2012年12月2日…今日というこの日を、俺は一生忘れることはないだろう。多忙的な意味で。
世界を救ったばかりだというのに、昼にはハルヒに叩き起こされ不思議探索。その後、大人朝比奈さんと
長門に会った俺は…今はとある書店の、とある雑誌コーナーの前にて立っていたのさ。カテゴリーは音楽系だ。

ふむ、いろいろ揃ってる。何々…最近話題沸騰のバンド、インディーズからついにメジャーへだと??
気になる…俺はロキノンを手に取りかける。いや、待て、こっちのCD&DLデータも見逃せない…
バンプのインタビューが載ってんだから尚更だな。次にリリースする新曲と近々始まる全国ツアーへの
意気込みに関してか。後で読んでみよう。

一方、SHOXはDIR EN GREY特集…どっかで聞いたことあるバンドだな?
ほお、欧州で人気確立とは。日本のバンドで海外進出ってのも…なかなか珍しい。
オリスタは、ああ、相変わらずアイドルばっかか。そういうのも嫌いじゃないんだがいかんせん興味が沸かない。
ただ、地味にシンガーソングライターの特集もやってるようだから一応読んでみるか。

 


……

 


…というわけで、結局主要雑誌には全て目を通した。いやあ、実に有意義な時間だった。そういや、こうして
ゆとり持って音楽誌を眺められたのも随分久しぶりだな。以前はそれなりにチェックしてたはずなんだが…
ハルヒとのSOS団が発足してからというものの、そういう日々もすっかりおざなりになっていた。まあ…もっとも、
今回俺がここのコーナーに立ち寄ったのも『あたしに曲を作って提供することよ!!』っていうハルヒの命令が
契機になってんだけどな。つくづく、俺はあいつに振り回されてんだなあと実感したよ、本当。ん?作曲?

……

なんと、今の今まで俺は作曲の『さ』の字さえ忘れてしまってたらしい。忘れた上で、
俺は好きな歌手のページばかり見てたらしい。当たり前だが、それに比例して時間も潰しちまったらしい。
無意識のうちに現実逃避とは、これまた高等なテクニックを身につけたものだ。

「さて。」

家に電話する。

「今日は晩飯いらないから…ちょっと今友達の家にいてさ。
そこでとろうと思ってんだ。ああ、遅くとも9時までには帰るよ。それじゃあ。」

伝えるべきことをとりあえず伝えておく。なぜかって?とてもではないが、夕食の定刻ともいえる7時まで
帰れそうにないからだ。というか、今がその7時なんだよッ!!さらにここから作曲本に目を通すのだから…
アーユーOK?瞬間移動や情報操作ができる長門でもない限りもはや不可能である。

「じゃ、気を取り直して本来の目的でも遂行しようかね…。」

作曲本は意外と早く見つかった。楽器店ではなく普通の書店だっただけに
オーソドックスなものしか見つからなかったが…まあ、立ち読みする程度だし今の俺にはこれで十分だろう。
とりあえず【作曲入門】だの【初心者のためのコード理論】だのいろいろ読みあさってみる。






……






さて、およそ15分が経過したところだろうか。はっきり言おう。わからん!
メロディーラインだけでいいと言っていたが…それさえも怪しくなってきたぞ。というのも…
わかる人にはすぐわかるはずの基本的音楽用語でさえ、俺には理解しきれてなかったからだ。
つくづくと後悔する。もっと音楽の授業まじめに受けてりゃよかった。…しかし、俺にもプライド
というものがある。一度引き受けたからには成し遂げるつもりだ…そう、ハルヒのためにも。

まあ、そういうわけで今日はこのへんにしておくか。帰って中学時代の音楽の教科書でも
引っ張り出して…それでもわからない用語があるようならネットで調べる等して補足しておこう。
粗方の知識が整った上で、また書店に足を運べばいいよな?できれば…今度は楽器専門店で。
去ろうとして、俺は持ってた本を棚に返そうとしたところ…不意に、背後から聞き覚えのある声がした。

「ククク…キョン、君もついに覚醒してしまったんだね。まさかミュージシャン志望とは思わなかったよ。
いや、作曲家志望だったかな?いずれにしろ音楽業界で生き抜いていくのは難しい…それはそれは、
激動の人生を歩むことになるだろう。聞いた話によると、全国でCDを1万枚以上売り上げるような
バンドでも、その年収はフリーターと大差ないそうじゃないか。日本では特に、レコード会社や
広告代理店の中間搾取がひどいみたいだからね。必ずしも客観的に成功に見える人、あるいは
才能ある人が報われる世界ではないということさ。しかし、それを知ってもなお、そんな
未知の世界への挑戦をあきらめないというならば、僕はそんな君を全力で応援する次第だ。」

…一言、言っていいか?

