涼宮ハルヒの遡及Ⅸ

 

 

「どうやらこれで一段落ね、そう言えば、ラスボスってどこにいるの?」
 一息ついたアクリルさんがハルヒににこやかに問いかけておられます。
 まあ俺もそう思ってるし、長門、古泉、朝比奈さんも当然抱く疑問だろう。
 この世界を消滅させ、俺たちが元の世界に戻るためには、世界の鍵となるラスボスを倒すしかない。なら、どこにいるのかくらいは知っておきたいところだ。最終目標があるのとないのとでは気分が随分違うもんな。たとえ、そこまでがどんなに長くても、だ。
 ちなみに今の巨竜がこの世界のラスボスでも問題はないと思ったんだが残念ながらそうじゃないことはハルヒ自身が言っていた。
 はてさて、次はどんな敵キャラと遭遇しなきゃならんのか。
 などと呑気に憂鬱なことを考えていた俺だったのだがどうやら、やっぱり俺の、つうか、俺たちの考えは相当甘かったらしい。
 ハルヒに関しては常に最悪を想定して動き、それでもあいつはさらに斜め上に行くと予想しなければいけなかったことを痛感させられたのである。

 

 

「あ、ラスボスはこの地上そのものなのよ」

 

 

 ハルヒの何かふと思い出したような声が聞こえてきたと思ったら、一瞬、この空間が協調反転して凍りついたと感じたのはおそらく気のせいではないだろう。
 ……今、ハルヒの奴、何つった?
「あの……もう一回言ってくれる……? 何がラスボスだって……?」
 アクリルさんが表情には如実に『冗談だよね?』と書いてある引きつった苦笑を満面に浮かべて再度確認を求めている。
 ああ、はっきり言って俺も思ったさ。聞き違いであってほしいってな。
「ええっと……その……この地上がラスボスと……」
 どうやら聞き間違いではなかったらしい。
 ハルヒが珍しくバツが悪そうに答えてやがるからな。その態度が余計に真実味を増すってもんだ。
 って、この地上がラスボスだと!?
「だ、だってその方が面白いじゃない! 悪役とか敵ってのを世界が生み出すんだから、なら、『世界そのもの』を破壊する展開が本当の正義を守ることになるじゃない! 斬新な発想ってやつよ!」
「にしたって斬新過ぎだ! 敵を生み出すかもしれんが主人公や味方を生み出すのも『世界』なんだ! なのに『世界を崩壊させる』ことを解決にしてしまったら、主人公側の勝利の後に何にも残らんじゃないか!」
「む……それは確かに……」
 今、気づいたんか!?
「とにかく、今はそんなこと言ってられないわ。この『世界』が敵だって言うのであればこの地に留まるわけにはいかないわよ!」
 言って、アクリルさんが俺とハルヒの手を取り、古泉は朝比奈さんの手を取った。
「レビテーション!」
「むん!」
 アクリルさんが術を開放し、古泉が表情に力を込める!
 アクリルさんと俺とハルヒは浮き上がり、古泉が生み出した赤い球体が朝比奈さんをも包み込み、外側に電流をスパークさせながら宙へと上昇!
 長門は、
「わたしの体内に反重力物質を生成。調整することによって空中浮揚可能」
 もちろん自力で飛んでいる。そう言えば今、初めて長門が飛んでいる理屈を聞いたな。
「さっすが宇宙人! 重力コントロールもお手の物って訳ね!」
 おーいハルヒ? そんな呑気なこと言ってる場合じゃないぞ。この世界はどうやったら崩壊させられるんだ? でないと俺たちはいつまで経ってもここから出られないことになるし、出られないってことはその間、ずっと命を狙われ続けるんだが? いくら長門、古泉、朝比奈さん、アクリルさんでも体力と能力に限界が来ちまうぞ。
 そう。なんたって、俺たちが宙に浮いた瞬間から、いきなり地面が崩れ、眼下には俺たちを呑みこまんばかりに荒れ狂う『海』が見えているのである。
 しかも、いつの間にか周囲すべてがだ。地平線の彼方までずっと荒波が続いている。
 ついでに空には雷雲がたちこめ、雷雨と暴風雨も俺たちを激しく責め立ててやがる。
 もっとも、俺とハルヒはアクリルさんの結界術の中にいるし、古泉と朝比奈さんは古泉の赤いエネルギー球によって嵐から身を守っている。長門は勿論、自身で作りだしたシールドを展開済みだ。
