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反転世界の運命恋歌Ⅲ



 で、ようやくあたしと古泉一樹のデートの話になる訳だけど、まあ別段、大したことはやっていない。
 おっと、ここで言う『大したことはやっていない』と言う意味は、男女が遊びに行く昼間の健全なデートとしては当たり前で当たり障りのないことしかやっていないという意味だぞ。
 だからと言って楽しくなかったかと言えば、むろん、そんな訳がなくて思いっきり楽しんでた。
 スタートは小物雑貨屋のウィンドウショッピングから始まって、あたしの「ふわぁ」という感嘆に、隣で微笑ましいものを見て一緒にその感情を共有したいと主張している彼の笑顔は素敵だったし、「どれもいいですね」と同意されたときは、そこはかとなく嬉しい気持ちで沸き返っていた。
 それから少し喉が渇いたんで二人で喫茶店入って――
 ふっふっふっふっふ。
 なんとなくこっちに主導権があったのと、こっちの世界の住人じゃないあたしだから大胆になってたのかな? わざとラブラブドリンク頼んだり、パフェを古泉くんに「はい、あ~ん♡」なんてのもやったりもした。困っているような、でも明らかにその困惑は羞恥から来ている照れだけだったってことが表情から読み取れたんで、でも、恥ずかしながらだけど、こっちに合わせてくれたし、彼もまんざらじゃないってことが分かったから余計、面白かった。。
 料金? うん、本音を言えば、割り勘で構わなかったんだけど、彼が頑なに「僕が奢ります」と主張してきたんでそれにあやかったわ。
 元々、財布を持ってこっちの世界に来たわけじゃないしね……
 その後、電車で一時間ほどの小さな湖に来た。二つの湖を八の字に周回する散策にはもってこいのピクニックコース。
 んー。この場所は知らないなぁ。こっちの世界の『あたし』たちはここに来たことあるみたいだけど。
 聞けば、去年の文化祭の後、涼宮ハルヒが映画撮影の慰労として案内してくれた場所だそうだ。
 映画撮影? あたしたちはやらなかったわよ。平行世界だけど、詳細にすると違うことがいくつかあるってことね。
 うん。でも、ここはなかなか素敵な場所。景色もいいし空気も美味しいし。団体だろうとカップルだろうと家族連れだろうとどんな組み合わせでものんびり過ごすには適していそう。
 んで、ここではボートも借りれるんだ。
「いいところね」
 湖を優雅にボートで滑りながら、あたしは古泉くんに話しかけていた。水面をなでる風と時折ボートのヘリで飛んでくる、太陽光で照り返されてはじかれる水しぶきがなんとも清涼感を醸し出してくれる。
 もちろん、漕いでいるのは古泉くんだけど。
「ええ。ですから、あなたを招待したのですよ。僕も一度、ここに誰か異性の方と来たいと思っていたものですから」
「へぇ。それにあたしを選んでくれたんだ。嬉しいこと言ってくれるわね。でもいいの?」
「何がです? 不思議探索をサボっていることに関して、でしょうか?」
「よく言うわ。古泉くん、あたし言ったわよね? 午後からのこの組み合わせは涼宮ハルヒが望んだものだって。あたしと古泉くんをデートさせるものだって」
「分かってますよ。この場所に異性として最初に招待したのが異世界人であるあなたでいいのかどうかってことですよね」
「そういうこと」
「もちろん『いい』に決まってますよ。涼宮さんは昨日、僕に『男』として興味はない、と、はっきり仰いましたし、朝比奈さんや長門さんも然りです。僕もあの御三方に対しては異性としての感情を抱いておりません。ですが僕も皆さん同様、彼に惹かれている一人でもございますから、彼の異世界同位体であり、しかも異性であるあなたですから僕は心の底から、あなたとこの場にいることに幸福を感じています」
「ふうん。随分、達観してるわね。それとありがと」
 そう言ってくれると、あたしもあなたに誘ってもらえて、めちゃめちゃ光栄よ、というセリフは心の中だけで呟いておく。
「謝辞を頂き、恐縮です。それと達観についてですが、確かに彼女たちに仲間意識は持っていますけれども、どうしても『役目』ってやつが大きいブレーキになってしまっているのです。特に涼宮さんに関して言えば、『分かってしまう』から逆に彼との仲を応援したいとしか思っていません。僕は何のしがらみもない『友人』に憧れていまして、それが彼なら最高ですね。一日も早くそういう日が来てほしいと思っています」
 ……向こうの古泉と同じこと言ってんなぁ。てことは、あいつの「あなたといつか本当の友達になって今日の日を笑いながら語り合える日が来るといいですね」というのは本音ってことか……
「どうされました?」
「あ、ううん。何でもない。こっちの話よ」
「そうですか」
 にっこり微笑む彼。詮索してこないってことは、今、私が思ったことが向こうの世界のことだと分かってるってことね。ホント、心遣いが行き届いている人だわ。というか、ハルヒコもちょっとは見習え。


