健吾さんは、精一杯の笑顔を俺達に向け、礼を言った。連絡先などを聞いてきたのだが、いろいろと事情があったので、ごまかして家を出た。
俺と長門はすっかり暗くなってしまった空の下、黙って歩いていた。その内、長門のマンションに着いたわけだが、別れる前に、どうしても長門に聞きたかった。
「長門、これでよかったんだろうか?」
「……」
そうだよな、長門にだってわからないだろう。
健吾さんが、今までどんな気持ちで生きてきたのか、これからどんな気持ちで生きていくのか。健吾さんをこれから苦しめるんじゃないのか?
詩織さんは、あの手紙を健吾さんに届けたくなくて、埋めたんじゃないのか?
俺がやったことは、本当に正しいことだったのか?俺は余計なことをしてしまったんじゃないか?
「それは違う」
気づいたら、長門が力強い目で俺を見ていた。
「彼女の想いはあの手紙に込められていた。だから亜種が引き寄せられた」
長門を見つめ返すと、静かに口を開いた。
「思い出は大切なもの」
驚いた。長門はいつも無表情で、感情なんかないんじゃないかと思っていた。けどそれは俺の思い違いだ。決意のこもった目を俺に向け、どことなく微笑みかけているような表情を俺に向けている。
長門は言葉に出していないが、
「あなたは正しいことをした」
って言っているような気がした。きっと長門にも、詩織さんと健吾さんのように、忘れたくない大切な思い出があるんだろう。なんとなく、救われた気がした。
そんなことをぼんやりと考えていたところ、後ろから
「ありがとう」
と声が聞こえた。
振りむくと誰もいなかったが、あの綺麗な黒髪が少しだけ見えた気がした。