反転世界の運命恋歌Ⅳ

 

 八の字湖の辺(ほとり)での写真撮影の後、ハルヒは尾行していたお詫びにと今日のSOS団の活動解散を宣言した。
 でも、今後の行動は各自の自由とのこと。
 つまりそれは、
「本気で、古泉くんの慰労を考えたみたいね」
「僕は少々疲れましたけど」
 というわけで、あたしと古泉くんはいまだ、二人で街中をぶらついていた。もちろん、手を繋いでいるわよ。だって、これは古泉くんの望みだし、別にあたしも嫌じゃないし。
「羞恥で、でしょ? あんなの開き直った者勝ち」
「それはそうですけど……やれやれ、なんとなく、彼の涼宮さんへの対応の気持ちが分かりましたよ……」
 うわ失礼な。
 あたし、あんなに思いつきで突発的な衝動行動する女じゃないわよ。
「いえいえ、充分、あなたも突発的に行動されます」
 ぐ……切り替えしてくるか……そりゃ、さっきの辺(ほとり)の件はそうかもしんないけど……
「ふふっ。冗談です。アレはさすがに恥ずかしいものがありましたが、嫌なことではありません。今はむしろ、嬉しい気持ちです」
 茶目っ気な笑顔を見せる彼。
 ふうん。さっきハルヒが言った『いつもと違う笑顔』っていう理由が分かる気がするな。
「なら、ハルヒにちゃんと現像してもらって大事に保管しててね。あたしは持って帰ることできないんだから」
「それは残念です。できればあなたにも共有してもらいたかったのですが」
「……向こうの世界を崩壊させるつもり?」
「そうでした。申し訳ございません」
 あたしのジト目の視線に苦笑を浮かべる古泉くん。もちろん、彼にもあたしの言いたいことが理解できたのだろう。
 当然だ。
 向こうの世界には、あたしにとって現時点ではだけど、友達以上恋人未満の涼宮ハルヒコが居る。それもお互いがそのことを認識している関係で。
 しかもハルヒコは世界を都合よく改変できるハタ迷惑な能力を持っているんだ。ただでさえ、あたしが別の男子と談笑している姿を見るだけで嫉妬して閉鎖空間を生み出しかねないような奴が、あたしとハルヒコじゃない男の子とのツーショット写真なんて見つけてしまったらどうなるか。
 想像するだけで恐ろしいし、古泉くんだって、こっちの世界で向こうの古泉と同じ役割でいるんだから知らないわけがない。
 だから持って帰ることはできないのよ。
「分かったならよろしい。でもまだ、今日はこっちに居られるんだからエスコートしてね」
「もちろんです」
 最高の笑顔を浮かべつつ、あたしたちはまた歩き出す。徐々にネオンの明かりが灯り始めた町の中を。


