涼宮ハルヒの遡及Ⅷ

 

 

「あの波動に飲み込まれる前にテレポテーションを発動させて難を逃れたってこと。さっきも言ったけど、あたしの防御結界術を全部、打ち破ってきたわ。なら避けるしかないじゃない」
 場所はあの巨人竜から距離を置き、茂みと木々に囲まれた、昼間だったはずなのだがやけに薄暗い森の中だ。
「今は冷静に振り返っていますけど、あの場面では随分、焦った顔をしておられたようですが?」
「はいはい。気まずくて強がるしかできない気持ちは分からないでもないけど、あたしに当たらないように」
 む……
「くすっ、それにしてもあなたの取り乱す姿というものはなかなか見ものでしたよ。僕が落ち着いているということは、涼宮さんの感知ができていた、という意味であるのに、それにまったく気付かなかったんですから」
「ですよね。あたしと長門さんも前から見てましたけど、あんなキョンくんは初めて見ました」
「興味深い」
「……」
 こらハルヒ! 何でお前まで黙り込むんだよ!
「う、うるさい!」
 叫んでそっぽを向くハルヒ。ううむ。なんとも場の空気が辛い。
 などと思うのは勿論俺とハルヒだけなのだろうが、これ何て羞恥プレイ?
「とまあ、いつまでも悠長に話しているわけにはいきませんので、とりあえずあの巨人竜を何とかしなくてはなりません」
 先ほどまでの温かいものを見る微笑みから、きりっとしまった、しかし場の雰囲気をあまり重いものにしないために浮かべる笑顔の古泉が切り出して、
「対策は一つしかない。あの巨大爬虫類の回復速度以上のエネルギーを炸裂させて屠ること」
 長門があっさりと結論を言ってくる。
「あのぉ……このまま、ここに隠れてやり過ごす、という手は……?」
 いいですね、それ。俺もその方が、
「何言ってんの。あいつを倒さないとラスボスに辿り着けない設定だとしたら避けて通れるわけないじゃない。とと、で、実際のところはどうなの? ハルヒさん」
 朝比奈さんと俺の意見をあっさり切り捨てるアクリルさんがハルヒに問いかける。
「あ、うん。そりゃ、ラスボス前に中ボスを全部倒さなきゃいけないのは当然の展開だしね。あいつも例外じゃないわ」
「だ、そうよ」
「はぅ……」
 だろうと思ったけどさ。だが、どうやって?
 アクリルさんに全長二十メートルを呑み込むような攻撃魔法ってあるんですか?
「ん~~~無いこともないけど……今は使えないし……あたしにはあいつの攻撃を防ぐくらいしかできないような……」
 うわ、あのアクリルさんが珍しく困った顔してるし。
「『今は使えない』とはどういう意味でしょうか?」
 問いかけてきたのは古泉だ。
「いえ、『今は使えない』ということは、条件さえ満たせば使用できるということですよね? その条件は?」
「あたしと同じ原理で魔法を使える人がもう一人ほしいってこと。ナガトさんの設定は魔法使いみたいだけど、彼女が使う魔法とあたしが使う魔法は性質が違う。だから今は使えない」
 なるほどな。俺を元の世界に戻してくれた時に使用した融合させることで相乗効果を生み出す、確か『フュージョンマジック』ってやつを発動させれば、って意味か。
「よく覚えていたわね」
 俺の答えにアクリルさんが目を丸くしていらっしゃる。
 ふっ、俺はこう見えても勉学に関すること以外の記憶力なら、誰にも負けるつもりはないからな。
「それ、自慢になんないから」
 呆れた声でハルヒがツッコミを入れた。
 ズシィ……ン――
 もちろん幻聴な訳がない。まだ結構遠いが、巨大な足音は確実に的確に俺たちに近づきつつある状況だ。
 ん? 「融合させることで相乗効果を生み出す」?
「なあハルヒ」
