんだ?
「んー?作詞。」
-ん?今度演る曲って、コピーだろ?
「そうよ。でも、英語詞でしょ?伝わらないのよ。だから書き直す。」
-訳すだけじゃ駄目なのか?
「どうせなら、アタシの言葉で歌いたいじゃない?」
-まあ、な。
「ほら、邪魔しないのっ!放課後までには仕上げるから、そしたら見せてあげるわよ!」

放課後・・・か。
思えば高校に入ってこの方、これほど放課後が待ちどおしいと思った事なかったな。

そして放課後、急ぎ足で部室に向かうと、入り口に近付く随分手前からドラムを叩く音が聴こえてきた。

(古泉か。やってるな・・・)

部室に入ると、もう秋も終わりだというのにTシャツ一枚で汗をかきながらドラムを叩いている古泉の姿があった。


その横には、ヘッドホンを頭に被りキーボードを確かめる様に弾いている朝比奈さんも居る。

二人は俺の姿に気が付くと、手を止めた。

-すごい汗だな、古泉 。
「いや、結構なスポーツですよ?これは!涼宮さんのくれた楽譜はシンプルで、初心者の僕としては助かったんですが、なにしろ随所に『力強く』と書いてあって・・・」
-なるほどな。
「そうだ、ちょっと聴いてみて貰えます?」

そう言うと、古泉は朝比奈さんに目配せをした。朝比奈さんが頷いてそれに答える。
なんか、羨ましいぞ。

「では、いきます!!123・・・」

古泉のカウントとともに、朝比奈さんが指を鍵盤に「叩きつけ」る!
普段の朝比奈さんからは想像もつかない姿に一瞬呆然とさせられる。
そして、古泉が繰りだす正確なスクエアビートに朝比奈さんの奏でるピアノの音色が飛び乗った!

(す、凄いっ!)

ビートは更に加速し、そこにある筈のない風を生む・・・
そして、しばらくそれは続いた後ピタリと止んだ。

「如何ですか?イントロの部分だけ合わせてみましたが?」
-い、いや・・・言うまでもない・・・。最高だった!

驚いた!ピアノとドラムだけでもそれなりの事が出来るもんだ。
しかも、古泉の奴・・・なかなか上手いぞ?

-ち、ちょっと待っててくれないか?
俺も準備するから!

俺は慌てながらパソコンにキーボードを繋ぎ、別に用意してあったシンセ(※シンセサイザーの略。自分の好みの音色を作る事が出来る)にモニターを繋いだ。

あと少しで準備完了!というところで、部室の入り口から煩い声がする。

「あれえっ?みんな居るじゃないっ!」

声の主はハルヒだった。そして・・・長門も居る。

「アタシ昨日、明後日まで各自練習!って言っちゃったでしよ?だから今日は誰も来ないかと思ってたわよ!」
-道具がここにあるんだから、来ない訳無いだろう?
「それは、そうね!うん・・・仕上がり順調みたいね?その様子だと。」
-ああ。どうだ?試しに・・・
「合わせてみる?」


こうして、明日の筈だった全員揃っての演奏練習の予定は見事に前倒しになった。
しかし、当然悪い気はしない。
俺は高鳴る気持ちを抑えつつ、準備をすすめる。
古泉も、さすがに今日はニヤけていない様だ・・・。スネア(※小太鼓みたいな奴ね)やキック(※バスドラムの意)を数回鳴らして感触を確かめている。
朝比奈さんも普段から考えられないような、キリッと引き締まった表情でピアノとアンプのボリュームを合わせる。
ハルヒと長門も、各々のアンプにギターとベースを繋ぎ終え、チューニングを始めた様だ。
「ちょっと、キョン!いや、みくるちゃんでも良いわ!Eの音(※ドレミのミの音)ちょうだい?」
「あ、はいっ!これで・・・良いですか?」

ハルヒは二、三度軽く弦を鳴らしペグ(※ギターの弦の張りを調節する部分)を回した。

「うんっ!ありがと!ユキは大丈夫?」
「・・・・準備完了。」

そして、ひと通り準備が終わると、部室の真ん中に立ち説明を始める。

「えっと・・・みんな、聞いて!大体解ってもらえてるみたいだけど、今回アタシ達が演る曲ね?アタシが元曲にアレンジを加えて、歌詞も書き変えちゃったの!実際に演奏してみて、意見や気付いた事があれば遠慮なく言ってね!あと・・・キョンと古泉君、アレの準備は良い?」

