涼宮ハルヒの遡及Ⅴ

 

 

 さて、俺たちは眼下に見えるカマドウマ対三人娘の激闘を尻目に、塔の外観をぐるぐる回りながら登り続けていた。
 入った時は確かに内側を二階ほど登ったんだが、三階に続く階段を上ったらいきなり外に出たんだ。
 ちなみに眼下に見える戦闘は、まあ激闘と言えば激闘なんだが、ド派手に爆撃音や閃光が飛び交っているものの、ここから見た感じでは、長門、朝比奈さん、アクリルさんが苦戦しているようには思えない。
 というか、カマドウマたちが俺たちに気づいていないんだから、あの三人が相当手強いのだろう。周りを見ることすらできないようである。
「ううん……」
 そんな中、俺はなんとも妙な既視感(デジャ・ヴュ)を感じつつ唸っていた。
「どうされました?」
「いや……なぁんか、どっかで見たような気がする塔のような気がしてな……」
 などと俺が難しい顔をして呟くと、
「それは興味深い。いったいいつ? どこで?」
 と、古泉は当然爛々とした瞳と笑顔で聞いてくる。
 ええい! だからと言って顔を近付ける必要はまったくないだろ!
「これは失礼。そう言えばここにはあなたと僕しかいませんでした。無理に声をひそめる必要もありませんしね」
 解ってるならやるな。だいたいハルヒはもう、お前らのことを知っているんだから隠す意味なんてないだろ。
「いえ、以前までこうやるのが癖になってましたから思わず」
 それでもだ! だいたい、お前はいつもところ構わず俺に顔を近づけて話すから要らぬ誤解を生むんだろうが! ちょっとは自覚しろ!
「それもそうですね。僕も噂は聞いたことありますけど、僕自身、そんなつもりはまったくありませんのでご安心ください」
「ああ、そうだな。で、あんまり話を逸らしているのもあれなんで俺が感じた既視感の話だが」
「はい。どこで見たのです?」
「……いやまあ……ちょっと待ってくれ。答えはこの塔を頂上まで登った時にはっきりすると思う……」
「なるほど。では、まず登り詰めることにしましょう」
「元気だな、お前は」
「くす。そうは言いますが、あなたもまんざらではない心理状態のようですよ。おそらく僕と同じでこの状況を楽しんでいるのでは?」
 そうか? いかんな、顔に出てたか。
「ええ、なんとも言えない探りを入れるような、それでいて好奇心に満ち溢れた笑顔です」
 くそ。完全に身抜かれてやがる。
 だいたいしょうがないだろ。俺が望んだのはこういう非現実現象だ。
 俺は巻き込まれてもいい。だが、中心に躍り出るのはごめんだ。
 だからこそ、今回のシチュエーションは願ったり叶ったりで、俺は現場の臨場感を味わいながら、決して表に出てこない。表に出てくるのは眼下でカマドウマと激闘を繰り広げる三人娘であり、この場ではこの塔のボスを打倒すべき古泉なのである。
 まあ手助けとかしたい気持ちがないわけでもないんだが、残念ながら俺には特殊能力は何もない。ヘタに手を出せば俺は足を引っ張る存在でしかないので非常に心苦しいのだが少し安全圏で応援するしかできないのである。
「本気でそう思ってますか?」
 って、なんだよ? 俺の心を読んだのか?
「いえ、あなたは声に出してましたから」
 古泉が苦笑を浮かべている。
「そ、それは……」
「僕はあなたが本気でそう思っているとは考えていませんよ。おそらく、というより確信を持って言えますが、僕にしろ、朝比奈さんたちにしろ、本当に危ないと感じたときは、あなたは自分の身を省みず、誰よりも前線に飛び出すと信じてます」
「過度の期待は後からの落胆を大きくするだけだ」
「ふふっ、では少しは期待するということで、とと、どうやら頂上に着いたようですよ」
 なるほどな。
 俺と古泉は階段を登り切ったところで、本当にここが塔の上なのか疑いたくなるのだが、結構広い天辺にさほど大きくはないが、平屋の民家が一軒建っていたのである。
 ああやっぱり……
 俺は手を頭に当てて瞳を伏せ、一つ嘆息を吐いたのであった。

 


 よく考えてみれば。
 最初からいきなり、見える範囲全てが砂漠でしかも駆けていった先に塔があるなどというシチュエーションはそうそうお目にかかるものじゃない。
 不本意にもこの世界に降り立った時はてっきり、あの時のコンピ研部長氏の件の再来かと思ったのだが、考えてみればハルヒはあの日あの場所に居なかったのである。となれば、こんな風景に覚えがある訳がない。
 つまり、この風景はハルヒの記憶の中にある風景ということで、流行は極端に嫌うハルヒではあるが、例え流行でも自分が面白いと思うものにはのめり込む奴でもあるので、これは二大RPGの内の片割れの六番目のシリーズの内のワンシーンということになる。
 なぜ、このシーンが選ばれたのかは分からん。
 しかし確かに、あのストーリーはなかなか斬新的で現実の世界と夢の世界を行き来するという誰もが憧れるシチュエーションであったことは否めない。
 と言うことは無理矢理にでもこのシーンを当て込んだということは……
 …… …… ……
 何だろうな。なんとなくこの後の展開が見えてきた気がしたぞ。

