そんなやり取りから退屈な授業を受け続け、何事もなく時間が進み昼休みになった。面倒だが仕方ない。飯も食ったし、約束通り生徒会室に行くか。
俺みたいな事なかれ主義の無味無臭男は、通常であれば生徒会など一切用はない。そんなわけで、慣れない場所という言いようのない緊張感を抱きつつ、ドアをノックした。くそっ、こんな思いをするのなら、古泉と一緒に来るようにすれば良かった。
どうぞ、という声が聞こえ、ドアを開けて中に入ると、当然のような顔をしたリラックス顔の古泉と、その横に見たことがない男がいた。細長い眼鏡をかけ、目は細くて鋭く、いかにも「やり手」ってな雰囲気。誰がどうみても生徒会長だな。
「それで俺に何の用なんだ?」
「実は、あなたにこちらにいる会長の手伝いをしてもらいたいのです」
やっぱり生徒会長だったか。あまりにも型にはまり過ぎて、笑ってしまいそうだ。それで、手伝いとはなんだ?ただでさえ、SOS団の雑用係として使われているんだぞ。これ以上雑用なんてさせられたら、過労死しちまうぜ。
「生徒会執行部として活動してもらう、といったところでしょうか。これから放課後は生徒会室に通い、生徒会長の指示に従って下さい。涼宮さん達には僕から説明をしておきます。そうそう、これはお願いなのですが、僕が指示するまでSOS団の方々には話かけないようにお願いします」
おいおい、なんだそりゃ。手伝いってのは理解できるが、話をするなってのはどういうことだ?だいたい、長門は俺の席の目の前だぜ。
「長門さんは、必要な事以外話をしないはずですから大丈夫なはずです。すみません、僕の計画のため、これ以上説明はできないのです。ただ、これだけは知っておいてほしい。あなたの行動が、世界を救うか、破滅に追い込むかということを。それでは」
古泉はたいした説明をせず、世界の運命を俺に託して生徒会室から出て行った。一世代前の勇者様だったら、納得して頷くのだろうが、現代っ子の俺に、こんな軽いノリで世界の命運をたくされても困る。一体なんなんだ?こんな鋭く、近づきがたい雰囲気をまとっている会長と何をしろというのだろう?
この日以来、俺は放課後になると生徒会に入り浸ることとなった。生徒会にいると言っても、何をするわけでもなく、会長と二人で生徒会室にいるだけだ。夏休みが近いせいなのか生徒会の出番はないようで、会長以外、生徒会室に来る者はなく、自由本弁、好き勝手にやっているようだ。
そんな状態で俺がいて、何の意味があるんだか。文芸部の部室に行かなくなって数日経つわけだが、あいつらはどうしているかな?
涼宮は俺がいなくても全く気にしていないだろう。長門も、教室で顔を合わせているが、古泉の言ったとおり、本ばかり読んで気にしている様子は微塵もない。キョンは涼しい頭をしているようだから、察してくれるだろう。朝比奈さんは、心配してくれているかな?
SOS団で、特段何をしていたというわけではないのだが、ここにいるよりは時間の流れは確実に早かった。涼宮とキョンのやり取りだとか、古泉とゲームをしたり、朝比奈さんのお茶を飲んだり、長門のちょっとした変化を探したり。暇を潰そうと思えば、いくらでも方法はあったんだ。
ところが今はどうだ?机にうつぶせになってだらけているだけだぜ。人間にとって、退屈ってのは何よりも苦痛なんだぞ。だいたいだな……
「退屈かね?」
めずらしい事もあるもんだ。今まで、一度だって話しかけてきたことのない会長が口を開くとは。そりゃもう、あまりにも退屈でバターになりそうだ。
「そうか、そろそろということだな。では着いてきたまえ」
俺は、どうも嫌な予感がしたが、退屈なので会長に着いて行った。すると、会長は文芸部の部室前に行き
「ここで少し待っていてくれたまえ」
会長がドアを開け、「失礼」と声をかけて中に入っていった。
たかが数日離れただけなのに、なんだか懐かしい気がする。今日も、あいつらはここに集まっているのだろうか?ドアに近づくと、なにやら話し声が聞こえ
「なんですってー!」
振動で、部室が揺れた。ぐわっ、耳がキーンってしたぞ!
それよりもだ。何故か嫌な予感がする。それは、たぶん俺の本能なんだろう。「逃げろ」頭の中で、警報音が鳴りっぱなしだ。文芸部の部室に背を向けた瞬間、部室のドアが轟音と共に勢いよく開き……、ゆっくりと振り向くと、悪魔がそこにいた。
「待て、そこのアホ!」
世紀末の救世主よろしくの青白いオーラを蒸気のように漂わせ、涼宮は目を三角形にした。
どういうことか説明しなさい!」
殺される!そう直感した俺は全力で走り始めていた。ライオンから逃げるウサギの気持ちがわかったぞ。散々走り回って涼宮を巻いた後、なんとか見つかることなく生徒会室に逃げ帰ることができた。鍵もかけたし、入ってこれないはずだ。
一体、何なんだ?なんでこのクソ暑い中、鬼ごっこをしないといけないんだ。喉がカラカラだ。
カチャ
一瞬で、暑さを感じなくなり、変わりに背筋が凍った。生徒会室の鍵が開いたのだ。嘘だろ、涼宮が来たのか?俺の人生はここで終わりらしい。元の世界に帰ることなく、こんなところで力尽きるとは……。今じゃ、机の下で震えることしかできないなんて、なんて情けないんだ。あー、だめだ。意識が遠く……
「ここにいたのか。勝手にいなくなってもらっては困るのだが」
「いってえ!」
隠れていた机に頭をぶつけ、這いだしてみると、そこにいたのは会長だった。くそ、涼しい顔しやがって、俺は命を取られるかもしれなかったんだぞ。涼宮に何を言ったんだ?
「たいしたことではない。君がSOS団を辞めて、生徒会執行部の役員になったと話をしただけだ」
はっ、なんですと?俺は唖然として、会長が言った言葉の意味を理解するのに時間がかかった。