桃から生まれた――

 


 昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
「おそらく14世紀~16世紀、そしてここは岡山県と思われる。ちなみに普段我々が活動しているのはその隣、兵庫県」
「なあ長門。時代はともかく、いきなり場所を特定するのはどうかと思うぞ。一応、『あるところに』って言っているわけだし、原作にも俺たちの所在地は特定されていないわけだし」
「しかし、大半の読者は知っている。なら問題ないはず」
「そういう問題か? ところでだな」
「何?」
「どうして俺たちがおじいさんとおばあさんなんだ? 爺さんっぽい格好、婆さんっぽい格好をしていることはしているけど顔とかは思いっきり普段のままで設定上高校二年生通りのままなのは置いておくとして、てことは何だ、その……」
「わたしは構わない」
「そ、そうか? いやまあお前がそう言うならそれでもいいが」
 とどのつまり、二人は仲睦まじい夫婦として長年連れ添ってきたでのです。若い頃は毎晩愛を育んでいたにも関わらず残念なことに子宝には恵まれませんでした。しかしそれでも二人は幸せでした。
「マテ。その言い方はかなりの誤解を招くぞ」
「そう。我々がそうなるには五十年以上の月日が必要になる。しかし未来日記と思えば納得できないこともない」
「……お前って、そんな性格だったか? なんだか別世界のお前のような気がひしひししてならんのだが……」
「その認識は正しい。なぜなら、この作者はとあるサイトのわたしをモチーフにして書いている。よって、こういうわたしになるのは自然の成り行き、自明の理」
 ええっと、おばあさん? もうこれ以上はいいですよ。ここでは大人の事情がありまして、あんまり詳しく言えませんから、そろそろお話を進行していただけると。
「了解した。では、わたしは川へ洗濯に向かう。あなたは山へ芝刈りに向かうべき」
「やれやれだ。まあ進行させないことには何も始まらんしな。じゃあ俺は籠を背負って、って、長門! それ違うって! 準備してくれていることには感謝するし根本的には間違っていないけどお前の背丈くらいの鉈は必要ないから!」
「オヤシロさま?」
「芝刈りとどう関係するっての!? 確かに山へ行く訳だから雑木林には入るかもしれんが、もう蜩が鳴いている季節でもないし!」
「うみねこは?」
「海じゃないだろ!」
 あのーもう夫婦漫才はよろしいですよ? と言うかあまりに無理矢理です。


 とりあえずお話は進行します。
 おばあさんが無言無表情で川で洗濯していると、どんぶらこーどんぶらこーと桃が流れてきました。
「なるほど。わたしがおばあさん役になるはず。確かにこの大きさの桃を運べるのはわたしのみ。昔話では老婆が運んでいたがあれは物理的には不可能」
 言って、おばあさんはあっさりと桃を持ち上げて帰ります。
 その途中、おばあさんは不意に足を止め、
「ところで質問がある」
 ナレーションに、でしょうか?
「そう。あなたは『桃太郎』の原作においてどうやって桃太郎が生まれたかを知っている?」
 な、何のことでしょうか!?
「心拍数増大、通常より血圧も上昇。……つまり、あなたは原作を知っていると確信できる。よって、わたしは原作を忠実に再現することを提案する。許可を」
 いやまあ……おそらくはその方が喜ばれる読者もいるでしょうけど、このお話は全年齢対象SSですのでそういった描写などは極力避けたいのでございますが……
「別に描写する必要はない。あなたの許可が出ればこの物語の進行上、原作通りに事が進んだことになる」
 でもそれだと、もうすでにその桃の中でスタンバっている人の意味がないのですが?
「情報操作しても構わない。中の人物をわたしのた」
 先に進みましょう。
 ナレーションがバッサリ切り捨てて話を進めたことには触れないでください。


