涼宮ハルヒの切望Ⅵ―side K―


「明日はちょっと試してみたいことがあるの。という訳で、せめてあたしの説明が終わるまではそのお酒、飲まないでくれる?」
 今夜は俺、自ら酒樽の蛇口に手をかけて、いつもはリラさんが俺にぐりぐり押し付けるジョッキを自分の手で持ち、お酒を注ごうとしたところ、蒼葉さんのあとから入ってきたアクリルさんが苦笑を浮かべて俺に話しかけてきた。
「てことは何か思いついたの?」
 問いかけたのは蒼葉さんで、俺は今、蛇口に手をやったまま固まっている。
 なんとなくカマドウマ空間の時の長門の気持ちが少し分かった気がするぞ。何と言うか、やったはいいが引っ込みが付かなくてどうしようもなくてとりあえず固まっていました、そんな感覚だ。
「うん。今日、召喚ゲートを見たときにふと思ったの。ほら、あれって魔界と地上世界を繋げて魔獣や悪魔を呼び出す召喚魔法の器量オーバーで起こる現象でしょ。なら同じ原理で魔法を融合させることで相乗効果を発揮するフュージョンマジックを利用すれば、もしかしたら別世界に繋げることができるかもしれないって思ったのよ」
「ちょっと待ってよ。確か、前の時は私たちカンパニーの人間ほぼ総動員でやっと声だけ届けられただけだったてのに何をどうやったらそんな理屈が成り立つのよ?」
「それはね――」
 って、俺は無視ですか? そろそろ手が痺れてきているのですが……
「もういい。手を下しても構わない」
 あ、ありがとうございます……リラさん……
 言われて俺は蛇口から手を離し、ジョッキを床に置く。
 ううん……なんとなく前の逆になった気分だな……
 とと、俺が話の腰を折ってしまったんだ。
 ここは先に進んでもらわないとな。
 なんたって、アクリルさんは結構興味深いことを言い始めたんだ。
「えっと……続きを……」
 って、それでもなんだか俺、及び腰だぞ。
「んじゃ続けるわよ。みんな聞いてね」
 アクリルさんはとびっきりの笑顔を浮かべて語り始めた。


 アクリルさんが何と言ったのか。
 ……うまく説明する自信がない。長門風に言うなら情報の伝達に齟齬が生じるかも知れないがとりあえず聞いてほしい。と言うか、この説明は、明らかにこの世界でないと通用しない話で元の世界に戻ってしまえば間違いなく精神病棟に強制送還させられそうな話ってことには、この際、目を瞑ってくれ。
 今日はもう遅いので実行は明日になることは自明の理なのだが、アクリルさんの話を統合すると、三つの魔法と俺の帰巣本能を利用して元の世界とこの世界を繋ぐということだそうだ。
 その三つの魔法とは。
 空間を歪める魔法、超空間を利用して移動する魔法、そして、相手に意志を伝える魔法のこの三つだ。ついでに魔法の名前も教えてもらったから今ここにお知らせしよう。
 順番に、『ディメンジョンエスケープ』、『テレポテーション』、『テレパシー』。
 とまあ魔法の名前はともかく、なぜこの三つなのかと言うと、空間を歪めてその空間に入り込み、俺の帰巣本能をテレパシーに乗せて元の世界を探し出す効果を及ぼす予定だそうだ。
 つまり、あくまで予定だ。確定じゃない。


「……絶対と言う保証もないし、成功するという保証もない方法ね……でも、闇雲にディメンジョンサークルポイントを探すよりは一度試す価値はある、か……」
 蒼葉さんが神妙に呟いている。
 周りを見れば、リラさん、ネフィノスさんも同じ顔をしているんだ。
 ちなみにうまくいかなかったときは?
「あなたに覚悟を決めてもらう」
 切り出したのはリラさんだ。
 って、覚悟って何だ?
「明日のフュージョンマジックがうまくいかなかったとき、そうなると今後、あなたと我々が取り得るべき方法は二つ同時になる」
 まあ一つは分かるぜ。今日までと同じく、ディメンジョンサークルポイント探しだ。
 だったらもう一つは?
「あなたに修練を積んでもらう。少なくとも昨日、赴いたディメンジョンサークルポイントに到達できるだけの力は付けてもらう必要がある。もう一つのディメンジョンサークルポイントの方はとても推奨できないから最初から除外で構わない」
 なんですと!?
「リラさんの言う通りよキョンくん。ディメンジョンサークルポイント探しは私たちが代わる代わるやるけど、それでも見つからなかった場合を想定するなら既存のディメンジョンサークルポイントに到達できるだけの力をキョンくんが持つしかない。そうすればキョンくんを一緒に連れて行けるわけだからね」
 いやまあ……それしか方法がないなら仕方ありませんから……
 俺も元の世界に帰りたいわけですし、やらないわけにもいきませんから……
「ただし」
 ただし?
「あなたが既存のディメンジョンサークルポイントに到達できる力を持つことができるようになるまでどれだけかかるか分からない。一朝一夕は勿論、週や月の単位でも足りず、一年でさえ不可能の公算が高い。なぜならあなたは戦闘力も魔力も有していない。それが私の言った『覚悟』の意味」
 ――!!
 つ、つまり、それは……この世界でかなり長い間、過ごせということか……?
 俺は愕然たる面持ちで辺りを見渡した。
 そこにいる蒼葉さん、アクリルさん、ネフィノスさんもまた、リラさん同様、沈痛の面持ちでいる。
 ……できるのか……夕べのあの恐怖を毎日、繰り返すことなんて……
 周りの風景さえも白黒反転させた愕然たる心境で、俺はただ、俯くしかできなかった……