 すっかり夜が更けた午後十時半。
 あたしたちは、とある人物との待ち合わせのために高級分譲マンションが立ち並んでいる一画に位置する公園の、街頭の光でスポットライトのように照らされているベンチに腰掛けていた。
 というか、これで誰を待っているかなんてバレバレね。
「ふう。今日は楽しかった。ありがと、古泉くんのおかげよ」
「どういたしまして」
 あたしは星空を見上げ息を吐きながら隣にいる古泉くんに声をかけると、古泉くんからの謝辞の言葉が聞こえてくる。
「あなたはどうだったの?」
「僕? もちろん、僕も楽しかったですよ」
「本当に?」
「ええ。と言うより、それはあなたが一番よくご存知かと思うのですが」
 あたしは苦笑を浮かべる。そんな、あたしを一瞥してから古泉くんも天を仰ぎ、
「まさか、僕もこんなにも楽しめるとは思いませんでした。それはあなたが一緒にいたからでしょう」
 …… …… ……
「涼宮さんには感謝ですね。たった一日とは言え、僕の望みを叶えてくれたのですから」
「そんなにあたしと逢いたかったの?」
「んまあ……正確には『彼が女性だったら』って意味なんですけどね……」
 古泉くんが鼻頭をぽりぽり掻いている。そりゃそうか。あたしと『あたし』は同一人物だけど、あたしはちょっとフリーってわけじゃないし。
「僕も男ですから男性には友情はともかく、恋慕の情は抱きませんよ。ですが、僕も、涼宮さんたち同様、彼に惹かれていますので、もし彼が異性だったなら、と思ってしまうときはあります。友情は続いていくとしても常に一緒に居られるわけではありません。ですが異性の方でしたら将来的には死ぬまで、片時も離れず一緒に居ることができますし、そのことに対して抵抗感はないでしょう」
「それだけじゃないわよね」
「お見通しですか」
「まあね。同性と違って、異性間はどうしても気持ち的に通じない部分があるから素直にならないと関係は築けない。てことは、役割とやらがある『男』の古泉くんが素の自分を惜しげもなく出せるのは『異性』の場合の『あたし』だけってことになる」
「その通りです」
「何でそんなにかしこまってるの? 素の自分を出せばいいじゃない。少なくともこっちの『あたし』に仮面を付け続ける理由はないはずよ。たぶん『あたし』もそんなことは望んでいないはずだし」
「彼にも同じことを言われましたよ。でも習慣ってやつでしょうか。なんとなく今さら直せなくて……」
「それで、あたしには、ってことか」
「まさか、僕もここまで素直になれるとは思ってもみませんでした。残念ながら言動だけは素の自分とは言えませんでしたが、それでも僕は『僕』として、あなたに接してきた気持ちに嘘偽りはありません」
 普段の古泉くんっていったいどういう人なのやら。
 閑話休題。
 まだ待ち合わせの時間には少しある。
 二人で夜空を眺めることしばし。
「だからその……キョン子さん……」
「何?」
 突然、なんとも思いつめたような声が聞こえてきて、あたしは振り返る。
 そこには笑みが消えた、しかし、なんとも深刻そうに真剣な表情をした古泉くんが居て、
 んで両肩を掴まれた。
 あ……このシチュエーションは……
 悟った瞬間、あたしは古泉くんが次のアクションを起こす前に動いていた。
 右手の人差し指と中指を合わせて立てて彼の唇にそっと当てている。
「それだけはダメ。あたしには向こうの世界にハルヒコが居る。この場に居ないからと言っても、こういうことはできないし、したくない」
 あたしは自嘲と苦笑を足した、少しもの悲しげな表情で古泉くんに自制を促した。
 永遠のような刹那の沈黙。
 夜の少し肌寒い風が周りの茂みのコーラスを響かせる。
 そう、あたしが少し大胆に行動できたのは、ここが異世界ってこともあるけどもう一つ、古泉くんを異性としてほとんど意識していなかったからだ。
「そう……ですか……」
「ごめんね」
 力なく、彼はあたしの両肩から手を離した。その表情には落胆を無理やり押し込めようとしている笑顔が浮かんでいるし、伏せ目になっている。
 それはそうだろう。
 あたしが古泉くんに突き付けてしまったのは残酷な現実。少しだけ心が痛い。本気であたしを想っている人にだったから余計に罪悪感を感じてしまう。
「だから――」
 これは罪滅ぼし。そして古泉くんに応えられるあたしの精一杯。
 これくらいならハルヒコも許容してくれる……訳がないかもしれないけど絶対に許させるわ。だって、彼に引き合わせたのはハルヒコなんだから。
 彼の唇が触れた人差し指と中指の面を静かな笑みの形になっているあたしの唇にゆっくりと当てる。
「――これで勘弁して?」
 そんなあたしの行動を見た古泉くんの表情は一瞬、愕然としたけど、
 即座に、幸福感いっぱいの満足げな笑顔に変わる。
 もし、あたしの出会った順番が、ハルヒコよりも古泉くんが先だったなら、なんて考えてしまう笑顔に。
「充分です。ありがとうございました」
 そう言う彼の口調は、さっきまでの根詰めたものとは違う、穏やかで柔らかい口調に戻っていた。


