涼宮ハルヒの切望Ⅵ

 


「うそ……」
 あたしは茫然自失と呟いていた。
 宇宙人の有希なら何とかできるんじゃないかと思ってた……
 だって、前に有希は『自分はこの銀河を統括する情報統合思念体に作られた存在』って言ってたんだから……
 太陽系って言わなかったからもっと広い宇宙を統括しているなら、あたしには理解不能の宇宙人的パワーがあるだろう、と考えたから……
「『異世界』とは『宇宙空間』も含めての世界を指す……この世界でさえ、この惑星の人類の理解能力をはるかに超える広さがあるのが『宇宙』……むろん、それはわたしも例外ではなく、この惑星が存在する銀河であれば対処可能でも、この銀河の向こうにどれだけの銀河があるのかは見当もつかない……そしてこれが『この世界』……こういう世界がどれだけあるかはわたしにも不明……つまり……わたしにも彼がどの異なる世界に移動したのかを特定するのは不可能……」
 あたしの耳は有希が珍しく悔恨に声を震わせているにも関わらずほとんど聞き取れていなかった。
 ぴろりろぴろりろ
 妙に軽やかな電子音が届く。
「失礼、どうやら僕のようです」
 古泉くんが先ほどまでの危機感を募らせた表情から、どこか絶望の表情に変化してこの部屋を出たような気もしたけどそんなこと気にする余裕もない。


 ――ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたらあたしのところに来なさい――


 あたしは一年の入学式の日、クラスに向かってそう宣言した。
 あの時はただ漠然とそういう存在に会いたいと思っていたけど……
 宇宙人、未来人、超能力者は『この世界』で存在するのかもしれないけど……
 そう言えば、あの時、あの世界で出会ったあの人も言っていた……


 ――再会できる可能性は皆無に等しいんだから異世界に生きる私のことなんて覚える必要はないわよ――


 あの言葉は異世界の広大さを如実に端的に的確に表した言葉だったんだ……
 なのにあたしは……
「ひ、ひあ! 嘘!? そんな!」
 みくるちゃんが何か悲鳴を上げている。
 でもいったい何が起こったかなんてどうでもよかった。
 あたしの心と頭はたった一つの絶望的な答えに占められていたから……


 ……もう……キョンには会えない……


 世界が崩れていくような錯覚すら起こす。
 すべての色彩を失い、歪んでさえ、ひび割れてさえ見えるんだから……
 …… …… ……
 それでもいいかな……キョンがいない世界なら……
 壊れちゃってもいいかな……
「たった一つだけ対処方法がある」
 何か決然たる意思のこもった声が聞こえた気もした。
 でももうどうだっていい……
「涼宮ハルヒ! 絶望するのはまだ早い!」
 ――!!
 さすがに意識が覚醒した。
 なぜならこんな語気を強めた声を彼女から聞いたのは初めてだったから。
「有希……」
 あたしは、まだどこか虚ろな瞳だったろうけどその声の主に視線を移す。
「な、長門さん……?」
 みくるちゃんが半べそかいたまま、それでもさっきまでの焦りの表情が沈静化していた。
「朝比奈みくる」
「は、はい」
 今度はみくるんちゃんに呼びかける有希。
「今すぐ未来と回線を開いてTPDDの使用許可を」
「え……?」
「心配ない。必ず許可される」
「は、はい……!」
 有希の、まだ決然たる口調の促しにみくるちゃんが即了承。
 しばしの沈黙があって、
「で、出ました! TPDDの使用許可! それで長門さん! あたしはどの時間平面に飛べば……! って、そうですね! キョンくんが消えてしまった日の時間ですね!」
 そうよ! それならキョンが消失する前にこっちに連れてくればいいんだから!
 よく考え付いたわね! 有希!
「違う。過去に移動するのではなく、わたしが――我々が必要とするのはあなたが持つTPDDの『時空間を超える力』」
 って、あら?
「涼宮ハルヒ」
 有希が再びあたしを呼ぶ。それも見たこともない真剣な瞳で。
「わたしはひとつあなたに誤解を与えた。陳謝する。最初からこう言えばよかった。これを思いつかなかったのはわたしのミス」
 謝罪なんていらないわよ! どういうことよ!
 有希が続ける。


「わたしという個体単体では彼を見つけ出すのは不可能。しかし、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、古泉一樹、そしてわたしが協力体制を敷けば不可能ではない――」


 文芸部室は衝撃の沈黙に支配された。
 刹那のような永遠の沈黙。
 それを打ち破ったのは、やっぱり有希。あたしの瞳をまっすぐに見つめながら、
「わたしたちはもう一つ、あなたに隠蔽していた事実がある」
 隠蔽? わたしたちってことはもしかしてキョンは知ってるってこと?
「そう。それは古泉一樹について」
 古泉くん?
「彼には通常、この惑星の有機生命体を構成する六感を超えた能力が存在する。端的に言うならばESP」
 ESP!? それってもしかして……!
「そう。古泉一樹には超能力がある。その能力は特定の異空間に侵入できること」
 有希の説明にあたしは絶句した。
 あたしが望んだすべてがもうすぐ傍にあったなんて……しかもそれも一年以上前から……それに気付かなかったなんて……
 そう言えばキョンが以前、そういう風に教えてくれたような気がしないでも……
 でもまあそれはいいわ! 古泉くんに異空間に入り込める力があるならいろんな異世界に行ってもらってキョンを探して来れるじゃない!
「ううん。それ無理」
 あれ? なんか有希の口調が今までの有希じゃないような……
「先ほども言ったが古泉一樹が入る込めるのは特定の異空間のみで、さらに言うなら、あなたが『キョン』と呼ぶ彼がどの異世界に居るのかが特定できないから」
 気のせいか。
 だって続けた有希の言葉は、今は強い意志を感じるけど、それでも口調はいつもと変わんないし。
「じゃ、じゃあどうやってキョンの場所を?」
「それを今から説明する」
 あたしの問いかけに有希が呟くと同時に古泉くんが戻ってきた。


