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「いい、以上で、ほ、報告をおわりますぅ」
 そういって、目のまえにいる小柄な中年女性に一礼をしました。
 四十代後半ぐらいに見えるこの女性は、ただのおばさまではありません。時空管理局環太平洋地域統括兼第三支局長そのひとであらせられます。ものすごい肩書きがしめすとおり、それはもうとてもえらいひとです。
 ちなみに、名前は……とくに重要ではなさそうなので、かりに局長さんとしておきましょうか。たぶんコードネームで、本名ではなさそうですし。
 ついでにつけくわえると、わたしたちがいまいる部屋は、時空管理局環太平洋地域第三支局本館局長室付応接室という名前がついています。ながったらしいですね。
「おつかれさま、朝比奈みくる。でも、ずいぶんと、めんどうな約束をしちゃったものよね」
 約束というのは、長門さんに子守歌をおしえたときに、情報統合思念体に秘密にしてもらったことです。いまごろになって――といっても、わたしのとっては昨日の今日ですが――情報統合思念体が、時空管理局に情報開示を要求してきているらしく、えらいひとたちが、対応に苦慮しているのだそうです。
 子守歌ぐらいならと軽く考えていましたが、他勢力との正式な交渉となると、簡単にはいかないようでした。情報統合思念体のなかには、これを足がかりとして、いろいろな要求をしてこようとする動きもあるとのことでした。
「も、もうしわけありません」
「まあ、あまり気に病むこともないわ。駐在員に権限委譲するというのは、そういうことだし」
 いともあっさりといって、局長さんはおだやかな笑みをうかべたのでした。
 さて、それではひとまず、ここで現状の確認をしておくことにしましょう。
 最後の団活をおえ、未来にもどってきたわたしは、いったんおうちに帰って家族と再会し、一夜をすごしたあと、翌日の夕方に時空管理局からの出頭命令をうけました。
 いわれるままに、この時空管理局環太平洋地域第三支局へと出頭してきたところ、なんとそこで、局長さんに謁見し、任務についての結果報告をすることになってしまったのです。
 会ってみると、局長さんはとても気さくなひとでした。それでも、えらいひととの謁見なので、わたしはさきほどから緊張しっぱなしでした。
「だいいち、わたしたちにとって、いちばん大切なことは、規定事項をまもることだもの。それにくらべれば、情報統合思念体との交渉なんて些事よ」
 ご自分で淹れたお茶をすすりつつ、局長さんがいいました。
「そして、その観点でいうなら、あなたはよくやってるわ。今回にかぎらずね」
 意外なお言葉でした。
「で、でも、わたし、いつも自分の仕事が役にたっているかどうか、不安で」
「べつに、そんなふうに思う必要はないけど……。たしかに、あなたの上司は厳しいものね。それに、すこし不器用でもある。不安に感じちゃうのも、しかたないか」
 得心いったように、局長さんがひとりうなずきました。いっぽう、わたしは反応にこまってしまいました。なにしろ、直属の上司といっても、お話をしたこともないというか、顔さえしらないからです。
 ただ、局長さんの口ぶりから、どうやら彼女はわたしの上司さんと私的にも親しそうな雰囲気を感じとりました。そこで、よい機会というわけではありませんが、思わずわたしはたずねてしまっていました。
「あの……。すみません、わたしの上司のひとって、ど、どんなかたなのでしょうか」
 質問しながら、すでにわたしは後悔していました。
 相手はたしかに気さくな感じがしますが、ほんとうにものすごくえらいひとなのです。よく考えるまでもなく、おいそれと雑談をしかけていいはずがありません。
 お、怒られちゃうかな。
「まだ、あの子とは会ってないのよね」
 さいわいなことに、とくに気にしていないらしく、局長さんはにこやかに笑っているだけでした。わたしはひそかにほっと胸をなでおろしました。
「あなたの上司は、わたしの友人の娘よ」
「ご友人の? 」
 むかしをなつかしむように、局長さんがふっととおくを見つめました。
「容姿端麗、頭脳明晰、だけど傲岸不遜で唯我独尊。それが、あの子の母親。行動力も抜群で、若いころは振りまわされたものよ。楽しかったけどね」
 なんだか涼宮さんみたいなひとだと思いましたが、口にはだしませんでした。茶々をいれるより、話を聞いていたかったのです。
「時間移動適性も天才的といえるほどで、過去の涼宮ハルヒの時空震を、当時、最初に感知したのも彼女だったわ。即座にその重要性を理解して、いまから二十年まえに、私設の調査組織を結成したの。それが、時空管理局の母体になった。わたしをふくめ、あのころの仲間たちは、なかば強引にまきこまれた形だったけどね」
「ほわ~」
 どうやら、わたしの上司は、ものすごいひとの娘さんであるようです。こういうのを、エリートとかサラブレッドというのでしょうか。自分とは関係ないのに、なぜかちょっとほこらしくなってしまいました。
