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 さて、次の日である。 
いつものように早朝ハイキングを済ませ登校した俺であったが、妙に気分が優れなかった。 
授業中も授業に集中できず(これはいつものことでもあるのだが)、後ろの席から繰り出されるシャーペン攻撃にも一切反応を示すことは無かった。 
……訂正する。気分が優れないのではない。ある一つの事柄に気をとられっぱなしだっただけだった。 
そいつはいつもの休息の時間である弁当の時間にまで俺の脳内を支配し続けていた。 
「キョン、なんか今日は元気がないね。どうしたの?」 
と国木田が心配してくれたが、なんと答えたのかあまり記憶にはない。谷口に至っては存在したのかどうかさえ忘れてしまった。 
午後の授業もそんな具合に過ぎて行き、俺は誰に促されるともなく部室へと足を運んでいた。 
当然、あのことを考えながら―――― 

その日の団活は散々だった。当然小説なんぞ思いつかず、俺はずっとあのことばかり考えていた。 
あのこととは。一つの事柄とは何か。その答えは考えるまでもなく見つかる。と言うより、そのことしか考えてないのだから。 
……それはヤスミとあの人形の家のことであった。 

それが朝からずっと俺の頭の中でぐるぐるとメリーゴーランドのように回っていた。そして今も現在進行形で回っているのだ。 
「ちょっとキョン」 
ハルヒが俺を呼んでいるようである。丁度思考の谷に入り一時停止していた俺の脳はその呼びかけをうまく拾い上げ、俺にしっかりした意識をもったまま返答するという自由をくれた。 
「どうした?ハルヒ」 
「どうしたじゃないわよ。朝からあたしが呼んでもああ。とかうん。とかしか言わないし。どうしたの?まさか悩みがあるとかそんな面白いことを隠してるんじゃないでしょうね」 
お前にとっての面白いことは俺の悩みなのかと逆に問いたいね 
「あんたの困ることなんてあたしが面白いと思うに決まってるじゃない。で?どうしたの?」 
「なんでもない。ただ少し中学時代の友人の恋の行く末に思いを馳せていただけだ」 
と、当たり障りの無い返答で誤魔化した。 
「……それって佐々木さん?」 
「ああ。どうやら告白されたらしくてな。幸せになっていることを祈るだけだよ」 
「……そう」 
それ以上ハルヒは何も答えなかった。どうやらうまく誤魔化せたらしい。 
俺は形だけノートパソコンに向かって小説を考えるフリをしながら、しかし頭では人形の家の漠然としたイメージなどを思い浮かべていた。 
そうしてどれくらいの時間が経過したであろうか。ふと古泉の方に目と意識をやってみると、俺になんらかのアイコンタクトを送ってきていた。なになに………「お話があります」……か。なるほど、こいつも俺の態度に疑問を感じたらしいな。 
俺は古泉と話をする時間と場所を設けるため、行動を開始した。 
「おい古泉」 
「なんでしょう?」 
「ションベンに行かんか。ひとりで行くのは淋しくてな」 
「んっふ。連れションですか……。いいでしょう、ご一緒しますよ」 
「すまんな。……というわけでハルヒ、少し失敬させてもらうぞ」 
「じ、女子の前でなんて話してんのよ!!さっさと行きなさいバカキョン!!」 連れ出し成功だ。俺はトイレに行き、古泉と会話をすることにした。 
トイレに到着するなり、古泉が口を開いた 
「……今日のあなたはなにやら上の空であるように見受けられます。なにかあったのですか?」 
ハルヒと同じことに突っ込んできやがった。俺はあらかじめ用意していた解を出す。 
「少し考え事をしててな。なんだか頭から離れんやつがいるんだ」 
「おや、それはどのようなものですか?」 
ここまで突っ込んでくることも想定の範囲内である。俺は今回の脳内事情の黒幕なんだかそうでないんだかよくわからないが恐らく黒幕であろうやつの名前を出した。 
「渡橋泰水を覚えているか?アイツが置いていった人形の家を久し振りに出してみたんだが、なんだかそのことが頭から離れんのだ。まさか機関が何か細工をしたんじゃないだろうな」 
「まさか。そんなことを僕がさせませんし、する必要もありません。渡橋泰水の……そうですか」 
古泉はしばらく考え込むような素振りをしたあと、顔をあげ、こう答えた 
「なにもないと思われますが、少し不可解ですね。もしなにかあれば、機関はあなたへの協力を惜しむことはしません。必ずお知らせ願います」 
「ああ、ありがとう」 
俺は素直に感謝の意を表した。まさかこいつがこんなことを言ってくれるとはな……俺はなんだかんだ言ってコイツがSOS団内の最大のパートナーであることを再認識しかかったが、制服の隙間から見えたつなぎによってその認識はいともたやすく虚空へと消え去った。 

