後日談がある。
あれからの、部室でのみんなの様子は特別変わりはない。
ハルヒと長門は、互いにわだかまりを持っているわけではなさそうだ。
少なくとも俺の目にはそう見える。
だけど全く変わっていないかというとそうでもない。
ハルヒに「イスになってやろうか?」と言ったら、後ろから長門に「エッチ」と言われ、ハルヒにジト目でにらまれた。
ハルヒが土下座させなくなった。
いつだか団長机の上で胡座をかいていたからそうっと覗いてみたら、スカートの下にブルマーを履いていた。
つまらん。
そんな、あれから一週間経った土曜日のことだ。
「あのー、ここに入るのだけはちょっと…。」
朝比奈さんはおれの手をしっかり握って離そうとしない。
はっきり言って不安だ。
あの世界での、朝比奈さんに怯えられ、鶴屋さんに古武術の技をかけられたシーンがフラッシュバックする。
「キョン君、あたしが行きたいところならどんな所でも行くって言ったのはウソですか?」
「えーと、おれはこの店にトラウマがあってですね…。」
「あたしの膝枕で寝たことがあるのを涼宮さんにバラしますよ!」
とうとう中にひっばりこまれてしまった。
「いらっしゃいま…せ。」
店長さんが笑顔で出迎えてくれた…。
「また違うタイプの美少女を連れてきたわね…。」
連れてきたように見えますか?
連れてこられたようにしか見えないと思うんですが。
「そういうことじゃなくて、なんで今日はこの子と二人きりなの?」
くじ引きというか、偶然というか、情報操作というか、インチキパワーというか、そういったものです。
「ハルヒちゃんはインチキだって知ってるの?
知らないわよね。
知ってたらインチキじゃなくなるもの。
『やたらテリトリーを増やすんじゃなくて、自分のテリトリーに対する責任をしっかり負うべきだ』とかいう言葉を聞いたような気がするけど、幻聴だったのかしら。」
経営哲学ですか?
利益が上がったからといってやたらに店を増やすんじゃなくて、今ある店を充実させるとか今いる従業員を大事にするべきだということですかね。
勉強になります。
「わたしは防御の姿勢ってものが大嫌いだけど、どんな時でもテリトリーに対する責任はしっかりと負っているつもりよ。君と違ってね…。」
「あのー朝比奈さん、そろそろ手を離してもらえますか…。」
これが店長さんの誤解を招いていると思いますが。
それ以上に怖いんですよ、これもトラウマなんです。
朝比奈さんはおれの手をそっと離して言った。
「いやなんですか?」
「いやなわけがないでしょう!
ただ、天使の体に触れていたらバチが当たりそうな気がするんです…。」
「神様の体にはベタベタさわるくせに。」
そう思われていたのか、ショックだな…。
店内を見回してみた。
わずか一週間だが、装いを新たにしている。
冬物から春物への過渡期のようだ。
朝比奈さんはおれを入り口付近に残して歩き出した。
「君、そこに突っ立ってたら他のお客さんが入れないでしょ。
さっさと奥に来なさい。」
語調はきつくないがやはり威圧感がある。
この人、怒ってるんだろうか。
今度、ハルヒを連れてきますから勘弁して下さい…。
「それ、あの子に聞こえるように言ってみたら?」
言ったら気まずくなるんだろうか。
わからない。
今日の朝比奈さんは変だ。
店員としばらく相談して試着室の中に消えていった。
「それにしても誰のそばに立ってもサマになる男だわね…。」
引き立て役ということだろうか。
「褒められてるとは思えません。」
「褒めてないわよ?
さっき、膝枕がどうとか言ってたわね…。」
「情けないことに気絶してしまいましてね。
だからおれ自身はそのことを覚えていないんですよ。」
残念ながら。
試着室から声がした。
「あの時、あたしが何をしてたか知ってますか?」
耳をひっぱったり息を吹きかけたりして遊んでましたね。
「気絶していたのによくわかりますね。」
それはですね…、説明できない事情がありまして。
「飛び起きるフリをしただけで、目を覚ましてからしばらくあたしの太腿の感触を味わっていたとか?」
あの…、怒ってます?
「そんなことで怒るわけがないでしょう?
あたしが怒っているのは別のことです!」