 閑話休題。


 と言っても、別に二人して黙りこくって気まずいなんてことは全然なくって、むしろ、この静かな雰囲気を二人で堪能している安らかな沈黙と言うことは、あたしと、たぶん、古泉くんも共有した感情なんじゃないかと思う。
 なんせ、古泉くん、オールをこぐのをやめて、しばらくは風の流れにボートの身を任せているんだから。
 でも、古泉くんはあたしの正面、ボートに乗った最初の位置から一ミリメートルたりともあたしに近づこうとしない。もちろん、あたしが嫌、とかいう理由じゃないことは見た目ですぐ分かるわよ。
 だって、なんとなく行動しようかしよまいか、少し躊躇っている気持ちが、彼の笑顔から読み取れるから。
 さて、どうしようか? こっちから誘ってみる?
 やっぱやめとこ。なんとなくだけど、あたしも古泉くんもこの静けさに身を浸したい気持ちは共有しているんだから、この雰囲気を壊したくないわ。
 って、ん?
 もう一度、古泉くんから視線をゆったりと風景に這わせたとき、視界の隅に映った、とある存在にあたしは気がついた。
「古泉くん」
「どうされました?」
「この態勢のまま、眼球だけで、あたしの言う方向に視線を移してくんない?」
「え? どういう意味でしょうか?」
 珍しく、ちょっとおたついた様子だけど、てことは気づいてないの?
「いえその……」
 まあいいわ。とにかく、そのまま、角度を左九十度に眼球をずらして。
「こうですか……って、あれは――」
「そういうことよ。どうやら、尾行られてたみたい。二人ともあれで変装のつもりなのかな? とりあえず気づかない振りをしてましょ」
「了解しました。それにしても彼女も人が悪い。なるほど、もう一人いないのは、普段の彼女のことを鑑みますと気づかれる可能性があるってことですか。おそらく桟橋で待っているのでしょう」
「でしょうね。それと、あの子もこういうシチュエーションに興味ある年頃なんじゃない? そんな相談事を午前中に受けてたし」
「そうでした。で、どうします?」
「とりあえず、そ知らぬ振りして時間が来たら戻る。んで、あの子達より先に桟橋近くに置いてきたと思うもう一人をこっちが先に捕まえる。期待しているわよ。古泉くん」
「お任せください」
 あたしのどこか探りを入れているような笑顔の提案に、満足そうに、しかしちょっと悪乗り風に首肯する古泉くん。
 再び、しばしの間、静けさに身を委ねていたあたしたちは、何食わぬ雰囲気を作り出して桟橋へと戻ることにした。


 おそらくだけど。
 たぶん、向こうから見ていたもう一人はあたしたちの会話は聞こえていたはず。でも問題ない。古泉くんは気づいていないけど、彼女はあたしの企みに気づいたはず。
 だから彼女は決して他言しない自信があるし、それでいい。