 

 結局その日は朝比奈茶の味すら覚えてないほど浮ついた気持ちのまま団活は終了し、俺はそのままとっとと家路につくこととなった。 

寄り道をしようかと考える暇も無く家に辿り着いた俺は、手洗いとうがいを済ませるなり部屋に上がってじっと例の家を眺めていた。 
……うん。こいつはヤスミに似ている。 
これはヤスミが自分に似せてわざわざ作ったものだろうか。それとも……いやいや。そいつは昨日の夜否定したばっかりだろ? 
そんないたちごっこを脳内で繰り広げつつ、俺の頭にエジソンが発明した竹フィラメントの電球よろしく灯りが灯った……気がした。 
―――そうだ。この題材はまさに幻想ホラーそのものではないだろうか…… 
そう考えた俺は、早速その小説原案を小説にすべく文章に起こしていく作業を開始した。 


―――それから何時間経ったか知れない 
妹の「キョンくんご飯だよー」との呼びかけにも食欲が無いと答えるほどの集中力で、小説をひたすら一太郎にタイピングしていた俺は、膀胱からの悲痛な叫びによりようやく顔を上げた。 
現在時刻は………1時か。 
俺が帰ってきたのは19時であるから、かれこれ6時間もぶっ続けで小説を書く作業をしていた事になる。こんなに集中力をだしたのは生まれてこの方一度も記憶にないことであった。 
「……ここらで少し読み返してみるか」 

俺の書いていた物語とは、あまり人と話すことが無い高校生の主人公が、ある日妹の持ってきた女の子の人形の虜になってしまうところから始まる。 
寝る間も惜しんでその人形を眺めるほど人形に魅了されてしまった主人公は、ある日友人の何気ない一言によってそれが恋と呼ばれるものであると気付く。 
……と。六時間の間に書きあがったのはここまでである。 


―――もし、自分がこの主人公のように人形に恋焦がれてしまったら…… 

「……やれやれ。疲れてんな、俺」 
俺はなにを考えているのだろうか……。これは小説、しかも俺の書いた三文小説の世界観なのだ。 
そのようなものに一々感情移入してしまったりするようでは困る。俺はあいにく頭の中にお花畑があるような人間でも、妙な電波話ばかり振ってくるような人間でもない。 
そう自分に無理矢理言い聞かせて思考を強制終了させ、布団に入ったところで、俺は膀胱の悲痛な叫びのことを思い出さされるのであった。 

次の日も、授業中及び弁当中に脳内はあるもの一つに満たされ、ハルヒのシャーペン攻撃や国木田の呼びかけ、谷口などは果たして存在したのかどうかすら覚えていないほどだった。 
しかし、満たしているものの本質はともかく方向性、つまりベクトルは昨日より確実にまともな方向に向いているものであった。それは一体何か。答えはとても簡単だ。昨日書き始めた小説のことである。 
そいつの展開は既に頭のなかで決定しているが、文章による肉付けはいまだされているわけではない。それをぼんやりと一日中考えてしまい、今日のような結果を招いてしまったのだと推測する。 
しかし、そいつは昨日とは違い、団活の際には非常に役に立つ代物であった。 

 俺は文芸部室につくなり鞄からノートパソコンを出して作業にとりかかった。 
その集中力たるや、朝比奈茶の存在さえ「あの……お茶、冷めちゃいますけど……」という朝比奈さんの声を聞くまで認知できなかったほどである。すみません、朝比奈さん 
文芸部室ではいつものように雑談をする者もなく、ただただパソコンのキーボードをタイプする音のみが響いていた。そしてその中でも俺のキーボードの音がひときわ目立っていたようにも思う。 
俺は無心(厳密には小説のことを考えているので無心ではないのだが)で小説を書いていた。 
その無心の集中力は団活終了まで途切れることなく続き、長門の団活終了合図(この時期だけは本ではなくOSを終了させた音となる)にさえ気が付かず、朝比奈さんが俺の肩を叩いて 
「あのう……着替えたいんですけど……」と言ってくれたことでようやく気が付くほど強いものであった。 