 日も暮れた頃、おじいさんは戻ってきました。
「よう。って、何だ? そのでかい桃は」
「夕食」
 言って、おばあさんは、最初におじいさんに渡そうとしました鉈を振りかぶりました。そうですかーあれはこのためのネタフリだったんですね。
「今さら取ってつけたように言われてもな」
 そこは目を瞑ってください。
 で、おばあさん、その鉈、振り下ろしてもいいですよ?
「あなたの意見を聞きたい」
 鉈を振り上げた態勢のままでおばあさんがおじいさんに問いかけます。
「何だ?」
「わたしは原作に忠実に桃太郎を誕生させたいと思う。あなたはどう?」
 少し考えてからおじいさんは言いました。
「よく分からんが、まあ原作に忠実に進める方がいいだろうな」
「それは、あなたは許可するということ?」
「おう。やっちまえ」
 おい! お前、それがどういう意味か分かっているんだろうな!
「何だよ。桃太郎が桃から生まれたってのは有名な話じゃないか。それのどこに問題があるんだ? まさかブラックユーモアによく使われた、桃を真っ二つにすると桃太郎も真っ二つになってしまったってアレになるとでも言うのか?」
 ちっがぁぁぁう! お前、全然分かってないじゃないか! いいか、原作の桃太郎の誕生ってのはな!
「情報統合思念体にアクセス。認証コードおよびパスワード確認」
「あれ? 長門の奴、何やってんだ?」
 もう遅えよ。言っておくが話を進める以上、もう変更はきかんからな。
 なんたって、長……おばあさんがこっちの都合を聞いてくれるはずがありませんし、反論を挟むことなんて怖い真似はできませんから。
「これより『桃』に関する情報改変を行う。『桃』には多少の精力効果と興奮効果を付加するが、通常、食料としての『桃』に改ざんし、中にいる者を生命の根源まで変換。その源泉をわたしと彼へと分散移行する」
「は?」
 おじいさんは間の抜けた声を漏らしますが、おばあさんは情報改変を粛々と進めるのみであります。
 まあ仕方ないですね。知らなかったこととは言え、おじいさんが望んだことです。
 もう開き直って進めることにしましょう。たぶん、桃の中の人もしばらくは意識がなくなるでしょうから。
 ちなみに『桃太郎』の原作では、桃の中から桃太郎が生まれたわけではないのです。そんなものは真っ白な女の子にのみ通用するコウノトリが運んできたり、キャベツの中から生まれると言った非科学的な作り話でしかありません。
 いくら昔話が幻想と言っても子供の授かる方法は生きとし生けるものすべてが共通する行為でのみと言うことだけは忠実だったのです。
 とどのつまり、原作では桃を食したおじいさんとおばあさんが若返り、その晩、一気に燃え上がった結果として、ということであり、
「もう一回……」
「一回と言わず何度だって出来るぜ」
「顔にかけるのはもったいない……」
「ちゃんと中にだって充分出してるぞ?」
「そう……」
 と言う訳で、それから十月十日(とつきとうか)の月日が流れまして……