「はあ…。」
この人を怒らせたおぼえはないんだが。
やむを得ず試着室の前まで歩いた。
「長門さんに、『三人の中であたしにいちばん女を感じない』って言ったそうですね!」
な、ながと…、何てことを。
「もし部室でこのことを責めたら、『長門を納得させるための方便ですよ』なんてあなたは言ったでしょうけど、ここではそうは言えないでしょう?」
試着室のカーテンがサッと開いた。
「よくお似合いです。」
ハルヒと違ってこの人にはすぐに言えるな。
「シックでフェミニンな格好をして、髪形もふだんと違う。」
なんで今日はポニーテールなんだろうか。
「おませな女の子がちょっと気合いを入れてシャレっ気出してみました的な微妙さ加減が素晴らしいです。」
本当にそう思った。
「スカートの丈もちょうどいい。あなたの少女っぽい…失礼な言い方を許して下さい。どちらかといえば子供っぽい容姿と服装のシックさのミスマッチがかえって双方の魅力を引き出しています。
ただ、調和していないとすれば、その髪形ですね。」
全身のシルエットとポニーが相容れない。
だけどポニーテールを崩すのは惜しいな。
「ポニーテールを高校の運動部っぽいとハルヒは言っていましたが、大人の女性のポニーもいいものです。
そうですね……、そのドレスの形状そのものはこのままでいいです。
色彩を変えればいい。
布地の色はこのままでいいです。
ボタンの色は…、変えるとなると全て変えなくちゃならないですね。
リボンをもう少し明るいものにして上半身に可愛らしさのポイントを集めれば、全身のシックさと相まって完璧にバランスする。
まあ、おれの言えることはこの程度です。」
「ワンピースひとつでよく言えますね。」
「あなたが着ればドレスです。」
店長さんが目を丸くしている。
女の洋服を褒めるなんてそう難しいことじゃない。
「見えたモノを見えたように言っただけですよ。」
「涼宮さんとあたしと…、ずいぶん扱いが違うんですね。」
「たしかに…、けじめをつけるのはわかるけど、本命かそうでないかでこここまで違うように扱っているのを見せられると、さすがに引くわ。」
あなたとハルヒが同じ扱いなわけがないでしょう。
ハルヒが着ているモノなんてデパートの包装紙みたいなもんです。
おれにとってはみな同じです。
「男の人って…、大事なひととそうでない女の子を、本当に残酷なまでに差別するんですね…。
ところであなたは、お届け物の包装紙をどんな風に剥がしますか?」
「爪楊枝まで使って丁寧に剥がしますよ。」
妹の教育上の問題もあるからな。
破いて剥がすようなことは絶対にしない。
「きっとやさしく脱がすんでしょうね…。」
「は?」
「中に涼宮さんが入ってさえいれば包みなんてどうでもいいんでしょうね…。」
「君が好きな女の子ほど焦らして意地悪したがる変態だっていうことは知っているわ。」
「あたしは焦らす価値もないってことですね…。
長門さんが言っていた通りです。」
長門はあとで叱っておきます。
「わざわざ長門さんを喜ばせるようなことはしなくていいです!」
試着室のカーテンが勢い良く閉じられる。
やっぱり今日は変だ。
甘ったるいエンジェル・ボイスで怒鳴られても全く迫力はないが、この人に怒られていると思うとなんとなく鬱になる。
「長門もハルヒも、結局おれしかいないんですよ。だけどあなたは誰からも愛されている。
だいいち鶴屋さんがいるじゃないですか。」
「鶴屋さんが寂しがってました。なんだかキョン君に距離を置かれているみたいだって。」
鶴屋さん自身は知らないでしょうけどね。
うっかりしたことをするとまた技をかけられるんじゃないかっていう気がするんですよ。
「最近なぜ涼宮さんがあなたに土下座をさせないかわかります?」
なんとなくわかってますよ。言えませんけどね。
「少なくとも来週の中ごろまでは無理だと思います。」
そんなにかかるんだ。女って大変だな。
「男にとって好きだとは見ることでしかない、って言ったそうですね。」
そう言ったのは長門で、おれは返事をしただけですが。
朝比奈さんが急に語調を変えた。
「ならば女の子にとって見られるってどんなことだかわかりますか?」
おれの返事を待たずに言った。
 