 それは俺の思いつきだった。
 この世界はハルヒは自分が作り上げたことを知っている。
 そして、俺が妙な力を振るったところを、あの時の鏡の中から見ていたはずだ。
「お前にはこの世界がお前が作り上げたものだ、ってことは言ったよな」
 俺のその一言に、古泉と朝比奈さんの表情に緊張が走ったように見えたのは、とりあえず無視。
「聞いたわよ。でも、別に他の世界を存亡の危機に立たせている訳じゃないから気にするな、だったわよね?」
「ああ、そうだ。で、『お前が創り上げた』ってどういう意味かは理解できるか?」
「分からないわよ。何が言いたいの?」
「ああ、なるほど」
 気づいたのは古泉だ。というか随分と白々しい気がするが。
「つまり、あなたはこの世界が涼宮さんの願望を現実化している世界だと言いたいのですね」
「えっ?」
「そういうことになりますよ。なぜなら世界を創り上げる、ということは思いのままにできる、ということになりますから。誰しも『自分の世界観』は持っているでしょうけど、それを具現化できるのは、正真正銘『世界を創造する』存在にしかできません」
 おいおい古泉、なんかこれ幸いに、お前は今まで黙っていたことを吐きだすように喋ってないか?
「そして、この世界は涼宮さんが望むすべての存在が既に登場しています。『未来から来た』戦うウエイトレス・ミクル、『宇宙から地球を侵略に来た』悪の魔法使い・ユキ、そしてミクルをサポートし手助けする『超能力者』のイツキ、しかも、文化祭の映画の時は登場してませんが『異世界人』でありますさくらさんがいます」
「あ……!」
 ああ、そうだな。確かにハルヒが望んだ宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がここにいる。つか、もうハルヒは知ってることなんだが、何で今更、そんなに驚く必要があるんだ?
「そういう意味ではありません。『実際にいたではなく』、この世界では涼宮さんが『創り上げたからいる』のです。おっと、さくらさんは違いますが」
 ズシィィ……ン――
 ……あんまり長く話している余裕はないぞ?
「では手短に」
 どこか名残惜しそうな苦笑を浮かべる古泉。
「要するに、この世界では涼宮さんが考えたことが具現化している、ということです。そもそも我々の置かれた状況が退屈な日常ではありません。涼宮さんの望む非現実世界です」
「てことはさ! ひょっとして、ゲーム作りした時のアレが発動するってこと!? 確かキョンはゲームの時の力が使えたしね!」
 お? どうやらハルヒも気づいたようだ。
 そうさ。エンドレスゲームクリエイトの中で完成したゲームの中の一つに『SOS大戦』というものがあって、最後の大技は……まあどんな姿をしていたかはとりあえず触れずに……HP65535でしかも1ターンごとに完全回復するラスボスを一撃で倒せたんだ。
 アレなら、あの巨人竜を倒せるかもしれん。いや倒せるのだろう。
 ……って!
 な、なんだ!? いきなり古泉が俺を掴んで、アクリルさんがハルヒを抱えて、長門が朝比奈さんを背負って三方に飛び退くって!
 ――!!
 と同時に、今の今まで俺たちが居た場所を漆黒の火柱が空気を震わせ地響きを立てながら薙いでゆく!
 ……射程距離に入った!?
「そのようですね。見てください」
「んな!?」
 古泉が手を差し伸べる方向を見てみれば、森の木々が吹き飛び完全に開けてしまっている。漆黒の波動にやられた黒焦げの地面が幅広くやけに痛々しい。
 そして、その眼前にはもうはっきりと見えるし、向こうからも俺たちが見えたことだろう。
 明らかにその視線は俺たちを捉えて離さない。

