涼宮ハルヒの遡及Ⅶ

 

 

「でっかぁぁぁ!」
「す、涼宮さんなんたってこんなぁ……!」
 俺の驚嘆の声と朝比奈さんの怯えきって震えた声を聞いて、
「うんうん。やっぱ、ボスたるもの、これだけの迫力がなくっちゃ!」
 などと、ハルヒは腕を組み、勝ち誇った笑顔でうんうん頷いている。
 そう、俺たちの目の前に現れたのは、マジで山かと錯覚してしまうくらいの大きさなんだが、実質的にはさっきの怪獣より倍は大きい程度で、漆黒の鱗に紅蓮に輝く瞳、その口からぬめり輝く牙はゆうに俺たちの身長以上は楽にある。んでもって、やっぱり漆黒の翼を纏い、しかしその体重が飛ぶのをどこか邪魔しているのか、がっつり大地に足を下しているんだ。これを長門、古泉、朝比奈さんが協力して倒すストーリーなのか? いったいどうやって倒すつもりだったんだろう?
 んで、奴が歩みを進める度に震度3以上で大地を震わすのである。
 ……ボス、ねぇ……
「で、あれがラスボス?」
 問いかけてきたのは振り向くことはできないようだがアクリルさんだ。
「アレがラスボスなら、アレをやっつけちゃえばこの世界から脱出よ。だって、ラスボスを倒せば『ストーリー』が終わるから。その先がない以上、世界は崩壊し、あたしたちは元の世界に戻ることができる」
 なるほど。それは確かに納得できる理由だ。
 まあもっとも、ハルヒのことだから、
「あ、違います。さっきの大群のボスだけど、こいつがこの世界のラスボスって訳じゃないんです」
 だろうな。こんなあっさりラスボスが登場するとは思えん。
「あっそ。んじゃまあ、とりあえずあたしたちの身の安全のためにこいつを葬るとしましょうか!」
 ハルヒの答えを聞いて、アクリルさんが宙を駆けるように舞い上がる!
 それを追って長門と古泉も飛び上がった!
「ブレイズトルネード!」
 先手はアクリルさん! 舞い上がると同時に、猛スピードで漆黒の怪獣の目線に到達した瞬間、灼熱の炎の竜巻を奴にぶつける!
 当然、奴は恐れ慄き、むやみにそのぶっとい腕を振り回すが当然、そこにアクリルさんの姿はない!
 どうやらあれは目くらましだったようだ。さらに上昇して行くもんな!
 だが、いったい何のために?
 そんなアクリルさんの上昇を尻目に、古泉と長門も攻撃を開始した!
 古泉は勿論、例の赤いエネルギー球をぶつけ、長門はスターリングインフェルノを振るい、主に爆裂魔法をしかけているようだ。
 ただ如何せん、あの巨体だ。そんなにダメージはなさそうである。
 派手な爆撃音が響く割には怪物の動きはまったく鈍っていない。
 目くらましから目が慣れてきたのか、だんだんと攻撃が正確になっていく。
 奴の繰り出すかぎ爪攻撃が古泉や長門をかすってやがるからな。
 しかし、古泉と長門の動きもそんなにのんびりしちゃいない。
 かする以上のダメージを受けることなく、散発的な攻撃を継続している。
 ――!!
 と言うことは牽制攻撃ってことか!?
 なら本命は――!
 俺の予想を裏付けるが如く、はるか上空から、しかし、それでもここまで声が届いたんだ!
「グラビデジョンプレッシャー!」
 と、同時に怪物の動きが、そうだな、同じくらいの大きさの錘を背負わせたんじゃないかというくらい、俺にもはっきり分かる!
 奴の表情が苦痛に歪み、腰が前折れになって、足が大地にめり込みやがったからな!
 これは……重力を増大させる魔法か!?
 つまり奴の動きを封じるために……!
「セカンドレイド!」「……」
 奴の動きが止まった瞬間、古泉と長門がさっきの攻撃以上の力を込めていることが一目瞭然で理解できるエネルギー球を、奴めがけて、それぞれ右腕と左腕に投げつけて、当然、その両腕は破壊された!
 奴の空気を震わせる絶叫が響く!
「これでもうかぎ爪の攻撃はできなくなりましたね」
 などと言う古泉の勝ち誇った声が聞こえてきて、
「えっ!?」
 しかし、その声を捉えた怪物は紅蓮の瞳で古泉を睨みつけたと思った瞬間!
「くっ!?」
 古泉には両手でブロックする時間しか残されていなかった。
 しかし、奴の巨体からすればブロックの上からでも楽に古泉を吹き飛ばせることができる!
 猛スピードで地面に墜落する古泉!
「古泉くん!」
 ハルヒの悲痛の叫びが届く!
 そう……確かに吹き飛ばしたはずの右腕が瞬時に復活しやがったんだ……
 どういうことだ……?
「超回復」
 って、長門!? いつの間に!?
「あの怪物は肉体の一部が破損されたとき、瞬時にその部位を回復させる特殊能力がある模様」
 なんだって!?
 俺は愕然とするしかできなかった。
 が、
「さて、それはどうかしら?」
 長門の意見を否定する人物が現れた。いや否定と言うより疑問視だな。
 もちろんそれは俺と長門の前に降り立ったアクリルさんだ。
「で、もう大丈夫よね?」
「はい、ありがとうございます」
 その隣にはさっき、かなりの勢いで地面に激突した古泉が、ブレザーの袖と背中が派手に破れさせながら、全身は誇りまみれになっているんだけど、ほとんど無傷の状態で佇んでいるのである。
 って、いつの間に!?