「真剣勝負。」
 
「触れれば肌が切れそうなほどの、ね。」
少し間が空いてから声がした。
「長門さんはあんなことを言っていたそうですけど、涼宮さんはあなたに汚れた下着を見られるくらいなら死ぬと思いますよ。」
死ぬって…、俺は気にしないのに。
あいつだって女なんだ。下着ぐらい汚すだろう。
「それは、男の人の理屈。」
うっ、声に出ていたらしい。
生臭いことを天使の耳に入れてしまった。
「天使って…、やっぱり女だと思ってないってことですかぁ?」
そういう意味じゃないんだけど…。確かに天使に性別はない。
「涼宮さんは女の中の女ですよ。」
そんなことを言ってた奴がいましたね。
「あなたは長門さんに、涼宮さんが自信があるようにふるまっているのは内面の不安を隠すためだって言ったそうですけど、わたしたちには不安なんか一切見えません。
涼宮さんはね、知っているんですよ。
だれがあなたに特別にやさしくされているかをね。
自分以外の人間があんな態度を取ることを、あなたが絶対に許さないことを知っているんです。」
まあ、ハルヒが許さないでしょうけどね。
「それは別の話です。
今の涼宮さんは自信に満ちあふれています。」
あいつは容姿端麗で勉強もスポーツも優秀な奴です。
おまけに歌も、料理もうまい。
「そんなものは手段にすぎません。
あなたの言葉を借りれば、それこそ道具でしかありません。
涼宮さんは、目的を達成するための手段と、目的そのものを混同するようなことは絶対にしません。
涼宮さんがあのフォルダの存在を確認していることを知っていますか?」
やばい、MIKURUフォルダを…、っておれにとってはあなたが知っていることの方がショックですが。
「なぜ涼宮さんが怒らなかったかわかります?」
ま、まさか…、なんだか負けた気がする。
「あなたが保存していた写真が全て、わたしを撮るフリをしながらしっかり涼宮さんを撮っていたものだと知っているからです。
自分の好きな人に求められていて、だからこそ特別にやさしくされているなんて、まさしく女社会の特権階級です。
そういう意味で涼宮さんは女の中の女なんです。
自信に満ちあふれていてもおかしくないでしょう?
そして涼宮さんが自信のかたまりみたいになったのは、実はあの五月からなんです。
特権階級というより、ヒエラルキーの頂点に君臨しているんですよ。」
なんとなく「食物連鎖の頂点」という言葉を思い出した。
ハルヒが朝比奈さんを捕食する光景が浮かんだ。
全然不自然じゃないな。
いつものセクハラもそんな感じだし。
「あれはわたしを食べたいんじゃありませんよ。」
「いくらあいつでも人肉を食ったりはしないでしょう。」
「なぜ涼宮さんがわたしにあんなことをしてくるかわかります?」
「あなたがかわいいからです。」
「だったら、なぜあれをするのがあなたがいる時だけだかわかります?」
スルーされた。悲しい。
「この間の……、団活の時、
涼宮さんはいつものようにあたしにからんできました。
だけどあなたは古泉君とのボードゲームに夢中なフリをして動きませんでした。
あなたが涼宮さんより古泉君を気にかけているなんてことはあり得ないのに。
それはともかく、あなたにかまってもらえなかった涼宮さんはわたしへの攻撃をさらにエスカレートさせました。
見かねて立ち上がったあなたは涼宮さんの背後にまわり、背中からお腹に手を廻して、おへその上辺りで両手を組みましたね。
あの時のひそひそ声も聞こえていました。
『ばか……、どこさわってんのよ…。』
『悪いことは言わないからその手を離せ。』
『いつもみたいに、あたしの手を引きはがせばいいじゃない。』
『それはちょっとまずいんだ。』
『何がまずいのか、説明しなさい。』
『言わなきゃダメか?』
『言いなさい。返答しだいでは大声上げるわよ…。』
『いつもみたいにすると、おまえの手だけじゃなくて、朝比奈さんの背中にもさわらなきゃならないからだ…。』」
だから、あなたの体に触れるのは怖いんですよ。
どこからか鶴屋さんがやってきて「おイタはだめにょろ~」とか言いいながら腕をねじりあげてきそうな気がするし。
それ以前に、二度とあなたにあんな目で見られたくないんです。
「『たしかにみくるちゃんは団の大切なマスコットだもんね。
あんたみたいな奴の手垢がついたらたまらないわ。
犠牲になるのはあたしだけで十分よ。』
『わかってくれたか、ハルヒ。』
『わかったわ…。』
そう言って涼宮さんはわたしの胸からそっと手を離しました。」
だったらいいじゃないですか。
「あの後涼宮さんはあなたに胴を抱かれてあとずさりをしながら、真っ赤な顔で、わたしを見下したようにニヤッと笑いました。
あの屈辱は忘れられません!」
なんだか長門もそんなことを言ってましたが。
「あなたにさわられたいだけのためにあたしに絡んでくるなんてひどいです。
あたしは噛ませ犬ですか!
だから今度涼宮さんがあんなことをしようとしたらこう言ってやるつもりです。
『あたし、キョン君(の前で、あなた)にお嫁にいけないようなことをされてしまいました。
だから、キョン君に責任を取ってもらうつもりです…。』」
どこが「だから」なんだろうか。
「膝枕のことや、同じ部屋で寝たことも話せばきっと信じるでしょう。」
「やめて下さい…、殺されるかもしれません。」
「涼宮さんがあなたを殺すはずがないでしょう?」
「………、あなたがですよ。」
「…………。」
あの五月のように。
「自爆テロはやめましょう。」
「…………キョン君、この時代に『朝比奈』という苗字は多いんですか?」
「多いというほどではありませんが、珍しくはありません。」
「『みくる』という名前は?」
「平仮名で『みくる』というのは珍しいですが。」
「未来」は「みくる」とも読める。
もしかしたら時間管理局が名乗らせた偽名なのかもしれない。
なら本名は何だろうか。
教えてくれないだろうな。
「だけど、全く無い名前じゃないですよね。」
「それはそうです。」
この人も名前にこだわっているんだろうか。
「当然『朝比奈みくる』っていう人もいるでしょうね。」
「そりゃいるでしょう。」
いきなりカーテンが乱暴に引き開けられた。
 
