「しっかし、あいつがあんなことをいいだすとはね」
 すこしむずがゆそうな表情で、涼宮さんがいいました。
 いつもの、文芸部室でした。涼宮さんは団長席にこしかけて、頬杖をついているところでした。
「なんていうか……。あたし、ちょっとあいつを見誤ってたかも。陰険で、うざったいやつだとばかり思ってたんだけどな」
「ま、だれしも隠している気持ちのひとつやふたつはあるってことだろ。漫画やゲームじゃあるまいし、属性やらなにやらで単純に割りきれるもんじゃないのさ」
 キョンくんが、苦笑めいた表情をうかべつつ、合いの手をいれています。古泉くんはそんなふたりを目をほそめて見守り、長門さんは我かんせずとばかり本を読んでいました。
 ちなみに、涼宮さんがいっている『あいつ』とは、元生徒会長の彼のことです。
 さきほどのサプライズ・ライブがおわったあと、卒業式は平常のプログラムにもどりました。つまり、彼による卒業生答辞から再開したわけです。
 そこで、彼は用意していたはずの原稿を見ずに、おそらくはアドリブで、スピーチをはじめました。
 もちろん、在校生や先生がたへのメッセージもありましたが、そのスピーチの大半はSOS団にむけられたものでした。
 非公認団体への対応に苦労させられたが、楽しくもあった。自分の高校生活にとって、それらのことはけっして意味のないものではなかった。大意はそのようなものでした。最後には『ありがとう』というお礼の言葉も口にしました。
 どうやら、涼宮さんには、とくにお礼の言葉がまったくの予想外だったらしく、ずっととまどっている様子でした。
「お茶をどうぞ、キョンくん」
 会話のじゃまにならないよう、タイミングを見計らってから、キョンくんのまえに湯のみを置きました。
「あ、どうもありがとうございます、朝比奈さん。……でも、今日ぐらいはふつうに制服で参加してもよかったんじゃないですか? なんならいまから、俺がハルヒにガツンといってやっても」
 声をひそめて、キョンくんがいいました。
「い、いえ。わたしはむしろ、団活中はメイド服のほうが落ちつきますし」
「聞こえたわよぉ、キョ~ン? ガツンと、なんですってぇ? 」
 いくぶん間延びしたおどろおどろしい調子の声がひびきました。涼宮さんでした。とたんに、キョンくんの顔が青ざめました。
「俺はただ、朝比奈さんの服装をだな」
 それを皮切りに、ふたりが口喧嘩という名のじゃれあいをはじめました。ほんとうに、仲のおよろしいことです。
 議題がわたしの服装である点は心苦しいのですが、正直にいって、犬も食べないたぐいの議論でした。わたしは、なにごともなかったように、ふたりからはなれることにしました。
「どうぞ、古泉くん」
「ありがとうございます」
 古泉くんが、にこやかに頭をさげてくれました。
「はい、どうぞ。お茶です」
 長門さんのまえにも、湯のみをおきました。したに、紙を一枚しいたので、かすかにかさりと音がしました。
 一瞬、彼女は湯のみのほうに目をやりましたが、結局なにもいわず、視線を本にもどしました。
 お礼も、なしでした。長門さんがそういうひとなのはわかっているので、不満はありませんが、最後ぐらい、なにかひとこといってもらいたかった気もします。
「ねえ、みくるちゃんは今日はいつまでいられるの? 」
 いきなり、涼宮さんが話しかけてきました。
 見ると、涼宮さんはキョンくんのうしろから、首のあたりに抱きついているところでした。
 ただし、これはただ抱きついているというより、プロレスかなにかの技で締めているのかもしれません。キョンくんが、真っ赤な顔でもがいています。そうして、ぱんぱんと、涼宮さんの腕をたたいていました。
「ほら、鶴屋さんとはきちんと挨拶する時間もなかったじゃない。せめてみくるちゃんとだけは、最後までいっしょにいたいのよ」
 そういって、涼宮さんはようやくキョンくんを放しました。床に、雑巾をぽいと落とすような感じでした。
 ぜいぜいと息をあらげて、キョンくんがその場にくずおれました。
「いちおう、六時四十五分の電車にのればいいので、その時間まではだいじょうぶですよ」
 鶴屋さんは、卒業式のおわりまで、学校にいることができませんでした。
 もともと予定がつまっていたのに、SOS団のライブと撤収作業とで時間が超過してしまったため、式の途中で学校を抜けださざるをえなくなってしまったのです。
 校歌斉唱の最中に、となりの子から手紙がまわってきて、それでわたしは、鶴屋さんがいなくなったことをしりました。
 手紙には、時間がないからもう行くということ、SOS団のメンバーによろしくということ、そして、文末には『またね』とも書いてありました。
「六時四十五分ね、よし! じゃああらためて、正規メンバーによる最後の団活を開始します。さて、今日の予定ですが……」