 結果だけを言えば、ずばり当たっていたし、とっ捕まえるのも簡単だった。
 んまあ、捕まえたのはあたしじゃないけどね。
「あー! 見つかっちゃったの!? みくるちゃん!」
 で、戻ってきたなりの涼宮ハルヒの第一声がこれだったりする。自分からばらしてちゃ変装の意味ないじゃん。まあ、変装というほどのものでもなかったけど。
 確かに着ている服は午前のときとは違っているし、涼宮ハルヒはウィッグを付けてツインテールにしているのにリボンつきカチューシャを付けたままもさることながら、その圧倒的存在感が全部を台無しにしている。長門もウィッグを着けて、あたしと同じポニーテールにしてるんだけど、やっぱり無機質で無表情なところが全然変わってないし、全然知らない人ならともかく、知人には絶対にバレバレの変装でしかないんだから何の意味もない。こんな長門を別の誰かと間違えるとしたら、とある港の倉庫街に住んでいる、凄腕のルンペン探偵くらいじゃないかな?
 半月ジト目で涼宮ハルヒを見つめるあたしの後ろには朝比奈みくるさんが居て、古泉くんは彼女の背後に佇んでいる。あたしが一番前に居るんで二人の表情を窺い知ることはできないんだけど、なんとなく、朝比奈さんはいたずらが見つかった子供の如く、ばつが悪そうにぎゅっと目を瞑って俯き、古泉くんは満面のニコニコ笑顔を浮かべているのではなかろうか。
「あのさ、第一声が違うんじゃない?」
 もちろん、あたしはツッコミを入れた。
「え?」
「だから、まずは尾行していたことを謝罪したらどう? せっかく、古泉くんといい雰囲気だったのに邪魔されたあたしの気持ちをおもんばかってほしいんだけど」
「あ。」
「『あ。』じゃないから」
「あははははははははは。ごめ~ん。あんたと一緒に居る古泉くんが普段の古泉くんと全然違ってたんで、面白そうなんて考えたら居ても立っても居られなくなっちゃったのよ」
「涼宮さん……」
 気まずくて渇いた笑いを上げながら後ろ頭を掻く涼宮ハルヒに、おそらくは苦笑を浮かべている古泉くん。
「あら? 今、古泉くん、笑ってなかったわね。珍しい~~~」
 え? そうなの?
 思わず、あたしは振り返る。
 確かに、今、古泉くんは、一瞬、どこか涼宮ハルヒを睨んでいるようではあった。ただ涼宮ハルヒに言われて即座に笑顔は取り戻したみたいだったけど。でも思いっきりぎこちないようにしか見えないわよ。
 ふうん。古泉くん、そういうことなんだ。これなら問題なく実行できそうね。
「古泉くん、怒ってるみたいよ。でもまあ、あたしたちも不思議探索をサボってたようなもんだし、お相子か」
「分かってるじゃない!」
 涼宮ハルヒが最高の笑顔で、あたしたちを指差している。というか、彼女もあたしが何をしようとしているのかを理解しているみたい。以心伝心ってやつかな? 今日初めて会ったはずなのに、お互いがお互いの思惑に気づくなんて凄いことだわ。
「んじゃ、詫びってやつを入れてもらって後は尾行しないって約束してもらえるかしら?」
「詫び? 不思議探索をサボってた罰ゲームの間違いじゃないの?」
 白々しい。ああ白々しい。ひょっとして、あたしと涼宮ハルヒって似てるのかな。
 だって、古泉くんからはあたしの表情が見えないもんね。涼宮ハルヒの表情はいつもどおりだと思う勝気満面の笑顔でしかないし。
「罰ゲーム、ねぇ。まあ、いいけど。で、何をすればいいの?」
 わざと促してやる。もちろん、あたしの表情には涼宮ハルヒと同じで、どこか悪巧み全開の笑顔が浮かんでいることは自覚しているわ。古泉くんには分からないだろうけど。
「ふふふ。これよ!」
 高らかに叫んだ涼宮ハルヒが得意げに取り出して、天に突き上げるように掲げたのはデジカメだった。
 うん。本当にお互いの思惑は一致していたわね。
「なるほど。つまり、あたしと古泉くんの仲睦まじい姿をフィルムに収めたいってわけね」
「え゛?」
 悟りを開いた僧正のような静かな笑みを湛えつつ答えるあたしに、さすがにこれは想像の範疇になかったのか、思いっきり戸惑う声を漏らした古泉くん。
 あたしからは見えないけど、もちろん、涼宮ハルヒは古泉くんの表情が見えている。
 まさか、彼もあたしと涼宮ハルヒが何の打ち合わせもなく結託していたなんて思わなかったのだろう。というか、思うはずがない。
 涼宮ハルヒのいたずらっぽい笑みが濃くなった。
 あ、これは古泉くんの表情を見てみても面白かったかもしんない。
「ふっふうん。この子と一緒だとホント普段の古泉くんと全然違うわね! 感情表現が豊か過ぎるわよ! 古泉くん自身が昨日言ったとおりで、キョンが女の子になったら口説くってのは本当だったなんて面白すぎるわ!」