「あなたはかなり小説に心を奪われているようですね。……あなたらしくはありませんが」 
このように、古泉が心配するような表情で声を掛けてくれたのは俺が小説に没頭し始めてから三日目のことである。 
「ああ……幻想ホラーというお題はなかなか楽しくてな。ついつい熱中しちまって」 
「んっふ。普段涼宮さんのすることにあまり関心のないあなたをここまで熱中させてしまうような題材……興味深いですね。一体どのような内容なのでしょうか」 
この頃になると、俺は既に小説を最後まで書ききり、チェックや推敲にのみ時間を費やすようになっていた。 
「さあな。機関紙になってからのお楽しみってもんだ。それよりも、お前の方は大丈夫なのか?まあ、お前なら大丈夫だろうが……」 
古泉は、驚いたような顔で気付いてないのですかと呟き、 
「僕はとっくに書き終えて涼宮さんに提出を済ませましたよ。おそらく書きあがってないんはSOS団内ではあなたと涼宮さんのみでしょう」 
と語った。マジか、全く気付かなかったぜ 
「んふ、あなたは熱中しすぎると周りが見えなくなってしまう人のようですね。しかし、程々に頼みますよ」 
それだけ言うと、それでは。と言い残し古泉は消えていった。程々……ね。俺がここまで一つの物事に熱中する人間だったなんて、俺自身初めて知ったぜ。  

―――その晩、俺は夢を見た。 

それは一人の少女が、こちらに微笑みかけている夢だった。その整った顔に、いやに淋しそうな表情を浮かべながら……… 

 

「……よし」 
俺が古泉と上述のことを話した翌日の団活で、俺の小説は遂に完成した。 
「ハルヒ、出来たぞ」 
考えてみれば、最後こいつに語りかけたのはいつだったのだろうか。 
ひょっとすれば結構語りかけていたのかもしれないが、俺の脳内には参考となる記憶は存在しなかった。 
ハルヒはぱっと一瞬嬉しそうな顔を作ると、ハッとした顔になり、そして例のしかめっ面に戻った。忙しいやつだ。 
「これがあたしやみくるちゃんの呼びかけをことごとく無視するほど熱中して書いた小説ね?どれどれ、いかほどの物か見せてもらおうじゃないの。 
言っておくけど、もしあたしのおめがねに適わなかったら容赦なく没だからねっ!団長を無視した罪は重いわよ。一つのことに熱中するのは結構だけどもう少しあ、あたしをゴニョゴニョ……////」 
最後の方が聞き取れんかったがまあどうでもいいことだろう。とっとと読んでくれ。 

しかし、ハルヒは最初こそすこし嬉しそうな表情で読んでいたのだが、読み進めるうちになぜかどんどん難しい表情を作るようになっていった。そして最後を読み終えると、 
「キョン、あんたまさか………」 
と言ったっきり黙りこんでしまった。 
それでこの小説は没なのかどうかハッキリしていただきたい。 
「………少し、考えさせてちょうだい。それから、今日はもう解散」 
そう言うと、難しい表情のままふらふらと帰っていってしまった。 
俺もそれに倣ったが最後に扉を閉めるとき、長門がじっとこちらを見ていたのが印象的であった。……少し目が潤んでいたようにも見えたが、俺の気のせいだろうということにしてそのまま家路に着いた。 


俺は家に帰り着くと、小説について反芻するかのごとく考えていた。 

自分が人形に恋をしていると気付いてしまった主人公は、最初こそじっと人形を眺めるのみであったが、次第に彼の心の中における人形の占める割合は大きくなり、どんどん部屋に引きこもりがちになり、 
遂には人形のことを考えると涙が止まらなくなるほどになってしまう。そして彼はいつしか神にこう願うまでになってしまっていた。 
―――自分の今の日常の全てを捧げても構わないから、あの人形を結ばれたい……と。 
そしてある日、いつものようにご飯を兄の部屋の前に置きに来た妹は、ある異変に気付く。いつも部屋から響いてくる兄のすすり泣く声が聞こえなくなっていたのだ。 
そして妹は恐る恐る兄の部屋のドアノブを回す。不思議と鍵は掛かっていなかった。部屋に入った妹は、意外に綺麗に整頓されている兄の部屋において、ひとつだけ不自然になっているものに目を奪われてしまう。 
それは机の上で、仲良く手を取り合って踊っているように飾られた二つの人形。そのうちの一つは見覚えのあるものだった。 
全てを理解した妹は、涙が流れているのも、いつもと変わらずに時が流れていることにも気付かず、ただじっと、兄の部屋の入り口に立ち尽くすのであった……… 


俺はこの小説について漠然と考えていたが、ふと意識を机の上に置いてあるものへと移らせた。 
ヤスミから貰った、人形の家。 
この小説のストーリーを考えるに当たって、いつも俺の脳内の片隅にこの人形の家が存在していた。 

