「じゃあな、ハルヒ。また明日、だ!」
うん、気を付けて帰るのよっ!
ふと、公園の時計台を見あげると、もう九時近くになっていた。
これから帰るんだから・・・キョンが家に着くのは・・・十時近くかしら。
なんとなく、キョンが去っていった方向を振り返って見る。
いつも、ありがとう。
少しだけ呟いて、ハッとする!
何よ、アタシったら!まったく・・・ガラにもない・・・
顔全体から耳たぶまで熱くなって、意味もなくアタシは家まで走った。
顔・・・というよりは頭の熱りが冷めないうちに、家には着いてしまった。
無理もないわね。
キョンがいつも送ってくれる公園は、アタシん家のすぐ傍なんだから。
玄関に近づくと、アタシは忍び足になる。
向かいのオバチャンが最近煩いのよね!
「最近、ハルヒちゃんの帰りが遅い」とか「男の子とお付き合いでも始めたのかしら」ってね。
もちろん、アタシに直接言ってくる訳じゃないわ。母さんを通じて言ってくるから困るのよ!
だって母さんには、余計な心配かけたくないから・・・
ただいま~
玄関のドアをそっと開けて、アタシは控え目に声をかける。
返事は・・・無い。
おそらく、もう二人とも寝たんだわ。
最近、オヤジが朝早いから・・・。
とりあえず着替えは後回しにして台所に向かう。
たぶん冷蔵庫の中に・・・・カレーがある筈だわっ!
台所に入った時に、ほのかにカレーの匂いがさたのよ。これが推理の決めてになったわね!
冷蔵庫を開けると、予想通り深めの皿に盛られてラップがかけられたカレーが姿を見せた。
すかさずそれを掴み上げ、レンジに放りこむ。
スイッチを入れると、レンジはブーンと音を放ち始めた。
そして除き窓の中で、カレーがゆっくり回り始めたのが見える。
これ、やってるウチにシャワー浴びちゃおうっと!
短目にシャワーを終え、少し冷めかけたカレーを食べた後で、アタシは最近恒例となった儀式を始めた。
テーブルの上には、ネスなカフェの瓶。
そして、砂糖の瓶。
あと、ポーションミルク。
とりあえず、カップにネスなカフェをスプーンで二杯。
砂糖をスプーンで一杯。
ミルクは・・・とりあえずいらないわっ!
そして、そのカップにお湯を注ぎ・・・かきまぜて飲むっ!
うげぇ!苦いっ!
なんだってまあ、キョンはこんなのを美味しそうに毎日毎日毎日飲んでるのかしらっ!
これを苦いと判断するアタシの味覚は決して異常じゃ無い筈よっ!でも・・・もうひとくちだけ・・・
うげぇっ!やっぱり苦いっ!
もう!キョンの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!こんなに毎日アタシが努力してんのなんか絶対知らないんだからっ!
結局、コーヒーは半分流しに捨てて、牛乳を足して飲む事にする。
不意に、いつもあの販売機でカフェオレを買ってくれるキョンの顔が頭に浮かぶ・・・
こんなの・・・一人で飲んでも美味しくないよ・・・
もう、寝よう。
ベッドに潜りこんだアタシは携帯を手にとりアラームをセットする。
ついでにメールと着信の確認・・・あれ?キョンから着信?
しかも五分前・・・
慌てて「この番号に電話します」のボタンをクリックする。しばらく呼び出しが鳴って・・・キョンが出た!
あ、もしもし?キョン?何よ、夜遅く!
「ああ、すまない。ハルヒ・・・お前、俺のノート持ってないか?」
はあ?ちょっと待ちなさい?今、見てみるから!
アタシは鞄を開けて中身を床にぶちまける。そして、その中からキョンのノートを・・・あった!
ちょっと、キョン!
何でアタシの鞄にキョンのノートが入ってるわけ?
「知らん!だが、とにかくそれが無いと課題が出来ん。お前は昨日提出しちまったから関係無いだろうが・・・今から取りに行ってもいいか?」
!!
良い・・・わよ?でも丁度寝るところだったの!眠いから急ぐのよっ!
「すまん!」
電話を終えたアタシの顔が、ちらっとドレッサーに映る。
ちょっと!このニヤケ面は何よっ!
しばらくして、携帯が一回だけ震えた。
メールだわ・・・
『今公園に着いた』
それを見た瞬間、アタシは部屋を飛び出していた。
時計台の下にキョンが見える!
アタシはラストスパートをかけよう・・・としてやめた。
一呼吸おいて・・・もう少し、こう、来てあげたわよ!みたいな感じで・・・
「おい、何ブツブツ言ってるんだ?」
気が付くと、キョンが不思議そうな顔をして目の前に立っていた。
いや・・・あの・・今夜は冷えるわねっ!
「?、そりゃそうだろ。お前、キャミソールにジャージ履いて・・・」
!!!!部屋着のままだぁぁぁっ!!!
「何をそんなに慌ててんだ?しょうがないな、ホラ・・・」
キョンは、そういうとアタシを抱き寄せて自分のコートの中に導いた。
「風邪・・・ひくぞ?」
優しい温もりに、全身の力が抜ける。
そして、なにもかも素直に打ち明けてしまいたくなる。
なんか・・・嬉しかったのよ。
早く・・・会いたかったのよ・・・。
何故か涙がこぼれた。
キョンは「そうか」って一言呟くと、そのまま黙った。
遠くから電車が鉄橋を渡る音が聴こえる
少しだけ吹いているのは北風かしら
「!なあ、ハルヒ!空、みてみろ!」
突然、大きな声を出したキョンに驚く。
でも、その後に空を見上げて・・・もっと驚いた!
月が・・・これまでに見たこともないくらい大きな月が・・・青く白く輝いている。
「初めて見た・・・」
うん・・・
たぶん、こういうのを『ロマンチック』って言うんだろう。
少しだけ、キョンの体にアタシの体を押し付けてみる。
キョンの鼓動が少し早くなっているのが判る。
そして、少しづつ体温が上がって行くのも判る。
あらあら?キョン君は雰囲気に流されやすいタイプかしら?
急に照れ臭くなって、少しからかってみる。
「そうかもな・・・」
そう呟くと、キョンはアタシをコートの中で抱き締めた。
なんだか、朝までこのままがいい
もし神様が本当にいるなら、キョンをこのまま・・・
「あ・・あのさ、ハルヒ!今のこの状況は俺的には・・・その至福の一時な訳だか、本来の用事を済ませない事には帰るに帰れない。」
え・・ええ、そうね。
「すまんが、ノートは?」
ああっ!忘れたっ!
今とって・・・
「待てっ!風邪ひいたらどうするっ!このまま玄関まで行ってやるよ。・・・まあ、多少歩き辛いが。」
!
ふーん?玄関から先まで行ったりして?
「な、なんだ?」
そしてこのまま、ベッドまでっ?
「おい、こらハルヒっ!」
ふふっ 冗談よ!
キョン、いつもありがとう。
おわり