時間は進み、昼休みとなった。夢にしては、随分現実味があって、時間の流れが遅いなと思っていた時のこと。
俺の席の前に座っていた女の子、朝から今まで微動だにしなかったその子が急に席から立ち上がった。そして、俺の方を向いたかと思うと、突然、今まで読んでいた本を机の上に置いた。
「昼休み中に読んで」
きっと間抜けな顔をしていたんだろう。その女の子は、ほんの少しだけ首をかしげ、
「長門有希」
静かにつぶやくと教室から出て行った。
なんだ名前か?別に名前を聞きたかったわけじゃないんだけどな。
しかし、突然なんなんだ?俺は本を読むってことはあまりしないし、こんな厚い本を昼休みだけで読めるかよ。飯を食うなってことか?
俺は不思議に思いながら本をめくってみたところ、どうやらSF小説らしい。平行世界がどうとか書いてあった。
ん、なんだこれ?ページを適当にめくっていたところ、真っ白な栞が俺の目に映った。なんとなく見てみると、栞にはパソコンで打ったような綺麗な字が書かれていたんだが、おいおいなんだこりゃ?
ここはあなたの世界じゃない
放課後、文芸部の部室に来て
全く意味不明だ。でもなぜだろう、これを見た瞬間、心臓を掴まれたような衝撃を受けたんだ。これは、俺に向けて言っているのか?昭和じゃないんだから、栞でメッセージを伝えるなんて古すぎるだろ。
長門有希だったか。あの子は、小説の読み過ぎで現実と小説の区別がつかなくなってしまったのか。普通の奴がみたら、頭のおかしい奴だと思われちまうぜ。それともなにか。本に興味を持たせて俺を文芸部とやらに引き込むつもりか?
そして、あれこれ悩んでいる内に、放課後になった。長門に栞のことを聞こうかと思ったのだが、休み時間になるとすぐに消えてしまうので、何も聞くことができていない。今の俺の心中は穏やかじゃないんだけどな。
実をいうとだ。この辺で、俺はやっと自分の置かれている状況が夢ではなく、現実ではないのかと思い始めたのだ。
午後に体育の授業があってサッカーの試合が行われたのだが、顔面にサッカーボールを当てられてしまい、とんでもなく痛い思いをしたのだ。夢ならこんな痛みはないはずだ。
それに夢ってのは自分の都合のいいようになると同時に、身体の自由が大抵効かないもんだ。だが、この世界は全くもってまともで、時間の感覚も現実と一緒。
栞に書かれていた
ここはあなたの世界じゃない
この言葉が、俺に重くのしかかる。
散々迷ったが、行くしかないな。俺は、ナツキに先に帰るように言い、文芸部の部室に向かった。