 時は午後十一時五十分。
 ハルヒコがあたしと『あたし』を入れ替えるのは今日一日、ということにしたから、あと十分で日が変わるそのときがみんなとのお別れ。
 そしてここはこっちの世界の長門の部屋、高級分譲マンション708号室。
 今ここに、古泉くん、長門有希、朝比奈みくるさんがいる。
 どうやら長門がみんなを集めたらしい。お見送りってやつね。
 んで、集まったのは十一時なんだけど、長門と朝比奈さんのお茶を頂きつつ、一息ついたところで、あたしたちはこんな会話を交わしていた。
「キョン子ちゃん、向こうに戻っても元気でね」
 あたしが男だったら思わず腰が砕けてしまいそうな魅力いっぱいの笑顔を浮かべている朝比奈さん。
「あなたに謝罪しなければならないことがある。それは、この場に涼宮ハルヒを呼ぶわけにはいかなかったこと」
 長門が、誰にでも分かるくらいに頭を下げて、もっとも、あたしにもハルヒがこの場に居ない理由を理解しているので苦笑を浮かべるしかできない。
 ちゃんとお別れが言いたかったけど、まさか、あたしの正体を知られるわけにはいかないだろうしね。
「気にしなくていいわよ。あたしがあなたの立場ならやっぱりハルヒは呼べないから」
「心遣い感謝する」
 そう。世界の法則を乱すような真似はできない。
 もちろん、ハルヒが乱すような真似をするほど、この世界に失望は、もうしていないとしても今はまだ、本人の力を自覚してないわけだから無自覚に乱す可能性があることをやっちゃいけない。
 たぶん、それは全人類、ううん、大宇宙に存在するすべての存在が望むはずもないことだから。
 だって、誰しもが『世界』を愛している。だから今のままで世界があってほしいと願っている。『つまらない世界』と思っている人間は、それこそ『世界』から自分が消えればいい。それだけは誰しもが自分の意思でできないこともないことだから。
 と言ってもあたしはする気は全然ないけど。
「さっきも言ったけど、この世界の一日、楽しかった。それは皆さんのおかげ。もし、この世界にあたしの、あえて表現するけど、知っている人がいなかったら途方にくれていたかもしれないし、絶対に楽しめなかった」
「ふふっ。そう言ってくれると嬉しいですね」
 返してくれたのは朝比奈さん。
「それにしても、キョンくんが女の子になったらこうなるんだってことが分かって面白さ半分、残念さ半分ってトコかな?」
 ん? どういう意味ですか?
 あたしのきょとんとした問いに、朝比奈さんがウインクしながら、
「だって、あなたとキョンくんは性別反転したあたしたち全員の姿を唯一知る二人なんですよ。涼宮さんが移ったわけじゃないですけど、あたしも性別反転したあたしがどんな姿しているか興味あります」
 なるほど……と言っても、あたしは『あたし』を知らない。本当に全員の姿を知ることができるのは、実のところ、こっちの『あたし』だけだと思う。
 なんせ、こっちの『あたし』はあたしの姿を古泉くんが写真を見せれば知ることができるもんね。でも、はたして向こうで『あたし』は被写体を残したのだろうか。
 ……残してないだろうなぁ……仮に、こっちと同じことをやったとしても、いくらハルヒコが非常識だからって女の子を尾行する、なんて真似はしないだろうし、隠し撮りなんてもっての外だろう。案外、そういうところは律儀な奴だから。
「長門さんも、あたしたちをそっちの世界に連れて行くことはできませんしね」
「そう。異世界間移動はわたしの器量をはるかに越える。『世界』とは『大宇宙』全体を一つの世界と定義するため、その広さはわたしにも理解できない。そんな世界がこの空間の向こうにどれだけの数があるか予測すらできず、また、そのような状況であるからポイントを特定して移動するなどほぼ不可能。これがわたしがそちらの世界に行くことができない理由」
 うわ……気が遠くなる……
「しかも、今回の入れ替わり現象は奇跡を超越した確率と判断できる。なぜなら、連絡の取りようがない異世界間で同じことを望む同じ能力を持った者が同時期に実行するなどあり得ないから」
「さすがは涼宮さん。確率論が通用しないところがこんな奇跡以上を生み出すとは」
 まったくね。しかも、あたしと『あたし』は確実に元の世界に戻れるって保証があるんだから、ホント、文字通り『神の領域』としか言いようがないわ。
「あっそうだ。ちょっと気になっていたんだけど、あたしとハルヒが同じ班だった午前中って、長門と朝比奈さんって古泉くんとどんな話してたの?」
「う゛……今、それを持ち出しますか……?」
「そうは言っても、昼間の古泉くんのセリフ、随分、思わせぶりだったし。元の世界に帰っちゃったら確認できないんだからモヤモヤ感が残るのもなんだかなぁ、って感じだし」
 あっけらかんと問うあたしに、古泉くんは少しバツの悪そうな表情を浮かべ、長門は物凄い無表情だけど、その隣で朝比奈さんが苦笑とも小悪魔っぽいとも取れる笑顔を見せている。
