YUKI burst error Ⅴ

 

 

「どうする?」
 抑揚のない声が再びあたしにかけられる。しかし今はまだ攻撃の意思がない。当然よね。有希の次のアクションはあたしの答えを聞いてからのはずだから。
「長門さん、その前に僕の質問の答えがまだなのですが?」
 珍しく笑みが消えた古泉くんが神妙に問いかける。
「教えないと言ったはず」
 もっとも有希は古泉くんに視線を向けることなく即答したけど。
「いいえ。あなたは涼宮さんの問いに『教えない』と言っただけです。僕の質問にはまだ『教えない』と告げていません」
「なら今言う。教えない」
 古泉くんの切り返しに、やっぱり何の感慨も見せない有希は即答したけど、
「では質問を変えます。あなたは『あの日』とやらが『どの日』なのか記憶があるのでしょうか?」
「……教えない」
「それでは質問の答えになっていません。僕はあるかないかを聞いたのです。『教えない』という答えはやましいことがあるので黙秘します、と言ったのと同義語ですよ」
 ――!!
 なんだか苦笑っぽい笑顔を浮かべて古泉くんが切り返してすぐ、
「涼宮さん逃げて!」
 あたしとみくるちゃんを廊下へと押し出した!
「ここは僕が食い止めます! 貴女は昨年の十二月二十日へ!」
 去年の十二月二十日!?
「そうです! 僕は彼に以前、お聞きしていたんです! 今、確信しました! 間違いなく昨年の十二月二十日に起動プログラムがあると思われます!」
「なんですって!?」
「なぜならこの長門さんもその日を知らないのです! 十二月二十日に何があったのかを! 知っているのは彼だけです! 彼は言いました! 十二月二十日の午後――うぐっ!」
 古泉くんの後の句が奪われてしまった! 小さい手が古泉くんの唇を鷲掴みしたから!
 相手は勿論――
「あなた……まさかあなたが知っていたとは……」
 淡々と言いながら無表情のまま有希が、それでも憎悪の瞳を古泉くんにぶつけてきた気がした。
 しかしいかんせん、有希は小柄。見上げながら言っている分、もしこの無表情な有希の表情が見えない後ろ姿であったなら、なんとなく「だめ、言わないで」という恥じらいの乙女が無理矢理相手の口を慌ててふさいだシチュに見えないこともない。。
 そんな中、古泉くんは視線だけをあたしに移し、


 ――早く行ってください――


 そう合図を送ってくる。でも……
 固まっているあたしに今度は有希が視線をぶつけてきた。無造作にしかし静かにあたしに近寄ろうとして、
「そうはさせません!」
 古泉くんの勇ましい声が割って入ってくる。
 なんとか有希の腕を振りほどいた古泉くんが威風堂々と両腕を開いて佇んでいて――
「なぜ邪魔する? わたしは世界をあるべき姿に回帰しようとしているだけ。それは悪いことではないはず」
「確かに悪いことではないかもしれません。平穏な姿が世界の本当の姿なのかもしれません。
 ですがそれが正しいかどうかは別です。僕もあなたも今の生活に満足していたはずですよ? それが正しいか間違いかはあなたが自分でよく分かっているはずです」
「分からない」
「そうですか――でしたらなおさら涼宮さんにはこの世界を再構築してもらう必要がありますね。僕は元の世界を気に入っています。それを壊させる訳にはいきません」
「ならあなたも抹消する。わたしの邪魔はさせない」
 有希の瞳に再び殺気が宿る。
「涼宮さん――どうかお気をつけて――」
 肩越しに振り返った古泉くんは、この場に似つかわしくないほどの爽やかな、しかし一目で分かる。明らかな今生の別れの笑みを浮かべていた。
「古泉くん!」
 あたしの悲痛の叫びと同時に文芸部室の扉が勢いよく、バタンと閉められる!
「行きますよ……涼宮さん……」
 あたしの手を取り、促してきたのは珍しくみくるちゃんだった。その瞳にはこらえきれない涙があふれて来ていた。
「でも……でも……」
 あたしの目からも涙があふれてくる。
 今の有希相手に古泉くんがどうにかできるわけない。
 扉を閉めたということは、文字どおり体を張ってあたしにわずかながらとは言え、時間を稼いでくれた以外の答えがない!
「……全てを知っていたのはキョンくんだけ……キョンくんは無意識にこういう日が来ると予想していたのかもしれません……でもこういう危機的状況になったとき、自分はもういないかもしれないと考えたのかもしれません……それで古泉くんに伝えておいたんだと思います……だから古泉くんは涼宮さんに教えることができたんです……ですから行きましょう……二人の思いを無駄にはできません……」
「どうやって!? 答えは去年の十二月二十日なのよ! どうやったって行けるわけないじゃない!」
 八つ当たりだ……みくるちゃんはあたしを元気づけようとしてくれただけなんだから……
 みくるちゃんは少し困った苦笑を浮かべて、
 ……? 苦笑……?
「あたしが連れて行ってあげます――」
「え……?」
 予想外の言葉にあたしは一瞬涙あふれる瞳のまま虚をつかれてしまった。
 と、同時に何か周りの風景がぼやけていき――
 かろうじて最後に視覚が捉えたものは文芸部室のドアが爆破され、その炎の塊の中に古泉くんの断末魔の表情が呑み込まれたシーンだった――