「あなたを虫みたいに見ておびえていたっていう『朝比奈みくる』とかいう名前の女は、わたしと何の関係もありません!」
 
いきなりのことで声が出ない。
「あなたが倒れた時、あなたの体に取りすがって、泣きながらあなたの名前を呼び続けていた、それがあたしです!」
涙目で上目遣いににらみつけてくる。
かわいい。
だけどこれは拗ねてるんじゃない。
正真正銘の怒りだ。
「それからもう一つ、さんざん無礼を働いたあげく、あなたにひどく嫌な思いをさせた女と、わたしの大切なお友達とは何の関係もありません!」
おれは朝比奈さんの左胸を凝視していた。
ぽつりと言っていた。「あなたはまぎれもなく……、」
 
「おれの朝比奈さんですね。」
 
朝比奈さんの顔だけでなく全身が真っ赤になった。
ようやく自分の体を覆っているのが下着だけだと気がついたらしい。
「わ…、わかってるんだったらいいです!」
カーテンがビシャッと閉じた。
「だいたいキョン君はあたしと涼宮さんの扱いが違うのはとにかく、長門さんとさえ違いすぎます!」
「そんなことをした覚えはありませんが。」
「あの眼鏡をかけた子と長門さん、光陽園の長髪の女の子と涼宮さんとを、あなたは別人だとはっきり区別しているじゃないですか!
なんでわたしだけ違うんですか!」
必ずしもそうではない。
やはりおれはあいつに「ハルヒ」と呼びかけて拒絶されたことがショックだった。
あいつに「涼宮」と呼び続けたのはそのことを根に持っていたのかもしれない。
「ハルヒ」と呼んでいいかと改めて許可を求めたのもそのせいかもしれない。
「そんなことないでしょう?
あなたが眼鏡をかけている長門さんを認めるわけがないです。
だってあなたが外させたんですから。
眼鏡をかけていないから長門さんなんです。
涼宮さんだって同じはずです。」
ハルヒの髪を短くさせたのは俺のようだが、いまいち因果関係がわからない。
なんであいつは「曜日によって髪形変えるのは宇宙人対策か」と言っただけで髪を切ったんだろう。
それに、短髪の方が好みというわけじゃない。
長髪のハルヒをポニーテールにさせちまったし。
あのポニーは完璧だったな。
「そっちじゃありませんよ。
もっとはっきりした違いがあるでしょう!
あなたが、光陽園学院の制服を着ている女の子を認めるはずがありません。」
どっちかというと、あの黒ブレザーの方がおれの趣味に合ってたんだが。
単に新鮮だったからだろうか。
「だって涼宮さんに北高の制服を着せたのはあなたじゃないですか!」
「………。」
おれはデジャブは嫌いなんだが。
いやあな沈黙。
おれは後ろを振り返って弁明を始めた。
「みなさん、ちょっと聞いて下さい!
長門の眼鏡を外したことについては自分の趣味であいつの外見を(ほんの少し)いじったことを認めましょう。
ただ、ハルヒの髪を短くさせたのはおれの趣味じゃありません。断固として違います。
おれはどっちかというと長髪のころのあいつの方が(外見的には)好きです。
それから、ハルヒに北高の制服を着せたというのは絶対に誤解です!
おれは制服マニアじゃありません!
北高の制服の方が光陽園の制服よりいいなどと思ったことはありません!
まして等身大の着せ替え人形みたいに、下着姿のあいつを立たせておいて制服を着せるなんてことはしてません!
おれはそんな変態じゃありません!
そんなことをしたらさすがに責任が発生することぐらいわかってます!」
後ろから声がした。
「その気になればどんなに偏差値の高い高校にも入れた涼宮さんを、わざわざ自分の通う高校に入学させたのはあなたでしょう!」
「………。」
これは、どう言ったらいいんだろう。
おれはそのことを知らなかった。
責任は決断に帰結する。
そうすると決めたのはあいつだ。
だったら責任はおれじゃなくてあいつにあるはずだ。
なんて言ったらまた殴られるだろうな。
「………そんなこともありましたね。」
北高の制服を着せたんじゃない、着させただけだ。
「そんなこと、ですませるつもり? たいした片思いだわ。」
あのー、ちゃんと認めたのになんで手の平をモノサシでぴたぴた叩いてるんですか?
「ん? 君がものすごく図々しいことを考えているのが顔に出ていたからよ。」
「しかも同じクラスに入れて、自分の席の後ろに座らせて…。」
「い、いーじゃないですか! あいつは別に後悔してるわけじゃありませんよ!」
「後悔はさせないからおれのそばにいろ、ですか。
きちんと責任を果たしているわけですね。
そういうところが涼宮さんを特別扱いしてるって言うんです!
涼宮さんが特権階級だっていうのはそういうことです。
自分の全てを理解し、自分の全てを受け入れ、自分の全てを許してくれる。
どんなことがあろうとも自分の味方をしてくれる人がいる。
まるで幼い子を持つ父親のように。
それでいてその人は父親ではなく、自分が恋した人。」
おれはどんなことがあってもあいつの味方でいるわけじゃない。
おれには、たとえあいつでも許すことが出来ない一線がある。
お人好しだとしか見られていないが、同時に俺はもの凄く頑固なんだ。
自分でもそう思う。
そのことをハルヒは知っている。
だけどこの人は知らない。
酔っぱらってたからな…。
「そんな人がわたしたちに自分の不安を感じさせるわけがないでしょう?
だから涼宮さんの心の中の不安を感じることができるのは、あなただけなんです。
涼宮さんの不安っていうのはただ一つ、あなたを失うことだけなんです!
涼宮さんが、三日間あなたに守られていなかったのがひどく怖かったって言ってたそうですけど、そんなのはウソです!」
たしかに、おれはあいつを守っているつもりだっだだけかもしれない。
