涼宮ハルヒの遡及Ⅰ

 

 

『ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい』
 と、高校入学の初顔合わせの自己紹介の場で、至極真剣な表情でのたまった女がいたとするならば、たとえ、そいつがどんなに可愛くてスタイルが良かろうとも、大多数の男はコナをかけるのに二の足どころか三の足、四の足を踏む……いや、それ以前に、決して関わらないようにしよう、と心に固く誓うことだろう。
 むろん、俺もそうだった。いや、そのはずだったんだが……
「こらキョン! あんた聞いてるの? 今、大事な話をしてるところなのよ!」
「心配するな。ちゃんと聞いている。明日の不思議探索パトロールのことだろ」
「そうよ。で、あたしが何て言ったのかも聞いてたの?」
 それはまだだろ。と言うか、それを今から言う気だったろうが。
「あら、ちゃんと聞いていたのね。意外だわ。なんとなく失礼なモノローグを頭の中に流しているように見えたから聞いてないかと思ってた」
 む……なかなか鋭い奴だ……
「んじゃまあ続きだけど」
 気を取り直したハルヒが再び勝気満面の笑顔に戻って、

 


「明日の不思議探索のテーマはUMAと心霊現象よ! と言う訳で、午前9時にいつもの駅前集合ね!」

 


 んまあ、関わっちまったもんは仕方がない。などと開き直っている俺がいる。
 あの十二月の出来事で俺は自分の気持ちに気づいてしまったんだ。冒頭のような感想を持っていた入学当時の俺が今の俺を見たら何と言うのか、なかなか興味深いことでもあるのだが、今の俺から言わせれば当時の俺なんざつまらない奴に映ってしまうだろうから、人間、変われば変わるものだと妙にしみじみしてしまう。それはハルヒにも言えることだし、長門、古泉、朝比奈さんも同じだな。みんなSOS団発足当時と比べれば明らかに変わったと言っても過言ではないだろう。
 ん? ああ、ハルヒが何で宇宙人、未来人、異世界人、超能力者って言わなかったか、ってことか?
 そりゃそうだろ。
 なんたってハルヒはもう、俺たちの正体を知ってしまったからだ。
 長門が宇宙人、朝比奈さんが未来人、古泉が超能力者で、自分に新しい世界を創造できる力があるということをな。知らないことと言えばハルヒは自分が想像したことを現実化できる力を持っている、てことくらいだ。
 むろん、俺がジョン・スミスだということも知っている。もっともだからと言って俺たちの関係が変わる訳じゃない。
 むしろ、ハルヒが望んでいたのはこういう団体なんだから最近は機嫌が最高潮にいい日しかないくらいだ。
 さらに加えるなら、ハルヒは異世界人との邂逅も果たしている。
 ただ、異世界人は少し勝手が違っていて、この世界の存在ではないだけに、ハルヒが望んでもハルヒの力の影響を全く受けないものだから、そうそう出会えるものではないらしい。なんたってハルヒもこの世界の存在だからな。てことはこの世界じゃない世界まではその力が及ばないって訳だ。
 とと、話を戻すが、どうして今だに不思議探索なんぞをやっているかと言えば、ハルヒの不思議への欲求が目的対象を見つけたからと言って、それで弱くなることはないからだ。見つけたなら次の不思議へと突っ走る奴だしな。
 だから探索目標が変わったのさ。
 ところがだ。
 ハルヒの夢が叶った現実を快く思わない人間というものもいるんだよな。
 ……いや違うな……
 その人たちは別段、ハルヒを悲しませようとか困らせようとかなんて微塵も思わなかったはずだ。それは断言してもいい。
 ただ、都合が悪かったんだろう。自分たちにとってではなく、少なくともハルヒと俺にとっては……いや、もしかしたらSOS団にとってもか?
 だからこそ、心を鬼にせざる得なかったんだろうな。
 俺は今、心からそう思う。
 てな訳で、話は今回の不思議探索パトロール当日の午前七時半ぐらいから始まるだろうか。

 