「古泉くん、教えてあげてはどうですか?」
「あ、朝比奈さん!?」
「キョン子ちゃんの言う通りよ。もう二度と会えないかもしれないんだから、ここは包み隠さず話すべきではないでしょうか」
「……何か面白がっていません?」
「そうは言っても、あたしと長門さんはもう知っていることですし、この場で知らないのはキョン子ちゃんだけなんだからいいんじゃない? 別に向こうの世界でキョン子ちゃんがペラペラ喋ったところで、あなたには何の影響も及ぼさないのですから」
「それは……そうですが……」
 まだ古泉くんは躊躇っているようだ。んー正直、そんな大袈裟なものじゃないと思っていたんだけど違うのかな?
「えっと、あたしは単に古泉くんがあたしと組になったときにどうすればいいかを朝比奈さんに相談したとか、長門に言って午後のクジの情報操作を依頼したくらいだと思ってたんだけど?」
 というわけで本音をぶつけて見る。
「うぐ……」
「半分正解ですね」
「半分?」
「そう。古泉一樹はあなたが予想したことだけでなく、我々にあなたに対する想いを熱弁していた」
「長門さん、いきなり割ってきますか!?」
 ね、熱弁……?
「ええ。午前中、あなたは涼宮さんに、こっちの『あなた』との話を聞かされたと思いますけど」
「あ、朝比奈さん! あの話はご勘弁を……!」
「いいじゃない。そんな大袈裟なものじゃないって。んまあ、古泉くんにとっては大事かもしれませんが」
「解ってるじゃないですか!?」
「だから面白いんです」
「うわ。なんか、今、一瞬、朝比奈さんの顔が、どことなく若葉色でウェーブのかかったロングヘアのスレンダーで見た目淑女の海産物宇宙人の顔と被って見えました」
 誰それ? あたしは遭ったことないかも?
「どうしよかな? このシリーズ、あたしのセリフってここに来て初めてなわけですし、出番のことを考えるとたくさんセリフがほしいなぁ、みたいな」
「勘弁してください! お願いします!」
 うを!? あの古泉くんが朝比奈さんにすがっている。恐るべし朝比奈さん。
「そうですか? では武士の情けですね。古泉くんの熱弁の内容は禁則事項にしておきましょう」
 なんとなく、なんとなくだけど朝比奈さんと長門がとっても喜んで見える。理由は解る気がする。
 たぶん、今の古泉くんは普段とは全然違う表情を見せているんだろうな。
 そんな様子にあたしも思わず笑みがこぼれてしまう。
 本来、敵対勢力で均衡状態でしかない宇宙人、未来人、超能力者が普通の高校生になって談笑しているんだから。
 こういう景色がいつまでも続けばいいな、とか考える。こっちの世界だけじゃなくてあたしが本来いる世界でも。
「って、あら?」
 それに気づいたのはあたしと朝比奈さん。
 向こうからはどう見えるのかは知らないけど、今のあたしの網膜には、なぜか部屋の輪郭が大きくなって、その輪郭から暗闇が溢れ始めてきた。
 そっか。お別れか。
 あたしは、どこか諦観の面持ちで現実を受けて入れている。寂しい気持ちがないわけでもないけど悲しみは感じない。
 たぶん、理由は、この世界はあたしが住む世界じゃないから。
「転送開始」
 長門の短い言葉すらも遠くに聞こえる。
 なら、あたしが最後に言葉をかけなきゃいけないのはこの人だ。
「古泉くん」
「はい」
「今日は本当にありがとう。もう逢えないかもしれないけど、あなたとあたしは現実に出会っていたから」
「もちろんです。あなたのことは決して忘れません。なぜなら、あなたは、ある意味、僕の『初恋の人』だから」
 真顔の笑顔で切り出されて。
 は、初恋!?
「ふふっ。最後に僕の面目躍如と言ったところでしょうか。あなたのその表情が見られて良かったです。ずっと、やられっ放しでしたからね」
「この……!」
「キョン子ちゃん、古泉くんがあたしたちに熱弁をふるったのはそういうことだったんですよ。お別れのタイミングでようやく言えた古泉くんの気持ち、察してあげて」
「そう。古泉一樹が感情を露にしたのはあなたに対してだけ。希少価値」
 朝比奈さんと長門が、どっちかと言うとあたしに対してフォローを入れてくれる。
 それが、あたしの頭を冷静にして、
「分かったわ。あたしも古泉くんのことは忘れない。最後の最後まで仮面を外すのを躊躇ったヘタレのことは」
「キョ、キョン子さん!?」
「冗談よ。あたしも『初恋の人』って言われて嬉しかった。でも『初恋』って報われないことが多いってことを知っているんでしょ?」
「ええ。ですから僕はあなたのことを思い出として――」
 あ、時間がない。
「じゃあね」
 柔和な笑みを浮かべていた古泉くんが何を言おうとしたかは分からなかったけど。
 あたしは切り取られた部屋の風景が遠く小さくなるその直前、まだ古泉くん、朝比奈さん、長門の表情が確認できる内に、満面の笑顔を浮かべてお別れの挨拶を口にした。




