涼宮ハルヒの切望Ⅲ―side K―



 これでこっちの世界に来てから三日目。
 今日も今日とて俺は、しかし今日は蒼葉さんではなくアクリルさんに連れられていたのである。
「アクリルさん、こっちです」
「あいよー」
 言って、アクリルさんと、今日のお付きの人はおそらく夕べ、リラさんが言っていた人なのだろう。
 年齢は二十代前半といったところの野性味を醸し出している部類に入る結構美形に鋭い目つき、さすがにこの雰囲気に心当たりはない。名前はネフィノスさんとのことだ。
 二人はゆるりと旋回してまた直進する。
 もちろん飛んで。
 何? 今日は知らない人間二人なのにどうしてゆとりがあるかだと?
 ま、まあな……なんたって今日、俺を背負ってくれているのはアクリルさんなんだ。肩当の所為で残念ながらややこしい部分に手は届かないが、桃色はともかく、髪はいい匂いするし、俺の両脚ふくらはぎは時折接触する彼女の柔らかくぷにぷにした生太ももの感触を堪能している。今日くらいは短パンをはいてくれば良かった。
 理由はアクリルさんが話してくれた。
「昨日、ローレシアさんから聞いたんだけど、しがみつくなら男の人よりも女の人がいいって言ったってね」
 うあ。それを報告しますかローレシアさん。まるで俺が催促したみたいじゃないですか。
「あれを催促って言わないなら何を催促っていうのか知らないけど、まあいいわ。おかげであたしもネフィノスにナビゲーターを任せられて飛ぶだけに集中できるし」
 ……う、ううん……なんか途中まではどこかで聞いたような言い回しのような……気の所為だな。たぶん。
 おっとそう言えば昨日は説明しなかったが、昨日の蒼葉さん、今日のアクリルさんと俺をどこに連れて行っているのかを言ってなかったな。
 実はだな。先に分かりやすい言葉にしておくが、『何か不思議なものがあるという場所』に連れて行かれているんだ。
 どこかSOS団週末恒例の市内探索に似ている気がしないでもないが、決定的に違うところが一つあって、昨日にしろ今日にしろ、確かに不思議なものがある場所なのである。
 んで、昨日は何とも不気味な森を進み、その先には岩に突き刺さった剣があったんだ。
 その時の蒼葉さんとローレシアさんの反応だ。
「なぁんだ。ただの伝説の剣だったの。神秘的な光が時折、見えることがあるって聞いてきたけど拍子抜けね」
「そうですね。でもまあこうやって『不思議』を一つ一つ解明していくしか手はありませんよ」
「まあね」
 である。
 って、あの……『伝説の剣』はスルーですか……? それも充分、レアな発見だと思うのですが……
「そうかなー? 私は自分で創る方が好きで、もう形になってしまっているものには興味ないし、ローレシアさんは魔法使いよ。なら『伝説の剣』に興味なくても不思議はないと思うけど。それにあの剣だって、ちゃんと剣を扱う人に見つけられる方がいいんじゃないかな? もっとも、魔素を持つ原料なら話は別なんだけどね」
 んで俺の耳を引っ張り小声で、
「それに私、もう、この世界一の超強力兵器的アイテムを持っているのよ。ならアレを欲しいと思わないのは当然でしょ」
 な、なるほど……というかこそばゆいですし、何か別の感情が……


「どうしたの?」
 いえ何でも。それよりもここはいったいどこでしょうか?
 アクリルさんの問いかけに俺はどこか困った表情で問い返していた。
 場所は人気はないがそう深い場所でもない山間のふもとにある、どう見ても洞窟にしか見えない穴の前である。
「そうね。たぶん野盗の巣窟なんじゃない?」
 といわけで、俺たちの足元にはいましがた、アクリルさんがのした柄の悪い二人組が目を回して横たわっているのである。
 てことは何ですか? 今からやろうとしていることはとあるライトノベルの主人公・某自称美少女天才魔道士と同じことでしょうか?
「何を言っているのか分かんないけど、ここに来たのはこいつらが有名だからよ。なんでもカンパニーの捜査官がいつも近隣の町からこいつらを追い払い、追跡するんだけどこの洞窟に駆け込んだところで、また町から悲鳴が上がるってんで町の保安を最優先にするためにここが放置されていたの。その理由を確かめに来たまでよ」
 単純に考えるなら何か瞬間移動装置的なものがあるってことか。
「そういうこと。んじゃ行くわよ。キョンくん、ネフィノス」
 言ってアクリルさんは洞窟の中へと踏み込んだ。