「あの時の涼宮さんは大変だったんですよ……。
まるでどっちが病人かわからないくらいに取り乱してました。
あなたはいつかは目を覚ますだろうけど、それより先に涼宮さんが壊れてしまうかもしれない。
そこであなたの家と涼宮さんの家が合議した結果、苦肉の策として涼宮さんをあの病室に泊めることにしたんです。」
確かに嫁入り前の娘にあんなことをさせるなんて、普通だったら絶対に認めないだろう。
この時計が送られてきたのはあの直後だ。
「そうしたら、あれほど必死だった涼宮さんが、あなたの寝息が聞こえるところにいるだけでぐうぐう寝だしたじゃないですか。
あなたが目を覚ました時、涼宮さんがよく眠っていたのを覚えているでしょう?
涼宮さんが眠ることができた場所は、世界中であそこだけだったんです!
あの時涼宮さんはあなたに守られていなかったんじゃない。
ただ、昏睡していたあなたは、あの場所でしか涼宮さんを守れなかったんです。
涼宮さんはあの三日間でさえ、あなたに守られていたんです!」
「なんだかあいつの話と微妙に違いますよ。」
なんだかゲロが出るほど怖かったとか言ってました。
「それは、病室で寝られると聞く前の話です。
あの涼宮さんがあなたの隣に寝ていて何かを怖がるわけがないじゃないですか!
そんなことを言ったのは、あなたに甘えてるだけです!」
「あいつが秘密にしておきたいようなことを大声で言うのはやめて下さい!」
「…………。」
まずい。おれが大声を出してしまった。
試着室に向き直って声をかけた。
「朝比奈さん…。」
「ほうら、やっぱりエコヒイキだ…。」
そんなこと言われても。
「長門さんは涼宮さんのことを、嫉妬深く、疑り深く、独占欲が強く、悋気病みで、妬み深く、重度のやきもち焼きだって言ってますけどね、わたしはそうとは思いません。」
まえにあいつのことをやきもち焼きだって言ってませんでしたか?
「涼宮さんは疑り深くなんかないです。涼宮さんはあなたの気持ちを知ってますよ。
きっとそれを疑ったことなんか、一度もないでしょう。」
さっきあなた、あいつがおれに対して不安を抱いているって言ってましたけど……。
「ま、あの子が不安を抱えているのは君が浮気者だからとしか考えられないけどね。」
なんですか、浮気って…。
「ん? 君が今やってることよ。」
どんな時でも、目の前のことに本気で対応しているだけです。
「涼宮さんはあなたの前に立っている時はいつだって本気ですよ。」
それじゃあいつリラックスしているんです?
「あなたの背中を見ている時に決まってるじゃないですか。
涼宮さんはほんの少しの間でも自分のものをひとに触らせたくないんです。
疑り深いんじゃありません。
欲張りなんです!」
最後の一行には全面的に賛成ですが。
「否定しか返ってこないような質問をわざわざ何度もするんですよ…。」
それはどちらかというと俺がやってることだと…。
「『みくるちゃんとのデートは楽しかった?』って聞かれる度にあなたは涼宮さんをこう怒鳴りますよね。
『だから、デートじゃねえって!』。
そんなことを何度も聞かされて、あたしが傷つかないとでも思ったんですか!」
いや、あなたも変な風に誤解されたくないだろうと思ったからで…。。
「涼宮さんと長門さんは、わざとあたしがいる時に『みくるちゃんとのデート』だとか『朝比奈みくるとの逢い引き』とかいう言葉をあなたとの会話の中にさりげなく混ぜている。
あなたがやっきになって否定するのが楽しいんです。
『いい加減にしろ! 長門もハルヒも!』って何回でも怒鳴られたいんですよ…。
似たようなことがもう一回ありましたよね。覚えてます?」
覚えてません。
「あのアメフトの試合の時のことです。
涼宮さんはわざわざわたしの前で、あなたに『あたしじゃなくてみくるちゃんと抱き合いたいの?』って聞きましたよね。」
あの時おれは否定なんかせずにあなたとハルヒを等時間見るようにしたはずですが。
「あの時あなたは、わたしを申し訳なさそうに見て、涼宮さんを今にも抱きつきそうな、いやらしい目で見てましたね!」
そういう風に見えただけなんじゃ…。
「あの後わたしを見た涼宮さんの微笑は、神様じゃなくて悪魔でした!」
「小」が抜けてます…。
「あなたはわたしが危機に陥ったら、必ず助けてくれます。
あの七月もあなたがいなければどうにもなりませんでした。」
助けてくれたのは長門です。
というより、あれはあらかじめ仕組まれていたんです。
あなたは知らないでしょうが、仕組んだのはあなた自身です。
「そしてあなたは、わたしにとって、わたしたちにとってとても大切な人の命を救ってくれました。」
あれは体がいつの間にか動いていただけです。
「あなたのためではありません。」
とは言えない。
「だけど危機から救って、あたしの無事を確認すると同時に全速力で涼宮さんのところに戻って機嫌を取り始めるってどういうことですか!
多分これからもずっとそうなんでしょうね。
あなたはパートタイムの月光仮面ですか!」
月光仮面って……、あなた未来人ですよね。
「だけどわたしも長門さんも、あなたに頼るほかない…。」
確かに、全ての事情を理解していながら組織からの制約を一切受けない、ニュートラルな立場にいるのはおれだけだ。
おれだけが自分の意志のみで行動することができる。
「全く知らない世界にぽつんと取り残されたわたしたち…、何の見返りもあげられないわたしたちを助けてくれるのはあなたしかいません。
だけどね、わたしと長門さんがあなたに頼り切っている、そのことがどんなに涼宮さんを傷つけているか、考えたことがありますか!」
なんだか錯綜してるぞ。