「このあほきょん! えろきょん! りんりかんぜろきょん! あんた、あたしがみてないとおもってゆきにナニしてんのよ!」


 二人の間に生まれた玉のような、しかし、やはり絵本の設定を覆した影響なのか、男の子ではなく女の子として生まれてきた、生まれたなりからいきなり山吹色でリボン付きのカチューシャを付けたなぜかそのまんま小さくしたサイズの北高の制服を身にまとった可愛い赤子は猛然とおじいさんに指を差し、思いっきりがなりたてました。なぜかナニだけがカタカナです。
 普通は一糸まとわぬ姿で産声を上げると思うんですけどそれはさておき、おじいさんは土下座しておでこを床に擦りつけてただただ平身低頭でひたすら謝り続けています。
 自業自得というやつですね。
「わたしはラッキー」
「ゆき!?」
 しかしまあ、幸いなことに、おばあさんは赤子がお腹の中にいてまだ意識がない時に世界改変能力をかすめ取ってくれていたおかげで世界が崩壊することはなかったようです。この後も散々文句を言われるおじいさんですが、おばあさんの口添えもあり、いちおー形としては二人の子供として生まれたわけですから倫理観を口にした以上、女の子は諦めるしかなく、ぶーたれながらも割り切って、そしてすくすくと成長し、気が付けば十七歳になっておりました。
「よし今日は鬼ヶ島へ遊びに行くわよ! 鬼が大勢いるって言われているんだから!」
 鎧兜を身にまとった、んでカチューシャを外すことを拒んだ桃太郎、改め桃姫は左腕に『日本一』と書かれた赤い腕章を巻いて、いきなり何の脈絡もなく言い出しました。ストーリー展開は間違いではないのですが、動機が間違っているような気がするのは何故でしょう?
 ただ残念なことに、せっかく発育のいいラインは鎧兜によって完璧に隠されております。
「あのなハルヒ、鬼ヶ島に行く理由はこの村に悪さする鬼を退治するために行くものだと思うのだが」
 桃姫が十七歳だというのにおじいさんもおばあさんも全然歳をとっておりません。おそらくこれは桃姫の能力をかすめ取ったおばあさんが情報操作したのでしょう。おじいさんがやれやれとため息をついたあと、露骨にうんざり感を醸し出した表情で桃姫を窘めます。というかいちおーハルヒという名前はやめてください。あなたは桃太郎改め桃姫と名付けたはずですよ?
「あほか! んな大昔のAV女優の源治名みたいな名前で呼べるかっての!」
「よって、彼は、もとい、おじいさんはファーストネームとセカンドネームの間に『ハルヒ』というミドルネームを付けることによって、普段は『ハルヒ』と呼んでいる」
 おばあさん、丁寧な説明ありがとうございます。ちなみに昔話なんですから横文字はどうかと思うのですがそれを言い出すとまた話が進まなくなりそうなのでスルーします。
「今、あなたも使用した」
 スルーしてください!
「何言ってんのキョン。いい? あたしは『泣いた赤鬼』を読んで以来、鬼を見かけたら優しくしようって心に決めたんだから退治なんて物騒なことはしないわよ! だから鬼ヶ島に行くのは鬼たちと仲良く遊ぶためよ!」
 幸いなことに桃姫にはナレーションの声は聞こえていないようなので話を進めてくれそうですから何よりです。ちなみに、おじいさんを『キョン』呼ばわりすることもスルーですよ。ついでに言えばいつ『泣いた赤鬼』なんて読んでんだよ、というツッコミも受け付けません。
「まあそりゃ確かにな。そもそもこの村に悪さする鬼なんていない、というか、悪さしようとする鬼が来ても長門、じゃなくて、おばあさんが手加減無用で追っ払う訳で、逆に鬼が泣いて逃げ出しているからな」
「蜩は鳴いていた」
「まだ言うか!」
「でしょ! だったら全然大丈夫! 有希……じゃなくておばあさんが一緒に来てくれれば遊べるわよ! ほら早くあんたも来なさい!」
「お、おわっ!?」
 言って、桃姫はおじいさんの手を取り引きずるように旅に出るのでありました。もちろん、おばあさんも無言で付いていくことに。もうこのあたりで完全に昔話とは違ってきている気がします。というか、間違いなく違っています。
 しかしそんなことは気にせずに進めましょう。