 もちろん、俺は自分で自分の記憶を飛ばし、翌日の朝、目が覚めた。
 しかし今日は朝から、心臓の鼓動が耳障りなくらいに緊張していて頬にも汗が浮かんでいる。
 そして背中はすでにズブ濡れだ。
 もっともそんなものに構ってなんていられないがな。
 なんたって今日は俺の今後を左右しかねない一大事だからだ。
 俺の心は今、不安7、期待3くらいの割合で区分されている。
 理由は言うまでもなく昨夜、蒼葉さんの言った「絶対という保証もないし、成功するという保証もない」という言葉だ。
 成功すれば俺は元の世界に戻れるが、うまくいかないときはいつ戻れるか分からない状況に置かれるのである。
 それは是が非でも避けたい。
 避けたいのではあるが、何の特殊能力も持たない俺は願うしかできず、実行する蒼葉さん、アクリルさん、リラさん、ネフィノスさんに、文字通り身を委ねるしかない。
 お願いします……蒼葉さん、アクリルさん、リラさん、ネフィノスさん……俺を元の世界に戻してください……
「さて、始めるわよ!」
 アクリルさんが声を張り上げた。
 今日、今いる場所は蒼葉さんたちの勤め先の大きくて厳かな建物からはそんなに離れていないが、次の町も見えないだだっ広い草原だ。ただ、その中心にはなぜか真っ黒の俺の背丈くらいはありそうな岩がある。
 何なんだこれは?
「この場所は前に悪魔召喚がされた場所で、その悪魔を魔界に還した場所。あの黒岩はその時の力の源よ。だから他の場所と比べるなら多少なりとも次元空間の境目が著しく弱いってことでちょうどいいの」
 さっぱり意味が分かりません。
「ここがディメンジョンサークルポイント以外であなたを元に世界に戻せる可能性があるということだけを理解してもらえればいい」
 なるほど。どことなく今の言い回しもどこかで長門と交わした気がするぞ。
 蒼葉さんの説明はいまいち、どころかほとんど理解できなかったが、リラさんの説明で合点がいった。
 俺の納得顔を見て蒼葉さんがどこか不機嫌になった気もしたが……
「ネフィノスはテレポテーション、リラさんはテレバシーよ。あたしはディメンジョンエスケープを使う。その三つを蒼葉のマジックロッドの宝玉に吸収させて蒼葉がキョンくんにぶつけて。そうすればキョンくんの帰巣本能が彼と元の世界を繋げるはずだから」
 アクリルさんの指示に即座に蒼葉さんの表情がマジ顔に戻る。
 むろん、ネフィノスさんもだ。ちなみにリラさんは表情が変わらなかったからなんとも言えん。
 長門であれば微小の変化で俺も読み取れないこともないのだが、どんなに雰囲気と喋り方が似ていようとも残念ながらリラさんからは読み取ることができんな。
「よし! キョンくん準備はいい?」
 あ、はい。
 蒼葉さんに促されて俺は即了承。
 同時にアクリルさん、リラさん、ネフィノスさんが何やら呟き始めた。
 おそらく呪文とやらを唱えているのだろう。
 と同時に、アクリルさん、リラさん、ネフィノスさんの体が三者三様の原色オーラに包まれて頭髪が着衣がマントがまるで生き物がうねっているかのように靡いている。
 頼むぜ……うまくいってくれよ……
 俺は切実に祈るしかない……
 呪文の詠唱がしばし、どこかハーモニーを奏でているような感じがして――
 かっ、と三人同時に目を見開いた!
「ディメンジョンエスケープ!」「テレポテーション!」「テレパシー!」
 三人同時に魔法を解き放つ!
 向かう先は蒼葉さんのマジックロッドの先端にある淡い光を放つ宝玉だ!
 俺が初めてこの世界に迷い込んだ時に、蒼葉さんが説明してくれた魔工科学の道具のうちの一つでこの宝玉のことも話してくれた。
 この宝玉は魔力を吸い取り、その力と効果を蓄えるものだとか!

 ――あまたの心よ――我が意に従いひとつとなれ――

 蒼葉さんが呟くと同時にアクリルさん、リラさん、ネフィノスさんから放たれた魔法が渦を巻き、宝玉に収まっていく。
 しゅう……という音響が漏れ、しばしの沈黙。
 そして、

「はぁっ!」
 蒼葉さんが気合一閃!
 と同時に放たれた一筋の光が俺を貫く! むろん痛みなんぞ無い!
「んな!」
 俺は声を上げた!
 そりゃ仕方ないってもんだ!
 なんたって、今俺を貫いた光が俺の後ろで静止したんだからな!
「こ、これは!?」
 もう一度驚嘆の声を上げて、それを見やればその光が徐々に徐々に大きくそして光の靄となる!
「それが異世界への扉よ! あとはこの扉が次元断層を突破できるかどうかね!」
 吠えたのは蒼葉さんだ!
 って、次元断層!? 去年のカマドウマ事件の時に長門が言っていたあれか!? と言うか、その言葉はこっちでは常識なのか!?
 などと言う俺の驚愕を知る由もないアクリルさんのが雄叫びを上げた!
「ネフィノス! リラさん! 魔力全開よ!」
 アクリルさんの掛け声とともに俺の目にもはっきり分かる! 三人の原色オーラの勢いが激しさを増していくんだもんな!
 そして――

 

 

 

涼宮ハルヒの切望Ⅶ―side K―

涼宮ハルヒの切望Ⅵ―side H―

 


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