渡橋ヤスミを名乗る人物が組織の根城である宇宙ステーションの中に忽然と現れたことは、ちょっとした騒ぎを巻き起こした。
 時間航行技術を操るこの組織は、当然のことながら、時空転移で侵入されないように防御措置を施していたからだ。それがあっさり破られたことは、組織のほとんどの人間にとってショックな出来事だった。
 
 
 組織の代表である長門有希の命令で、ヤスミは長門有希の部屋に案内された。案内役は、朝比奈みくる(大)が引き受けた。
「朝比奈先輩は、おっきくなりましたね、おっぱいが。未来にはおっぱいを大きくする技術とかあるんですか?」
 ヤスミは無邪気にそんな質問を放った。
「特にそんな技術はないです……」
 朝比奈みくるは顔を赤らめながらそう答えた。
 長門有希の部屋に到達した。
 内部から操作で自動的にドアが開いた。
「お久しぶりです! 長門先輩!」
「久しぶり」
 長門有希は、全く動じずに挨拶を返した。
「なんかすっかりおばあさんですね!」
 長門有希の外観は、長老といってもいいぐらいの感じだった。
「人間の組織の中で権威をたもつにはこの方が都合がよい。それに、私の異時間同位体との間で明瞭な差異をつけないと、朝比奈みくるとのコミュニケーションに支障が生ずる可能性が高いと判断した」
「なーるほど」
 二人がテーブルにつくと、朝比奈みくるがお茶を出した。
「ありがとうございます!」
 ヤスミはごくごくと飲み干し、
「やっぱり、朝比奈先輩のお茶はおいしいですね!」
 朝比奈みくるはにっこりと微笑みつつ、席についた。
「御用件を伺おう」
 長門有希が単刀直入にそう切り出した。
「αβ両時間軸が平行している時間帯についてのことで、お願いがあって来ました」
 それは長門有希の予想どおりの答えだった。
 ヤスミがここに来る理由はそれしか考えられない。
「要望事項は何?」
「未来側の干渉は最小限にしてほしいんです。特にαの方は不安定ですから、いろいろとつつかれると私もわたわたしちゃいますんで」
「了解したといいたいところだが、組織の最高意思決定は合議制。私の一存では決められない」
「でも、その中では長門先輩が一番の実力者ですよね?」
「否定はしない。努力するとは約束するが、結果は確約できない。STCデータのブレ幅が許容範囲を超えると判断されれば、組織として介入を決断することはありうる」
「長門先輩の宇宙人的パワーで何とかできませんか?」
「私は、人間社会への干渉を必要最小限にするように、情報統合思念体から厳命されている」
 やろうと思えば、組織の最高意思決定の結果は情報操作でどうとでもできる。しかし、特段の事情がない限り、それは許されていない。
「それじゃ仕方ないですね。まあ、それでもいいです、今のところは」
「こちらからも、あなたに要望したい」
「なんですか?」
「β時間軸における情報統合思念体と天蓋領域との間のコミュニケーション行為を妨害しないでほしい」
「うーん、でも、そのせいで、キョン先輩がすっごく怒っちゃうんですよね。それに、キョン先輩がちょっと危ないことになっちゃいますし」
「β時間軸における彼の安全は、朝倉涼子と喜緑江美里が確保する」
「朝倉先輩って危険じゃないですか?」
「彼女は私の友人。悪く言わないでほしい」
「長門先輩のお友達なら信用はしますけど……。とにかく、マスターもキョン先輩も長門先輩のことをとーっても心配してるんですよ!」
「私個人を気遣ってくれるのはうれしいが、これは情報統合思念体と天蓋領域の間の問題。他勢力の直接介入は容認できない。たとえ、涼宮ハルヒや彼であっても」
「分かりました。長門先輩がそこまでいうなら、これ以上は言いません。その代わり、マスターと佐々木先輩の融合閉鎖空間内での対処は、私に一任してもらいます」
「私の異時間同位体及び朝倉涼子、喜緑江美里を排除する理由は?」
「マスターの御意向です。敵であっても死者を出さずに丸くおさめたいそうです。そのためなら、マスター御自身に多少危険が及んでもやむをえないと……。長門先輩たちを入れちゃうと九曜先輩とバトルになって危ないですから」
「情報統合思念体から涼宮ハルヒの保全を命じられている私としては、容認しがたいところがある」
「マスターの御意向としては、古泉先輩に花を持たせたいということもあるようです。一番の理由は、キョン先輩以外には王子様役を望んでないというところでしょうけれども」
 長門有希に颯爽と救われる涼宮ハルヒ。確かに、それは涼宮ハルヒの望むところではないだろう。
「承服しがたいが、了解はした。ただし、この朝比奈みくるを融合閉鎖空間内に入れることには同意してほしい」
「TPDDでキョン先輩を一ヶ月後のマスターのところに飛ばすんですよね?」
「そう。それは重要な既定事項」
 ヤスミは何か含みがある視線を向けたが、長門有希はそれを受け流した。
 TPDD設定に干渉して、キョンを大学時代にすっ飛ばしたのは、間違いなくこのヤスミだ。
 でも、その事実をこの朝比奈みくるもまだ知らない。ならば、黙っている方がいいだろう。
 今回に限っては、朝比奈みくる(大)の方も駒として扱う必要がある。
「だいたいお話はまとまりましたね。では、よろしくお願いします!」
 ヤスミは立ち上がって深々と頭を下げると、そのまま忽然と消え去った。
 
 
「なんかこう、涼宮さんみたいな人ですね……」
 朝比奈みくるがぽつりとそんなことを言った。
 唐突に乗り込んできて、言いたいことを言って、要求を通して、嵐のように去っていく。確かに、涼宮ハルヒに似ている。
「彼女は、涼宮ハルヒが創造したインターフェース。似ているのは当然」
 

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最終更新:2020年03月11日 23:38