『アレ』とは俺と古泉の耳にヘッドホン越しに聴こえるメトロノーム音の事だ。
俺の用意したパソコンが自動的に演奏する部分のパートと、全体の演奏の間に「ズレ」が生じない様にする為のモノで、ハルヒ曰く「アタシの考案よっ!」との事だが、多分本人の勘違いだと思う。

「OKね?じゃあ、行くわよ!」

俺は古泉に軽く目配せをして、手元のエンターキーを押した。

鳴り響くSE!
その瞬間、古泉がキックを鳴らす。
続けて朝比奈さんのピアノがハジけながら走り出す・・・

スタート成功っ!

弾む様なベースラインを奏でながらハルヒが飛びはねている。
その横で、長門が丹念に折り重ねる様にギターでリズムを刻む。

(これが・・・バンドか!)

俺は息を飲みながら、自分のプレイに集中する。

そして・・・ハルヒが歌い始めた!

♪━━━真っ直ぐに受けとめてよ
目の前にいる ただ ありのままのアタシを━━━
━━独りきり 立ち尽くす 蒼い光の海
生まれ落ちた ミネルバ━━━

♪━━━決める時は 決めなきゃ駄目だよ?
躊躇っているうちに 撃ち抜かれる━━━


♪━━━心折れない 足を止めない 傷付くのは怖くない
私の心には 君がいるから━━━
♪━━目をそらさない 痛み避けない 希望きっと捨てない
変われるさ 今日から 光輝くアタシを見てよ━━━━


力強いボーカルが、部室全体を揺さぶり・・・心地よい速度で回り始めた・・・

そして・・・ただひたすら、譜面を追いながら鍵盤を叩く俺を飲み込んでいく。

♪━━━心折れない 足を止めない 傷付くのは怖くない
私の心には 君がいるから━━━
♪━━目をそらさない 痛み避けない 希望きっと捨てない
変われるさ 今日から 光輝くアタシを見てよ━━━━







本当に、瞬く間の出来事だった。
歌い終えたハルヒが、肩で息をしているのが見える。
古泉が目を閉じて深く息をする横で、朝比奈さんが恐る恐る部室の中を見回す。
長門の額に少し汗が光っている・・・

-どうだ?ハルヒ・・・

「・・・バッチリっ!イメージ以上よ!!みんな最高っ!!!」

不意にみんなの顔から笑顔が溢れる。
俺も、気付かないうちに笑っていた。
ハルヒは続ける。

「もっと・・・もっと練習しよう!アタシ達、もっと凄い事ができるかも!」



【参考曲】REAL YOU/山田優 2006




朝!である。

いつもの待ち合わせ場所に着くと、ハルヒは挨拶もソコソコに俺の自転車の荷台に飛び乗って立ち上がった。

「さあっ!今日も元気に行ってみよ~っ!」
この軽く鼓膜が痺れる耳元の叫び声は、ハルヒの機嫌が最高潮な朝の「お約束」だ。

まあ、無理も無いだろう。
かく言う俺も、昨日の練習の後は帰宅してからも興奮が醒めずに、夜更けまで演奏データを再確認をしたり、少し自分で弾いてみたりしながら喜々悶々としてたからな。
たぶん、長門や古泉や朝比奈さんも同じ気持ちでいたのではないだろうか・・・いや、そうであって欲しい!

