「あーづーいー・・・ああもうっ、キョン!あんた雑用でしょ、何とかしなさいよ!」


「うるさい、俺だって暑くて死にそうなんだよ。それに雑用って何の関係があるんだ」

 

・・・・・・夏。

・・・・・・暑い。

・・・・・・死んでしまう。

その日を一言で表すなら、そんな言葉しか浮かばないような日だった。


    ~サムデイ イン ザ サニー~


「あー、死ぬー」
そんな事をブツブツ言いながら机に突っ伏しているのは何を隠そう我らが団長・涼宮ハルヒである。
地球の気温が年々上昇し続けているというのは今やごく当たり前の話だがそれはこの県立北高文芸部室も例外ではないらしく、太陽は暖かいを通り越してもう灼熱地獄でしかない日差しやら紫外線やらその他いらない放射線やらを無慈悲に俺たちに浴びせていた。
「確かに、流石にこれは・・・堪えますね」
オセロのボードを挟んで俺の正面に座っている古泉も、石を置く手を止めて珍しくネクタイを緩め、シャツの一番上のボタンを外している。もちろんいつものエセスマイルは健在だ。
「うーん、今日はメイド服に着替えないほうが良かったかなぁ」
そう言いながらマイスウィートエンジェル朝比奈さんはメイド服の胸元をパタパタと・・・くそ、なんでカメラ持ってこなかったんだ俺は!
「ちょっとキョン。そんなにみくるちゃんの胸が好きなわけ?」
俺考案による朝比奈さんを見つめて日頃の生活で消費した精神力を徐々に回復しようという企みはこいつに感づかれていたらしく、心の一つや二つぐらい容易にへし折る事が可能であろうハルヒ印の眼力は既に俺をロックオンしている。だがなハルヒ、伊達にお前と一年以上顔をつき合わせちゃいないぜ。俺のハルヒ耐性は人一倍高いんだ。
「なによ耐性って。っていうか有希、そんな場所でよく本なんか読めるわね。暑くないの?」
「問題ない。ある程度の範囲なら自由に体温を調節可能」
・・・長門なら出来そうだとは思っていたが、マジでか。これが宇宙人クオリティ・・・っておい、ハルヒの前でそんなことカミングアウトして大丈夫なのか。
「ふーん。まあ有希はどうにでもなりそうだからいいけどさー・・・」
いいのか!!
「・・・あーもー、暑いーっ!暇ーっ!キョン、なんか面白いこと無いの?その辺に転がってるでしょ」
お前は子供か。知るか、面白い事なんて。そんなものがその辺に転がっていたのなら俺が踏みつぶしてしまったかもしれんな。おっと俺の番か。よし、これで角は全部もらったぜ古泉。
「これは・・・やはり、流石はあなたですね。あっという間に四隅を取られてしまいました」
お前が弱いだけだ。というか、こう何度も負け続けて涼しい顔でいられるお前のほうがある意味すごいぞ。悔しいとか思わんのか。
「僕だって人間ですから、少しは悔しいですよ。だからこうやってあなたに特訓に付き合ってもらっているのです。いつかあなたに勝てるまでね」
どこぞのバトル漫画みたいな言い方をするな。そして俺はお前が俺に勝つまで永遠にお前の相手をしなくちゃならんのか?勘弁してくれ。あっお前5枚も裏返しやがったな。

 

その時、漢字辞典をマンションの屋上から落下させたみたいなガタン、という音が俺の鼓膜を震わせた。
音の聞こえたほうを見やるとそこにはいつの日かコンピ研から強奪してきたパソコン、その横の「団長」と書かれた三角錐、プラス机と椅子、ついでによくわからん笑みを浮かべた女の姿があった。・・・要するに。
何を血迷ったか、ハルヒが突然椅子から立ち上がって机を勢いよく叩いたんである。また何かよからぬことを思いついたかこいつは。寝たり起きたり忙しい奴だ。このまま机に突っ伏していればいいものを。
「みんなっ!扇風機買いに行くわよ!」
・・・・・・はい?
「だから、商店街に扇風機買いに行くって言ってるのよ!部室用のね。あ、エアコンはダメよ。この部室エアコン取りつける場所無いから」
いやそうじゃなくて。
お前まさか今からとか言うんじゃないだろうな?
「決まってんじゃない、今からよ。異論は受け付けないわ」
あのなあ、時間帯的に今は部活中だぞ。さすがに校外には出られんだろう。それに金はどうするんだ。
「それなら問題ないわ。値切れるとこまで値切って、キョンに出してもらうから」
問題大アリだ。なんで俺が代金持つ前提なんだよ。第一今俺が金を持っているわけもない。しかもハルヒ、今お前時間帯の話スルーしたよな?
「後払いでいいじゃないの。土曜日の不思議探索の時にでも払いなさい」

おいおい・・・マジかよ・・・。ていうかまたスルーかよ・・・。

「そうですね、良い考えかと。この暑さでは日々の活動に支障が出てしまいそうですし」

おいこら古泉。機関宛てに扇風機代の請求書出してやろうか?