 いきなりで申し訳ないが、ちょうど着替えが終わった俺は目を丸くして口をぽかんと開けて絶句した。
「さて、質問があるけどいいかしら?」
 なぜなら、俺の目の前には見覚えはあるのだが、もう二度と会えないと思っていた人物が、文字通り、突然、現れたから。
 癖っ毛でやわらかそうな腰まで届こうかという頭髪を、一度、さらりと掻きあげて、
「あなたはあたしの知ってるキョンくん、よね?」
「ア……アクリルさん!?」
 艶やかな髪をふわりと揺らす彼女を俺は見紛うはずがなかった。
「ふぅ、よかった。今度こそ蒼葉(あおば)の補正がうまくいったみたい。やっと、ちゃんと目的地に着いたのね」
 苦笑とも自嘲ともとれる笑顔を浮かべる彼女を俺は忘れるはずがない。
 容姿端麗、プロポーション抜群、山吹色のノースリーブシャツに、スカイブルーのホットパンツ、までならなんとも艶めかしい姿を想像できても、ヘアカラーが桃色でマントを羽織ってた日にゃ、コスプレ会場以外であれば絶対に頭を疑われるような風体だったりすることだろう。
 しかし、あくまでそれはこの世界で、のことだ。
 本来、彼女が住む世界ではそこまでの違和感はないはずである。
 なぜならば。

 

 

 この人は異世界に生きる魔法使いだからだ。

 

 

 言っておくが嘘でも冗談でもないぞ。
 彼女が出した名前、蒼葉さんとは、ハルヒの創り出した閉鎖空間で出会い、その後、俺がハルヒに関わってしまったばっかりに得体のしれない存在に目を付けられて蒼葉さんと彼女が住む世界に飛ばされてしまったことがあったんだ。その時は、ハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉の尽力と蒼葉さんとこの御方の協力で俺を元の世界に戻してくれたのである。その時に使用したのが『魔法』だったし、俺は彼女が魔法を振るう姿もこの目でしかと見た。
 だから間違いない。
 しかし、彼女たちは言ったはずである。自分たちと俺たちが再会する可能性は皆無に等しいと。
 なら、どうして今ここに現れた?
「はい、モノローグ説明ごくろうさん。オリジナルキャラクター登場シリーズでしかも連作っぽいから色々と面倒なのよね」
「いや、それは言ったら身も蓋もないと思うのですが?」
「仕方ないでしょ。あなたは大丈夫でも、オリジナルキャラクターを快く思わない人も決して少なくないみたいで、賛否両論。しかも両極端だし……って、いつまでもこの話題で引っ張るわけにもいかないわ」
 それもそうですね。んじゃまあ話を戻しますけど、
「どうしてアクリルさんがこの世界に……?」
 当然の疑問をぶつける俺。
「うん。ちょっと困ったことが分かったんでどうしてもこっちに来なきゃいけなくなったのよ。なかなか大変だったけどね。ここに着くまでに何度別の並行世界に辿り着いてしまったことか……まあ何にせよ、ようやくうまくいって良かったわ」
 困ったこと?
「覚えてる? キョンくんをこっちの世界に戻すときに話した後遺症のこと」
「ああ……あれですか……」
 俺は思わず苦虫をつぶした顔をした。
 それは仕方がない話で、蒼葉さんとアクリルさんが俺をこっちの世界に戻す際に使った魔法、まあ、それしかなかった訳だから仕方ないっちゃ仕方ないことではあるのだが、その魔法=召喚術の影響で俺はハルヒと、そして今は長門にも絶対服従の責務を背負ってしまっているのである。その所為で毎日、どうにも苦労が絶えないんだ。なんせあの二人にまったく逆らえなくなってしまったわけだからな。どんな無茶でも聞いてしまっている俺が忌々しい。何度か本気でこの世界に戻って来なければ良かった、なんて考えてしまったほどだ。
 そんな俺の表情が目に入ったアクリルさんがウインクをしつつの笑顔で続ける。
「それを是正しに来たのよ」
 って、なんですと!?
 むろん、俺は驚嘆と希望で、比喩表現ではあるが胸が朝比奈さん並に膨らんだ気がしたぞ。

 