走り出して間もなく、ハルヒが唐突に喋りだした。

「それでね?やっぱり人に聴かせてナンボだと思うわけよ!」
-なあ、ハルヒ。
「なによ?」
-『それでね?』の前の部分の会話を、お前と交した記憶が無いんだが?
「え?バンドよ!バンドの話に決まってるじゃない!」
-・・・。(だったら始めからそう言えっ!)
-で、人に聴かせるって何だ?
「お客さんに、アタシ達の曲を聴いてもらうのよ!」

-あのな・・・ハルヒ!少し長くなるが、解りやすく説明してやるから聞け?
「な、なによ?」
-お前が四日前に突然バンドをやるって言い出して、なおかつ一週間後に一曲完璧に仕上げてお披露目すると言った。普通に考えれば無茶だよな?
「ま、まあねぇ・・・。」
-それが、たまたま偶然が重なって昨日バッチリ形になった。これはこれで俺も嬉しい。だが!それで何故今日いきなりライブの話になる?
いいか、ハルヒ。ライブをやるにはハコ代(※ライブハウスを借りる費用)等最低でも諭吉様が三人必要だ。
まあ、チケットを作って捌いたにしても、回収出来るのは二割程度と考えた方がいい。
「ふ~ん。ずいぶん詳しいのね?」
-ま、まあ今後の事を考えて少しネットで・・・っ!そんな話をしてるんじゃないっ!
本題に戻るぞ?大体、俺達はまだ一曲しか持ちネタが無いんだぞ?以上の理由でライブなんて無理だっ!
「そ・れ・が、そうでもないのよね~?」

ハルヒはそう言うと、自転車をこぐ俺の目の前に派手な色のチラシをちらつかせた。

-なんだ?それ。
「ふふん、朗報よ!あ、そうだ。いつもの販売機のトコ寄ってよ?時間ならまだあるわ!」

俺は、いつもの販売機の前に自転車を停めると、ハルヒから先程のチラシを受け取った。

「何か、買ってくる。それまでに鋭意検討する事!いいわねっ?」

-ああ・・・なんだ、これ。ミュージックダイナー『リバプール』?

チラシには、そのコテコテな店名と『出演バンド随時募集中』の
文字が踊っていた。

「どう?読んだ?」

買い物を済ませたハルヒがコーヒーの缶とカフェオレの缶を抱えて戻って来る。

-ああ、今半分だけ。
「まあ、いいわ!そこの店ね?ステージがあって、アマチュアでバンドやってる人とかが毎晩代わる代わる演奏出来るんだって!」
-なるほどな・・・
「でね?お店で食事をしていけばステージ使用料はタダ!しかも、持ち曲は一曲からでもオ~ケ~イッ!」
-そんなんで大丈夫なのか?
「うん。大体、多く演る人でも三曲くらいだって言ってたわよ?」-『言ってたわよ』って、お前!既に電話済みかっ?
「当然じゃないっ!」-まさか・・・予約とか・・・
「アタシがしないとでも思った?」
-思いません・・・


そんなわけで・・・急遽、放課後インスタントライブが決定してしまった・・・。
まあ、学校で演ると言い出さないだけ、ハルヒが本来の目的を見失っていない証拠・・・ということで良しとするか。
しかし、人前に出るのは・・・やはり抵抗あるな。

放課後、ハルヒは部室にみんなが集まるや否や「はいっ!みんな、移動するわよっ!」と号令をかけた。

「古泉君とみくるちゃんはドラムとピアノだから手ブラね。あ、キョンは手頃なシンセを一台持ってくのよ?シールド(※接続用のコード)忘れちゃ駄目よ?ちょっと、ユキっ!いつまでも本読んでないで支度支度っ!」

「相変わらず、涼宮さんはテンション高いですね。で、何処に行くんです?」
何も知らない古泉が、毎度お馴染のニヤケ面で俺に訊く。
-ああ、ライブだそうな。
「ふええっ?誰のですかあ?」

朝比奈さんに関しては、コレだけ楽器の準備をしているのに数時間後に自分がステージに立たされる事など予想だにしてない。
気の毒な話だ。

-昨日の一曲だけ、ステージの上でお披露目するんだそうだ。


「ほう!これは急展開ですね?非常に興味深い。」
「ふええっ?出来ませんっ!恥ずかしいですう~!」
「・・・そう。」

ああ、予想通りの反応だ。
-ハルヒ、本当に行くのか?