「たまにはこういうのもいいではないですか。宇宙旅行を提案されるより遥かに安心できる活動内容です。むしろこういった息抜きの方が、僕は楽しいと感じるんですよ」

お前が楽しいか否かなど聞いてはいない。

「ほら、そうと決まればすぐに用意して出発よ!みくるちゃ~ん、それじゃあたしが着替え手伝ってあげるわ!フフ、それともこのまま行くのかしら~?」

「ふぇ?!い、いえ、じじ自分で着替えますからあの、す涼宮さんやめ」

「ほらぁ~、早く着替えないといけないんじゃないのぉ~?」

「いいいやす涼宮さん!?あのそれはちょっと待ってくださ」

・・・古泉。

「何でしょう」

出るぞ。

 

 

ハルヒに身ぐるみ剥がされている最中であろう朝比奈さんの可愛らしい悲鳴をBGMに、俺と古泉は何故か直立状態で向かい合う形になっていた。廊下の窓から見える空をバックに爽やかスマイルを俺に向けてくる目の前の超能力者が無性に腹立たしい。

「どうされました?」

「いや、お前のその顔を見ると妙にムカついてな」

「褒め言葉と受け取っておきましょう」

そう言った古泉の顔はやはり変わっていない。ある意味スゴいぜ、お前はよ。

「以前にもお話ししましたが、これが涼宮さんの望む古泉一樹像なのです。涼宮さんが望まずして僕がここに存在することは出来ない。だから僕はこの人格を演じている訳です。ああ、『最初は』という修飾語を付加した方が適切ですね」

過去形ってことは、今はそれが素なのか。

「素・・・という訳ではないですが、そうですね、板に付いてきたと言いましょうか。あなたや涼宮さん、それに長門さん、朝比奈さんと接しているうちに、いつの間にか自分の演じる人物像に慣れてしまったのですよ。もちろん、いい意味でね」

それも以前聞いたような気がする。

「つまりですね、あなたをはじめとしたSOS団メンバー全員で過ごすひと時が、だんだんと僕にとって一番有意義な時間へと変化していった訳ですよ。今ではこの5人で集まる時間を心から楽しませてもらっています」

「そうかい。だが一つだけ言わせろ古泉、SOS団メンバーの筆頭に何故俺を挙げる?ハルヒでいいだろうよ」

「僕があなたの事を一番の親友と思っている、という意味を込めていたのですが・・・気付いて頂けませんでしたか。ふふっ、これは残念だ」

そんな生ゴミみたいな意味は込めなくていい。三角コーナーごとごみ収集車に回収してもらえ。ああ、ついでにお前本体も回収されてくれればなお良い。

「おっと、朝比奈さんの着せ替えが終わったようです。そろそろ僕達も部屋に戻らせて頂きましょうか」
俺の皮肉を意図的に無視したか、はたまた本当に耳に入っていなかったか、俺の横を素通りして再び部室へ入室する古泉の背中はいつもと変わらないエセ超能力者のものに違いなかった。
「あ、古泉くん、キョン、今すぐ出発するわよ!至急準備しなさい」
いまだ朝比奈さんで遊んでいるハルヒがこちらに気づいて早速指示を飛ばす。
ふと窓際の掃除用具入れ付近を見やると、すでに鞄を持った長門が直立待機モードを展開している。この長門印の準備の迅速さもまた、いつもと変わらない。
「ふぇ!?ちょっ、涼宮さん、もう着替えは終わって・・・ひゃあ?!や、やめ」
よっぽど朝比奈さんが好きなのだろう、ハルヒはまだ朝比奈さんをいじくっている。気持ちはわかるが。
「おいハルヒ、朝比奈さんがかわいそうだろうが。それにお前、言いだしっぺなんだからいい加減用意しろ。見ろ、そろそろ部室と長門のシンクロ率が100%に達しようとしている」
「あら、あたしはもう準備出来てるわよ。それじゃあんたと古泉君も準備完了っぽいし、早く行くわよ!分かってると思うけど、遅れをとった者はジュースおごりの刑だから!」
「す、涼宮さん、いたっ、ち、ちょっと、速すぎます、ひぇぇ!」
そのまま朝比奈さんを引き連れて、というより引きずってハルヒが走り去る。あいつも朝比奈さんも、いつもと変わらんな。 

ふと見ると、いつの間にか長門が既に部室のドアを越える段階まで到達している。俺達も行かなきゃな。

「ええ、僕たちも行きましょう。遅かった場合、ジュースをおごらなければなりませんのでね」

「古泉よ、それは俺へのイヤミか」

「とんでもない。SOS団副団長として、団員の規律を正すことに励んでいるだけですよ」

悪かったな遅刻野郎で。

「それでは、本当に行きましょうか。そろそろ団長様からお小言が出る頃合いです」

「こらっ!古泉くんとキョンっ!遅いわよ、早く来なさい!」

振り向いて窓の外を見ると、なるほど、下駄箱前でなにやら喋っているハルヒの姿が見られる。その横に朝比奈さんと長門もいるようだ。

「ああ」

俺がそう答えた割に窓から視線を外そうとしないのを見て古泉は肩をすくめ、「先に行きますよ」と俺に目配せをして部室を後にした。

 

・・・にしても、変わらないな。本当に。

長門はいつもの無表情読書娘だし、朝比奈さんはハルヒに絶賛イジられ中だし、古泉なんか出会った頃から何一つ変わっていないような気がする。いろんな意味で。

そしてハルヒは唯我独尊自分主義、俺たち団員に無理難題をふっかけ、そして思いついたことは例えそれが人類初の太陽への着陸だろうがやり遂げ、さらには関係のない一般ピープルまでも平気で巻き込んでしまう、俺たちのよく知っている愛すべき我らが団長、あの涼宮ハルヒだ。ずっと変わらない。

別に悪い意味で言ってるわけじゃないぜ。むしろ良い方なんだ。

つまりだな・・・

「ちょっとキョン!もう古泉くんこっちにいるわよ!あんた一人で何モタモタしてんのよ!」
「悪い、すぐ行く」
また怒られちまった。こりゃ早く行かないと本格的にヤバそうだな。
下駄箱前にて未だ俺に対する罵声を生成し続けているらしいハルヒを無視し、俺は部室を出た。
ん?ああ、さっきの話か。その、何だ、つまり・・・

 

 

 

つまり、ずっと変わらないこいつらと過ごす時間が、俺は最高に楽しいのさ。

 

 

 


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