「僕が地面に叩きつけられたとほぼ同時に、さくらさんが来てくれて回復させてくれたんですよ。おかげで助かりました。テレポテーションという能力は便利なものですね」
「よかった……」
 にこやかな苦笑を浮かべる古泉に俺とハルヒは安堵の表情を浮かべるが、
「あなたに問う。わたしの見解に対する疑問は?」
 なんとなく憮然と問いかけてきたような気がするぞ長門。注文が付いたことがそんなに気に入らなかったのか?
 で、どうやらアクリルさんも長門の心境に気づいたのだろうか、
「あ、誤解しないで。もしかしたらあたしの思う『超回復』とあなたの考える『超回復』で意味が違うかもしれないってだけだから」
 と、なんとも気を使って語りかけてくるのである。
「あ……!」
 おや? 長門は悟ったようではあるのだが?
「んじゃまあ、とりあえず試してみましょうか!」
 そんな長門の声は耳に入らなかったのか、アクリルさんは巨人竜へと向きなおる。
 少し足を開き気味に立ち、両手を腰のあたりに添え、と同時にマントと頭髪をなびかせながら、俺には理解不能の呟きが聞こえてくる。
 言うまでもないと思うが呪文を唱えているってことだぞ。
 んで、アクリルさんを中心に気流が渦巻き始めているんだ。しかもどんどん勢いを増してゆく!
「ウィングソードストーム!」
 アクリルさんが術を開放すると同時に周囲を渦巻いていた気流が――そうだ、あたかも気流が刃の嵐となって巨人竜へと放たれたんだ!
 どこかで聞いたような変化を示した魔法ではあるが気にしないでくれ! どうやらアクリルさんが使う魔法にはとある星座をモチーフにしたバトルマンガのフィルタがかかっているようなんでな!
 そしてその刃が再び巨人竜の右手を砕く! 再び響く巨人竜の絶叫!
 しかし!
「あ、復活した」
 なんてどこか呑気な声を発したのはハルヒだ。
「……ここは一度、戦略的撤退よ!」
「はい」
「了解」
 は?
 巨人竜の右腕が復活したのを見て取れて、アクリルさんがいきなり撤退宣言。それに古泉と長門があっさり了承。
 って、ちょっと待て! アレをほったらかしにするのはいいのか?
「そんな悠長なことは言っていられない、ということですよ」
 俺の問いには答えず、しかし古泉が俺の手を取り、赤球をスパークさせる。
 ふと隣を見てみれば、アクリルさんがハルヒを抱えて、長門が朝比奈さんを背負って同じように猛スピードで飛行していた。
「で、どういうことなんだ?」
「見ての通りです。あの巨竜は長門さんのおっしゃられた通りで破損された部位を即座に修復させる治癒能力を持っています。つまり、どれだけダメージを与えようが、並みの攻撃では太刀打ちできません。ですから作戦を練るために一度、奴と距離を取るのです。もっとも幸いなことに回復された個所が強化されることは無いようです。長門さんが言った『超回復』は回復スピードを指し、さくらさんの言った『超回復』は通常僕たちでも負傷した時に、その箇所がより強固となって回復する『超回復』を指すようです。これが『超回復』に対する二人の見解の違いと言うことですね」
「……どっちにしろ、俺には回復スピード以上の破壊エネルギーをぶつける以外の対抗策がない、という風にしか聞こえんのだが?」
「そうとも言えるかもしれませんね」
 って、笑ってる場合か! あんなデカブツ相手にどうやったら回復する前に倒せるような力が存在するんだよ!?
「ですから、それを考えるということです。幸い、あの巨竜の動きは僕、長門さん、さくらさんと比較するなら相当鈍いようですし、撤退して距離を取ればある程度の時間を稼ぐのは可能ですから」
 ああ、そうかい。
 などと嘆息する俺なのだが、一つ、失念していた感は否めない。
 なぜなら、奴の手下である五十匹ほどの空飛ぶ怪獣たちは爪と牙と体重以外に口から発射される武器を持っていたから。
 なら、当然、その親玉であるあの巨人竜も持っている訳で、
「って、ハルヒ! さくらさん!?」
 そう、二人の背後から猛スピードで迫る漆黒の渦巻きが二人を追っているんだ!
 古泉や長門と比較するならやはり、アクリルさんの飛行速度の方がはるかに速いので、今では俺たちの先頭を飛行しているしているのである。
 だから俺はその漆黒の渦巻きを横目に捉えてしまったんだ!
 どうやらあの巨人竜は誰が一番脅威なのかを本能的に分かっているらしい!
 ただ、それが強大無比な戦闘力を誇るアクリルさんなのか、それとも、この世界の創造主であるハルヒなのかまでは分からんのだが、とにかく二人が固まっているわけだから、奴にとっても攻撃しやすいのだろう。
 さすがのアクリルさんの飛行速度も背後から迫りくる漆黒の渦巻きには勝てないらしい。
 どんどん差が縮まっていくもんな!
「くっ!」
「さくらさん!」
 肩越しに振り返るアクリルさんの表情には焦燥感が色濃く表れている! しかももう避けられるほどの範囲にない!
「ハルヒぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 俺の絶叫が響いたのは、その漆黒のうねりが二人を飲み込んだところを目撃してしまった後のことだった。