 あたしたちは文芸部室のちょっとした模様替えをした。
 と言ってもまあ、そんな大したことじゃないけど、まず、いつもキョンと古泉くんがボードゲームに興じている会議用机を廊下に出したの。
 ふうん。あの机がないだけでこの部屋、結構広く感じるものね。
 それともう一つはあたしの団長机のパソコンを窓側ではなくて廊下側に向けること。でも机の位置は変えなかった。
 んで、ついでに言うなら、あたしが考案した芸術的価値が高そうなエンブレムがあるってのにレイアウトがあまりにショボイのでアクセスする人がほとんどいないキョンが作ったSOS団のホームページのトップをこちらに向けている。
 どういう意味があるんだろう?
「次はわたしたちの立ち位置」
 有希が指示を出す。もちろん、あたしも含めてそれに従った。
 団長のあたしを差し置いて、なんて言うつもりはないわよ。だって、有希はあたしたちの知らない何かを知っている。んで、それは有希にしかできないことなんだから、しゃしゃり出るつもりなんてないわ。
「涼宮ハルヒは私の正面に立つ。朝比奈みくると古泉一樹はわたしから90度ずれて展開し、涼宮ハルヒとわたしの中間地点からの我々と同じ距離を取って」
「ここですか?」「ふ、ふえ? 合ってます?」
 古泉くんが真剣な表情のまま、でも声には多少の余裕が出てきたみたい。
 みくるちゃんにも少しだけいつもの雰囲気が出てきたわね。
「多少の誤差は許容範囲。概ねその位置でいい」
 有希が言う。
 とどのつまりあたしたちは4人で十字を切って正方形を作っている。
 そう言えば、有希はさっき、あたしも含めて協力って言ってたけど、あたしは何をすればいいんだろう?
 などという疑問があたしに浮かんだんだけど、問いかける前に有希が続ける。
 あたしの瞳をまっすぐ見つめて、
「あなたは彼のことだけを考えてほしい。あなたの思考が彼に届くことによって彼の今いる世界とこの世界に一筋の道ができる。それを利用して古泉一樹の異空間に侵入する能力、朝比奈みくるの時空間を超える能力を私の情報操作で連結し、我々の中心に力を集中させて彼をここに帰還させる」
 ――!!
 そ、そんなことが可能なの!?
「理論上は可能。ただし――」
 ただし?
「絶対という保証はなく、また成功するという保証もできない。ただ単に可能性は0ではないというもの」
 ……つまり0.の後に限りなく0が続いて最後が1って可能性なのね……
 でもまあいいわ。
 だからどうだっていうのよ。諦めるよりは数百倍マシなんだから。諦めてしまえば0になるけど諦めないなら0じゃないんだから後者に賭けるまでよ。
「それを聞いて安心した。この国のことわざにもある『乙女の祈りは天に通ず』、それを信じてあなたは彼に思いを届けるんだという気持ちを持ち続けてほしい」
 ん?
 あたしの目の錯覚かな? 今、一瞬、有希が小さく微笑んだような……
 と言うか、『乙女の祈りは天に通ず』ってのはことわざじゃなくて某ライトノベル作家が好んで使うような慣用句みたいなものじゃなかったかしら?
 え? それは誰かって?
 そうね、確か角川スニーカー文庫でも何作か出していると思うけど、谷○流先生じゃないことだけは確かよ。もっとも出身の県は同じみたいだけど。
 って、今はそんなどうでもいいことは置いといて。
「では始める」
 有希が瞳を伏せて、何やら早口で言っているしね。
 と同時に、
「ひあ!?」「これはこれは」
 みくるちゃんの狼狽悲鳴と古泉くんの興味深げな声が届く。
 まあ仕方ないわね。
 なんせ、有希、みくるちゃん、古泉くんから光のようなものがいきなり立ち上ったんだから。
 って、あたしはここから祈ればいいのかな?
 などと思いつつ、手を胸の前で合わせて、


 キョン……


 あたしは、ありったけの思いを込めて、そして是が非でもあいつに声を届けたい気持ちを込めて心の中で呟き、


 ――!!


 見ればあたしたちの中心に光の靄がかかってきてるし!
「それが異世界への扉。あとはこの光の靄が次元断層を突破できるかどうか」
 有希が切羽詰まった声ではあったが、どこか期待を込めて説明してくれる。
 古泉くんとみくるちゃんもまた、光に包まれたまま、その光の靄を凝視している。


 キョン――


 あたしは悲壮感漂う表情で、何度となくあいつに呼びかけ続けた――

 

 

 

涼宮ハルヒの切望Ⅶ―side H―

涼宮ハルヒの切望Ⅵ―side K―


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