「行くに決まってるでしょ!?ほら、みくるちゃん?固まってるんじゃないわよ!ステージに立つ前にでも掌に『人』って三百回くらい書いてガブ飲みすれば、緊張なんて吹っ飛ぶわっ!」

こうして俺達は移動を開始した。
移動中も朝比奈さんさんは「あのお・・・どおしても今日なんですかぁ?また今度にしませんかぁ?」と、しきりにハルヒに訊いていたが、訊く度に「煩いわねっ」と言われながら耳たぶを『はむっ』とやられるので、目的の店に着くころにはすっかり静かになっていた。

そして俺も・・・実は既に緊張のあまり背中に汗が流れていたりしたっ!
まったく、こんな時ほど古泉や長門が羨ましく思える事は無いな。

その店は、国道から少し裏に入った所にあった。
一見、普通のレストランの様に見えるが、中に入ると小さなステージに置いてあるドラムセットに目を惹かれる。
キモチばかりだが、スタンディングスペースもある様だ。
広さも、ソコソコあるか・・・。

店に入るなりハルヒはカウンターへ向かい、店長らしき人と段取りをつけ始めた。
そして、しばらく話をした後に振り返り「ねえ!アタシ達、18:30からだって!」と、こちらに叫ぶ。
後一時間か・・・やるしかない!よな・・・。

少しだけ店の裏で打ち合わせをし、ハルヒと長門が素弾き(※エレキギター等をアンプに繋がない状態で弾く)で音を合わせ・・・朝比奈さんが掌に『人』と書いてガブ飲みしているうちに、一時間は瞬く間に過ぎた。
気が付くと夕食には早い時間にもかかわらず、店内には既に20人以上のお客さんがいる。

俺達は、店内の端をそそくさと歩いてステージに向かい手早く準備を始めた。
古泉と朝比奈さんは店内備え付けのドラムセットとエレピ(※エレクトリックピアノの略)を使用する。
俺はキーボードスタンドにシンセをセットしてシールドをモニターに挿し込んだ。
ハルヒと長門は、先程まで音を合わせていたせいか既に準備が終わったようだ。
ステージ右奥に古泉、左奥に朝比奈さん、手前右に長門、中央にハルヒ、そして手前左に・・・俺。
奥が・・・良かったのにな。

とりあえず俺は、今日はキーボードパートのみの演奏になる。
セットや片付けの事を考えて、持ってくる機材は必要最小限に押さえたのだ。

五分前になり、店内の電気が消えた。
わりと本格的な演出に驚く。

「そろそろ・・・行くわよ?」

ハルヒが全員に目配せをする。
全員の表情が引き締まる。
あれほどアガッていた朝比奈さんも、今は鍵盤をじっと見据えている。
そして俺も・・・覚悟を決めた!

そして、古泉のカウントから俺達は始まった!

古泉の打ち出す精確な力強いビートに、朝比奈さんの普段の姿からは想像できないくらい攻撃的なピアノが鮮やかに斬りこんで行く。
そして長門、ハルヒがステージフロントで競り合いながらフレーズを重ねて行く・・・。昨日以上だ!この感触!

昨日の練習で、ある程度成功への確信を得た為だろうか。
ハルヒのボーカルがより迫力を増している気がする。

このまま、突っ走れ!俺は、鍵盤に指を叩きつけた!







演奏は五分程で終わった。
ふと、緊張と興奮のあまり客席に人が居る事を忘れていた事に気が付く。
反応は、どうだ?



何故か、客席は静まりかえっていた。
一瞬、俺達の音に驚いていてくれているのかと、傲った思考を廻らしてしまう。
しかし・・・不意に客席から聞こえて来た失望ともとれる様な溜め息と失笑に、その思考は脆くも崩れ落ちた。

カウンターからは、先程の店長らしき人が「早く片付けろ」と言わんばかりに、激しくジェスチャーをする。


呆然とする暇も無く、俺達は店を追われた。


帰り道、俺達の足取りは重かった。
当然、その重さは持って来た機材によるものではない。

「何が駄目だったのかくらい、聞きたかったです・・・。」
朝比奈さんが、眼に涙を溜めて呟く。
古泉は珍しく黙っている。その悔しそうな表情から、ここ数日間に凄まじい努力をしてきた事に気付かされる。

(そうだ、古泉はハルヒがバンドをやるって言い出すまで、ドラムに触れた事すら無かったんだよな・・・)

