はァハァハァハァ・・・

「ちょっと、キョン!もっとスピードだしなさいよ?だらしがないわね!」

ハァハァ・・煩いぞハルヒ・・荷台に座っているだけのお前には判らんだろうが、さっきから延々と緩い登り坂が続いているんだ・・・。

今、俺は自転車の荷台にハルヒを乗せ、この一見平坦に見える心臓破りの坂道を往年のスポ根ドラマも真っ青なくらいの汗を流しながら登っている。

「しかし、オシリが痛いわね。自転車にも後部座席の必要性を感じるわ。」

勝手な事を。
仮にそんな自転車があったとして、おまえは一体だれに運転させる気・・・って俺か。
ああ・・本気で疲れてきた・・・もうマジメに後ろの煩い荷物に取り合うのはやめよう。
感情を捨てマシンになるんだ。
頑張れ、オーバーヒート寸前のエンジンな俺・・・


ところで、俺が何故オーバーヒートでエンジンなのかを説明する必要があるな。

話は、つい先程の放課後の部室へ遡る。


放課後、いつもの様に俺は部室へ向かった。
まあ、この妙な団体の根城をごく自然に「部室」と言えてしまうあたり、自分が周囲の言うところの「涼宮ハルヒとその一味」である事を認めざるおえなくなる要素としては十分な訳だが、最近はそれも悪くないかと思う様になっていた。

一応、朝比奈さんの生着替えを警戒(?)しつつドアをノックする。
返事が無い・・・か。

俺は少し安心してドアをあけ・・・あれ?ハルヒ?
居たのか。

「何よ、残念そうな顔して。何を期待していたのかしら?」

何も期待はしていない。
しいていうならば朝比奈さんの「癒し効果」くらいなものだ。
しかし今日のハルヒは、いつになく不機嫌・・・というよりは体調が悪いのか?
少しだけ顔色も悪い様だ。

「今日の体育の時間、バレーボールだったのよ。たぶん、やったのはその時ね。」

と、言いながらハルヒは椅子に座ったままスカートをめくりあげた。
瞬間、俺は息を飲んだ。右膝から太股の方に向かって赤く、紫が少しかかったピンクの様に腫れ上がっている。

「あ、今パンツ見たでしょ。」

断じて見てない。
しかし、どうするんだ?家に帰るにも、病院に行くにも・・・歩けるのか?

「ふっふーんww」

あ。そういうことか。
みんなを早々に解散させ、遅れて来るであろう俺・・・つまりこの場合は「帰りの足にある自転車とその動力要員」を待ち構えていたと。

「さぁ、キョン?帰るわよ!アタシを送りなさい!」

って、なんなんだよ。
だいたい俺だって、その怪我を見せられれば「送って行こうか?」と言ってやれるくらいの甲斐性はあるつもりだ。
ていうか、こいつの家は何処だっけ?

「何をボケーッとしてるのよ!とりあえず駐輪場までは気合いで歩くわっ!・・・あれ?」

ガタッ

ハルヒは、勢いよく立ち上がったものの怪我をしている足を中心に姿勢を崩し慌てて机に手をついた。

こりゃだめだな。ほら、担いでいってやるからおぶされ。

「・・・な、なによ!!平気なんだからっ!」

無理だ。いいから。

「おんぶは・・・その・・・私の見た目よりも豊満な胸がアンタの背中に当たって結果的にアンタを喜ばせるからイヤ!」

・・・。
じゃあどうするんだ?足の痛みと腫れが治まるまで部室にて引きこもり生活か?

「ち、ちがうわよ!胸が・・・胸が当たらない運び方だってあるでしょ!?よく考えなさいよ!バカキョン!」

胸が当たらない運び方・・・肩車か?いや、この場合は後頭部に胸よりもマズいあの部分が当たる計算になるな。さてさて、どうしたものか。

「だから、背中じゃなくて前で!」

前?まさか・・・
`おひめさまだっこ´の事か?

「べ・・・べつにアンタに好意的に抱き上げてもらうわけじゃないんだからねっ!
アタシの貞操を守る為の不可抗力なんだからね!」

どういう貞操だかなんだか知らないが。
まあ、赤面しながら必死に言い訳する可愛さに免じて許してやろう。

よいしょっ。
痛くないか?

「ん、大丈夫。・・・キョン・・・?」

なんだよ?

「ありがとう」

少し照れくさかったので、少しだけ鼻を鳴らして答えた。

しかし、こんなとこ谷口に見られたらヤバいな。長門の一件もあることだし。

「あ、何か今イヤらしい事考えたでしょ?」
まったく何を根拠に・・・まあ、あの時の長門の事を少し思いだしたりしたが。
とにかく駐輪場まで急ごう。

駐輪場に着く頃なると、ハルヒは少し汗ばんでいた。
それが、痛みによるものなのか俺と同じく誰かに見られる可能性に対しての緊張による・・・て事は無いだろうな。

痛むか?医者に行くか?

「いい、やめておくわ。外科だったら、ここから一番近くて田代医院でしょ?あそこの親父、目とか手つきとか全てがいやらしいのよ」

以外だな、おまえでも医者にかかる事があるんだ?
まあ、今日を除いてだが。

「ほら、前に草野球大会に出たでしょ?その日はなんとも無かったんだけど、次の日肩が痛くて腕があがらなかったのよ。かといって学校で隙を見せるのはポリシーに反するのよね。だから痛み止めくらいは貰えるかと思って行ったなの。」

たいしたポリシーだ。
「そうしたら、肩が痛いって言ってるのに『肩の筋肉は胸へとつながっている』とか言って胸を触ろうとするのよ!」

むう、こんなエロビデオを谷口に借りた事がある・・・いやいや、許せん医者た!