 気がつくと、あたしは肌寒い感覚を味わっていた。
 ついでにあたしの着ている服も髪型も変わっていた。
 いつもの北高の制服。いつもの肩までかかるかからないかのセミロングヘア。
 そう――いつものあたしに……
「良かった。涼宮さんがその姿になったってことは世界が元に戻る可能性があるってことですもんね。元に戻った世界ですと涼宮さんは北高の生徒ですから」
 なるほどね。理屈は確かに……でも……
 時間的には……さっぱり分かんない。
 太陽がまだ東向きにあるってことは午前中ってことかしら。
 どうでもいいか……それよりここは……
「去年の十二月二十日ですよ。あたしも初めて来ました。でも安心してください。この時空にあの長門さんが来ることはできませんから」
 明朗な声はキョロキョロしていたあたしの後ろからかけられた。もちろんそこにいたのはなんとなくおしとやかな佇まいのみくるちゃん。
 え゛?
 もちろん、にわかに信じられるものじゃないわよ。いきなり去年の十二月二十日と言われても。
「本当に……?」
「はい。あ、でも先に言っておきます。決して涼宮さんの姿を、誰にも、とまでは言いませんが、少なくともこの世界で正常な記憶を持つキョンくんだけには見られないでください」
「……ひょっとしてタイムパラドックスってやつ?」
「その通りです」
 あたしの問いにみくるちゃんが注釈まで付けてくれて笑顔のまま首肯してくれる。と言うことは本当に昨年の十二月二十日ってこと?
 みくるちゃんが嘘つける訳ないし、ついでにいつの間にか学校から出てたわけだし。
 タイムパラドックスか……
 確かにキョンは去年の十二月二十日にあたしの姿を見ていない。だってその時のキョンは昏睡状態で――
 って、おかしいじゃない。
 さっきは気が動転してたから気がつかなかったけど、キョンがこの時期、入院していたのにどうして古泉くんに十二月二十日の話ができたのよ。
「涼宮さん……今まで黙っていたことがあったんですけど聞いてくれますか……?」
 ん? あれ? みくるちゃんの笑顔、何かバツが悪そうだし。
「さっき、古泉くんは説明できなかったんですけど……」
 その切り出し方はちょっと辛いわね……だって古泉くんを見捨てて逃げてきたようなもんだったから……
 たぶん、みくるちゃんも同じことを考えてる。
 でも嘆き悲しむのは後よ。と言うかそんなことはしなくてもいいはずよ。だって世界を元に戻せる可能性がここにある。
 世界が元に戻ればキョンも古泉くんも帰ってくるんだから。
 たぶん……


