「あっ……」


 身体が燃えるように熱い。けどなんだろう。額に冷たくて柔らかいものがある。とても心地良い気分だった。
 

「やっと、起きたー」
 

 俺が本当に怖いのは--


「全く、これは何の悪夢だ?悪魔が家にいる……」
 

「第一声が……、悪態かい!」
 

「あだだだだだだっ!」
 

 頭が割れるー!なんたるアイアンクロー!熊並みの握力だぞ、こいつは。頭痛がひどい~。


「今日は、これくらいで勘弁してやる」
 

「いてー。ナツキ……、なんでここにいるんだ?」
 

 見上げた目先には、ナツキの顔。そして、目の上、つまり額には、ナツキの手が置かれていた。それで、額が冷たくて心地よかったわけか。
 

 小学生、中学生と順番にきて、最後に高校生のナツキが現れた。やっぱり、今のこいつが一番しっくりくる。
 

「馬鹿が、風邪を引いたって聞いたから来たわけ。感謝しなさい」
 

「大きなお世話だ」
 

 どこからどう見ても、俺の知っているナツキだった。調子の悪さを忘れて、思わず笑ってしまいそうだ。話をしているだけで、少し楽になる。下手な薬より効果があるな。
 

「ふふっ……」
 

 んっ、ナツキが、少しだけ笑っている。なんだ、俺の不幸な姿が、そんなにうれしいのか?
 

「違うよ。懐かしいなと思ったの。覚えているかわかんないけど、あたしが風邪を引いた時のこと覚えてる?中学1年の時だったと思うけど」
 

 そういえば、そんなこともあった。たしか、雨に濡れて帰ってきて、風邪を引いたんだったな。普段は、殺しても死なないような奴なのに、熱で顔を赤くしたナツキが、弱々しく布団で寝ていたのを覚えている。あれ、そういえば……
 

「あの時、熱出したのあんたのせいなんだからね。引っ越すかもしれないってことを黙ってただけで、喧嘩になってさ。雨なのに傘も持って行かず飛び出て、探しても見つからないから途方にくれてたんだから」
 

 そうだ、そうだった。あの喧嘩の次の日、ナツキは風邪を引いて学校を休んだ。そういう理由だったのか……。すまない、俺のせいだったんだな。
 

「別にいいの。勝手に風邪引いたのはあたしなんだから。でも……」
 

「んっ?」
 

「風邪引いてあたしが寝込んでるとき、喧嘩してるのも忘れてさ。まるで死ぬんじゃないかってくらい心配して、看病してくれたよね。あんたが額に手を置いてくれた時、少し楽になったんだよ」


「そう……、だったか?」
 

 そういえば、ナツキが風邪を引いたってことに驚き過ぎて、喧嘩したことすら忘れたんだった。そして、喧嘩がうやむやになって、風邪が治るといつもと変わらない付き合いをしていたんだ。


「うん、感謝してるんだ」
 

 ナツキは俺の目を見て笑った。なんだよ、そんな顔して笑うなよ。気持ち悪いな。
 

「あの日も、こんな雨の日だったな……」
 

 かと思えば、ナツキは窓に顔を向け、笑うのを止めて遠い目をした。窓に目を向けると、朝振っていた大粒の雨は、今は小雨になっている。
 

「今はなくなったけど、あの公園のこと覚えてる?あそこで、あの人と会ったんだ。最初は、お父さんが死んだ小学5年生の時、2回目はあんたと喧嘩をした中学1年の時」
 

「なんだよ、昔話でもしたいのか?悪いが……、」
 

「あれ以来会ってないなぁ……」
 

 今度は、少しだけ悲しそうな目に変わった。なんだよ、年中無休で騒ぐくせにらしくない。今の天気と同じってのか?
 

「キョン君かと思ったんだけど違ったみたい。あの人と同じ名前で、雰囲気も似ていたんだけど、あたしと会ったことないんだって。そうよね、本当はわかってたんだ。小学5年の時には、北高の制服着てたんだから、とっくに卒業してるはず……」
 

 公園で会った人?北高の制服?
 

「その……、公園で会った人っては何者なんだ?」
 

「あたしの憧れている人。優しくてかっこいいんだよ。あたしが迷っていたり困っている時、あたしが求めている答えを持ってきて助けてくれるんだ……」
 

「あ、ああ……。そうか……」
 

「何よ、変な顔をして。ぶっさいくね。あの人と大違い」
 

 いや、そりゃ俺だ。あー、寒気がする。うん、少し寝て落ち着こう。


 こうして、1つの事件は終わりを迎えた。古泉にしろ、朝比奈さんにしろ、それぞれに悩みを抱えている。こんな風に、誰しも悩みを抱えているんだろう。こう思うわけだ。ある人が真剣に悩んでいることが、ある人にとってはたいしたことじゃない。特に気にするようなことではなく、思い違いをしていることってあると思う。


 でもさ、これはなしだろ?今回の事件で、1つ大きな悩みってやつができたわけだ。ナツキの憧れの人が俺だという、どうにもできない悩み。本当のことなんか言えるはずがなく、またひとつ悩みが増えることになった。
 

 やれやれ……、困ったもんだ。

 

第4章後編へ続く


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