長門も、表情こそ変えないものの顔は下を向いたままだ。
そしてハルヒも・・・先頭を肩で風を切って歩いていくものの、言葉は無い。手には、ステージ利用料の請求書がシワクチャに握られていた。

食事をすればステージ利用はタダ・・・の筈が、食事すらさせて貰えなかったのだ。

そして、沈黙は解散場所の駅前に着くまで続いた。

駅前に着くと、それまで先頭を黙々と歩いていたハルヒが突然向き直り、声を張り上げた。

「ふん、みんな何よっ!一回失敗したくらいで湿っぽくなってさ?初めから何もかも上手く行ってたら、楽しさ半額セールよっ!今日は解散!キョン?帰るわよっ!」

そして、一人で足早に学校へ向け歩き始めた。

俺は、みんなに「スマン、また明日な。」と短目に告げるとハルヒを追った。

-待てよ、ハルヒ!
「ふん、何よ!お世辞でもいいから拍手くらいしなさいよ!」
-おい、ハルヒ!
「みんな、それなりに頑張ってるのよ・・・。みんな・・・」
-ハルヒ?

不意に立ち止まったハルヒの背中が震えていた。

-ハルヒ・・・もういい。泣くな・・・。

俺は背中からそっとハルヒを抱き締める。
ハルヒの首筋から微かに香る汗の臭いが、さっきまでステージで必死に歌っていた姿を思い出させて、胸が苦しくなる。

-また、明日・・・頑張ればいいじゃないか。

上手に慰める事も出来ないまま、俺達の初ライブは終わった。


そして、次の日・・・

ハルヒは、朝からいつもと変わらぬ調子で振る舞っていたものの、バンドの話題を持ち出す事はなかった。

俺もなんとなく、その話はしないほうが良い気がして、ハルヒと顔を会わせる度に他愛のない会話でやりすごした。

(さすがのハルヒも、昨日のは堪えたか・・・)

不意に昨日の、あの店での出来事を思い出す。

結局、考えてみるとバンドってヤツは「3日や4日で簡単に出来るものじゃない」って事なんだろう。
確かに俺達は、楽譜通りに完璧に弾けていた。
でも、それだけじゃ多分駄目だと思う。
何回も練習を重ねて得られる「何か」。
その「何か」が足りないと、まだまだ俺達はバンドとして成立しないのではないだろうか。
その「何か」とは・・・まあ、上手く言えないけど「ノリ」みたいなモノであったり、演奏の一体感や疾走感であったり・・・
コレばかりは、何日もかけて練習を繰り返さないと得られないモノだと思う。

だが、俺達には時間がない。

明日にはENOZのメンバーに、演奏を聴かせなければならないのだ。
ハルヒ・・・立ち止まっている時間は無いぞ・・・。

そんな事を考えるうちに、一日は瞬く間に過ぎ放課後になった。


(とりあえず、部室に行くか・・・)

ふと、席を立とうとした俺の制服の裾を何かが引っ張る。

ハルヒの手だ。

「ちょっと、待ちなさいよ。」
-え?ああ、なんだ?
「たまには、一緒に行こうって言ってるのよ!」
-あ、ああ別に構わないが・・・

珍しい事もあるもんだな、と思いながら俺はハルヒと廊下を歩く。
大体、いつもならハルヒが自由気儘に行動する為に、下校までは別行動がセオリーなのだが。

「ねえ、キョン・・・」
-なんだ?
「みんな・・・部室に来てるかしら。」

-あ、ああ。古泉は金曜だからバイトだろ。
あとは・・・まあ、いつも通りじゃないか?
「そう・・・よね。」

驚いた、こいつは重症だ。
ハルヒに限って落ち込むことは無いと思っていたが、予想に反して今俺の目の前には、昨日の事が原因で「みんなが部室に来ないのでは」と心配しているハルヒが居る。

-バカだな。昨日駅前で「一度くらい失敗したからって・・・」て激を飛ばしたのは誰だよ?
「わ、わかってるわよっ!ただ、アタシは団長として全員のメンタルな部分を案じているだけよっ!」
-ほう?それは結構な事だ。・・・ハルヒ、おそらくみんな最後まで付き合ってくれるさ。
「?」
-ハルヒが何故バンドをやるって言い出したか、みんなに話しておいた。
「! ち、ちょっと!余計な事しないでよ!バカキョン!」

ハルヒが顔を真っ赤にしてこちらを向く。
(そんなに恥ずかしがる事も無いのにな・・・)
いつも思うんだが、ハルヒは正直な自分の気持ちを晒す事を恥ずかしがる傾向がある。
まあ、それは誰にでも言える事といえば言える事だが。

-みんな、それなら頑張ろう!って張り切ってたんだぞ?