 


 などといつまでもモノローグを流しているわけにもいかず、俺と古泉は警戒しながら、その平屋の扉を静かに開き、
「……なんですか? アレは」
「お前、ゲーム好きな割にはテレビゲームはあんまりやらんのか?」
「ええ。もっぱらボードゲームの方が趣向に合ってるものでして。『対戦相手』がいる方がやりがいがあるものですから」
「その割には大して強くないのはどういう訳だ」
「これは痛いところを付いてこられますね。さて、そんなことよりどうします?」
 古泉の視線が鋭く、しかし、どこか不敵な笑みを浮かべて、『奴』から目は離さずに問いかけてくる。
「……お前の力、ここでも使えるか?」
「はい、それは大丈夫です」
 よし、ならここは向こうが気づく前に先手必勝であいつにあの赤玉をぶつけてくれ。それで終わるはずだ。
「って、はい!?」
 わ! ばか! 大きな声出すな!
 戸惑いで素っ頓狂な声を上げた古泉と、思わず大声でツッコミを入れてしまった俺。
「だぁれぇじゃぁ?」
 当然、その平屋の主は俺たちの方へと振り向くのであった。
 と、同時にそいつの影に隠れていた別の風景が俺たちの度肝を抜く。
「ハルヒ!?」「涼宮さん!?」
 そう、その向こうの、厳かな縁取りをされた楕円の鏡の中には見紛うはずがない。
 北高制服姿の涼宮ハルヒが鏡をバンバン叩きながら、声は聞こえないが、その表情は悲壮感溢れて何かを俺たちに訴えかけているのである。
「ほぉ……どうやら、この娘を取り戻しに来たらしいなぁ……じゃが……そうはさせんぞぇ……」
 ゆらり、と『奴』が俺たちに正対する。
 黒いローブに顔全体を覆うかのような剛毛の髭と髪、その瞳には狂気が宿っている。
 手には三日月の刃を持つシルバーの大きな杖。それを難なく振り回してやがる。
 見た目は老人なのだが、菅、仙石、枝野、前原、野田、玄葉、渡部、安住といった2011年の日本を混沌の渦に陥れた連中並みの卑しさが面に滲んでやがる。一目で判断できるぜ。こいつは間違いなくクソ野郎だ。百害あって一利無しのクズだ。
 しかし何だってハルヒはこんなところに居やがるんだ? いや、その前に本物のハルヒか?
「ええ。間違いありません。あちらにいるのは本物の涼宮さんです。おそらくは僕たちをこの世界に呼び込んだ時同様、ご本人も登場させてしまったのでしょう。そして運悪く、この男に捕まってしまった……」
 なるほどな。で、もう一つ大事なことを聞く。
「それは大丈夫ですよ。この老人は涼宮さんを閉じ込るまでしかしていません。あなたが危惧なされるようなことは一切なかったと見て大丈夫でしょう」
 そうか。ハルヒの精神鑑定にかけては俺をも凌ぐ古泉の言葉だ。信じても大丈夫だろう。
 何より、もしこのジジイがハルヒに良からぬことをしたのであれば、俺もこいつもブチ切れて突っかかって行っただろうからな。
「古泉……俺の予想通りならハルヒを助け出すにはこのジジイをぶっ倒すしかないぜ……できるか?」
「と言うことは、僕があの老人を引きつけている内にあなたが涼宮さんを助け出す、という作戦は使えないってことですね?」
「その通りだ」
「……どうします?」
 俺が奴を引きつける。お前はその間に、あの赤玉を最大威力まで高めろ。
「マジですか?」
「えらくマジだ」
 俺の決意を聞いた古泉が一つ、鼻で吹いている。
 なんだ? その笑顔は? この場には似つかわしくないぞ。
「いえ、そうではありません。あなたはやはり僕の思っていた通りの人だと嬉しくなったんです」
「む……」
 俺は渋面を浮かべて黙り込むしかない。
 確かに俺は、ここに来る前に『傍観者でいる』と言った。にも関わらず、今の俺は率先して自分の身を危険に晒してしまっている。
「やかましい! とにかく打ち合わせ通り行くぞ!」
「はい!」
 吠えて俺は地を蹴った!
 もちろん、ごく普通の一般人である俺がこいつに突っかかっていったところで結果は見えている。
 もし、本当に俺に『何の力もない』なら、な。
 しかし、ここはハルヒが創り出した世界だ。自分の思い通りに世界を創れるハルヒが望んだ世界がここなんだ。
 朝比奈さんにはみくるビームが備わっていた。長門は魔法を使えた。古泉だって閉鎖空間でないにも関わらず超能力を行使できたんだ。
 なら、たった一つだけだが、俺にも備わっている力があるはずだ。
 さっき言った、『俺に特殊能力は備わっていない』を撤回する!
 ハルヒ! お前を信じるぜ!
「俺の本気を――喰らってみるか!」
 猛スピードでダッシュする俺はそんなことを口走っていた。
「くらえぇぇぇぇぇぇ!」
 両手を振りかぶると同時に、いきなり何かを握っている感触が全身を駆け巡る!
 よし!
 迷わず俺はそれを――釘がたくさん刺さった金属バットを振り下ろし、
 呪文詠唱中であったジジイのドタマを力いっぱいどついて呪文を中断させ、瞬間、片手バットに持ち替えて、怒涛の突き攻撃!
 当然ジジイは吹っ飛ぶ!
 俺はバットを投げ捨てた。
「こいつでとどめだ!」
 再び左手に宿る、いったいどこから出てきたのかがまったく分からん黄色いメガホン! そいつが回転しながらジジイの胸を貫く!
 何? 老人にんな手加減なしの攻撃していいのか、だと?
 いいに決まってんだろ! 俺たちSOS団はハルヒを盛りたて、ハルヒを守るためにいるんだ! そんなハルヒを軟禁した野郎だぞ! 許せるわけがない!
 ジジイが再び吹っ飛び、
「どいてください!」
 背後から古泉の咆哮が俺を伏せさせる!
「ふんもっふ!」
 ここでもどういう訳か、古泉は妙な掛け声をあげ、赤玉を軽く上にやり、バレーのスパイクの要領で思いっきり赤玉を撃ち出す!
 もちろんジジイに直撃だ!
 着弾と同時にド派手な大爆撃音が周囲を震わせて――
「終わりですか?」
 古泉が会心の静かな笑みを浮かべるセリフを言ったその時には、
 そこにはもう、老人の姿はなく、爆風に漂う砂煙が奴のなれの果てが如く、四散していくのであった。
 随分、あっけないかもしれんが、これで良かったんだ。なんせ一気にかからないとあのジジイは相当厄介な相手だったからな。