 


「ハルヒぃ! ハルヒっ! ハルヒぃぃぃ!」
 俺は錯乱したように叫ぶしかできない。
 なぜなら漆黒の火柱が過ぎ去ったあと、そこには何もなかったから。
 今は俺と古泉のはるか背後になってしまっているのだが、飛行中、横目に確実に誰もいない現実を捉えてしまったんだ。
 そう――呑みこまれるまでには確実にいたハルヒの姿がそこに無かったから――
「ちょっと! 落ち着くてください!」
「馬鹿野郎! これが落ち着いていられるか! ハルヒが! ハルヒが! と言うか戻れ! もしかしたら墜ちただけかもしれないじゃないか!」
「冷静に状況分析をしてください! 今、先ほどの場所に戻ることはできません! 僕たちがやられてしまいます!」
「古泉てめえ! ハルヒがやられたってのに何、落ち着き払ってやがる! お前はハルヒが心配じゃないのか!」
「ですから……!」
「一応、あたしも巻き込まれたと思うんだけど、あたしの心配はなし?」
 え?
 俺の動きを止めたのは、俺たちの背後から聞こえてきた妙にからかっている感のある声だった。
 恐る恐る振り返る。
 そこには、
「あの……涼宮さんを心配されるお気持ちは判りますけど、僕が落ち着いていた意味をもう少し考えてほしかったのですが……」
 と、呟く苦笑を浮かべて呟く古泉のさらにその背後に、
「ば、馬鹿キョン……あんた、何、取り乱してるのよ……こっちが恥ずかしくなるじゃない……」
「それだけハルヒさんが大切ってことじゃない?」
 顔を真っ赤にしているハルヒと、ハルヒを抱えてなんとも宥める笑顔を浮かべるアクリルさんが居るのである。
「いったい何が……」
「説明は後よ。とにかくいったんあいつから離れる」
「了解しました」
 俺の茫然とした呟きを今は聞き流して、アクリルさんと古泉が飛行速度を加速させる!
「あのエネルギー波はちょっと厄介ね。あたしの結界以上のパワーがあったわ。だから避けるしかなかったんだけど。でもまあ、これだけ離せば射程距離外にはあるみたい」
「そのようです。追撃の一撃が来ません」
 アクリルさんと古泉が肩越しに振り返る。
 さっきはとてつもなく大きく見えた巨人竜が、今は遠い所為もあり、せいぜい近くにある山と同化しているようにしか見えん。
 つっても色が漆黒で形がいびつだから区別はつくがな。
「では降下して森の中に身を隠し、対策を練ることを推奨する」
 って、長門いつの間に!?
 などと俺が口に出す前に、三人は眼下の森へと降下を始め、どうやら俺の頭も冷えたようだ。
 しかしだな。同時に暗澹たる気持ちが支配する。
 ――あの怪物をどうやって退治する?――
 誰も口にはしないがおそらくは、みんな同じことを考えただろうぜ。

 

 

涼宮ハルヒの遡及Ⅷ


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