「!・・・そう。」


部室棟に着くと、ここ何日か聴こえて来てた古泉がドラムを叩く音が聴こえて来ない事に気が付く。

そして、部室を開けると・・・誰も居なかった。


(まさか・・・な?古泉はバイトだし、長門はおそらくコンピ研にでも行ってるんだろう。ん?朝比奈さんは・・・そういえば、以前ハルヒにバニーガールのコスプレをさせられた時、学校を休んだんだよな。)

何処となく、気まずい空気が流れた。
ハルヒは黙ったまま、机の上に腰を降ろし溜め息をつく。
そして、呟く様に喋りだした。

「アタシね、絶対に上手くいくと思ってたのよ。」
-ん?昨日の話か?
「そう。だから、誰かに演奏を聴いてもらって喜んでもらって、みんなが自信を持って本番に臨めれば良いと思ってた。」
-間違って・・・ないと思うぞ?
「でもね、上手くやるだけじゃ駄目なのかもしれない。」
-どういう事だ?


「もっと・・・聴いてくれる人が喜ぶ様に工夫しないとね。・・・アレンジと歌詞、元曲通りに戻すわ。」
-どうして!?
「アタシは、アタシ達だけの音を作りたかった。でも・・・
ねえ、知ってる?あの曲ね、出たばかりの時はビルボードチャートで三位まで行ったのよ!?そのままやれば、絶対ウケるわ?」


「その必要はないと思いますよ?凉宮さん!」

突然、部室の入り口から声がする。
古泉だ!

-お前、バイトじゃなかったのか?
「明日は、本番ですからね。練習が必要なので早退という形をとらせて頂きました。」
古泉は続ける。
「凉宮さん、自分達が好きな音楽を好きな様に、徹底的にやれば良いと思いますよ?
それに、自分達が自分達の演る音楽を好きでなければ、聴いてくれる人がその音楽を好きになってくれる事は絶対に無いと思います。」
-・・・まったく、同感だな。
「そして僕は、凉宮さんのアレンジしたあの曲が大好きですよ?」


ハルヒは黙ったまま、何か考えてる様だった。
しばらくの沈黙が続き、古泉は練習の準備を始めた。
俺も古泉に付き合うべく、機材の準備を始める。
ハルヒは黙ったままだ。

そして少しの間、そんな事をしていると部室のドアが再び開いた。
無言、ということは長門か。

長門はいつも通りに静かに部室に入ってきた。
しかし、いつもの場所には座らずハルヒの前に立つ。
そして、一言だけハルヒに「来て」と告げ、再び部室から廊下へと歩きだした。

ハルヒは立ち上がり、無言のままに後を追う。
気になった俺と古泉も、後を追いかけた。


長門の向かった先は、講堂だった。
重たい扉を開けると、不意にピアノの音色が聴こえてくる。

-このピアノ・・・朝比奈さんか!

俺達は夢中でステージに駆け寄った。
ステージの上にはピアノ、そして一心不乱に弾き続ける朝比奈さんの姿があった。


-朝比奈さん!

思わず俺は呼び掛ける!
すると、ピアノの音色がピタリと止んだ。

「キョン君?みんなも!どうしたんですか?」
-いや、それは俺達のセリフですよ?
「え? ああっ!ご、ごめんなさいっ!本物のピアノの鍵盤の感触に慣れておきたくて・・・私・・」

-朝比奈さん・・・。

「もう、答えは出ましたよね?」
古泉がハルヒに問いかける。

「明日・・・本番。」
長門が呟く。

-おい、ハルヒ?

ハルヒは俺達に背中を向け講堂を見渡していた。そして勢いよく振り返り、極上の笑顔を見せる!