 

 

 


 どうやら逃げも隠れもできなくなったようだな……つか、逃げるわけにもいかんらしいが……

 

 

 


「あたしがあいつの攻撃を抑えるわ。その間にやっちゃってちょうだい」
 アクリルさんが静かに呟いて、唯一人、歩みを進め、俺たちと、巨人竜のちょうど中間に佇んだ。
 ……俺たちを、というかハルヒの言葉を信じた……?
 などと俺が思っていると、
「さあキョン、行くわよ! この世界ならあんたにもたった一つだけ特殊能力が発動するから!」
 ハルヒが弾けんばかりの笑顔で俺を呼ぶ。
 そうだな、ハルヒが創り出した世界で、ハルヒの想像が現実化するんだ。
 俺はハルヒの右横、間に長門を挟む形の場所に移動する。
 そして、
「世界の平和を守るため」と俺から見て一番向こうの古泉が切り出して、
「この世界に住むみんなのため」とその隣の朝比奈さんが続き、
「まだ見ぬ未来をつかむため」と俺の隣にいる長門が呟く。
 あーひょっとして、これはあの時の決め台詞ってやつか? となれば、俺も言わなきゃならんだろう。恥ずかしいなんて言ってる場合じゃない。
 ……言わないとハルヒのやる気が削がれる可能性があるし、それは絶対にやばい。
「お前を倒して俺たちが勝つ!」
 俺が叫ぶと同時に、眼前のアクリルさんが紅蓮の炎に包まれて、両手を頭上で組んでいる。そして、その組んだ手を中心に彼女を取り巻く炎が竜巻となってうねりを上げる!
 が、アクリルさんはアクリルさんのやることをやってもらおう!
「よおし! みんな、あたしに力を貸して!」
 ハルヒもお構いなしに、しかし好戦的で勝利を確信した笑みを浮かべて声を張り上げた!
 刹那、ハルヒも含めた俺たち四人から色とりどりのオーラが溢れ返ってくる!
「了解した」
「アレをやりますか」
「はい、やりましょう!」
「ああ、ぶちかましてやれ!」
「行くわよ! SOS団の最終奥儀! 真! 超級グレートカイザーイナヅマジャイアントSOSアタック!」
 俺たちの原色オーラがハルヒの手のひらを翳す右手に一つの光輝く球体となって形を成してゆく! それを見定めた巨人竜が俺たちに脅威を感じたのか! 凶悪な牙をぎらつかせすべてを飲み込むかのような口を開け、その奥には漆黒の渦巻きが時折雷鳴を纏わりつかせて見えている!
 だが、それがどうした!
「あんたの相手はこのあたしよ!」
 そうさ! 俺たちには異世界からの最強の助っ人がいるんだ!
 アクリルさんが組んだ両手を勢いよく振り下ろし、その拳を巨人竜へと向けた! ほぼ同時に巨人竜の漆黒の炎が発射!
「メギドドラゴニックブレス!」
 しかし、アクリルさんからも彼女を覆っていた炎の竜巻が、まるで野獣の雄叫びをあげるか如く、紅蓮の竜となって漆黒の炎を迎撃する!
 一人と一匹の、ちょうど中間で激突し、周り中に余波を振り乱しながら互角のぶつかり合いを演じてやがる!
 今――!
 おそらく俺たち五人の考えたことは同じのはずだ!
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 気合一閃! ハルヒが吼えて、足を高くあげ、つま先が光の効果を放った時、かなりの勢いでエネルギー球を巨人竜に向けて投げつける!
 もちろん、巨竜はアクリルさんの紅蓮竜とせめぎ合っているので、こっちの球にまで迎撃の手段がとれるわけがない!
 結果、球が着弾すると同時に一瞬にして巨竜を光が覆い、その光がそのまま巨竜を飲み込んで、収縮と供に巨竜は断末魔の雄叫びすら上げることなく消失したのであった!

 


 勝利の余韻に浸ることしばし。
「……で、何やってんの?」
 へ?
「えと……決めポーズ?」
 アクリルさんが左手を腰に当てて、俺たちを苦笑交じりに見つめながら聞いてくる。
 はっ!
 俺はようやく、自分がどんなポーズでいるのかに気づいたのである。
 何と言うか……
 おお、そうだ。ハレ晴れダンスの締めのポーズ、と言えば一番分かりやすいかもな。

 

 

涼宮ハルヒの遡及Ⅸ


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