 


 で、これでハルヒを助け出してハッピーエンド。
 みんなで元の世界に戻れるなら、それが一番良かったんだが、当然、そんな問屋は卸されなくて、事態はさらに厄介な方へと進むことになる。
 当然だろ? 今回はハルヒも自分の力に巻き込まれたんだ。
 この世界から脱出するためには、たかだか中ボス一匹倒したところで済む訳がないってことだ。

 


「で、お前は一体何をやってたんだ?」
「分かんないわよ! 何か急に眠くなったと思ったら、いきなり目の前に変なジジイがいるし、あたしは鏡の中に閉じ込められちゃってたし!」
 俺の冷静な問いに、助かった安心感からか、俺にしがみついてきたハルヒが逆ギレして叫んだのである。
 あーうるさ。
「もしかして、今日、さくらさんが言ったことをやっておられた、と言うことでしょうか? 涼宮さん」
 古泉が腕組みをして、しかし、いつもの爽やかな笑顔に戻って静かに問いかけてくる。
「あ、うん……昼間にさくらさんがクリエイターになってみたら、って言ってたから漫画描こうと思ってプロット創ってたんだけど……」
「なるほど、そういうことですか」
 おぅ。今回は俺でも分かったぞ。
「はい、そういうことです。おそらく涼宮さんは――」
 いつも通り、解説好きの古泉らしく、話を続けようとしたのだろうけど、俺たちは古泉の次の句を聞くことはできなかった。
 何故かって?
 それはだな……
「何で!? 何でいきなり古泉くんが消えて、と言うか、家も消えて、いきなり、あたしたちはサバンナっぽい草原の中にいるわけ!? しかもあからさまに怪しい茂みに囲まれてるし!」
 と言う訳だ。
 なんで何の脈絡もなく、俺たちは二人だけでこんなところにいるんだよ。
 俺はやれやれと嘆息を吐く……
 などという暇などまったくなかった。
 そう、ハルヒが言った『怪しい茂み』が一斉にガサガサ羽音を立てやがったのである。
 と言うことだは……
 比喩ではなく、文字通りズシンという効果音が聞こえてきて、明らかにはち切れんばかりの太ももの筋肉美を魅せつける、巨大なトノサマバッタの大群が俺たちを取り囲んだのであった。
 一難去ってまた一難。
 その格言がやけに俺の頭の中に響き続けていやがる。

 

 

涼宮ハルヒの遡及Ⅵ


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