 元の世界に戻ってきた翌々、月曜日の放課後。
 昨日・日曜日にハルヒコから朝一番、それも七時に電話があって、普段のあたしのままでやり取りしたら、妙にあいつは陽気に声を弾ませていた。
 もっとも、呼び出されることはなく、一日をのんびり過ごせたのは良かったのかもしれない。それだけ、月曜日ってのは、休み明けってのは普段以上にエネルギーを使うから。
 さて、月曜日に戻って、いつも通り、あたしは正式名称・文芸部室のSOS団たまり場へと勝手に足が進む。
 今日は掃除当番だったから、あたしが一番最後だろう。
 ドアを開けると、すでに四人は先に来ていた。
 授業中は後ろに居たからハルヒコの顔は確認できていたけど、こうやって四人が揃っていると、やっぱり土曜日の四人とは違うことを痛感し、また、この四人の顔の方があたしにとっては落ち着きをもたらせてくれることを今さらながら実感する。
 んで、よく見れば、ハルヒコは毛糸の帽子、朝比奈先輩は毛糸の手袋、長門は毛糸のマフラーをそれぞれ身に付けていて、妙に温かい笑顔を浮かべている。
「よぉ、遅かったな」
「まあな」
 笑顔のハルヒコに、あたしも笑顔を返す。三人が身に付けているものは間違いなく古泉が渡したものだ。家庭科で採点されて戻ってきたものなのは間違いない。だって、あたしも鞄に忍ばせているから。
 てことで、今度はあたしが、この三人に渡す番。
 あたしは、ハルヒコにマフラー、朝比奈先輩に帽子、長門には手袋を渡した。
「へぇ。案外、お前器用なんだな。上手くできてるじゃねえか」
「まったくです。古泉さんからのも嬉しかったけど、キョン子ちゃんのはもっと嬉しいですね」
「朝比奈みつるの言葉に僕も同意する」
 出来栄えは古泉の方がいいはずなんだが、どういうわけか古泉のものより評価が高い。もちろん、嬉しいことだけど釈然としないのは何故だろう?
「朝比奈先輩、あたしには古泉の方が上手くできていると思うんですけど?」
 というわけで問いかけてみる。
「うん。確かにこう言っちゃなんだけど古泉さんのほうが巧いとは思います。ただ――」
「古泉一姫の、我々に渡した編み物には心が足りない。貴女はこの編み物への、我々三人対する思い入れは同等だったはず。その差が朝比奈みつるがより満足感を得た理由。僕や涼宮ハルヒコが讃えた理由」
 まったく意味が分からない。
「古泉を見てみろ」
 ハルヒコが、どこかにやりとした笑みで促してくる。つられて、あたしが視線を古泉へと向けて見れば、
「……なるほどな」
「だろ? お前には感謝してるぜ。一昨日、本当にお前によく似た従兄弟を紹介してくれたんだからな」
 ハルヒコの言葉を背中に受けつつ、あたしは古泉の向かい、いつもの指定席にと腰を下ろして、
「あいつの分か?」
「はい」
 古泉が、今まで見たことないような乙女の、しかし、とんでもなく素直で可愛らしい笑顔を向けてくる。
 ちょっと意地悪かもしれないけど、
「次、いつ逢えるか分からないのに?」
「ええ」
 言って、再び彼女は作業に戻る。
「ですから、いつ会えてもいいように今から準備しているんです」
「やれやれ。あいつも果報者だね。なるほど、そのおかげで、あたしの方が賞賛されたってわけか」
 どこか苦笑を浮かべて肩をすくめるあたし。
 その眼前、古泉の手元には――


 編みかけの、山吹色をベースにした、ワンポイントに左胸に当たるところを水色でKと刺繍されているセーターが徐々に形を成していた。

 

反転世界の運命恋歌(完)

キョン編


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