YUKI burst error Ⅳ
いったいあたしには何が起こったのか分からなかった。
キョンがあたしを突き飛ばして……顔をあげると同時にキョンが猛烈な光に呑み込まれて……
頭の中が空白になっている。
まだ焦点もあっていない。
あたしを現実に引き戻したのは廊下から響いたこの空間全てが激震したかのような爆音を耳にしたときではなかった。
「これでプログラムを起動させる可能性は消えた」
抑揚のない、それでいて寒気が走る声の主は手を翳したまま、前を見据えて佇んでいる。
消した……?
その前の言葉なんてどうでも良かった。
今、何て? 消した? 何を?
「な、何を消したって言うの!?」
あたしは我知らず叫び声をあげていた。
ゆるりと、どこか影が濃くなったような気がした有希があたしへと視線を向ける。
「プログラム起動の可能性。それはあの日のことを知っているあの有機生命体にのみあり、我々にはない。あの有機生命体さえ無くなればもうわたしを抹消させることはできない。
あなたを目標にすれば必ずあの有機生命体は自分の身を省みずあなたを保護する行動を取ると予測した。そしてその予測通りになった。わたしの狙いは最初からあの有機生命体だった」
プログラム起動? 有機生命体? 何? 何のこと?
「貴女が『キョン』と呼んでいた有機生命体。それを抹消したと言っている」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?!
突然起こった爆発にパニックになっていた学校中さえも白黒反転して凍りつくほどの衝撃が舞い降りる。
キョ……キョンを抹消した……?
それって……それって……
「案ずることはない。わたしは別段、不特定多数の有機生命体に危害を加えようとは思わない。わたしの望みは平穏、あるべき姿」
「ちょっと! まさか有希! あんた、キョンを殺したの!?」
「案ずることはないと言ったはず。情報操作は得意。あの有機生命体は最初からいなかったことにする」
有希じゃない……!
キョンのことを嘆き悲しむことさえ忘れていたあたし。
今、現実に起こったことがそれを忘れさせてしまったのかもしれない。
「あんた誰! 有希じゃない! 有希はどこ!?」
あたしの剣幕に動じる気配すら見せない目の前の相手は、無表情の中にもまるで「何を分からないことを言っているの?」という瞳で少し首を傾ける。
……その仕草……有希そのもの……
あたしの頬に汗が一滴滑り落ちる。
「わたしの名前は長門有希。貴女は知っているはず」
何の感動もない答えがあたしをさらに恐怖へと突き落とす!
しかしあたしはあえてやせ我慢に近い強気な声で、
「そんな訳ないじゃない……あたしの知っている有希は物静かな読書好きでおとなしくて口下手で人見知りする結構騙されやすそうな女の子よ……間違っても誰かを殺すなんて真似はしないしできないわ……」
「理解した。ならわたしは全ての改変を終えた時、そのような有機生命体となろう」
すべての改変?
「そう。世界をあるべき姿に戻す。それがわたしの役割」
「あるべき姿ってどういうことよ? この世界の何が間違ってるって言うのよ?」
「案ずることはないと言ったはず」
『有希』の視線に迫力の炎が灯ったような気が……けど、んなものに負けてなんていられない!
「今、すべての改変って言ったわよね?」
「そう」
「今もその途中なの?」
「そう」
「なら、その改変とやらを阻止したらどうなるの?」
静かに『有希』があたしに正対する。
「無駄なことはやめた方がいい。もうあの有機生命体はいない。阻止できる可能性はない」
……っ!
希望と絶望があたしの中で交錯した。
今の『有希』のセリフで一つだけ分かったことがある。
世界の改変を阻止できれば、有希は元に戻りキョンが帰ってくる。
これが希望。そして心の内で浮かんだ絶望は――
どうやって阻止すればいいのか分からない……その可能性はキョンが握っている……いえ握っていたなんて……
「いったい今のあなたのことを何とお呼びすればいいのか分かりませんが――便宜上、『長門さん』と呼ばせていただきましょうか」
呻吟するあたしの横から古泉くんが一歩踏み出して切り出した。
「何?」
「貴女は今、『あの日』と言いました。それは『どの日』を指すのでしょうか?」
――!!
確かに『有希』はそんなことを言ったわよね。とすれば、『あの日』が『どの日』か分かれば可能性があるってことじゃない!
あたしがしばし沈黙した有希が答える前に声を張り上げる!
「団長命令よ! 教えなさい!」
「教えない」
沈黙した割には予想通りの答えを有希は淡々と告げた。
「今の貴女にわたしに命令する権限はない。今のわたしは誰の命令も受けない。わたしはわたしの意志にのみによって動く」
しかし――
「認めたわね――あんた、有希じゃない――有希はSOS団団員よ――団長命令に逆らう団員はいないのよ――キョンも古泉くんもみくるちゃんもね――」
などと言いつつ、あたしは凍りついた。瞬間、『有希』の雰囲気が変わったから。
そして、
「この世界にもうSOS団なる団体は存在しない。なぜならあなたはこの学校の生徒ではない。この学校であの有機生命体と出会わなかったあなたはSOS団を設立できない。だからあなたの命令に拘束力はない」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?!
はっきりと認識できる。
当然のごとく言い返そうとしたあたしを黙りこませるには充分の目……
この有希の瞳……体の芯から凍えるような寒気の視線。
殺気――
「あなたがわたしの邪魔をしないというのであればわたしも手出しはしない。しかし、あなたは今、世界を前の世界に戻そうと決意した。今からでも遅くない。選択の権限をあなたに与える。
わたしの邪魔をするか否か。前者であればわたしはあなたもあの有機生命体同様、抹消する。なぜならあなたにもあの有機生命体同様世界を再構築できる可能性がある」
あたしに世界再構築の可能性ですって!?
でもどうしてそれをわざわざ教えてくれるの? 教えなきゃいいじゃない。
ううん……それだけじゃない。
さっき古泉くんが気付いた通りで、何でわざわざプログラム起動の日のことを言ったんだろ?
考えられる可能性は、今、有希の言葉を聞いたここにいる全員を抹消するつもりでいるから。
でもこれはない。なら私に邪魔をするな、なんて言う必要がないもんね。
じゃあなぜ……?