「それが今日初めて会った人間に投げかける第一声か…!?長いッ!!長すぎるぞッ!?」
「僕がそういう人間だということは、とっくの昔に君は了承済みのはずだ。
別にそんなに驚くこともないだろう?あとね…ここは本屋だ。声の大きさには気をつけておくべきだね。」

お前がそうさせたんだろうが!?っと、いかんいかん。こいつ相手に本気になっても不毛だということを、
俺が誰よりも一番知ってるはずじゃないか…しかし、まさかこのタイミングでお前に出会うとは
想像だにしてなかったぞ…なぁ?そこでニコニコしてる佐々木さんよぉ?

…ホント、今日はいろんな人間と遭う日だ。これも何かの巡り合わせか?

「とはいえ、いきなり話しかけたりしてすまなかったね。久々に君を見てしまったんで、つい…ね。
衝動が抑えきれなかったんだよ。旧友との素晴らしき再会、それに免じて許してはくれないかな?
「それに免じての意味がわからんが、あれこれ考えるのも面倒だからとりあえず許す。」
「そうこなくては。相変わらずノリがいいなぁキョンは。」

お前のノリは特殊すぎて理解不能だけどな。もっとも、相手が女子となると、
途端に口調が普通になるんだから本当…いろんな意味で掴みどころのない人間だお前は。

「まあ、さっきのは冗談としてだ、本当に君は何をしてたんだい?以前からキョンが
趣味としての音楽に熱心なことは知ってたが…ついにその熱意の延長線上として、
作ることさえ趣味の一つとして内包してしまった、といったところなのかな?」
「…そんな大層なもんじゃないぜ。まあ…これには海より深く、空より高い、
それはそれは複雑な事情があってだな…。」
「くっくっく…いや、失敬。君のそのしかめっ面を見て、一発で事情が呑み込めたものでね。
つまりあれだ、また君は涼宮さんたちと面白いことをしてるってわけだ。」
「一発でわかるほどに、俺の顔はひどく単純だったか?」
「おやおや、悲観してはいけないな。それが君の良いところでもあるんだから。おかげで、
僕は退屈することなく、こうやって優雅な時間を君と過ごせてるんだ。むしろ誇るべきじゃないかな?」

なんかもう、もはや喜んでいいのか悲しんでいいのかすら、わからんくなってきた。
しかし、実際のところはどうなんだろうな?思ったことがすぐ表情に出るってのは。それはそれで
円滑なコミュニケーションを…は!いかん!ヤツと本気で対峙してしまった時点で俺の負けだ…っ!

「…まあそんな具合でな、振り回されながらもなんとか生きてんのが俺だ。
そういうお前は何しに来たんだ?」
「それは、君に話さなくてはいけないものなのかい?」

質問を質問で返された。

「おいおい…俺だけ聞いておいてそれはないだろう…
それとも、本当に知られたくない理由でもあるのか?」
「ないけどね。」
「じゃあなぜ話さない??」
「だって、そもそもその理由がないんだから話しようがないだろう?」

ニヤッとした表情を浮かべ、今か今かと俺の反応を待ち望む彼女。
ああ…そういうことですか。なんとなく『理由がない』の意味がわかった。
相変わらず、俺はヤツの詭弁に翻弄された哀れな子羊だったのさ。

「あのなぁ佐々木…それならそれで、始めから『なんとなく来た』って言え!
ホント、紛らわしい言い方をするよなぁお前は…」
「ククク…そう、それだよ、そんな顔が見たかったんだ。」
「はぁ…」

ため息をつかざるをえない。

「まあまあ。たまにはこういう会話のキャッチボールも悪くないだろう?君も満更ではなさそうだしね。」

キャッチボールどころか、お前が投げる球は変化球ばっかだろ!?ちょっとはそれを必死に追いかけまわす
捕手の身にもなってほしいもんだね…というか改めて思ったが、やはり佐々木とハルヒはどこか似てる。
異なるベクトルで双方とも変人なのには違いないが…前者は意味不明の質問を、後者は無理難題な要求を
突き付ける辺り、立ち位置的にはかなり近いものがあるだろう。…古泉の例の憶測も、強ち間違っちゃ
いねーのかもな。まさかこんなしょーもない会話でそれを実感しようとは、人生何が起こるかわからんな。