 穏やかな日差しの中、きらびやかな鎧兜に身を包んだ桃姫は最初こそ、上機嫌に、足に羽根でも生えているんじゃないかという浮かれっぷりで先頭を歩いていたのですが、やっぱり、鎧兜は重たかったようです。
 最初はおじいさんにおぶられていたのですが、さすがのおじいさんも重さで疲労してしまったので今はおばあさんにおぶられて道中を進んでおりました。
「まったくだらしがないわねキョン。有希におぶらせて悪いと思わないの?」
「ああ悪いと思うさ。だけどな、俺だって限界なんだ。この汗見りゃ分かんだろ? お前こそ鎧兜やめたほうが良かったんじゃないか?」
「馬鹿言わないでよ。これがないと決まらないじゃない」
「変なところで律義な奴だ。ところでだな、そう言えば俺たちは突然、外出したわけだろ? てことは定番のアレを用意できなかったはずなんだが」
「問題ない」
「有希?」「長門?」
 いちおーおばあさんと言ってもらえます?
「あ、じゃあどうしておばあさん?」
「わたしが常時、携帯している。すずみ……ではなく桃姫が鬼ヶ島へ行くことは規定事項。よって、いつ出かけられてもいいようにわたしは三つ、普段から持つよう習慣づけた」
 おばあさん、付いていく気満々ですな。元ネタ完全無視ですか?
「そう。しかしわたしは別の目的があり、桃姫が鬼ヶ島へ行く際は同行しようと思っていた」
 と言いますと?
「あ、ちょっと待って。あそこに誰かいる」
 おばあさんの説明を打ち切って、桃姫は前方を指差しました。
 つられて、その指の先へとおじいさんとおばあさんも視線を移します。
 って、何故『誰』という単語なので? 桃太郎ではお供になるのは人ではなかったはずなのですが。
 というナレーションの声に応えるがごとく、
「何だありゃ? 緋色の衣に左腰に刀を差して銀髪で犬耳って」
 おじいさん、その説明では何と言うかその……確かに間違いではないのですが……
「どうもお待ちしておりました。僕がこの役のようです」
「犬夜叉コスプレ」
 はい。おばあさん補足ありがとうございます。
 という訳で、外見上は犬夜叉なのに顔は爽やかな笑顔を浮かべた古泉一樹によく似た犬が登場したのでありました。
「外見はともかく、役割としてはこれはベストチョイスだな。俺も感心してしまったほどだ」
「確かに。古泉一樹は原作においても涼宮ハルヒの犬と化している。これは完璧」
「申し訳ございませんが、その言い方では、あんまり褒められている気がしないのですが……」
 犬は苦笑を浮かべますが、おばあさんはさらに続けました。
「ただわたしとしては少々不満。できればダルメシアンの着ぐるみで古泉一樹がお座りポーズで登場することを期待した。そして、古泉一樹がやや落ち込んでいるところに『ベストキャスティング』と言ってやりたかった。これがわたしが桃姫に同行しようと思い至った主な理由」
 あのー長門さん? なんだか少し黒くなっていませんか?
「気のせい。では話を進める。古泉一樹、例の歌を」
 あ、それ聞いてみたいかも。
「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけた黍團子、一つわたしに下さいな」
「やりませう、やりませう、これから鬼の征伐に、ついて行くならやりませう」
「行きませう、行きませう、あなたについて何處までも、家來になって行きませう」
 征伐にはいかないのですがこの際、触れないでおきましょう。
「餌付け、絶対服従の誓い。しかしこれは普段の古泉一樹と同じ。しかも上機嫌に歌った。やや面白みに欠ける」
 ひょっとして長門さんは古泉一樹が嫌いなのでしょうか。
「それは禁則事項」
 そ、そうですか……


 犬を従えた桃太郎一行は鬼ヶ島への道中をさらに進みます。
 となると次に出てくる第二のお供と言えば、
「もぉもたろさん♪ ももたろさん♪ お腰につけた黍團子ぉ♪ ひっとつぅ♪ わったしに下さいな~♪」
 あなたもノリノリですね。というかこの御方のこう言う歌い方は何とも可愛くて仕方がありません。一つどころか二つでも三つでもあげたくなっちゃいますよ。
「……あの、朝比奈さん……その格好は……?」
「えっ? ち、違うんですか? あたしは『猿』って聞きましたけど?」
 おじいさんのツッコミに朝比奈みくる、ではなくて猿は、本当に何も分からないようなびっくり眼で問い返しております。
「ちなみにどんな格好かというと、赤と薄黄緑の横縞ストライプ半そでぴちぴちTシャツに、生太ももむき出しでカットの際どいジーンズ。その手には木製のゴルフクラブを持っている。なお、そのTシャツは胸部によりジーンズに収めることができず臍部丸出しで男という有機生命体であればローアングルで見ることを必ず願うこと間違いなしであると推測できる。亜麻色で柔らかいロングの頭髪以外の体毛も見当たらない。しかし不可視部分までは不明」
 いったい、その不可視部分がどこなのかをおばあさんに問い詰めたいところではありますが、それは断腸の思いで堪えなければならない描写説明が終わったところで桃姫が目をキラキラさせて猿に抱きつきました。
「素晴らしいわみくるちゃん! なんてエロイ格好なのよ! うん! 某女子ゴルファーのへそ出しもみくるちゃんに比べれば弱すぎよ!」
「あ、あん! 涼宮さぁぁぁん!」
 桃姫と猿はじゃれあっております。
 その後ろでおじいさんと犬はそれを眺めながら、
「なぁ、ハルヒが某女子ゴルファーを知っていても不思議はないと思うんだが、どうして未来人設定の朝比奈さんが20世紀のしかも1970年代の賭けゴルファーの話を知っているんだ?」
「公式の設定年齢を鑑みますと僕たちが生まれる十年以上前の、年代とさらっとした内容まで出てくるあなたもどうかと思うのですが、これは僕の推測ですけど、おそらく朝比奈さんは『桃太郎』を知らずに『猿』の攻撃方法をシュミレートしてみたのではないかと想像できます。となれば、くだんの猿では、朝比奈さんの普段の行動からは素早しっこさもなく、物を投げるにしても威力もなさそうですし、爪による引っ掻き攻撃の前に抑え込まれそうでしたから別の攻撃手段を模索したのだと考えられます。そして、『猿』が武器を使うとして不思議ではないものを扱う存在を知ったのではないかと」
「……あれは裏ゴルフつっても、別にクラブで殴ったり、ボールをぶつけたりする話ではないんだが……」
「まあ、もしかしたら朝比奈さんの本来いる時間軸であります未来には『ゴルフ』そのものがないのかもしれませんよ」
「あ、そう考えると確かに、あの物語に出てくるショットはともすれば殺人兵器に見えないこともないか……」
「ヌンチャクやトンファーを振りかざしてましたからねえ」
「それ本当にゴルフか?」
「ちなみにこの作品を描いた作者は本当にヌンチャクやトンファークラブを作って自分でプレイしてました」
 おーい。お前ら、今、室町時代って知ってっか? その時代にはゴルフなんてないんだぞ。何よりマニアックな会話するな。
 ちなみに犬夜叉は設定が五百年前とありましたので問題なしです。
 しばし桃姫と猿のじゃれあいを眺めるおじいさんと犬の後ろでは、おばあさんがいつも通り、何やら分厚い絵巻を眺めておりましたとさ。
「続編での次男坊の変わり様がユニーク」
 それ言っちゃあお終いだ。


