昨日はハルヒを乗せて夢中で自転車を走らせた。
ハルヒはいつになくはしゃいで、俺もなんだかたくさん笑った・・・気がする。

だからだろうか。

今朝はヤケに膝の裏あたりと腹筋が痛い。

そして俺は今、もうすっかり馴染みになったこの坂道を登りきり、ハルヒとの待ち合わせ場所に向かっていた。

そのままでいい・・・か・・・。

ふと、昨日のハルヒの言葉を思いだした。
実は・・・いや、昨日の夜に考えたんだが、俺はこの2日間の出来事を無かった事にしようと思っていた。

別に努力して忘れようという事じゃない。

ただ、キスの事や告白(なんだろうな、この場合)の事が起こる前の状態に俺の意識を近付ける事が、ハルヒと自然に接する為には一番良い事だと考えたからだ。
それに・・・ハルヒもそれを望んでいる様な気がしたから。

しばらくして、俺は待ち合わせ場所の近くまでやってきた。

ハルヒの住む集合住宅に併設された公園、そこにある時計台の下が約束の場所だ。

俺は、時計台の時計を読み取れる位置まで近付いていた。

六時・・・五十分か・・・・。

そして、その下にハルヒを見つけた。

おーい・・・と手を振ろうとして、ハッとする。

何、ガラにも無い事しようとしてるんだよ、俺!

ハルヒも近付いてくる俺に気が付いた様だ。何となく素振りでわかる。
まあ、先に待っていたのはハルヒだから、この場合は到着と同時に「おそいわよ!バカキョン!」が関の山だな。


よう!

「ふふん、おはよう!」



(こ・・・れは・・一体)

「?、早く行くわよ?」

あ・・・ああ、そうだな。

さてさて、どうしたものか。

予想外の微笑みに倒壊しそうな平常心を必死に支えながら、俺は走りだした。


ぐっ・・・むう・・ね・・眠い・・・

今、何時間目だ?

授業中、俺の意識は朦朧としていた。
慣れない早起きと早朝サイクリングを始めて2日目・・・
この強烈な眠気の理由は正にそれだ。

ああ・・・もうだめ・・マジで寝る・・・

(ぶすっ)

っ・・・痛っ!!?

突然、背中に蜂にさされた様な痛みが走る。俺は思わず振り返った。

ハルヒがニヤニヤと笑っている。

なんだよ!

「寝るな、ボケ!」

どうやらペンの先で俺の背中を刺したらしい。この悪魔。

「もう四時間目でしょ!我慢しなさいよね!」


ああ、もう四時間目か・・昼休みになったら、少しだけ寝よう・・・どこかで・・・

「あ、そうそう!キョン?昼休みはアタシに付き合いなさい?」



勘弁・・・してくれ。

「わかったわね!」

ああ。わかりました、わかりましたよ、トホホ・・・

やがてチャイムがなり、ハルヒは俺の手を掴むや否や相変わらずの勢いで走りだし教室を飛び出した。

「着いたわよ!」

ん?部室棟じゃないか。

俺がいつもの入り口から入ろうとすると、ハルヒが手を引き止めた。

「ちがうの!こっち来て・・・?」

裏口?


「ほら、ここ!」

そこには、縁側のある茶室があった。

「茶道部の茶室なのよ。でも、あそこの部は全員三年生で受験でしょ?だから、今は空き家ってわけ!」

ハルヒが得意気に語る!

で、ここが何だってんだ?

「はぁ?昼寝をするのよ!」

誰が!

「アンタに決まってるでしょ!時間になったらアタシが起こしてあげるから、存分に眠るのよ!」

どうやら、ハルヒは俺に昼寝の場所を提供したかったらしい。
自分を迎えに来ているのが原因で、俺を疲れさせてしまっている、という後ろめたさからの行動か?
いや、この場合は単純に俺が眠そうだったから・・・だろうな。

しかし最近、ハルヒが俺の為に何かをしてくれる事が多くなった気がする・・・

「さあ!早く寝なさい!」

そ、そんなすぐには寝れん!

だいたいだな、畳に直に寝るってのはだな、ベッド派の俺には・・・

「もう、しょうがないわね・・・」

そう言うとハルヒは、俺の肩に手を回して自分の方へ引き寄せた。


何を?

「いいから、そのまま横になりなさい。」



「このアタシが膝枕をしてやろうってのよ?快眠は保証されたわね!」

見上げたハルヒの表情は、紅潮しきっていた。

そうだな、保証されたな・・・

俺は目を閉じた


・・・っ

!?

暗い?

おい!ハルヒ?ハルヒ!

「う・・ん・・・」

ハルヒっ!

「ん!あああっ?ちょっとキョン!なにこれ!なんで暗いわけ?」

いま何時だよ!?

「七時・・・ っ?夜の?」

慌てて時計を見たハルヒが目を丸くする。
この時点で俺は概ねの事態を把握した。

ハルヒは俺を膝枕したまま、おそらく自分も眠ってしまったんだろう。しかし・・・よくもまあ、この姿勢で・・・

「痛っ・・・」

ん?足が痛むのか?そういえばお前、この前の怪我・・・

「ちがう、アレはもう大丈夫。今は・・足痺れた・・・」

そ、そうか。

まあ、とにかく家に帰ろう。痺れが治まったら校舎に鞄を取りに行くぞ?