「さあ、みんなっ!部室に帰って徹底的に練習よっ!」

その後、俺達は暗くなるまで練習を続けた。

同じ曲を繰り返し演奏する・・・次第に音が体に染み込んでいく感覚を覚える。
少しだけ目を閉じながら弾いてみると、ハルヒの弦をつま弾く人指し指と中指や、長門の静かな息遣い・・・激しく鍵盤に打ち落とされる朝比奈さんの指先や、古泉の汗が光ながら飛び散るのが見えた気がした。

そうか、この感じだ。
ハルヒも俺と同じ感覚を覚えたのだろうか。
最後まで演奏した所で一旦右手を挙げ、「ちょっと待って」の合図をする。
それまで張り詰めていた部室中の空気が少しだけ緩んだ。

「もう、大丈夫だよ!ね?」

俺は無言のままに頷いた。長門も古泉も朝比奈さんも・・・じっとハルヒを見つめて頷いている。

「うん!決まりね!明日はコレで行こうっ!」

そして、俺達は約束の土曜日を迎えた。


今日は土曜日だから当然授業は無い。
よって、人気のない校舎を迅速に移動して機材を講堂へ搬入・・・の予定だったが、殆んどの部活が活動しており「凉宮ハルヒが講堂で何かやろうとしている」という噂が瞬く間に学校に広まってしまった。
まったく、早起きして準備した意味が無い・・・

ENOZとの約束は午後一時・・・しかし十二時半の現在、丁度午前中の部活を終えて、噂を聞き付けて駆け付けた生徒達で講堂は溢れ返っていた。

-まいったな、これじゃリハ(※リハーサルの意)も出来ない。全体的な音のバランスはどうしょう・・・。


思わずボやいてしまった俺の肩を誰かが叩く。
少し驚いて振り返ると、長門が立っていた。

-長門・・・どうした?
「・・・このままではリハーサルは不可能」
-みたいだな。
「今から講堂での音響効果と音響特性をシュミレーションする。あなたは私が言う通りの出力設定を行うだけでいい。」
-・・・長門?
「聞いて。」
-あ、ああ・・・すまん。
「ステージ左右の客席側モニター8.5、凉宮ハルヒのモニター(※ボーカルの足元にあるスピーカー)左右共に5.0、古泉君のモニター7.0 、朝比奈さんの・・・」

長門のおかげで、俺が任されていたステージ全体の音響バランス(※本来はPAと呼ばれる専門の人が担当する)が完全に設定できてしまった。

-長門、ありがとうな。
「・・・。」
長門は黙ったまま力強く頷いた。


気が付くと、時間は十二時五十分を回っていた。


俺達はステージの裾に隠れ、時間を待った。
そして、一時!
ハルヒが最初に立ち上がり、声をあげた。

「みんな、全力で演ろうっ!」

ステージには、客席方向から見て奥の左側に古泉、そして右側に俺、そして備え付けのピアノを使うために俺の少し前に朝比奈さん、そして手前側に長門、手前中央にハルヒが立つ。

フロアーは予想以上に込み合っていた。
ひと通り準備が終わったところで、ハルヒがみんなに語りかける。
「昨日の『あれ』忘れないでね。」

『あれ』とは昨日の帰り際にハルヒが突然「演奏が終わったあと、イントロだけでいいからコレをやって欲しいの。」と俺達に渡したENOZのLOST MY MUSICのスコアの事だ。

その意味は未だに解らないが、今はとにかく演奏に集中する事にする。

ハルヒが元の位置に戻り右手を挙げた。そして、それに合わせて俺はエンターキーを押す。
激しくSEが鳴り響き、同時に古泉がキックを打ち鳴らした!
正確無比なスクエアなリズムにクロスハットが微妙なノリを加える。

そして朝比奈さんの攻撃的で鮮烈なピアノが走りだし、ハルヒのベースと長門のギターがそれに乗る!
まるで、意思が通じているかのような長門とハルヒの演奏。

静かに折り重ねるように弾く長門と飛び跳ねるように弾くハルヒは対象的ではあるものの、ステージに深い味わいを加えている!
完璧だ!
ふと、観衆の最前列にENOZの四人が居るのが見える。
みんな、驚きの笑顔だ。

(よかった!楽しんでくれている!)

