「お別れだよ、さようなら」
うつむいたまま少女は、つぶやいた。
(おい、待て!いつもいつも勝手なことを言うな!)
必死になって叫んでいるつもりだ。だが、何故か声が出ない。おまけに、どういうわけか身体が動かないじゃないか。自分の身体を見てみると、身体に闇がまとわりつき自由を奪っていた。
(離せよ!あいつが……、あいつが行ってしまうじゃないか!)
少女が手を振り、離れていくのに、俺は声が出せず、動くこともできない。なぜ、俺は顔もわからない少女のために、こんなにも必死になって、手を伸ばしているんだろう?わからないが、今はこうしないといけない気がする。
「頼む、待ってくれ!」
やっと声が出たと思ったら、目に映ったのは見慣れた家の壁。あまりに必死になりすぎて、ベッドから飛び起きたらしい。身体中、汗でびっしょりだ。
なんだ、夢かよ。夢の中まで俺に迷惑をかけるなよ、ナツキ。
そう、あの夢で見た少女、顔はよく見えなかったが、あの姿は小学生くらいのナツキだったのだ。ああ、目覚めが悪い。なんだって、あんな夢を見ちまったんだ?
「あれ?」
なぜか制服が身体の上にかかっている。そうか、このクソ暑い中、こんなもんが身体にかかってたせいで、うなされたんだ。おかげで、寝起きが最悪だ。
とにかく、そろそろ朝飯の時間だし起きるか。別の世界に飛ばされてからというもの、朝起きてすぐに、ベランダのカーテンを開け風景を眺めるのが日課となっている。俺が元いた世界と、こっちの世界は、外の風景がまるで違っているからな。いつも通りの都会の風景、それを思い描いていたのだが、
「ああ、のどかだ……」
思わずつぶやき、予想は大きく裏切られた。
目に映ったのは、平凡な、そりゃもうとてつもなく平凡な田舎の風景が広がっていたのだ。ずいぶんと懐かしい感じがする。そっか……、俺は帰ってきたんだ。なんか、朝から力が抜けるな。
ちょっと、いやかなり後悔。こんな急に戻ることになるとは思わなかった。あいつらにお別れができなかったのは、マジで残念だ。せっかく、仲良くなれたってのに。涼宮、勝手に呼んで勝手に帰すなんて、わがままがすぎる。
まあ、戻ってしまったのは仕方がない。頭を切り換えて、学校に行こう。しばらく、こちら側の……、なんの変哲もない世界に戸惑うとは思うが、すぐに慣れるさ。