 それでもお互いの声が聞こえるのはアクリルさんが何かしたのだろうか。と想像するのは考え過ぎか?
「さて、どうしましょうか?」
 という古泉の、珍しく笑みが消えた真剣な声が俺の耳に届いているもんな。
「……いつもの閉鎖空間であれば《神人》を倒すことによって『世界の崩壊』を導くことができるでしょうけど、残念ながら今回は閉鎖空間ではなく局地的非侵食性融合異時空間。《神人》が存在しない以上、正直、僕には打つ手なしです」
 確かにな。ならお前はとりあえず朝比奈さんを守っていろ。
「了解しました」
 俺もまた神妙に返し、古泉は少しだけ笑顔を取り戻して首肯する。
「悪いけど、あたしにも世界を崩壊させる魔法なんてないわよ。むしろ魔法の概念は逆だしね。魔法は世界が持つ『力』を『引き出して』行使する。つまり、『世界』が無ければ魔法は使えない。だから世界を滅ぼす魔法は存在しないってわけ。例外は自分の魔力で創り出す精神魔法、あたしたちの言葉でアストラルマジック。でもこれは精神に作用するものであって物理的攻撃手段にならない」
 ううむ……となると……ハルヒがこの世界の消滅を望むしか……
 ――残念だけどそれも無理――
 って、アクリルさん!? いきなりテレパシーって!?
 ――今はそんな些細なことはどうでもいいの。で、ハルヒさんが望んでも無理な理由は、この空間が世界としてとまでは言わないけど、エアーポケットワールドとしてもう定着しちゃったからなのよ。エアーポケットだから、これ以上広がることはないけど、ある意味、ここは『異世界』。つまり、世界が違う以上、ハルヒさんの願望現実化の能力下からは外れてしまっている――
 ちょっと待ってください。今の説明からすれば、ハルヒが来た時点で古泉の力も朝比奈さんの力も無くなるんじゃないですか?
 ――ううん。それは話は別。だってハルヒさんが望んだのは元の世界にいたときだし、しかもコイズミさんとアサヒナさんに力を持たせたまま、こちらに転送したから。むしろ心配なのはナガトさん。彼女が貴方の言った通りの存在なら、ジョホートーゴーシネンタイとかいうエネルギー供給源が今、断絶された状態になっているはず。だって、この世界は元の世界からは切り離された存在。世界を越えてまでエネルギー供給が可能だとは思わない。それが可能ならナガトさんがとっくにあたしたちを脱出させているはずよ。その供給源を伝ってね――
 なんだって!?
 アクリルさんの説明を聞いて、俺は弾かれたように長門に視線を向けた。
「長門! お前は……!」
「大丈夫。もしものときは古泉一樹に協力を乞う。それとわたし個体のエネルギーが切れたとしても、『悪の魔法使い』としての力は内臓されたまま。攻撃手段がなくなるわけではない」
 そうか。こういうときはハルヒの無茶な思いつきに感謝してしまうな。
「てことでハルヒ。お前はどうやってこのお話のラストを飾るつもりなんだ?」
 俺も含めて、長門、古泉、朝比奈さん、アクリルさんのみんなが何もできないとなると、残るはこの物語を創り出したハルヒに委ねるしかない。まさか、主人公格が全滅してBAD ENDなんてことは考えないと思うんだが……
「……まだ考えてない」
 うぉい!
「だってしょうがないじゃない! あたしがこの世界に引きずり込まれた時は、まだプロットが途中だったんだから!」
 あ。
「なるほどね」
 アクリルさんが自嘲のため息をついていらっしゃいます。
「世界の設定、登場キャラクターの設定は決まってるから『世界』としては成り立つけど、ストーリーがまだ最後まで行ってなかったのね。でもまあ、ハルヒさんが居てくれてよかったわ。でないと、この世界の『ラスボス』が何かはずっと分からなかっただろうし」
 まあ確かにその通りなんだが……
 …… …… ……
 やっぱアクリルさんはすげえ場馴れしているな。ここまで冷静に状況を分析するなんざ俺たちには無理だ。
 それができるとしたら長門だけではなかろうか。
「方法がないこともない」
 って、長門! いつの間に!?
「sleeping beurty」
 ――!!
 なるほどな……確かにあの日のあの世界もハルヒが創り出したとはいえ、ある意味、独立した世界だった。今の状況は酷似していると言ってもいいかもしれん……