扉を開ける。 
ポロン ポロロロロン ポロロロロン 
いつものピアノの音が聞こえてきた。 
俺はこの曲が一体何の曲なのかは知らない。誰が作ったのかも知らない。歌詞も知らない。しかし、この家から流れるメロディなら知っている。
メロディのみで、伴奏の一切無い淋しい音楽。それがここにあるものの全てであった。この人形はそれを守るため、文句も言わずにピアノの前から動かずにじっと座っている。 
そんなことを考えていると、俺の目から一筋の液体が流れ落ちた。 
―――これは……涙?……俺は一体、どうして涙を流しているんだ…… 

もし。もしもあの小説のように、神に願って願いが叶うなら。 
俺はそれについて考えることをやめることは出来なかった。 
涙を流して嗚咽をこぼしながら、ひたすら、神に一つのことを願っていた。 


なんてことだ!! 
まさかあれがあそこまで危険なものだとは思っていなかった。 
まさかあそこまで彼の精神に影響を与えるとは…… 

「はあはあ……バカにも……程があります……!!彼も……それに気が付かなかった僕も……」 

僕はひたすら走っていた。あの後彼の小説を読んだ僕は、涼宮さんのあの反応の理由、この小説に彼があそこまで固執していた理由。 
そして………彼が最近、いやにやつれていた理由。その全てを悟り、今から起こるであろう最悪の事態を止めるべく、全力疾走していた。 
機関のため?世界のため?涼宮ハルヒのため?それとも彼のため?……いずれも違う。僕が走っているのはあくまでも僕のためだ。 
僕は……機関を立ち上げ、涼宮ハルヒのために命を捧げて、友達なんて絶対に出来ないと思っていた僕にたった一人出来た親友を、みすみす失いたくはない。ただ、それだけの理由で走っているんだ。 
これは僕のエゴだろうか。ただの自己陶酔なのだろうか。なんだって構わない。僕は親友を失わないためなら、この世界を天秤にかける事だって厭わない。ただ、走れ、走れ。走れ!! 


汗だくで彼の家に着いた僕を出迎えてくれたのは彼の妹であった。僕はそのとき初めて自らの表情がひどく歪んでいたことを知り、慌てていつもの表情を浮かべる。彼の部屋へ上げて欲しい旨を伝えると、妹さんは快く案内を引き受けてくれた。 
そして彼の部屋を開けると、そこには机の上に置かれた人形の家がひとつ。 

「あ、あのときの人形さんのお家だー!」 

彼の妹が扉を開ける。 
ポロン (ポロン) ポロロロロン (ポロロン) ポロロロロン (ポロン ポロン) 
……伴奏付きのシューマンのトロイメライが部屋に響き渡る 
そのとき、僕の心の中に楽しそうにピアノを演奏する彼、と………が、見えた気がした。 
僕は時が止まってしまったかのように、そこでずっと立ち尽くしていた。 

このまま二度と時が動き出さないで欲しい…… 

そう、強く願いながら。 

人形の家のピアノの前には人形が二つ。 
どことなく嬉しそうな表情さえ感じ取れそうなくらい、仲良く並んで座っていた。 


……変な夢だった。 
俺が人形の家に入る?そんなことがあってたまるか。俺は、いつだってここにいる 



ピアノの音が聞こえる 
となりであいつがピアノを弾いている 
俺もピアノを弾いている 
腹も減らない。飽きることなんてない。 
楽しい。幸せだ。 
そう、ここにはこの世の幸せが詰まっている。 
俺とあいつだけしか、この世界には存在しない 
至極当然のことであるはずだが、なぜだか今の俺には新鮮なことのように思えた。 


そして、なぜかは知らないが 

正体不明の液体が、俺の目から流れ落ちた。 

ただ、それだけのこと。 



俺はしあわせだ 
俺はピアノを弾き続ける 
あいつもピアノを弾き続ける 

ずっと ずっと 


やあ、またお会いしましたね。嬉しいです 

夢の世界について、少しは考えていただけましたか? 
難しい?分からない? 
まあ、それも無理はないでしょう。 
わたし達は現の人間で、夢の世界の人間ではないのですから。 

しかし、それは真実でしょうか。 
本当にここは現で、そしてわたしたちは現の人間なのでしょうか。 


すみません、少し長かったですか。失礼しました。 
しかし最後に一つだけ、聞かせてください 




あなたは今、しあわせですか? 

 

 

 

 

 

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