「あっ、まってください。そのまえに、ちょっとお願いが」
 本日の活動内容を高らかに宣言しようとする涼宮さんに、わたしは割ってはいってしまいました。
 SOS団に加入して二年ちかくたちますが、このようなことをやったのははじめてでした。というより、キョンくん以外のメンバーが、涼宮さんの発言を止めること自体が、きわめて異例なことでした。
 涼宮さんが、きょとんとしたような表情をうかべています。キョンくんは目をおおきく見開き、長門さんはページをめくるのをやめ、古泉くんは、うしろにいるのでわかりませんが、たぶん笑顔がかたまってしまっているのではないかという気がしました。
 全員が、わたしに注目していました。
 こ、この空気はちょっとこまりますよ。ただでさえ緊張しているのに、ひ、必要なことをちゃんといえるかしら。
「そ、そのっ、団活をはじめるまえに、三十分ほど時間をいただけませんかぁ? 」
「……なんで? 」
 値ぶみするような目つきで、涼宮さんがこちらをながめています。
 理由は、今朝わたしにくだされた指令『帰還の時刻まで、あなたは自身のとりたい行動をとれ』を達成するために、協力してほしいというものです。
 でも、当然ですが、この場で正直にそれをいうわけにはいきません。
「おお、お別れのまえに、SOS団のメンバーひとりひとりと、秘密のお話がしたいんですぅ」
 あわてふためきつつも、なんとか用意しておいた表むきの理由を答えることができました。すると、涼宮さんはふしぎそうに小首をかしげました。
「秘密の話? 」
「ええ、えと、えと、ひ、秘密といっても、そんなへんな話じゃなくてぇ。ふぇ、ひ、ひとりひとりとの、つつ、つながりになるというか、思い出になるというか、そういうようなことを」
 緊張しすぎて、自分でもなにをいっているのかわからなくなってきました。
「ふうん……」
「さ、三十分がながいようなら、二十分ぐらいでもかまわないですぅ。ひとり五分もあれば、お話はできますからぁ」
 つかのま、涼宮さんは、腕ぐみをしてかんがえているようでしたが、やがて鷹揚にうなずきました。
「べつにいいわよ。そのぐらい。それに、今日はみくるちゃんが主役なんだから、たいていのことは大目にみてあげるわ」
 その返事に、思わずほっと安堵の息をつきました。これで、任務を実行できます。
 それからすこしのあいだ、順番や待機する場所などを話しあいました。
 順番は『最初があたしなのは確定』とのことでしたが、ほかのメンバーにはとくにこだわりもなかったようで、結局団内の序列どおりということで落ちつきました。涼宮さん、古泉くん、長門さん、キョンくんの順です。
 ひとりあたりの持ち時間は、十五分にきまりました。五分やそこらでは、あわただしくてろくに話なんかできないというキョンくんの意見でした。涼宮さんも、それに賛成してくれました。
 つまり、全員あわせて、移動時間もふくめると、一時間から一時間半ということになります。望外の結果でした。
「じゃ、みくるちゃん。いったんあたしたち出るから、そのあいだに準備をととのえてね」
「はぁい」
 全員を見おくったあと、わたしは湯のみの片付けをはじめました。
 時間があまりなかったので、キョンくんも古泉くんも、お茶は半分ぐらいのこしていました。涼宮さんの湯のみは空でしたが、彼女が一息で飲んでしまうのは、いつものことですね。
 だけど、長門さんの湯のみにも、お茶は一滴ものこっていませんでした。
 かわりに、折りたたまれた一枚の紙きれ――お茶をわたすときに湯のみのしたにしいておいたもの――がはいっていました。
 じつは、この紙きれは、わたしから長門さんへの、ないしょの手紙でした。式がおわったあと、部室にくる直前に、こっそりしたためておいたものです。
 団員のよしみで、お力を拝借したい。今日の団活がおわるまで、この部室の物音が、そとに漏れないようにしてほしいという内容でした。
 こちらのつごうだけでぶしつけなお願いだとは思いましたが、これからやることには、わたしの未来人としての属性がかかわっています。万が一にも、部外者や、まして涼宮さんに聞かれたりするわけにはいきません。
 紙面を確認すると、わたしの書いた文章はすべて消されていて、かわりに判子でおしたような綺麗な文字で『承諾』と記されていました。どうやら、長門さんは協力してくださるようです。感謝です。
 さて、ここまでは計画通り。あとは、実行にうつすだけになりました。
 緊張も、もちろんしていましたが、わたしはそれ以上に、いまからやることを楽しみに感じていました。

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