 これで普段のメンバーは全員揃ったわけですが、物語ではあと一つ、お供してくれる存在が居るわけでして、はてさてどうするのでしょう。
「ま、難しくないわね」
「だな。もうあの人しかいないだろう」
「あたしも、苗字に鶴の名が入っているあの人だと思います」
「それも鶴の恰好をして現れると思われる」
「しかも、『人を見かけで判断しては駄目よ。体は鶴でも心はキジさ』とかお決まりのセリフを声高らかに宣誓しそうですね」
 などと一行は談笑しながら予想しておりますが、そんな読者にも解りきってしまうようなベッタベタ展開を本当にここの作者がすると思っているのでしょうか。
 という訳で。
「あら? みなさんお揃いでどうしたんですか?」
「って、き、喜緑さん!? 何で!?」
 おじいさんの驚嘆の声に、突然、一行の前に降り立ったのは背中に大きな翼を広げた喜緑江美里でございます。
 つか、翼以外は普段の格好なんですね。
 北高の制服も、軽くウェーブのかかった髪型も。その髪を止めている留め金も。
「うふふふ。そうですか? 私は神出鬼没で長門さんでさえ恐れるTFEIでございますよ」
 いったい誰に説明しているのでしょう。
 なぜなら、SOS団一行、もとい桃姫一行は茫然自失と立ち尽くしております。
「どうされました皆さん? さ、鬼ヶ島へと向かいましょう。あ、きび団子を頂かなくても私はご一緒させていただきますのでお構いなく」
 満面の笑顔で促す喜緑さんによく似たキジに一行は茫然としたままですが、なぜ喜緑さんによく似ていたのかと言いますとそれは後の展開で。