「そ、それは……!」
 昨日、ねえ……あっちの古泉も似たようなこといってたけど、性別が違うとは言え、さすがは同一人物。思考がまったく一緒だし。
 ま、これだけのイケメンにそんな風に想われるってのも女冥利に尽きるわ。
「でもちょっと待って涼宮さん。あんた、そのデジカメ持ってるってことは、ずっと尾行していたはずだからいろいろ収めてきたんじゃない? まだ必要?」
 あたしが言ったのはラブラブドリンクとかパフェとか、それと四六時中、ずっと手を繋いでいたこととかだ。それらを収めているならこれ以上の写真は要らないはず。
「当然でしょ! だって、あのときはカメラ持ってなかったんだから!」
 何が当然なのやら……
「気づいてなかった? あんたたち、あたしが行きなさいって言った方向と逆に行っちゃってたのよ。大雑把に言って左折か右折を三回繰り返したんじゃない?」
 そうなんだ。ううん……言われてみればそんな気も……結局、公園の散策から街中に出かける算段しちゃったもんなぁ。
「最初は放っぽとこって思ってたんだけど、偶然、あんたたちを街中で見かけちゃったときに手繋いでたし、仲良く喫茶店に入っていったら、面白いことやってるじゃない。ここで初めてカメラを持っていないことを悔やんで、みくるちゃんに取りに行ってもらってたのよ。だから、あなたたちの仲睦まじい姿はまだ撮ってないの」
「さっきのボートは?」
「もちろん収めたわ! でも、あたしたちが望む二人じゃなかった!」
 そりゃまあ、静かに二人で向かい合ってただけだもんね。喫茶店や街中の出来事を思えば物足りないのは仕方ないか。実のところ、古泉くんの表情は面白かったんだけど、さすがに、そこまでは撮れっこないだろうし。
「分かった。これ以上、尾行しないって約束してくれるなら、どんな構図でも受けるわよ。あ、キスとセクハラ以上は無し」
「キョ、キョン子さん!?」
 キョどった古泉くんの声が聞こえてきたけど気にしない。
 って、涼宮ハルヒの奴、今、舌打ちしなかった!?
 ……危なかった……先に釘を刺しておいて良かった。本当に良かった。こいつがハルヒコと同じ性格ならそういうことを平然とやりそうな気がしたもんな……
「そうね! じゃあ、そこの湖を背景に寄り添って! 古泉くんはキョン子の肩に手を置いて!」
 うわ。今、あたしがあんたの行動に気づいたことを知っているはずなのに、おくびにも出さなかったわね。涼宮ハルヒも都合が悪いことは聞こえないようになってるみたい。とは言え、掛け合いしてるとまた話が進まなくなるし。
「はいはい」
 ため息交じりに返事して、あたしの二人後ろに居た古泉くんの手を掴んで引っ張って涼宮ハルヒへと歩みを進める。
「あ、あの……?」
「別にいいじゃない。たかだか寄り添って写真撮るくらい。ボートまでのことを思えば大した話じゃないわよ」
「それは……そうですけど……」
 こういうときは女性のほうが強い、というのを実感します……
 なんて苦笑の独り言が聞こえてきたけど、聞こえなかった振りをしておきましょう。
「で、これでいいの?」
「うん! ばっちり!」
 カメラを構えた涼宮ハルヒの高らかな声が聞こえてきて、あたしは古泉くんの左腕に支えてもらっている感じで頭を古泉くんの肩にかけている。
 うむ。我ながらだいったぁ~~~ん♡ 
 異世界に居る高揚感がそうさせるのかな? 普段居る世界でこんなことしようものなら顔が真っ赤になりそうだもん。
「えっと……くっつき過ぎでは……?」
「ん? 嫌なの?」
「べ、別にそういうわけでは……」
「ならいいじゃない」
 あのさ、古泉くん。今の発言って心とは裏腹ってのが分かってしまうのよ。いい加減、覚悟を決めたら?
 という言葉は心の中だけで呟いて、
「ほら! 古泉くんも笑顔笑顔! さっきまで見せてたいつもと全然違う素直な笑顔を見せなさい!」
 うん。やっぱ涼宮ハルヒにも分かっているみたい。
 んで、シャッターを切る指が動くか動かないか寸前、
 って、逃げようとすんな!
 古泉くんの体重が右に流れるのを感じ取って、即座に、あたしは彼の左腕に右腕を絡め、力を込めて引き寄せた。
「ハルヒ、今!」
「ええ!」
 あたしと涼宮ハルヒは最高潮という弾けるような笑顔で、今日一番のベストショットのタイミングを理解した。


 そして、あたしはこのとき、初めて涼宮ハルヒのことを、でも、とっても自然に下の名前で呼びかけていた。

 

 

反転世界の運命恋歌Ⅳ

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