この人はハルヒを可哀相だと思っているのか、そうでないのか。
それともおれを頼るのがいやなんだろうか。
「そんなわけないでしょ!
涼宮さんは勢い任せに行動した後、最後にはあなたに頼る。
それよりもあたしみたいに、最初からあなたに頼っている方がはるかに潔いです!」
「何を言いたいのかさっぱりわかりません!
言動が矛盾してます。
完璧に論理が破綻しています!」
「あたしは女の子ですよ! 涼宮さんみたいな女の中の女じゃなくても、まぎれもなく女の子です!」
わかってますよ。俺が知る限りあなたほど女の子っぽい人はいません。
「女の子にロジックなんてものが通用すると思ったら大間違いです!」
このセリフ、おれが言ったら差別発言だろうな…。
それに通用するかどうかは人によりけりだと思うし。
「キョン君! いま佐々木さんのこと考えましたね!」
やはりこの人は佐々木を知っていたか。
「女の子にとって大切なのはとりあえず気持ちなんです。
だけど確かめようのない気持ちだけじゃなく、鼓膜を震わす言葉がほしい。
あの佐々木さんだって小難しい理屈なんかより気持ちに訴える言葉を欲しがっていたはずです。」
理屈を言っていたのはあいつの方です。
「あなたが佐々木さんをどのように扱っていたかくわしくは知りませんけどね。
一週間前、色々言ったみたいですけど、涼宮さんが聞いていたのは『おれがおぼえている』とかそういう言葉だけでしょう。
長門さんだってあの『返事は』以外の言葉なんてどうでもいいと思っているでしょう。
あたしだって、さっきからいろんなことを言われましたが、『おれの朝比奈さん』以外は全部忘れました!
他にも何か、あたしの心に残るようなことを言って下さい!」
やれやれ。
「おれの朝比奈さんは、そんな支離滅裂なことは言いません。」
「ず…、ずるいですぅ。」
カーテンがシャッと開いた。
「あたしは誰です?」
「ごめんなさい! おれの朝比奈さんです!」
あわててカーテンを閉じた。
「わかってくれるんならいいです。」
はぁ…、この人もハルヒみたいなやり方をするようになったな。
「何言ってるんですか…。もともとこういうのはあたしのやり方です。
あたしが敢えて部室の鍵を開けたまま着替えているのは知ってますよね。」
だからノックしているじゃないですか。
「涼宮さんがパクッたんですよ、あたしがやっていることを。
それに…、ちょっと胸を押しつけてあなたの反応を楽しんでいただけなのに、あんなに怒って…。
あそこまでやきもちを焼くことないのに…。」
あなた、さっきハルヒはそうじゃないって言ってませんでしたか?
「それでいて、あたしが妬いているのを見て楽しんでるんですよ。」
あいつはそんなに陰険じゃないですよ。
だいいち普段おれが、あなたよりハルヒを優遇している要素なんかありましたか?
「何を言ってるんですか!
呼び名ですよ、呼び名!
わたしが『みくるちゃんって呼んで下さい』って言ったのを忘れたんですか!」
忘れてました。
「あのー、いくらなんでも年上の人を『ちゃん』づけで呼ぶのは…。」
「あたしがいつあなたより年上だと言いました?」
そう言えばこの人、年齢不詳だったな。
「だいたいあなたの生まれ年よりわたしの方がずっと後です!」
それを言ったら何でもアリになっちゃいます。
水戸黄門と安徳天皇とどちらが年上か、っていうのと同じです。
「名前呼びはね、あなたが涼宮さんに与えた最大の特権です。
今の涼宮さんにとって自分の苗字が何を意味するかなんてどうでもいいんです。
それよりもこの特権を守ることの方がずっと大事なんですよ!」
「いい加減にしろ! …みくる!」
「………。」
試着室の中から荒い息が聞こえる。
照れているのか…、怒っているのか…、姿が見えないからわからない。
「やっぱりずるいです…、どうせなら涼宮さんの前でそう呼んで下さい!」
「長門でさえそこまでは言いませんでしたよ…。」
「あなたは長門さんを傷つけないように、それでいて本気にさせないように常に気を配っている。
だけどキョン君…、あたしのことナメてませんか?」
「は…?」
「あたしはどうせ涼宮さんより、もしかしたら長門さんよりもあなたのそばに長くいられない。
あたしだったら本気にさせちゃってもどうせ逃げられるとか思ってません?」
「君だったらそれぐらい図々しいこと考えていてもおかしくないわね…。」
店長さん、会話に入ってくるのはいいですが、ややこしくさせないで下さい。
「だから涼宮さんの前でも平気であたしにやさしくできるんじゃないですか?」
おれがあなたに冷たくなんかできるわけがないでしょう?
「あたしを本気にさせちゃったら間に入ってほしいと涼宮さんに言ったそうですね…。」
「それは話の流れで…。」
「なんであたしの想いがバカップルの痴話喧嘩のネタにされなきゃならないんですか!」
長門…、また余計なことを…。
「これは涼宮さんから聞きました!
『あなたがあいつなんか相手にするわけないけどね…』
とか、わざとらしい前置きをして、実に自慢気に話してました。
おしまいには『全くあいつはあたしを頼る気満々なんだから…、雑用のくせに図々しいと思わない?』って、図々しいのはどっちだーっ!」
ハルヒ…、思いっきり余計なことを…。
「『朝比奈さんだったらおまえらに譲るだろう』とも言ったそうですね。
何を譲るっていうんです?
好きな人をですか?
そういうのがあたしをナメてるって言うんです!
確かにわたしには涼宮さんのようなあなたを引っ張っていく行動力などありません。
長門さんのようなあなたをどんな危険からも守る力などありません。」
今のあなたはじゅうぶんアグレッシブでパワフルですけどね…。
 