 みくるちゃんからとんでもない話を聞かされた。
 もちろん「はい、そうですか」なんて信じられるものじゃない。
 まず耳を疑ったのはみくるちゃんが未来から来ていた、という話。
 そして、端的に紹介させてもらうけど、去年の十二月十八日から十二月二十日までが全然違う世界になっていたって話。その中でキョン一人だけが正常な記憶を持っていたらしく、あたしはもちろん、有希も古泉くんもみくるちゃんも本人なんだけど別人になっちゃったとか。
 ……なんでキョンだけ? むぅ。選ばれた人間って感じがしてちょっと羨ましい。
 ただ全然違うと言っても、その世界は、ついさっきまであたしがいた世界と同じ世界だったらしいから、ちょっと『違う』という言葉に違和感を感じてしまう。それも原因は有希の異常動作だったとか。てことはあの世界改変は有希の発作みたいなもんなのかな?
 それにしても有希が宇宙人でみくるちゃんが未来人て。
 まあ今はいいわ。元の世界に戻ってから確かめましょう。だって今は世界を元に戻す方が最優先事項だし。
 さてみくるちゃんから聞かされた話を続けると、その世界からキョンは有希が残していた再起動プログラムを作動させて元の世界に戻してくれたとか。
 それが今日、あたしの感覚から言って去年の十二月二十日の夕方ということだった。
 という訳でこの日に再起動プログラムがあるということになるらしい。ただそのプログラムがどんな形をしているものか分かんないし、作動条件もなんなのか分からない。まさかそんな世界をこねくり回すようなプログラムを誰にでも作動できるようにはされていないだろうしね。
 あっちの有希の話振りだとキョンが知っているとか。てことはキョンに聞くしかないってことになるんだけど……でも、キョンにあたしを見られちゃいけないんだっけ?
 あっそうか。とりあえずキョンを見つけてキョンの行動を逐一尾行すればいいんだ。なるほど納得。
 って、今、あたしがやってきたこととやってることとやろうとしていること自体に納得できていないけどね!
 ちなみに、あたしの記憶にある十二月十八日はキョンが階段から落ちて救急車で運ばれた日。
 それからの三日間は病室でキョンをSOS団のみんなで看病していて……
 とまあ、あたしの記憶はさておき、みくるちゃんはここにあの有希が来れない理由も言ってくれた。
 今、この時間の有希は普通の人間になっているらしく、あたしたちが居た時間の有希と同期とかいう異時間同位体とのリンクが不可能になっているらしいとのこと。
 意味はさっぱり分らないんだけど、とにかくあの有希がここに来ることはできない、ってことだけは理解しておけばいいのかな?
 逆にこの時間以外はあの有希の襲撃があるかもしれない、という覚悟はしておかなきゃいけないってことね……
 そして最後にみくるちゃんはこう結んだ。


「あたしは未来から来ていたことを涼宮さんに黙っていました……でももう秘密にしておく必要がなくなったんです……」


 なっ!?
 話し終えると同時にみくるちゃんの姿が薄く透明になっていく!
「いったい何が!?」
「あたしは未来の禁則事項を破り、涼宮さんをここに連れてきました……TPDD――平たく言いますとタイムマシンの無断使用には厳重な処罰が下されるんです……いかなる理由があろうともその存在を抹消されるという処罰……今まであたしが居られたのはその処罰作動スイッチ申請許可までの間でした……」
「なんでよ!? 有希に異変が起こって世界が変えられようとしたのよ!? それなのに何でみくるちゃんが!?」
 再びあたしの中に喪失感という嘆きの感情が生まれる。
「違うんです……長門さんがああなったのは……歴史的事実……STCデータ――未来の歴史観測装置と思ってくれればいいです――それに異常はなかったの……世界改変に起こる時空震も観測されなかった……そして……これがあたしが元の記憶を持っていた理由……規定事項の未来だったから……今、それが分かりました……」
「事実ですって……? じゃあキョンや古泉くんが殺されたのも歴史的事実って言うの!?」
「…………ごめんなさい」
 あたしの詰め寄りにみくるちゃんはただ寂しげな笑顔を浮かべるだけだった。
「あたしは……キョンくん、古泉くん、長門さん、そして涼宮さん……SOS団のみんなが好きになってたんです……あたしも古泉くんと同じ……元の世界がいい……世界を元の姿に戻したい……だからこの日に涼宮さんを連れてくることを決意したんです……」
 みくるちゃんの瞳から涙があふれてくる。
「あたし……間違ったことしたつもりないです……あたしの素直な気持ち……」
 もうみくるちゃんの姿はほとんど見えなくなってしまっていた。
「また……いつもの日常に戻れますよ……涼宮さんがいて、キョンくんがいて、古泉くんも長門さんもいてみんなで楽しく過ごしたあの日に……」
「だめだから! みくるちゃんも居なきゃだめだから! あたしのSOS団から誰一人かけるなんて認めないんだから!」
 あたしは思わずみくるちゃんの肩を掴もうとして
 ――っ!
 むなしく両腕は虚空に半円を描くのみ……


 ありがとう……涼宮さん……あなたやみんなに逢えて良かった……


「みくるちゃん!」
 なんとか聞きとれた彼女の言葉にあたしは嘆きの声を張り上げる。
 と同時に完全にみくるちゃんの姿は周りの風景に溶け込むかのようにかき消えた。
 一人取り残されるあたし。
「何でよ……何でみんなあたしの傍からいなくなるのよ……何で……」
 全身が震え涙が後から後からとどめなく流れてくる。
 あたしは塞ぎ込むしかできなかった。
 だって……あたしの今の顔……誰にも見られたくなかったから……

 

 

YUKI burst error Ⅵ


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