「このまま南西の方角へ航路を取ると、十五分後に到着する」
「長門さん、この時代の時間単位は刻かもしれませんよ。四半刻と言えばいいのかしら」
 船の船頭に肩を並べて立っているおばあさんの淡々とした報告に、キジさんは淑女的な笑みを浮かべてツッコミを入れておりました。
 二次創作で見られるほど、二人の仲は悪くないようです。というか面倒なんでその辺りの人間(?)関係は省かせていただきます。
 ところで、ふと思ったのですが長門風おばあさんと喜緑さん風キジがいましたら、いったい鬼は何グロスくらいいないと太刀打ちできないでしょうか?という思考がよぎりませんか?
「そりゃそうだよな。せっかく犬と猿さんが武器を持ってきてくれても無理に必要なさそうだ」
「あたしは助かりますぅ。だって戦いなんて野蛮な真似できませんし」
「僕も同じですね。さすがにこんな大きい刀はそうそう振り回せません」
 一応、あなた方は鬼退治に行くつもりだったと思っていたのですが?
「あん? 目的は違うんじゃなかったか? まあ、どっちにしろ、俺は戦う必要がないはずだ。いくらなんでもそこまで原作を覆さないだろ?」
 いやまあそれはそうですが……では、犬と猿さんは? というか、お二方は何のために鬼ヶ島へ向かっているのかをご存知で?
「ええ。聞いてますよ。涼……ではありませんでした、桃姫さんの目的は鬼と遊ぶことだとか」
「あたしは鬼さんたちとお茶を飲んで楽しい会話ができればいいかなぁ?」
 まったく緊張感のない一行でございます。
 ちなみに桃姫はおじいさんと犬と猿さんの前に腕を組んで悠然と佇み、勝気な笑顔でおばあさんとキジさんの方へと視線を向けていたりします。
 表情と佇む姿だけは今から戦いに挑む気満々に見えるわけですが、当然、目的はまったく違います。
 そんな一行の目の前には少し霧ががった島が見えてまいりました。
「いよいよ。決戦の火ぶたが切って落とされるのね!」
 それ遊びに行くのに出る言葉ではないですよ桃姫さん。
 というナレーションのツッコミを無視して、
「さあ行くわよ、みんな!」
 声を張り上げて桃姫は接岸と同時に上陸し、先導を買って出るのでありました。

 


 もちろん、鬼側も桃姫一行の侵入には気が付いております。
「殿、如何なされます?」
 忍者衣装を着た緑鬼Aが片膝ついて報告している前には、鬼の総大将がおりまして。
「もしかして、あれが悪名高い桃姫か? 近隣の村では知らぬ者がいないと言われる奇人変人ぶりで頭の中が常に春の花でいっぱいと言われている」
「左様で」
「そもそも奴は何の目的でこの鬼ヶ島へと来たのだ? 我々はあやつの住む村はおろか、その近隣の村でさえ手出ししたことはないぞ。というか、逆に我々はあやつの住む村も含めて、方々の村に生活援助さえしている。それに我々はあやつの母親のおかげで不穏分子の粛清も進められており、人数的にも周りの村と比べるならかなりの少数村であるにも関わらず破格の援助をしているはずなのだが」
「まったくもって分かりません。ただお言葉を返すようで申し訳ございませんが、そもそも桃姫の行動を読めという自体、不可能ではないかと」
「なるほど一理ある。とりあえず、泳がせておくことにしよう。何かあったら逐一、知らせるように」
「はっ」
 言って、緑鬼Aは姿を消しました。
 残されるのは鬼ヶ島一の高い場所にある城の天守閣から外の景色を眺める鬼の総大将のみ。
「厄介事はご免こうむりたいものだ」
 くいっとメガネをかけ直して嘆息するのでありました。

 


「あれ~? おっかしいわね~鬼なんていないじゃない。ひょっとしてガセネタ?」
 先頭を歩く桃姫は右手を翳し周囲を見回しながら呟いておりました。
「いいえ。ここには、まあたくさんとは言いませんがある程度の数の鬼はおいでますよ。もしかしたら今は食事中なのかもしれませんね」
 キジが笑顔で返します。
「って、あれ? ちょっと待って。今の喜みど……じゃなくてキジさんの言い方だと、まるであんたはここのこと知っているみたいね」
 桃姫がふと疑問を感じます。
「ええ、よく存じております」
 というキジさんの柔らかな笑顔の答えを聞いて、
「じゃさ! 案内してよ。鬼の居るところにさ!」
 桃姫は期待感が溢れ返っている満面の笑みでキジに詰め寄りました。
「分かりました」
 朗らかな笑顔で答えて、キジが桃姫の前へと歩み出ます。
「では行きましょう」
 今度はキジさんが案内役となって進むことになりました。
「なあ、こいず……犬よ。ひょっとして鬼の総大将って……」
「ええ、これはまずいことになりましたよ」
 珍しく、おじいさんの方から犬に顔をよせてひそひそ問いかけております。それが嬉しいのかはさっぱり分かりませんが犬は、セリフの割には全然緊張感のないいつもの爽やかスマイルでやはり小声で返します。
「もし我々の想像通りの方でしたら、おそらく桃姫さんは遊ぶことをやめて本気で退治しかねません。なんたって別段、彼を、桃姫さんの立場から見れば、このお話ではのさばらせておく理由もありませんからね」
「まあな……確か、本来の桃太郎でも『鬼は退治される』わけだからな……」
「あのぉ~犬くん、キョ……おじいさん。どうして、鬼が退治されるといけないんですかぁ?」
 猿さんが恐る恐る、しかしやっぱりおじいさんに顔をよせて小声で割ってきました。
「いやあの……顔が違いですよ朝ひ……猿さん、ま、まあ犬と比べるならむしろ、あなたの顔が近い方が俺としても嬉しいのですが……」
「あ……! ち、違うんです! あたし、そんなつもりじゃ……ただ、すずみ……じゃなくて、桃姫さんには聞こえない方がいいかな、と思っただけで……」
 赤くなってもじもじと伏せ目になるお猿さん。いや、とっても可愛いです。
 が、