「そして、そんな彼女の娘であるあなたの上司も、第一級のエージェントよ。時間移動にかんしては、母親をもしのぐ天才だし、駐在員時代から達成してきた規定事項の数も、他の追随をゆるさない。そう……」
 顎のあたりを手でなでながら、局長さんはとてもやさしい眼差しをこちらにむけてくれていました。
「ひとことでいえば、努力のひとなのよね。あの子は」
「努力のひと、ですか? 」
 こくりと、うなずきをかえされました。
「もともと、あの子は時間移動適性がきわめて高いだけで、エージェントとしての資質はあまりなかったの。それが、本人の必死の研鑽で、時空管理局のなかで右にでるものがいないほどの実績をつみあげたわけ。あなたの上司になった時点でも、まだせいぜい二十代後半という若さだったのに」
 二十代後半……。そんなすごいひとが、わたしと七つか八つ、おおめにみつもっても十歳ぐらいしか年がちがわないと聞いて、衝撃をうけてしまいました。
 しかも、エージェントとしての資質がなかっただなんて。つい、自分はどうなのだろうと考えてしまいました。
 SOS団のなかでは、わたしはなにか問題が起こったら、キョンくんとともに保護される役回りでした。
 また、涼宮さんの鍵として、最終的にはつねに自ら問題を解決してきた彼とちがい、わたしはどうかんがえても、ただの足手まといであることがおおかったのです。
 自分がなさけなくなりました。同時に、上司さんのようになりたいという気持ちが、ふつふつとわいてくるのを感じました。
「なかなか、いい顔つきになったわね」
「ふぇ? 」
 いきなりこちらに話をむけられ、わたしは素でかえしてしまいました。局長さんは、かるく笑って言葉をつぎました。
「若い駐在員に、あの子の話をすると、みんなそういう顔をするのよ。あなたの上司は、後輩の目標になるような人物ってこと」
 たしかに、局長さんのいうとおりだと思いました。ただ、心のなかを見透かされたのが、なんとなく気恥ずかしくて、わたしはちょっとだけ話題をずらすことにしました。
「と、ところで……。上司さんのお母さまは、いまはどのようにされているのでしょうか? 」
 いってから、ふたたび、わたしは後悔しました。
 時空管理局の母体組織を結成したということであれば、目のまえの局長さんと同格か、それ以上の地位にいると考えていいでしょう。そういう人物の詳細ともなれば、機密である可能性が高く、関係ない人間が気安く聞いていいことではないと気づいたのです。
 ほんとにもう、なにやってるのかしら、わたし。いくら局長さんが話しやすいひとだからといって、油断しすぎです。家族でも、友だちでもないのに。
 ああっ、局長さんの表情が、みるまに曇っていきますぅ。どど、どうしよう。
「亡くなったわ。もう十八年もまえのことよ」
 かえってきたのは、予想外の答えでした。
「事故だったの。わたしは彼女も、その夫たるひとも、助けてあげられなかった。救えたのは、あの子だけ」
 すこし目をふせると、局長さんはため息まじりにいいました。
「……ながく生きてるとね、好きになった友だちが、みんな死んでいっちゃうんだ。朝比奈みくる、あなたも、時間のくびきを超えるものとしてなら、理解できるかしら」
「それはその、なんといいますか」
 残念ながら、わたしには局長さんがなにをいいたいのか、よくわかりませんでした。でも、お言葉は、ふしぎと心にしみていくような気がしました。
「ふふ、ごめんね。へんなこといっちゃって。……そうそう、忘れてたわ。あなたに、わたすものがあったの」
 局長さんが、机のよこにおいてあった箱を物色しはじめました。彼女がとりだしたものを見て、わたしは目をまるくしました。
「報告にあった品もので、まちがいないわね? すべて、涼宮ハルヒの影響下にあるわ。これは、SOS団全員の子孫であるあなたにつたえられるべきものよ」
「涼宮さん、ほんとうに家宝にしてくれたんだ……」
 黄色いカチューシャをつけたもの、体操着姿のもの、カーディガンをはおったもの、ロバに似たもの。それに、焼きそば喫茶『どんぐり』の制服を着たものもありました。
 卒業記念につくったあのぬいぐるみです。遠い時間をへて、わたしのもとにもどってきたのです。
 自分の手が、ふるえているのがわかりました。わたしはぬいぐるみのなかからひとつ、鶴屋さんに似た姿をしたものを手にとると、落とさないように慎重にもちあげました。
 たぶん、汚れや破損などはなさそうです。このぬいぐるみたちがすごしてきた時間の長さを考えると、しんじられないほど綺麗な状態である気がしました。涼宮さんの影響とは、つまりそういうことなのでしょう。
 だけど、こまかいところがよく見えません。目のまえが、どんどんぼやけて、どうしようもありませんでした。
「泣いているときではないわ、朝比奈みくる。あなたはこんご、決めなければならないことがあるのよ」
 すぐ近くから、局長さんの力強い声が聞こえてきました。
「決め……る? 」
「ええ。時間駐在員としていろんな時間を飛びまわるか、こんごも涼宮ハルヒという現象にかかわっていくか。ことの重要性からいって、後者をえらんだ場合、地位や権限も高くなるけど、そのぶん責任もおおきくなるわね」
