健吾さんは、精一杯の笑顔を俺達に向け、礼を言った。連絡先などを聞いてきたのだが、いろいろと事情があったので、ごまかして家を出た。

 俺と長門はすっかり暗くなってしまった空の下、黙って歩いていた。その内、長門のマンションに着いたわけだが、別れる前に、どうしても長門に聞きたかった。

「長門、これでよかったんだろうか?」

「……」

 そうだよな、長門にだってわからないだろう。

 

 健吾さんが、今までどんな気持ちで生きてきたのか、これからどんな気持ちで生きていくのか。健吾さんをこれから苦しめるんじゃないのか?

 詩織さんは、あの手紙を健吾さんに届けたくなくて、埋めたんじゃないのか?

 

 俺がやったことは、本当に正しいことだったのか?俺は余計なことをしてしまったんじゃないか?

「それは違う」

気づいたら、長門が力強い目で俺を見ていた。

「彼女の想いはあの手紙に込められていた。だから亜種が引き寄せられた」

 長門を見つめ返すと、静かに口を開いた。

「思い出は大切なもの」

驚いた。長門はいつも無表情で、感情なんかないんじゃないかと思っていた。けどそれは俺の思い違いだ。決意のこもった目を俺に向け、どことなく微笑みかけているような表情を俺に向けている。

 長門は言葉に出していないが、

「あなたは正しいことをした」

って言っているような気がした。きっと長門にも、詩織さんと健吾さんのように、忘れたくない大切な思い出があるんだろう。なんとなく、救われた気がした。

 そんなことをぼんやりと考えていたところ、後ろから

「ありがとう」

と声が聞こえた。

 振りむくと誰もいなかったが、あの綺麗な黒髪が少しだけ見えた気がした。

 

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最終更新:2011年01月15日 23:01