『夏を涼しく、気持ちよく』


暑い。
マジで暑い。
本格的な夏到来はまだ少し先だというのにこの暑さはなんだ。しかも湿気も高いときたもんだから、普通に廊下を歩いているだけで、額や首筋に汗が湧き出てくる。
この学校は山の上にあるわけで、下界よりは多少は気温も低いはずだし、山おろしの涼風も時折窓から吹き込んでくるが、この暑さでは焼け石に水だな。
放課後の時間帯は、一日のうちでも一番蒸し暑いんじゃないかと思う。そんな中をクーラーも扇風機すらないSOS団部室に向かって旧館の階段を三階まで上り詰めた。

いつものようにノックした後ドアを開けて室内に入る。ノックに返事が無かったので、室内にいるのはおそらく長門だけだな、という俺の予想は当然のように正解する。
「よお、暑いなぁ」
俺の挨拶に対して、長門は読書中の視線をわずかに上げて、これまたわずかに右に首を傾けて、同意とも疑問ともとれるような反応を示してくれる。
そんな反応を当たり前のように受け流すことができるようになっている俺は、空いている椅子にカバンを投げ出すと、定位置のパイプ椅子に腰を下ろした。
窓は開け放たれているが、入ってくる風自身が暑いからどうしようもない。さすがにハルヒでも勝手にエアコンの設置工事することまではできないだろうが、せめて扇風機か冷風扇でも調達してくれないだろうか。

そんな熱風が吹き込んでくる窓辺を眺めてみると、宇宙一の読書マシーンがこの暑さなんかどこ吹く風といった涼しげな無表情で、黙々とページをめくり続けている。カバンからうちわ代わりの下敷きを取り出しながら、ふと疑問に思った俺は、長門に質問を投げかけてみた。
「長門、お前、暑くないのか? 暑さを感じたりしないのか?」
再び、ハードカバーから視線を上げた長門は、
「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースには体温調節機能が備えられている。暑さ、寒さがわたしの活動に影響を与えることは無い」
「そうか、それは便利なものだな。俺たち普通の地球人にとっては、今日のような蒸し暑さは体に応えるんだけどさ」
そういって取り出した下敷きで首筋を扇ぎ始めた。長門は、ただ黙って俺のことをじっと見つめている。
「なぁ、お前の力でこの辺いったいの気温を下げてくれないか。そうだな、部室の中だけでもいいし、俺の周りだけでもいいんだけど……」
もちろん半分冗談、半分本気だ。以前、インチキ草野球大会のときに、長門は勝手に雨を降らせるような天気の改変はやるべきではないようなことを言っていたからな。
俺の言葉に少しだけ視線を落とした長門は、しばらくの沈黙の後、ハードカバーの表紙を閉じると、すっと立ち上がって俺の方に歩み寄ってきた。
「どうした?」
座っている俺の隣で、俺のことを見つめている長門の口元が細かく動いた。
「えっ、今、何を……」
例の高速呪文か? ひょっとしてこの部屋をエアコン仕様に改変してくれたのか? なんてことを考えていると、長門は、俺の背後のパイプ椅子の背もたれに両手をかけ、椅子ごと俺の向きを少し変えた。
「おい、長門?」
疑問でいっぱいの俺のことなどまったく意にも介さない様子で、ゆっくりと俺の正面に回ってきた長門は、座っている俺の膝の上に跨るように腰を下ろすと、俺の首に両手を巻きつけて体を密着してきた。
「ちょ、ちょっと待て、長門、いったい、な、なにを……」
膝の上のズボン越しに感じる長門の太ももや首筋に感じる長門の腕も異常に冷たく、まるで新雪の中に放り込まれたような感じだ。長門の体全体から涼感が漂い、俺の周辺の温度が十度ぐらい下がったように思われる。
「たとえ、この部室内のようなごく一部分とはいえ、環境そのものに改変を与えることによって、将来に対して少なからず影響を与える可能性が生じる。その可能性は小さいものでもけっして無視することはできない」
長門は覗き込むように俺の目を見つめながら続けた。
「しかし、わたし自身の体温を下げることにより周辺の気温の低下をもたらしても問題は生じない。それは、例えばこの場に大きな雪の塊を配置することと変わりはない」
「うぅ、それで、お前は……」
「わたしの体温は現在十四・七度。あまり下げすぎると、直接触れているあなたに影響があるから……」
そして長門は小さく首をかしげパチパチと瞬きをした。
「どう、気持ちいい?」

 

 今、俺の膝の上には雪人形と化した長門が座り込んで、息遣いが感じられるほどの近い距離から黒くて大きな瞳で俺のことをじっと見つめている。
確かに、俺に触れている長門はひんやり冷たく、まるででっかい保冷剤か熱さましシートでも貼り付けられているような感じだけでなく、透明な冷蔵庫の中に入れられたような気がする。
だが……、だが、だ。
俺の膝の上に乗っかっているのは、小柄でショートの髪がよく似合っているAマイナーの同級生の女子だ。たとえ宇宙人に作られた有機アンドロイドとしてもだ。普通の精神を持った高校生男子として、このような状況に直面した場合、どうすればいいというのだ。
俺の肌に感じる冷感に加えて、なんとなくふんわりとした柔らかい香りが鼻腔をくすぐっている。これは、長門が使っているシャンプーかリンスの香りなのだろうか……。

確かに俺の表面的な体温は長門のおかげ暑さを感じない程度に下がったかもしれない。しかし同時に俺の体の奥底からなんだかしならないが熱い感覚が渦巻きながら湧き上がってくるではないか。この心と体で感じる温度差のギャップは如何ともしがたい。
そしてこんなところを、朝比奈さんやハルヒに見られたら、俺はいったいどんな言い訳をすればいいのだろう。
そんな様々な思いが俺の中で対流してぐるぐる回っている。だ、だめだ、もうこれ以上は耐えられない……。

「長門、も、もういいよ、十分涼しくなったし……、ありがとう。降りてくれ」
「そう……」
コクッとうなずいた長門は、俺の膝の上からするりと離れるといつものテーブルに歩み去り、何事も無かったかのように読書を再開した。

一瞬のことではあったが、確かに暑さをしのぐことはできた。俺の膝の上には長門が残していった涼感と、やわらかい長門の太ももの感触がはっきりと残っている。
だが、俺がその二つの感覚を思い起こしているうちに、あっという間に全身に汗が噴き出してきた。
やっぱり、暑い。部室に来たときよりも暑い……。

ううむ、結局今夜も寝苦しい夜になりそうだ。やれやれ……。


Fin.

 

 


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