「だけどあたしには、キョン君の大好きな…、おっぱいがあります!」
 
そういうことを言いながらカーテンを開けるのはやめて下さい。
閉めるのが勿体ないと思っちゃったじゃないですか…。
「おれは別に胸で人を見てるわけじゃありません。」
「何言ってるんですか。いつもあたしの顔じゃなくて、胸を見て話してるくせに…。」
だまれ乳女。
「聞こえましたよ…。」
「うわぁっ、ごめんなさい!」
「本気になっちゃったら、あたしが別れの時に泣くと思ってるでしょう?
だけどナメないで下さい。
泣くのはわたしじゃなくて、あなたかもしれませんよ!」
あの朝比奈さんが言っていた「わたしとはあまり仲良くしないで」というのは、そういう意味だったのかもしれない。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「どうして男の人っていくつになっても、なんでも『それなーに』、って聞きたがるんでしょうね。
少しは自分で考えて下さい!」
今日の朝比奈さんはハルヒより聞き分けが無く、長門より強情だ。
「まあ、さんざん面倒を見ておいて、肝心なことはとぼけるのは男のほうだけど。」
「本気でわかんないんですが。」
「聞いてればこの子から言うわよ。」
「そんなもんですか。」
「あなたは涼宮さんに世界そのものをあげましたね。
長門さんには心をあげました。
あたしには何にもないんですか?」
「あの…、一応聞いておきたいんですが、あなたはおれがハルヒにはもう何もやらなくていいと思ってるんですか?」
長門はそうじゃないと考えているような口調だった。
「涼宮さんは…、まだほしいものがあるようです。」
「それが何なのか、あなたは知っているんですか?」
「それをわたしに言わせたいんですか?」
質問返しだな。
「もしそれをあなたが知っていて、おれに教えたくないんだったら…、あなたがあいつの願いを叶えてやって下さい。」
「………キョン君、死にたい?」
「そうですか…、わかりました。
しかし今のおれではあいつの願いを叶えてやることはできません。」
「本当にわかったんですか?」
「今のあなたの答えでわかりました。あいつは…、おれが死ぬことを望んでいるわけですね。」
論理的にはそうなる。
「…………。」
白けきった沈黙があたりを包みこむ。
「冗談ですよ。あいつが人の死なんて望むわけがないじゃないですか。
たとえ誰のものであっても。」
少なくともおれは、あの孤島ではそのことを知っていた。
「ということは、自爆テロにはならないっていうことですね。」
あ、論理的だ。
なんか墓穴をほったか、俺?
「結局おれにどうしろと…。」
この人がほしがるものってなんだろう?
長門よりわかりにくいな。
カレー十一杯分(今日の昼に奢らされた)ではなさそうだし。
「未来。」
「は?」
あなたが未来人だっていうのはよく知ってますが。
 