「ここの鬼ヶ島の鬼は我々の村に多大な援助をしてくれている。その存在がなくなるのは痛手」


 おばあさんのその一言は、一瞬にして、ちょっと離れているキジさんと桃姫以外の周りの空気を暗転させて、さらに時間ごと絶対零度にまで凍結させてしまったような錯覚すら与えるのでした。
「な、長門……?」
「何?」
 おじいさんもおばあさんと言うことさえ忘れるくらいのどす黒いオーラがおばあさんから溢れ返っております。正直、怖いので、おじいさん、頑張って宥めてください。
「む、無茶言うな! これで俺にどうしろと!」
「いえ、ここで長門さんを鎮められるのはあなただけですし」
「キョ、キョンくん……ご、ごめんなさい! あたしの所為で……」
 などと言いながらお猿さんも、犬と一緒になっておじいさんの背中を押して、無表情のまま絶対零度の瞳のおばあさんの前に突き出しております。
 はっきり言って人身御苦労です。
 という訳でおじいさんは諦めてお婆さんに言い訳を始めました。
「な、なあさっきのは別に悪気があってじゃなくてだな……というか変な下心が……無かったとは言わないけど、いや本当にお前が思っているほどのものはなくてだな……」
「で?」
 うわ怖っ! あの、おばあさんがこれほどまでに率直な感情を表に出しますか!?
「わ、分った! 謝る! 今後一切、お前以外の女子をお前以上に近づけないし、近づけたときはお前をそれ以上に近づける!」
 どうやらおじいさんはおばあさんのセリフが何を意味するのかが解っているようです。いきなりあたふたしながら両手をバタバタ振りつつもう謝り倒してますから。
 ね、おばあさん、今回は許してあげたらどうですか?
「そう」
 頷いて、おばあさんはおじいさんの腕に自分の腕をからませました。
「なら今回はここまで接近することになる。いい――わね?」
「はい。もちろんデス!」
 なんとも珍しいおばあさんの脅迫語尾におじいさんは即答で頷き、二人は桃姫の後を追うことにしたようです。
「あ、あの~~~犬くん、いいんですか?」
「いいんじゃないですか? このお話では桃姫さんに閉鎖空間を生み出す能力はないようですし、というか、その力はおばあさんが持っているようなので、僕としては仲間がどこにいるか分からない以上、おばあさんが平穏無事でいられるならそれに越したことないです」
「でも、それだと桃姫さんが……」
「心配いらないでしょう。なぜなら桃姫さんは今回おじいさんとおばあさんの間に生まれた子供という設定ですし、いつもと同じ態度を見せているということはもう割り切っていると推測できますよ」
「そうですね。あれ? ということはあたしの観測対象は今はおばあさんってこと?」
「それは禁則事項でないかと」
 ぶっ! 犬がそれを言いますか? それも笑顔で人差し指を唇につけてウインクって。まるでどこぞの謎のプリーストのようですよ?
「誰のことです?」
「あ、えっと……た、たぶん、これは深く追求しない方がいいと思います!」
 慌てふためくお猿さんは犬の手をとって四人の後を追うのでした。