そして、ハルヒが歌い出した!

♪━━━真っ直ぐに受けとめてよ
目の前にいる ただ ありのままのアタシを━━━
━━独りきり 立ち尽くす 蒼い光の海
生まれ落ちた ミネルバ━━━

♪━━━決める時は 決めなきゃ駄目だよ?

♪躊躇っているうちに 撃ち抜かれる━━━

♪━━━心折れない 足を止めない 傷付くのは怖くない
私の心には 君がいるから━━━
♪━━目をそらさない 痛み避けない 希望きっと捨てない
変われるさ 今日から 光輝くアタシを見てよ━━━━


先の文化祭で、それなりの知名度を得たからだろうか。
もの凄い歓声に驚く。
そして、それは俺だけではない様だ。
朝比奈さんと古泉の表情がコワバっているのが判る。
俺は朝比奈さんと古泉に視線を投げ掛ける。
(大丈夫か?)

想いが通じたのだろうか。

朝比奈さんと古泉がそっと頷く。

(よし、ラストスパートだっ!)

♪━━━心折れない 足を止めない 傷付くのは怖くない
私の心には 君がいるから━━━
♪━━目をそらさない 痛み避けない 希望きっと捨てない
変われるさ 今日から 光輝くアタシを見てよ━━━━



俺のSEで、演奏は終わった。
割れんばかりの歓声が俺達を包む。
ハルヒが振り返り、満面の笑みを浮かべ全員にピースサインをする。
古泉が両手を突き上げ天井を仰いでいる。
朝比奈さんは・・・少し泣いている様だ。
そして長門が瞳を閉じて安堵の溜め息をついているのが見える。

(やった!)

俺は、自分でも気付かぬ内にガッツポーズをしていた。

少し間を置いて、ハルヒが客席に語りかける。

「えっと、皆さん!お騒がせしちゃって・・・ごめんなさい!でも、楽しんでくれてありがとう!・・・もう一曲だけ、やらせてもらえる?」

客席が歓声で答える。
しかし、もう一曲って・・・昨日言っていた『あれ』の事か?


「では行きます!ロストマイミュージック!」

古泉がカウントをとり、長門とハルヒがフレーズを重ねる。
やがて、リズムが走り初めると俺と朝比奈はコードを押さえて追い掛けた。
元々、ギターとベースとドラムで演る曲だ。少し無理がある。

そして、イントロを弾き終えた時点で、俺達はハルヒとの約束通り演奏をピタリと止めた。

ふと、マイクを手にとりハルヒが喋り出す。
「うーん、やっぱり駄目ね!この曲はENOZが演らなくちゃ。・・・そう思わない?中西さん!?」

ハルヒが問掛けた先にはENOZの四人が居た!
それに気付いた観客が一斉にどよめく。
そして、ハルヒは続ける。

「アタシね、どんなに色々あって大変でも、忘れたりやめたりしちゃいけない事が、誰にでもあると思うの。だから、もうバンド辞めるなんて言わないで!」

中西さんの瞳から涙が溢れるのが見えた。

するとフイに古泉が立ち上がり、朝比奈さんと長門に目配せをした後、俺の肩を叩いた。
「さあ、我々の出番は終りました。次の方達にステージを譲るとしましょう。そう、ENOZにね。」



ステージを降りた俺達は、それまでENOZが居た場所に席を得た。
ステージの上にはENOZの四人が居る。

少し涙声ながらも、中西さんがマイクを持ち語りかける。

「皆さん、お騒がせして本当にごめんね!
私達、色々あってもうバンド辞めようかと思ってたの!でも・・・もう辞めようなんて思わない!
今日は、このステージをプレゼントしてくれたSOS団の為に歌います!ブッツケだけど聴いてね!

曲は・・・ロストマイミュージック!」

もの凄い歓声の中、激しいギターサウンドが流れENOZの演奏が始まった。

ハルヒは両手を挙げ、夢中で歓声を送っている。
盛り上がる観客の中で俺は少しだけ思う。

「ハルヒが欲しかったのは、自分のバンドの成功よりも・・・この瞬間だったのかもしれないな・・・。」





コーヒー二つ7話

おしまい
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