で、どうした?

「アタシ言ってやったわよ!『なるほど、肩が胸ですか。良いことを聞いたわ!帰ったらお母さんに報告しなきゃ!先生に胸をイッパイ触ってもらったから、肩がすぐ治りそうってね?』ってね!」

先生、あんたもある意味災難だな。

結局、ハルヒは湿布と痛み止めを「進呈」してもらい、その場を後にしたらしい。

ん、良いんじゃないか?また行けば、きっとタダで診察してくれるんじゃ・・・

「あんな変態に胸触らせてまで、薬なんか欲しくないわよ!お金ちゃんと払ってマトモな医者に看てもらった方が遥かにマシだわ!」
目とか手つきがいやらしい→変態に進化したところで、そろそろ行くか?

「そうね。飽きの来ない走りを期待してるわ。」

なんだよそれ。


俺はハルヒを横向きで座らせると、夕焼けと呼ぶにはまだ早い午後のオレンジ色の太陽に向かい走り出した。


そして今、俺は「一見平坦に見える心臓破りの坂」を登りきり、頂上(?)付近にあるオアシスに到着した。
自動販売機と赤いベンチ、今の俺にとって最高の組み合わせだ。
少し休もう。

「まったく、アンタが必死にペダル踏んでるのを見てたら、こっちまで喉が乾いちゃったわよ!何か買ってきて。」

へいへい。
いつもの果汁100%で良いのか?

「・・・アンタと同じでいい。」

え?俺、コーヒーだぞ?

「いいから、いいって言ってるのよっ!」

やれやれだ。
しかし、さっき背中ごしに聞いたハルヒの家の場所は、「自転車でも十分行ける距離だからこのまま送ってやる」と俺に言わせるくらいの場所だったものの、いざ走り出すと想像以上に遠い。自分の距離感覚の鈍さを呪いたくなる。
まあ、あと少しだと言うし頑張るか。

とりあえず俺は冷たいのを、ハルヒには温かいのを買いベンチに戻る。

販売機からコーヒーを取りだし振り返ると、目の前にニュース番組のエンディングで流れるような夕焼けがひろがっていた。
そうだ、あの坂を登っている時は気付かなかったけど、俺達の進む方向から見て左側は斜面になっていたんだ。
すごいな・・・

思わず口にしたあと、俺はふとハルヒの方を見た。
別に、つい口から出た感嘆の言葉に同意を求めた訳じゃない。
ただ、なんとなく。



ハルヒは、夕焼けではなく俺を見ていた。
今までで見せたことも無いような、優しくて切なげで・・・

俺は何か語りかけなくてはいけないという衝動にかられ、必死に言葉を探す。

足、大丈夫か?

「大丈夫じゃないわね。」

ハルヒの表情が普段と同じになった事に妙に安心した俺は、ハルヒの隣に腰を降ろした。

無理はしない方がいいぞ?

「いやよ!明日も学校に行くわ!」


しかしだな、いくら行きたくても体の具合如何ではどうにもならんだろ。

コーヒーを差し出しながら、俺は諭すように語りかける。

(ハルヒは、コーヒーを飲むときでも一気に飲んで「プハーッ」てやるのだろうか)

などと、くだらない事を考えながら。

しかし、ハルヒはコーヒーを手にとったもののしばらく黙っていた。

しばしの沈黙

もう日が沈むな・・・
なあ、ハルヒ。
そんなに学校に行きたいか?

「決まってるじゃない。でも、無理ね。この足じゃ電車にも乗れない・・・」

ハルヒにしては随分と弱気だな。怪我のせいでナーバスになっているのだろうか。

「でも行きたいのよ。なんとかして。」

まあ、今までもハルヒの我儘には振り回されっぱなしだった訳だが、生憎俺は「岬に住まう天才外科医」でもなければ「未来の世界の猫型ロボット」でもないわけで・・・まあ、自転車の後ろに乗せて運んでやる事くらいしか・・・

ってあれ?まさか・?

まさか、この言葉をハルヒは待っていた?今、思い付いてしまったこの言葉を!
しかしだ、これを言ってしまったなら明日からまた「一見平坦に見える心臓破りの坂」を登る羽目に・・・
まあ・・・いいか・・・

なあハルヒ、俺が迎えに来てやる。
自転車の後ろに座ったままなら学校に行けるだろ。
ただ、おひめさま某は確実に無理だが。

次の瞬間、ハルヒの表情は極上の笑顔変わっていた。
「まあ、いいわ!アンタがそこまで言うのなら、迎えに来なさい!」

ああ、明日から大変だこりゃ。
「・・・キョンの今回の申し出に対して、団長として私は・・・」
ん?副団長の座なら古泉に与えただろ?副副団長なんて意味不明な役職は要らないし、別に副団長ってのも要らな・・・あれ?
ハルヒの顔がどんどん近付いてくる・・・
やがて唇と唇が重なった・・・
ん?ちょっと待て!
少しだけ、唇同士の距離を確保しつつ俺が言う。
(団長として!っての外せよな。)
「・・・バカ。」
ベンチには重なりあった二人の薄い影と、コーヒーの缶が二つ・・・

おわり

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