 俺はハルヒをちらりと見る。
「ん? 何?」
 ハルヒがきょとんとしている。
 どうする? 今の長門の提言を素直にハルヒに伝えるか? ハルヒはもう、あの日のことが夢でなかったことを知っているんだ。なら、事情を話せば同意してくれると思うんだが……
「ねえハルヒさん」
 って、俺が話しかける前にアクリルさんがハルヒの声をかけてるし。
「この物語のラストをまだ決めていないことは分かったわ。でも『世界』をラスボスにするなら当然、主人公格の方に何か『世界を倒せる』力を付けたわよね? じゃないと物語は終わらないし。それを教えてくれない?」
 そうか。確かにそう言う力は真っ先に決めてあることだろう。でないと話が作れない。通常、物語を作る際には出だしとクライマックスを先に決めておいて、その上でその展開やそこまでの過程、エンディングを決めるものだ。いくらハルヒが行き当たりばったりと言ってもそれを考えていないとは思えない。作成過程で色々な話が付け加えられることは多々あるだろうが大筋が変わることはあり得ないだろう。でなけりゃあの去年の文化祭の自主制作映画も完成しなかったことになるからな。
「……ある」
「は?」「へ?」
 ところが、なんと答えたのはハルヒではなく長門である。というか何で長門が気づくんだ?
「以前、ミクルの設定資料を見たことを思い出した。あれにミクルミサイルというものがあり、それは我々は名前を付けていない地球外物質を用いた兵器で、朝比奈みくるの胸部の質量分を爆薬として使用した場合、地表を七回焼き尽くすことが可能な熱量を発生させられるものであった」
「ふ、ふえ!?」
「そう言えばそんなことを仰ってましたね」
 朝比奈さんが悲鳴をあげ、古泉が苦笑している。
 ……てことは、今の朝比奈さんはそんな物騒な物質を内蔵してるってことか? まあ……目からレーザーを出せるんだ……充分、物騒なものを内蔵されてても不思議はないかもしれんが……
「ちょっと有希。前も言ったけど、あんなあたしの思いつきの設定を真面目に語らないでよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ」
 その割には、否定しないんだな? 兵器の威力については。
「そりゃ、そっちの方が面白いじゃない。それに、ミクルビームだけじゃなくてミクルタイフーンもミクルミサイルも映画では使う機会がなかっただけで、別に外したわけじゃないわ」
 ……よし
「どうやらこれで何とかなりそうよ」
「同感」
「そのようですね」
 お? アクリルさん、長門、古泉も俺と同じ意見か?
「え? え? それはどういう意味ですか……?」
「ちょっとキョン、まさか有希の設定をまともに信じたんじゃないでしょうね?」
 どうやら朝比奈さんとハルヒだけが解っていないらしい。
「ただし問題がある」
 切り出してきたのは長門だ。
「……発射までのエネルギーチャージにかかる時間のことね……」
「そう。ミクルビームは連射できない。それはチャージのための時間が必要と言うこと。そしてミクルミサイルはミクルビームよりも強大な力。故にチャージにかかる時間も少なからず小さくない」
「どれくらい?」
「時間に直して三十分ほど」
 などとアクリルさんと長門が会話を交わしている。まあこういう話になればこの二人の専門分野だ。
 ハルヒも古泉も朝比奈さんも黙って聞くしかないだろうぜ。つか、創り出したハルヒが何でその設定を知らんのだろう?
 まあそれはちっともよくないのだがよしとしよう。
 それよりも長門が『問題』と言ったことの方が重要だ。
 三十分ならそうは長くないと思うが……
「なるほど。なら、その間は是が非でもあいつらからアサヒナさんを守らなきゃ、って訳ね」
「そう」
 何!?
 アクリルさんが視線を肩越しに背後に移せばそこには、大きさ的にはさっきの翼竜のだいたい五分の一くらいだが、どこか始祖鳥を連想させるデザインの怪鳥が大群でこちらに向かってくるのである。

 

 

涼宮ハルヒの遡及Ⅹ


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