「あらあら、やっぱりこうなんですか? 会長」
「き、喜緑くん……! どうして君がここに……!」
 にこにこ笑顔のキジの前で、メガネをかけ直した鬼の総大将は顔色を失くしてしどろもどろするしかできませんでした。
 なぜかって?
 それはですね。
 この総大将は、メガネを外すと性格が変わるからです。
 普段は生真面目で威厳ある総大将をやっておりますが、ひとたび、メガネを外せば単なる不良と化し、己が欲望に忠実に行動する鬼畜生そのものという存在になるのです。
 そのストッパーがキジだったわけですが、残念なことについ先日、キジに浮気現場を目撃されまして、それでキジは鬼の大将を討つ腹を決めたのでした。
 まあ、一回だけでやめときゃよかったのに、緑鬼忍者の報告を聞いたあと、側室の部屋で正妻以外の女と絡んでいれば、そりゃどんな目に合うかは火を見るより明らかな訳でして。
「ねえキョン」
「何だ?」
 桃姫が不敵な笑顔を浮かべておじいさんに声をかけました。つか、その嬉々とした殺意の瞳は怖いです。
「あたしさ、やっぱ鬼は退治するべきだと思うのよ。じゃないと、いつ村が襲われるか分かったものじゃないし。つまりこれはアクティブセーフティー。正当防衛よね」
 と言っても、別に桃姫の殺気は別段、おばあさんと腕を組んでいるおじいさんに向けられているものではありません。これは犬が言った通りで桃姫ももう既に割り切っているのです。でなければ十七年も一緒に居るわけがありませんからね。
「いや過剰防衛だと思うぞ。お前も知っていると思うが、俺たちの住む村はこの鬼の総大将のおかげで随分助かっているんだぜ」
「ふっ! 何言ってるのかしら? そうやって甘いところを見せておいて後から寝首をかくってタイプよ! こいつは!」
 それはあんまりな決め付けかと思うのですが、一度、これと決めた桃姫が、その思考を覆すことはないのです。
 つまり――


「犬くん! キジさん! お猿ちゃん! 敵の大将を地獄の豪火で焼いてあげなさぁぁぁい!」


 軍配を振りかざし、桃姫は満面の笑顔でそう指揮するのでありました。
 つられてキジはニコニコ笑顔のまま、飛びかかり、
「すみません。他の鬼たちはキジさんとおばあさんを恐れてここに助けに来れないそうです。ですからお許しください」
 犬は苦笑を浮かべて刃を抜いて、
「ふ、ふぇ!? えっと……えっと……!」
 猿はお手製ゴルフクラブで、ボールを打ち続けるのでした。しかし目を瞑って打っているというのにどういう訳か全部、鬼の大将に当たります。はっきり言ってガチャプレイに翻弄されているようなものです。
「やっぱりこうなるのか……」
「ユニーク」
 その後ろでは、おじいさんが嘆息を吐き、おばあさんはおじいさんに腕をからめたまま、目の前の出来事もどこ吹く風で分厚い絵巻を眺めているのでした。
 めでたしめでたし……か?
「いや、お前ら傍観するくらいなら助けろ!」
 鬼の大将の叫びにおばあさんは一言。
「喜緑江美里とはココ○チカレー一年分にて交渉成立している」
「なぁっ!?」
 鬼の叫びなどどこ吹く風、それを聞いたおじいさんは、
「そうか、なら今から食いにいくか?」
「いく」
 あっさりと二人は決めてしまいました。
「んじゃハルヒー、俺ら先行ってるから適当なとこで帰ってこいよー」
「もう! いいとこなんだから見ていきなさいよね! まあいいわ、気が済んだら帰るから!」
 こうしておじいさんとおばあさんはカレーを食べに行きましたとさ。
 めでたしめでた……
「めでたくないだろっ! なんでジジイとババアがカレー屋に行くエンディングなんだよ!」
 鬼の大将に正論を吐かれちゃいましたので、お願いします。
「そうですね、ここはこれが正しいオチではないかと」
 そう言うキジのまあ素晴らしい笑顔を見て鬼の大将が震え上がりました。
「ギャアアアアアアアアーーーッ! たすけてえみりさまーーーーっ!」

 この後、鬼の大将はどうなったのでしょうか。

 それは誰にも分かりません。知らぬが仏、ってことで、深く追求しない方が身のためなのではないかと。

 

 

桃から生まれた――(完)

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最終更新:2020年08月23日 01:52