 残念ながらアクリルさん曰く、今日、発見した瞬間移動装置は、文字通り瞬間移動装置でしかなく、それをそこらじゅうの洞窟の壁に保護色で展開させてあったものだとか。むろん発動キーワードがあるらしく、それは野盗の連中しか知らない。それゆえ、洞窟に入った途端、また町に移動して捜査官をケムに巻けるとのこと。
 まあタネさえ分かってしまえば対処方法はいくらでもあるわけで、やっぱりどこかで見たような展開の気がするのだが、襲いかかってくる野盗を蹴散らし、そいつらが飼っていたドラゴンも蹴散らしてアクリルさんはその洞窟の瞬間移動装置をすべて叩き壊したのである。
 んで涼しい顔でこう言ったのである。
「ついでだから」
 思わず戦慄が走るっての。
 ついでで今まで解決できなかったことを解決してしかも野盗を一網打尽にしたのだから。それもたった二人で。
 おっと、触れるのを忘れていたがネフィノスさんも半端じゃなく強かった。アクリルさんとネフィノスさんのコンビネーションには若干の相違があったようだがそれでもなかなか息のあった連携で、たとえでなく文字通り秒殺で、野盗数十人とドラゴンを蹴散らしたのである。
 前に蒼葉さんが言った「魔法に関して言えば彼女の方がはるかに上」という言葉に相違ないほどだった。
 派手に攻撃魔法の華が咲いていたもんな。
 しかも、その威力は桁違いなものではあったのだが、アクリルさん曰く、『力を抑えている』とのこと。これはもう二重の驚きだ。
「で、記憶がなくなる前に聞いておきたいんですけど」
「何かしら?」
 三日目の夜も俺の寝泊まりする部屋には蒼葉さんとリラさんがいるのである。むろん俺たちの真ん中には、今日は酒樽が三つある。
 リラさんが一つ運んだらしい。
 んで、この二日間までと同じく思いっきり目の据わった無表情のリラさんに、中ジョッキを頬にぐりぐり押し付けられているところで俺は蒼葉さんに話しかけた。
「今日、会ったネフィノスさんって蒼葉さんとアクリルさんが絶大の信頼を置いているって本当ですか? その割にはあの人をアクリルさんは顎でこき使っていたような気がしないでもなかったのですが」
「んー誰から聞いたの?」
 言って、蒼葉さんはあのむちゃくちゃアルコールのきついお酒を大ジョッキで一口ゴクリ、ではなくゴクゴク喉を鳴らして飲んでくし。
「私が言いました」
 リラさんが割ってくる。
「あっそうなんだ。まあ信頼を置いているのは確かだからそうかもね」
 って、一気に空けてから普通に話できますか!?
「えー? んなチビチビやるなんて飲んでる気しないわよ。なら一気にあんまりピッチをあげずに飲んでしまう方がいいと思うけど。なんたって味わうこともできるし喉も潤う。一石二鳥って言葉がぴったりじゃない」
 この世界にも『一石二鳥』って言葉があるんだな……
 なんかもうあらゆる意味で渡り合えん。
「んでネフィノスさんについてだけど、今日はもうしばらくしたらアクリルとネフィノスさんも来るから直接聞いてみたら?」
 そうなんですか?
「うん。あの二人、今日のことを謝りたいって言ってたから」
 謝る? 何をです?
「んまあ……私もそうだし、リラさんもそうなんだけど……」
 どういうことだ? 蒼葉さん、なんだかバツが悪そうなんだが……
「あのねキョンくん」
「な、何ですか!?」
 なんとも蒼葉さんの表情が切羽詰まってらっしゃいます。そうだな。前に朝比奈さんが葉桜の下で伏字だらけの告白をされるときに決意したときのようなあんな感じの顔だ。
「本当にごめんね! 言い訳にしかならないのは百も承知なんだけど、私もアクリルも一生懸命やってるんだけどなかなかディメンジョンサークルポイントを見つけられなくて!」
 あ……
「キョンくんは私たちの世界を救ってくれたのに、私たちはキョンくんをなかなか助けてあげられない……それで私もアクリルもリラさんもキョンくんに悪くって……」
 いやそれは……
 さすがに俺は伏せ目になる。
 仕方ないよな。蒼葉さんにしろアクリルさんにしろリラさんにしろ真実を知らない。だから俺の中では考え方は逆なんだ。
 ハルヒが前回、こっちの世界に多大な迷惑をかけたってのに、俺がまた今回、こっちの世界の人に苦労をかけてしまっているのである。
 悪いのは俺であって蒼葉さんたちじゃない。
 なんだか今の蒼葉さんの沈痛な表情を見ていると俺の方が忍びない。
 だめだ。やっぱり話しておかなければ。
 あの時はハルヒには「謝るなら直接会って」とかアイコンタクトを送ったが、もう俺が耐えられない。
 蒼葉さんたちの見方が180度変わって、俺のことを放棄されようがもう黙っているわけにはいかん。
「あ、あの蒼葉さん……」
 俺は意を決して語り始めた。
 あの日の真実を――