 顔を、なにか布のようなものでこすられました。局長さんが、ハンカチで、わたしの涙をぬぐってくれたようでした。
「たとえば、このまま時間駐在員として働いて、引退したあとは家庭をつくるというような人生もあると思う。逆に、どんどん出世していって、この時空管理局をうごかせる立場をめざすのもいいわ。いまのあなたは、望めばどちらでもえらべるの」
 肩に手をおかれ、じっと目のなかをのぞきこまれました。その瞳に、どこかなつかしい光を感じた気がしました。
「いますぐに、将来を決める必要はありません。あなたには、明日から一ヶ月の休暇が用意されています。そのあいだにじっくりと考えて、結論をだしてください。いいわね? 」
「わ、わかりましたぁ」
 さらに、なにか言いかけた局長さんでしたが、ふと時計のほうをみました。
「もう、時間ね。ざんねんだけど」
 これで、退出しろということのようです。わたしはすぐに身じたくと挨拶をすませて、応接室をあとにしたのでした。
 時空管理局を出ると、すでに、そとは暗くなりつつありました。わたしは、乗り物をつかまえると、すぐに帰路につくことにしました。
 おうちについたころには、すっかり夜になってしまいました。
「ただいま」
「おかえりなさあい! 」
 玄関をくぐると、だれかがわたしに飛びついてきました。
 見ると、弟でした。
 今年で、八歳になります。いまのお父さんとお母さんの長男で、血はつながらないものの、わたしにとっては目にいれてもいたくない存在でした。
 しゃがみこんで、彼と視線をあわせました。
「ひとり? お父さんたちは? 」
「僕だけだよ。今日はおそくなるんだって」
 ふにゃりとしたあどけない表情をうかべ、弟がこちらを見つめました。ふと、胸がつまりそうになり、わたしは彼をきつくだきしめてしまいました。
「くるしいよう、おねえちゃん、はなして」
「ご、ごめんね」
 三年におよぶ単身赴任で、途中でなんどか一日ふつかの休暇をもらったこともありますが、基本的には、家にほとんどいない姉でした。それなのに、この幼い弟は、毎日あっている相手にするように、わたしに接してくれたのです。
 もっとも、お父さんやお母さんも、それについては同様でした。あらためて、このひとたちはわたしの家族なのだと実感しました。
 ともあれ、両親ともおそいとなると、弟のために食事を作らなければなりません。わたしはすぐに台所にはいると、ありあわせの材料で料理にかかりました。
 おとといまでいた時間平面にくらべ、つかえる食材がすくないのをさびしく感じました。それでも、できあがったものは、おいしく味わってもらえたようでした。
 食事をおえると、いっしょにお風呂にはいりました。浴槽で抱きあうようにして、いろんなことをお話しました。
 最近の彼は、情操学習の課題だとかで、花を育てているのだそうです。綺麗に咲いたら、一番にみせてくれると約束してくれました。
「おねえちゃん……」
 気がつくと、弟は眠りかけているようでした。
 あわててお風呂からあがり、着替えをおわらせたころには、立っていることもままならない様子でした。がんばって、弟を寝室に運んでいきました。寝具につつまれると、彼はすぐに眠りにおちてしまいました。
 ぼんやりと、弟の寝顔をながめてみました。
 わが弟ながら、ととのった顔立ちをしていました。このぶんなら、彼がおとなになるころには、きっと古泉くんにまけないぐらいの美形になるにちがいありません。
 いくらかつり目がちなので、悪っぽく見えるかもしれませんが、そこもまた……あれ? 
 なにか、みょうな感じがしました。
 たったいま想像した弟(大)が、わたしの知っているだれかに、似ている気がするのです。古泉くんに匹敵する美形でありながら、どこか陰のある少年。
 もういちど、まじまじと、弟の顔をながめてみました。
「まさか、ね」
 寝室を出たあとは、しばらくはリビングでのんびりしました。やがて、お父さんやお母さんも帰ってきました。ふたりとも、わたしがつくった料理の残りを夕食としてたいらげてくれました。
 ふたりと話をしているうちに、日付がかわりました。おやすみをいって、自分の寝室へとむかいました。
 疲れていたので、すぐにやすむことにしました。
 眠るまえに、荷物からぬいぐるみを取りだしました。長門さん、古泉くん、涼宮さん、キョンくん、鶴屋さんの順で、枕元にならべました。
 それから、自分で持ち帰ったほうの荷物から、鶴屋さんがわたしのために縫ってくれたメイド服姿のぬいぐるみを出して、長門さんのとなりにおきました。
 SOS団の勢ぞろいです。ならび順は、卒業式のライブのときとおなじでした。
 しばらく、それをながめていました。枕に顔を半分うめるようにして、ずっと見つめていました。
 いつしか眠っていたらしく、夢をみました。
 幼いころの夢でした。だれか女のひとが、わたしをだっこして、子守歌をうたってくれていました。
 どこか、聞き覚えのある歌声でした。
 きっと、これはお母さんの歌だ。なんとなく、夢のなかでそう思いました。

<了>
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