「ええ、そうね。」

やがて、俺達は茶室を出て部室棟の出口へと向かった。

なんか・・・いつぞやの閉鎖空間の様だな・・・

灯りらしい灯りの無い部室棟の廊下は妙に薄気味悪い。

俺はハルヒが後ろからついて来ているのを確かめながら、足早に廊下を抜け出口へ辿りついた。

ドアに手をかけながら、ふと思う。


(そういえば、俺達は昼休みの時点で校内から忽然と姿を消したことになるな。
そのあと他の奴らはどうしたろう。
それにSOS団のみんなは?)

まあ、いい。とりあえず帰・・・

ガチャ

開かない?

「どうしたの?」

開かないんだ!

そう言って、俺は思い出した。
この建物の入り口のドアには鍵が付いていない事。
その代わりに、外側から南京鍵と鎖を使って施錠している事・・・

つまり、閉じ込められた?

「ばかねぇ!窓から出れば・・・あ!」

俺は既に気付いていたが、ハルヒも言いかけて気付いた様だ。
この建物の全ての窓には鉄製の格子が取り付けてある。
以前、窓を割って侵入したと思われる窃盗犯にコンピ研のパソコンを根こそぎ盗まれて、その事後対策として取り付けられたらしい。

閉じ込められたか。


もはや帰宅を諦めかけた瞬間、ハルヒが上着のポケットから携帯を取り出した。

そうか!良いぞハルヒ!助けを呼ぶ・・・

「あ、もしもし?母さん?アタシ今夜、朝比奈さんの家に泊まるわ!何?決まってるでしょ?恋の悩みを一晩かけて打ち明けまくるのよ!じゃあねっ!」

おい・・・今の電話・・?
って、また電話するのか?

「あ、もしもし?みくるちゃん?いい?今からアタシな言うことを瞬時に理解するのよ!万が一、アタシの母親から電話がかかって来たら、涼宮さんは寝てますって言うのよ?解ったわねっ!」

て、おいハルヒ!お前まさか帰らないつもりか!

「何言ってるのよ!夜の部室棟、歴史ある部室棟、様々な怨念を蓄え続けた部室棟!何かが起こるわっ!」

夜と歴史までは把握した。だが怨念とは・・・

「さあ!とりあえず、我が部室に戻って作戦を練るわよ!」

・・ああ、なんてこった。

夜十時を回った。

結局、ハルヒが望む様な現象や、それに匹敵する事件は起る筈も無く、俺達は他愛の無い会話やネットサーフィンを楽しんだ後、部室に買い置きしてあったカップ麺で物足りない夕食を済ませた。

なあ、ハルヒ。
本当に泊まるのか?

「何よ、嫌なの?」

いや、賛成した覚えは無いが今更反対もしないさ。
ただ、何処で寝るんだ?少しだけ冷えてきた気もするし。

「そうね・・・さっきの茶室はどう?確か火鉢が電気ストーブになってた筈よ?」

よし、行くか。


「あっ、そうか!」

茶室に着いた俺は、ある事に気付いて思わず声をあげた。
おそらく、ハルヒも同じ事に気付いた筈だ。
昼間、俺達がこの茶室に入った裏口、ここから、簡単に外へ出られる!

よし!帰るか!

「・・・。」

ん?どうした?

「嫌・・・。」

ん?親には「やっぱり帰ってきた」って言えば良いと思うし、朝比奈さんには明日・・・

「嫌よ!」

おい、そんな・・・

「そんなに、嬉しそうな顔するな!バカキョン!」

ハルヒはそう叫ぶと、背中を向けて座りこんでしまった。

やれやれだな。


俺は、とりあえずストーブのスイッチを入れた。
緩やかに熱線部分がオレンジ色を放ち始めた。

なあ、ハルヒ・・・

「何よ。」

すまない。

「何・・・」

俺は、何と無くハルヒの怒った意味が分かっていた。
昨日、気持ちをぶつけられたからだろうか。だから、無神経にも裏口を見つけて喜んでしまった事を少し悔んだ。

なあ、ハルヒ。

朝まで一緒にいよう。
「・・・!」

ハルヒの背中が少しだけ震えた気がした。

そして、少しだけ振り返りながら呟く用に俺に語りかける。

「・・・本当はね、真夜中の部室棟なんかには興味なかったの。ただ・・閉じ込められて・・・キョンと二人きりになれて・・・最高の気分だったわ・・・」

知ってたさ

俺は、ハルヒが愛おしくてたまらなくなった。そして、それと同時に感じたハルヒの気持ちに対する呆れるくらい鈍感な自分の全てを償い衝動に駆られた。

ハルヒ・・・

「?・・・!」

背中からハルヒを抱く。少しだけ甘い香りがした。

そして俺は、昨日の放課後にハルヒに言うべきだった言葉を、たった今思い付いた。
少し遅れ気味かもしれないけど、今ならまだ間に合う気がした。



俺も、お前の事が大好きだ。


とりあえず第一部完

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