「嘘でしょ……?」
「本当なんです……ですから俺なんかに気を使わなくても……」
 俺の話を聞いて蒼葉さんは絞り出すように茫然と声を漏らしている。
 リラさんの表情は全く変わっていないので何を考えているのかが分からん。
 分からんが一つだけ分かることは、この部屋の空気がとてつもなく重たくなったことだ。
 まあそうだよな。犯人を作っておいて自分がさも解決したかのように見せかける名探偵のように、救世主を名乗る人間が実は世界を崩壊させようとしたんだ、なんて話を聞けばそうなるよな。
 さらに重苦しい沈黙が続いて――
 それを打ち破ったのは蒼葉さんだった。
「凄いわね! 世界を創造できる存在が知り合いにいるなんて!」
 って、はい!?
「同感。我々が幾多の研究を重ねようと決して到達することのない力を有している、それだけで尊敬に値」
 リラさんも感嘆の声ですか!?
「いやあの……そういう反応でいいんですか……? 俺が言うのも何なんですが……」
「何か問題でも?」
 いえその……俺は蒼葉さんが激昂して俺をこの部屋から追い出し、今後一切俺に関知しない姿勢を取ってしまうだろうって覚悟をして話したのですが……
「何言ってんだか」
 蒼葉さんが一笑に付している。
「今の話が本当だとしても、それでもあなたたちが私たちの救世主ってことに変わりないじゃない。あなたがハルヒって子に自身の力を告げないと、ハルヒって子も世界創造を止められないじゃない。どちらかが欠けてもこの世界は救われなかったんだから、そう考えればやっぱりあなたたちが私たちの救世主よ」
 で、でも……俺がもっと早くハルヒに告げていれば蒼葉さんがあんなことには……
「んまあ、確かにそうかもしんないけど、あの時は仕方ないわよ。私、結構物騒なこと言ったし、あなたの立場から見れば、どこにあるかも分からないような異世界一つよりも、自分の世界の一番大切な人を守りたいって思うのは当然だから。でもあなたは彼女も私たちの世界も守る選択をした。これで感心できなければ人間を辞めるべきね」
「蒼葉さん……」
 いつぞやのハルヒのように得意満面の笑顔で左手人差し指を振りかざしつつ語る蒼葉さんに苦笑を浮かべる俺。
「しかしまあこれで今後は今の話を聞いたあたしたち四人だけで解決するしかなくなったわね」
 え――!!
 突然、割って入ってきた声は部屋の出入口のドアから聞こえてきた。
 視線を移してみれば――
「アクリルさん!?」
 俺は素っ頓狂な声を上げた。

 

 

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涼宮ハルヒの切望Ⅲ―side H―


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