「あなたの未来を、あたしに下さい!」
 
「ちょっと待って下さい!
あなたとおれが未来をともにするってことは…、あり得ないんでしょう?」
「誰がそんなこと言ったんですか?
あなたの思いこみでしょう、そんなのは。」
初めて二人で話した時、そんなことを言っていたような気がしますが。
やっぱり支離滅裂だ。
あなたが時空の歪みになってどうするんです。
朝比奈さんが成長すると自分の言いたいことばかり言うようになるのは、このころから萌芽があったのかもしれない。
「だいいちおれはあなたにはそんな…、責任が発生するようなことはしてないと思いますが。」
「キョン君、あたしがあなたの朝比奈みくるだって、どうしてわかったんですか?」
「左胸にある星形のホクロですね。」
「はいっ、いま責任が発生しました!」
勢いよくカーテンが開けられる。
閉めさせないつもりなのか、束ねた布をぎゅっと握っている。
「あなたは涼宮さんの秘密を守るためにあれほど気を配ったのに、あたしの秘密は大声でしゃべるんですね。
責任取って下さい!」
「へええ、君。この子の左胸にホクロがあるっていう『秘密』を知ってたんだ…。
それもその口振りでは随分前からみたいね。」
あの、そういう言い方をされると、「秘密」って言葉になんだかおかしなニュアンスが…。
「だいたい、長門さんは眼鏡をかけていないだけで、涼宮さんは北高の制服を着ているだけで認めてもらえるのに、なんであたしは胸を出さないと認めてもらえないんですか!
いくらあなたでも…、そんなにじっと見られたら…、は、はずかしいんですよ!」
「いえ、十分美しいですから、恥じることなどありません。」
何を言ってるんだおれは…。
「責任って言われても…、あなたの胸にホクロを発生させたのはおれじゃありません。」
「君、またモノサシでぶっ叩かれたい?」
完璧に誤解している人が一人…。
もしかしたら一人じゃないかもしれない。
「あなたは何故わたしの胸にホクロがあると知ったんですか?」
「そう、そういうことよ。」
やっぱり誤解している。
「あなたに教えてもらいました。」
「へーえ、そうなんだ。」
「いつわたしがそんなことを言いました?」
「言葉で聞いたんじゃないんじゃないの?」
「これから言うんですよ。」
言葉だけで理解したわけじゃないんだが。
急に朝比奈さんがこっちをにらみながら黙りこんだ。
「なるほど、そういうことですか…。」
「これ以上は禁則です。」
「……、涼宮さんにあなたがあたしの左胸に星形のホクロがあることを『知っている』ことをバラしますよ。」
自爆じゃない、ただのテロですそれは。
「勘弁して下さい…。
何をすればいいんですか?」
「あたしと出掛けたことをデートだったと認めて下さい。
ノックをせずに部室に入ってきて下さい。
涼宮さんの前で『みくる』って呼び捨てにして下さい。
一度でいいですから、長門さんの前で『乳女』って呼んで下さい。」
一つ変なのが混じってましたよ…。
「あたしの前では『涼宮』って呼んで下さい!」
 
いきなりズボンの尻ポケットが鳴りだした。
 
とび上がりそうになった。
ポケットが鳴るわけがない、携帯電話だ。
この着信音は…。
どうしたらいいんだ。
なんだか店じゅうの視線を浴びているような気がする。
気のせいではないだろうな。
早くあきらめて向こうから切ってほしいんだが…。
無理だな。
おれが出るまで何コールでもするつもりだろう。
着信メロディーがフルコーラスを終わった。
再び前奏が鳴り響く。
保留にするか。
問題を先送りにするだけだがここで通話するよりマシだ。
ポケットから携帯を取り出したと同時に奪われた。
「へっ?」
「あ、涼宮様でございますか。先日はご来店ありがとうございました。」
何やってんですか! それはおれの電話で…。
「浮気中の彼氏ですか?
あ、照れなくていいです。
何をしているかお知りになりたいわけですね。
これはわたしの口からはとても言えません。」
だったら電話に出なきゃいいじゃないですか!
「いま本人に代わりますので。」
店長さんはにこにこしている。
「さあ、君がいま何を話していたか、ハルヒちゃんに言ってごらんなさい。
もちろんこちらの、みくるちゃんにも聞こえる所でね。」
ぐっと携帯がこちらに差し出される。
その待ち受けの笑顔は…、目をそらしたくなるくらいに、まぶしかった。
 
(完)
 
作者より
このSSでは、原作、漫画版、アニメ版の設定がごたまぜになっています。
例をあげますと、「消失」でキョンが長門の頭に降った雪を払ったのは劇場アニメ版のみであり、ハルヒの寝袋のそばに栄養ドリンクの空き瓶が転がっていたのは漫画版のみです。
一事が万事この調子ですので、そのつもりでお読み下さい。
それから、「わたしはここにいる」の「SОS」又は「わたしはここから動かない」との解釈は、同人誌「閉じられた世界」から拝借させて頂きました。
その他、多くのセリフ、解釈など多くの先行のSSに負っています。
無断借用したことをお詫び申し上げます。
もう一つ。
「悪夢の背中」を投稿した際、投稿ミスを犯してしまいました。
「悪夢の背中 訂正」が本来の形です。
迷惑をかけてしまいました皆様、本当に申し訳ありませんでした。

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最終更新:2020年03月07日 01:28