「ところでキョン。とっくに7時をすぎてるようだが…家のほうは大丈夫なのかい?
いつもこの時間に席を囲ってみんなで食事してるのだろう?」
「ああ、いろいろあって遅くなっちまってな。だから家には連絡しといたよ。どっかで食べてくるってな。
お前こそ大丈夫なのか?門限とかどうなってるんだ?」
「おいおいキョン…中学時代ならともかく、高校生にもなってこの時間で門限云々はないよ。
時刻だってまだ7時をすぎたあたりだ。一応9時までとは決まってるけど。
それで…キョンはこれからどこかで外食でもしていくのかい?」
「ん?そーだな…考えてなかったな。まあ、一人で外食すんのもアレだから、
どっかのコンビニで適当に飯でも買って帰ろうと思ってるが。」
「一人で夜食とは、それはそれは寂しいことこの上ないね。」

はぁ…またそれか。何度も何度もそんな煽りに乗せられる俺ではないぞ。

「ああ、結構結構。寂しくて結構さ。」
「ん?反応を変えてきたね。なるほど、これはこれでまた面白い。くっくっく…」

ダメです先生。佐々木さんがどうしても倒せません。あきらめてしまってよろしいでしょうか?
というか、俺以外であっても佐々木が倒される姿など想像できん。理論武装した古泉ですら
攻略不能なんじゃないか??とりあえず俺は途方に暮れてみた。

「まあ、そんな君にも朗報がある。実を言うと、僕も君と似たような状況下に置かれてるんだ。」
「じゃあ、俺とどっか食事でもいくか?」
「いいね。そうしよう。」
「ちょ、ちょっと待て?!?!」

ありのまま今起こった事を話すぜ。『冗談で言ったつもりが、いつのまにか既成事実と化していた。』
な、何を言ってるのかわからねーと思うが 俺も何をされたのかわからなかった。
頭がどうにかなりそうだった… ふんもっふだとかセカンドレイドだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

「似た状況って、お前家の人は??」
「仕事の都合で2人とも今日は帰ってこれないらしい。だから、僕はこうやって外を歩いてたというわけだ。
買い出しに行って自炊するか、弁当でも買って帰るか、あるいはどこかに行って外食でもするか…
結局どれでもよかったから、とりあえずは本屋に行った後で、そのときの気分で決めようと思ってたんだよ。
どうだい?納得したかな?」

大体の事情はわかったものの…納得するって一体何に??お前と一緒に食べに行くことか??

「もしかして、本屋で俺に会ったから外食行く気分になったのか?」
「おいおい、何を言ってるんだい?今は僕の意志は関係ないよ。
そもそも、君が僕を食事に誘ったんじゃないか?」

なんということだ。揚げ足を取られてしまった。調子のったツケが返ってきましたよ、
それも物凄い早い時間でッ!こんなのってあんまりじゃね?

「キョンもなかなか殊勝なことを言うなって、僕は感心してたんだよ。
『一人で食べるよりみんなで食べた方が楽しい。』国語の文章にもよくある常套句だね。
そういう国家公認の美徳を自ら体現しようとしてた君が、僕にはまぶしくすら思えたんだ。」
「安いとこでいいよな?じゃあすき家にでも行くか?こっから近いしな。」
「僕はそれで構わないよ。」

俺は闘うことをあきらめた。っていうか放棄した。『ダメです先生。佐々木さんがどうしても倒せません。』逆襲編、
これにて完結。ちなみに続編の予定はありません。たぶん。






















偶然客が空いてたこともあって、俺と佐々木は難なく席を取ることができた。

「で、佐々木は何を頼む?」
「キョンはもう決めたのかい?」
「いや…まだだが。」
「僕はキョンが食べるのと同じものにするよ。」
「それまたどうして?」
「気分さ。」
「……」

闘わんぞ…?闘わんと決めたんだ俺は!!