「で、何でこんな格好しなきゃいけないの?」
「ええっと……アクリルさん、ご自身の姿形をちゃんと自覚していますよね……?」
 ここはアクリルさんが本来住んでいる世界ではない。
 桃色の髪もマントも肩当ても標準装備のはずがない。ならばこっちの世界の流儀に合わせてもらわないと後々面倒なことになる。
 しかも、このアクリルさんから「今回は別に慌てる必要がないから、少しこの街だけでいいんでこっちの世界を案内して」とせがまれたのである。
 理由か? んなもん決まっている。ただの好奇心だ。
 というか、俺だってもし、絶対に元の世界に戻れる保証があるなら、アクリルさんの住む世界を案内してほしいと思うことだろう。
 それだけ『異世界探検』という行為は胸を躍らせるものだ。それはアクリルさんも同じなんだ。
 しかしだからと言って事情を知っていれば『異世界人スタイル』で割り切れるだろうが、圧倒的大多数の事情を知らない人間が見ればアクリルさんは異様な姿にしか映らないことだけは確かなんだ。しかも案内を頼まれたということは俺はご一緒しなければならず、万が一、SOS団以外の知り合いに見られてしまえば、次回の登校からは疎外感たっぷりの視線に晒されるであろうことは想像に難くないんだ。一応は社会性を大事にしたい俺としては、それは是が非でも避けたいので変装をお願いしたのである。
 という端的な説明をアクリルさんにはもっと丁寧かつ慎重に伝えた。
「分かったわよ。なら仕方ないわね」
 ふぅ、どうやら理解してくれたようだ。証拠に彼女は髪を黒く染め、黒のカラーコンタクトを嵌めている。
「……別にあたしはどっちでも構わないんだけど」
 ん? 何か言いました?
「ああ、聞こえても聞こえてなくても大丈夫よ。大した話じゃないから」
 そうですか。
 おっと、それとアクリルさんって呼び方も変えていいですか?
「何で?」
「蒼葉さんなら違和感ないんですけど、この世界、と言うよりこの国ではカタカナ名前はまだまだ稀なんです。怪しまれないためにも別の呼称の方がいいかと」
「ううん……そんな大袈裟なことでもないと思うんだけどなぁ……だいたいキョンくんだってカタカナ名前じゃない」
 大袈裟なことになります! その髪の色と名前は明らかに不自然なんですから! あと俺は本名じゃなくてニックネーム!
「ふうん、そうなんだ。でもまあ郷に入っては郷に従え、ね。キョンくんの提案を受け入れましょうか。で、あたしのこと、何て呼ぶことにするの? あ、キョンくんの本名はいいわ。覚えても多分、今回の任務を終えて向こうの世界に戻ってしまえば、もう会えない可能性の方が圧倒的に高いし」
 なんかアクリルさんの態度がどうにも釈然としないんだがまあいいとしよう。
 世界が違うんだから常識が違うのかもしれん。
 って、向こうの世界にも『郷に入っては郷に従え』なんて言葉があるんだな。
「そうですね。『さくら』さん、というのはどうでしょう? この国の代表的な花でみんなに愛されています」
「なるほど。その花の色が桃色な訳か」
 ぎく。
「気にしなくていいわよ。別に怒ってないから。そもそも向こうの世界でもあたしの一番の特徴はこの髪の色なんだから今さらってやつよ」
 その割には少し目が怖いような……
 あっそうか。そりゃそうだよな。俺だって慣れてしまっているところはあるが『キョン』って呼ばれるのはあまりいい気しないもんな。それと同じだ。
「何か思い当るところがあるみたいね。ま、いいけど。ところでとりあえず今日はこっちの指定で案内してもらえないかしら?」
「え? どこに?」
「んと……前にキョンくんが魔石を通じて交信していた相手で、あたしからは顔とかはよく見えなかったんだけどキョンくんと抱き合ってた女の子が居るところ……名前なんだっけ?」
 だ、抱き……!?
「そ。あの女の子の名前」
 …… …… ……
 『抱き合っていた』はスルーですかーそうですかー。
「どんなツッコミを期待していた訳?」
 い、いえ……別にそう言う訳では……!?
「だったらあの子の名前教えて。もう会うことない、って思ったから覚えてないのよ」
 そう言えば蒼葉さんも同じようなことを言ってたな……
「ハルヒです。あ、そう言えば今から集合なんですけどアクリ……じゃなかった、さくらさんもご一緒にどうです?」
「ん? お邪魔じゃないの?」
「いや……そういうんじゃないんで……その……他のツレもいますから……」
「なんだ。みんなで遊びに行くってやつか」
「まあ……似たようなものです……」
 俺は苦笑を浮かべるしかない。遊びに行くことで間違いはないのだろうが、普通の高校生がやるような遊びじゃないしな。
「んじゃあ早速、行くわよ」
「へ?」
 そんな俺の心の内を知らないアクリルさんは俺の手を取って、窓を開けた。
 って、まさか!
「集合場所までの案内よろしく!」
 満面の笑顔を浮かべて、アクリルさんは開け放した窓から飛び出した。
「レビテーション!」
 真っ青に晴れ渡った空の下へと、俺たちは舞い上がったのである!
 つか怖っ! 速っ! て、手を離さないで下さいね! ね!

 

 

涼宮ハルヒの遡及Ⅱ

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最終更新:2020年11月27日 22:26