背中にいる柔らかい人は、朝比奈さん(大)が言うような重さはなく、むしろ何を食ってるんだっていうくらい軽かった。だが、どうしても足取りは重くなってしまう。


 ああ、だめだ、だめだ。朝比奈さん(大)から励まされたばかりじゃないか。ネガティブになるな、悪い癖だぞ。


「う、ううん……」
 

 おっと、朝比奈さんが起きたようだな。もう少しで駅に着くしちょうど良い。
 

「おはようございます」
 

「えっ?ひゃあっ!?」
 

 なんて、愛らしい声を出すのかね、この人は。でも、あんまり暴れないで下さいよ。いろいろ、特に背中が困るんですから。
 

「あの……、一体どうなってるんですかぁ?」
 

「過去に戻る時に、いろいろあったようです。でも、なんとか元の……、朝比奈さんの世界に戻ることができましたよ」
 

 人通りかいつまんで朝比奈さんに説明をしたわけだ。可愛らしい声を上げて驚いていたわけだが、最後の方は無言になっていた。
 

「あの朝比奈さん……、どうしました?」
 

「あたし……、迷惑をかけたんですね」
 

「迷惑なんて、そんなこと……」
 

「ごめんなさい……」
 

 背負っているため、朝比奈さんの顔は見えない。だけど、俺の背中をつかんでいる手に、わずかに力が入ったのを感じた。


「あたしってだめですね。未来から来てるのに、何も知らないし、自分で判断もできない。向こうの世界で、あなたに頼ることしかできなかった……」
 

 朝比奈さんの、手と声に力が抜けていく。
 

「いつもこうなんです……。何かをやろうとしても、うまくいかない。みんなに迷惑をかけて、今もあなたに迷惑をかけてる。前からずっと思ってたんだけど、役立たずなんです。みんなに迷惑ばっかりかけてる……」
 

 それっきり、朝比奈さんは言葉を発さなかった。でもなんとなくわかる。この言葉の後には、きっとこう続くんだろう。
 

(そんな自分が嫌い)
 

 こんな風に、みんな悩んでいるのかもしれない。古泉はもちろん、これは勘なんだが長門だって、あの無表情の下には何かしら思うことがあるんじゃないだろうか。生きてるんだ、悩むのは当たり前のことさ。
 

 でもさ、朝比奈さん、そうじゃないんだ。それは思い違いですよ。これだけは、はっきり言わせて下さい。
 

「朝比奈さん、よく聞いて下さい。あなたは役立たずなんかじゃない。俺が向こうの世界でどれだけ朝比奈さんに助けられたか、わかりますか?」
 

「あたしは……、何も……」
 

「正直情けない話なんですけど、幼なじみのナツキがいないってだけで、だめになりそうになってました。だけど、朝比奈さんが煎れてくれたレモンバーム、あれが俺を立ち直らせてくれたんです。倒れそうだったのを支えてくれたんですよ」
 

「それは、あなたの……」
 

「朝比奈さんは、俺を信じてくれたんですよね?だから、自分の判断で過去に戻ることを許可してくれた。信じることって、なかなか難しいんですよ」
 

 そうなのだ。俺は当たり触らず、適度な距離をとって人と付き合ってきた。友達はいるかもしれないが、親友と呼べる奴はいないに等しい。こんな風に考えたことなかったが、今まで生きてきて、人を信じるってことをあまりしなかったのかもしれない。でも、そんなものを簡単にぶっ壊した人がいた。
 

「朝比奈さんは俺のことを無条件で信じてくれました。信じるってことは、お互い助け合うってことでしょ?俺を救ってくれたのは、間違いなく朝比奈さんなんです。本当にありがとうございました」
 

 そうか、わかった。朝比奈さん(大)が言いたかったのは、こういうことなんだろう。見えない未来のことを考えてもしょうがない。
 

(何を信じるべきか?)
 

 さっきまでの俺ならわからなかっただろうが、今は違う。朝比奈さん(大)の笑顔、その言葉。朝比奈さんみたいに、俺はみんなを……、信じてみるさ。
 

「ぐすっ、ありがとう……」
 

 うまく、伝えることができたかな?大丈夫ですよ、間違いなくあなたは立派な人になる。大人になっても、俺の事を忘れず、助けてくれる義理堅い人なんですから。
 

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