豪快な音をたてて、文芸部室の戸が開けはなたれました。涼宮さんがもどってきたのです。
 団長席の椅子にどっかりと腰をおろし、涼宮さんはわたしをじっと見据えました。
「で、話ってなに? 」
「そ、そんなにあわてないでくださいよう」
 すぐに、わたしは部室の鍵をかけました。かちゃりと、音がなりました。
「あら、鍵かけたの? べつにそんなことしなくても、どうせ今日はだれもはいってこないわよ? 」
「え、そうですかぁ? 」
 あいまいな感じに見えるようにうなずいたあと、わたしはおもむろに自分の荷物を物色しはじめました。そうして、用意しておいた品物を取りだしました。
 赤ちゃんサイズのお人形というか、ぬいぐるみです。布製で、なかに綿をつめたものでした。
 ただし、用意しておいたといっても、これそのものは今回の任務とは関係ありません。単純に、お友だちにあげるための記念品です。
「まずは、どうぞ。卒業記念の贈り物です」
 涼宮さんは、ぬいぐるみを受けとると、目をまるくしました。そうして、うえにかざしたり、ひっくりかえしたりして興味ぶかげに観察をはじめました。
「へえ……。これ、ハンドメイドよね。もしかして、みくるちゃんがつくったの? 」
 指摘されたとおり、それは手づくりの品物でした。彼女にあげたのは、北高の制服を着ていて、頭に黄色いカチューシャをあしらったデザインのものでした。
 デフォルメしてあるので、モデルにしたというほど似てはいませんが、いちおう涼宮さんの姿をもとにしてつくりました。
「鶴屋さんとふたりでつくったんですよ。ほかの団員のぶんもあります」
 なお、鶴屋さんは焼きそば喫茶『どんぐり』の制服を着たデザインのものを、わたしはメイド服姿のものを、それぞれもっています。おたがいに、相手に似せたものをつくって交換したのです。
「そうなんだ……。ありがとう、みくるちゃん。一生だいじにするわ。ううん、子々孫々まで受け継いで、うちの家宝にするわ」
 ぬいぐるみをだきしめたまま、涼宮さんがいいました。感触が気にいったのか、ほおずりをしています。
「そんなふうにいっていただけると、つくったかいがあります」
 よろこんでもらえて、まずはほっとひといきでした。
「……でも、ほかの団員のぶんもってことは、みんなの姿に似せてあるってことよね」
 にやりと、涼宮さんが笑みをうかべました。それから、もっていたぬいぐるみを団長机のうえ、三角錐のとなりにおきました。
 とりあえず、予想どおりの展開でした。
「いまは、だせないですよ? あげるひとに、一番に見せたいんです」
「いいじゃない。ケチケチしないで、見せなさいよ」
 あとのためにも、ここでペースをとられるわけにはいきません。わたしは、がんとしてことわりました。
 最近の涼宮さんは、きちんと拒否したことについては、あまりむりをとおそうとはしなくなりました。案の定、彼女はあっさりとひきさがってくれました。
「しょうがないわねえ。じゃ、ぜんぶおわるまで我慢するわ。それで、話はこれだけなの? 」
「い、いえ。じつは、ずっとまえからいちど、涼宮さんにお願いしたいことがあって」
 さあ、いよいよ本題です。わたしの全身に、緊張がはしりました。
「お願いしたいこと? 」
「えっと、そのまえに……。しゅ、涼宮さん、いま身長はどのぐらいでしたっけ? 」
 しっていましたが、あえてたずねてみました。
「身長? たしか百五十九センチちょいだったかしら。あたし、みくるちゃんとちがって背がのびないのよねえ」
 いいながら、涼宮さんは、団長席のぬいぐるみの頭をぽんぽんとたたきました。
 もっけのさいわいでした。わたしは彼女がよそ見をしているうちに、一歩だけあゆみよりました。
「六センチ差ですね、わたしと」
「あら、じゃあ、みくるちゃんはいま百六十五センチ? へえ、ほんとに背がのびたもんだわ」
 はじめて涼宮さんにあった日のことを、わたしは思いだしていました。
 あの日、わたしは上司から、自分の教室に待機しているようにとの指示があり、いわれたとおりにしていたのです。
 すると、そこに涼宮さんがあらわれて、有無をいわせずわたしを部室に連行していったのでした。
 当時はまだ、涼宮さんに逆らうなというような命令はでていませんでした。でも、彼女のほうが背も高くて力も強く、ちょっと怖かったこともあって、いいなりにならざるをえませんでした。
 そのごのことは、みなさんもご存知のとおりです。楽しいこともたくさんありましたが、はじめのころは辛いことのほうがおおかった気もします。
 結果として、SOS団の仲間になることができたのは、よかったと思いますよ? だけど、自分のなかに、なにひとつわだかまりがのこっていないかというと、それはまた微妙なところでした。
 もう一歩、わたしは距離をつめました。
 すわっている涼宮さんのうえに、わたしの影がおちています。でも、彼女はとくに気にしたふうもなく、こちらを見あげていました。
 いまからなにが起こるか、きっと涼宮さんは想像もしていないのでしょうね。
「ちょうど、おととしの五月ごろとおなじ身長差ですね。あのころは、こっちのほうが背がひくかったですけど」
「たしかにそうね。でも、それがどうかしたの? 」
 だいじょうぶ。わたしはそう心の中でくりかえし、自分をふるいたたせました。
 さきほど、涼宮さんをまっているあいだに、掌に『入る』の字を三回書いて――なぜ『入る』なのかはよくしりませんが、緊張したときはこうするといいと鶴屋さんに聞きました――それを飲みこむというこの時代のおまじないを、三セットもやったのです。
「うーん? 」
 ようやくというべきか、涼宮さんが怪訝そうな表情をうかべました。そのあいだにも、わたしはさらに距離を半歩つめました。
 ほとんど、膝がふれあう距離でした。
「なんだかさっきから距離が近くない? みく……」
 最後まで、いわせませんでした。わたしは、やにわに涼宮さんにとりつきました。そうして、すばやく椅子のうしろに体をすべりこませると、左腕で彼女の両肩から肘のあたりを固め、同時に右腕をお腹にまわしました。
 お泊りのあいだに習った鶴屋流古武術のひとつ、秘技『鶴羽交い絞め』でした。もちろん、こんなことをするために教わったわけではないですけどね。
「る……え? えっ、ちょ、みくるちゃん、なんのつもり? 」
「いちどでいいから、やってみたかったんですぅ」
 どうやら、涼宮さんは、もがこうとしているようでした。でも、すでに技は完全に極まっていました。関節を封じているうえに、椅子も利用しているので、この状態ではろくに体を動かすこともできないはずです。
「はなしなさい! なにこれ、腕に力がはいんないじゃない! 」
 これなら、左腕いっぽんでも、充分に彼女の体を抑えこめそうです。わたしは悠々と、右腕をはなしました。
 右手の指を、涼宮さんの目のまえにだして、わきわきとうごかしてみました。
「み、みくるちゃん、なにを」
「ふふ、ふふふ」
 ひいとさけんでさらに逃れようとする涼宮さんの、まず耳を甘噛みしました。それから、右手で彼女の胸をまさぐりました。
「ひゃあ、や、やめなさい! みくるちゃん、だめ! いやぁ」
「ほ、ほれほれぇ。ここがええのんか、ええのんかぁ」
 はむはむと、耳たぶを唇ではさみながら、ときにはひっぱったりしました。ついでに、耳の穴にも息をふきこみました。涼宮さんの、体格にふさわしい均整のとれたおおきさの乳房を、そっと持ちあげ、かるく押しつぶし、回すようにしてこねました。
 みるまに、涼宮さんの顔が真っ赤に色づいてきました。せつなげに、体をくねらせはじめました。
「ふあ、それだめっ。ほ、ほんとにだめだったら。おぉん、そんな」
 ああ、涼宮さんって、耳が弱かったんですね。自分の弱点だから、わたしをいじめるときにも、そこを重点的にえらんで責めていたんですね。
 えもいわれぬ感慨で、わたしの胸はいっぱいでした。だって、あの涼宮さんが、この腕の中で、身もだえしながらかわいい鳴き声をあげているのです。こんなことが現実にありえるなんて。
 しばらくのあいだそうやっていましたが、いつしか左腕のロックがあまくなってしまっていたようです。ふとした瞬間に、涼宮さんは体をはずすことに成功し、こちらから距離をとりました。
 椅子にすわったまま飛びのいたので、がたりとはでな音がしました。即座に立ち上がると、彼女はこちらに向きなおってきました。
「いいかげんになさい! いくらみくるちゃんでも、これ以上はゆるさ……」
 なぜか、涼宮さんの声が、途中でとまりました。体も、かたまっているようです。目のまえがぼやけていてよく見えませんが、もしかしたら彼女はとまどっているのかもしれません。
「ちょ、ちょっと、みくるちゃん? なんで泣いてるの? そんなに、こんなことがしたかったの? 」
「ちがいますぅ。き、緊張しすぎて」
 なんだか、わけがわからなくなってしまいました。目が熱くて、鼻のおくがつんとしています。
「ふぇ……ふぇええええん」
 気がつくと、わたしは涼宮さんにすがりついて泣きじゃくっていました。
「わ、やだ、みくるちゃん」
 驚いたような、困惑したような涼宮さんの声が聞こえてきました。
「なによこれ。なんなのよこれ。ああ、もう」
 口調だけなら、怒っているみたいでした。だけど涼宮さんは、言葉とは裏腹に、わたしを抱きしめてくれました。
「ほんとにもう。なんでみくるちゃんが泣いてるのよ。あ、あたしのほうがひどいことされたってのに、どうなってるのよ」
 それから、彼女は、やさしくわたしの髪をなでてくれました。
「泣きやみなさいよ。な、なんだか、こっちまでへんな気分になってくるじゃない。もう。やめてよ。ほんとに、やめてったら」
 いつのまにか、涼宮さんの声にも、涙がまじりはじめました。そうして、わたしたちは、時間がくるまで、抱きあったまま泣いていたのでした。

次へ


|