「ははは、これでは何とも抽象的すぎる回答だ。いや、何、久々に君と会ったんだ。
仲を確かめ合うためにも、なんとなく君とは違う料理を頼みたくなかったんだよ。
ふむ、説明したところで抽象的なことに変わりはなかった。ま、あまり深く考えないでくれ。」

仲を確かめ合うって、そんな大げさな。けれど、俺にはそういう佐々木の態度が嬉しくもあった。今となっては
俺は塾に通ってないし、ましてや在籍してる学校も互いに異なる2人だが…そんな希薄な関係であっても、
俺とは親友でいようと佐々木は思ってくれているのだ。そこまでされて何とも思わないような奴は、残念ながら
人間的ともいえる基本的感情が欠落してるとしか思えない。もっとも、俺と佐々木は、厳密にいえば無関係
というわけではなかったのだが。雪山での遭難事件以来、藤原・橘・周防といったSOS団の面々と敵対する
連中が現れ始め、そいつらが佐々木の取り巻き(本人はそうは思っていないが)となってしまっていたのだ。

あのときは本当に驚いた…そりゃあな、宇宙人、未来人、超能力者といったとんでも存在ならまだわかる。
まさかつい最近まで親友であり、そしてごくごく普通な一般生徒であったはずの彼女が(性格はともかく)
一体どうして涼宮ハルヒにまつわる事件の当事者になっていると考えられようか??言うまでもなくありえない。
妄想であってもそんなこと考えもしないだろう。ならば、古泉・長門・朝比奈さんたちからすればハルヒの
重要なカギともいえる存在だった…そんな俺が佐々木とは関係ないなどとは、もはや口が裂けても言えない。
言えるとすれば、あまりにそれは無責任で、そして現実逃避そのものとなろう。

……

ここまで考えてふと思った。いや、単なる俺の思いすごしかもしれんが…どうも、『仲を確かめ合う』この言葉が
引っかかった。もちろん聞いて嬉しかったし、佐々木が今このタイミングで言った理由もわかる。客観的に見れば
それで解釈は終了なんだろうが…どうも俺にはそれとは別のニュアンスがあるように思えた。言うなれば、
『これまでの関係が白紙になったとしても、君は僕と親友でいてくれるかい?』こんなふうに…。根拠はない。
妄想かもしれない。しかし、ハルヒの能力が消えたかもしれない今、どうしても勘ぐり深く考えてしまうんだ。

…即ち、【これまでの関係】=【ハルヒを中心とした関係】が終わりつつあるのではないか…
いや、もしかしたら終わってしまったのではないか?そんな予感が俺の中にはあった。
これが指す意味は、つまり佐々木の能力も、ハルヒのそれと同様に…ということである。
古泉の例の推論でいくならば、当然そうなるはずだ。もちろん、そうなった場合本人である佐々木も
そのことに気付いてるはず。そのとき彼女は一体何を思ったのか…現在俺の向かい側にて
静かにメニューを眺めてる、そんな佐々木の表情からは何も推し量ることはできなかった。

しかし、結果的にはこのとき俺が…佐々木のことを必死になって推察する必要はなかったんだよな。
なぜなら数分後、本人の口から直接それを聞くこととなったのだから。

「で、キョン。もうメニューは決まったかい?」
「え…あ、すまん、まだだ。すぐ終わるから待っててくれ。」
「ふーん?おかしなもんだね君も。僕の顔を執拗に
ジロジロ見るもんだから、もうとっくに決めちゃってるのかと思ってたよ。」
「!?」

視線を合わせたりはしてなかったはずなんだが…!?

「そ、それはあれだ、お前は今どんなモノが食べたいのかなーと、表情から伺おうとしてたんだよ!」
「別にそこまで配慮してくれなくていいけどね。基本、僕は何でも食べるから。
君の好きなように選んでくれていいんだよ。」
「そうだよな…ははは。」
「とでも言えば、満足かい?」

ッ??

「くっくっく、キョン、それで隠してるつもりかい?その焦った感じ、適当に場を取り繕った感じ、
傍から見りゃ丸わかりだよ…?それにしても何をそんなに…くっくっ…どうしてくれるんだいキョン?
君のその二転三転する顔のせいで、こっちは笑いが止まら…くっくっくっ」

「……」

佐々木様には全てお見通しというわけですか。というか、今直感で思った。
こいつは将来検察官になるべきだッ!その頭の回転の速さ、そして鋭い洞察力をもってすれば裁判など、
瞬く間に終了だろう。弁護人の反論さえ許さない圧倒的詭弁術に加え、挑む者の気さえ削ぐ巧みな心理術…
佐々木みたいのが何人もいれば、裁判の長期化という国が抱える日本特有の司法問題も
一挙にして解決だろう!?ヤツの判断力ならば、冤罪が生まれる可能性も低いだろう。
もっとも…そんな量産型佐々木は見たくないが。こんなの一人で十分だ…

「とはいえ、こんなにも僕を笑わせてくれたんだ。その敬意に感謝し、
追求は控えておくとするよ。むしろ追求しないほうが面白そうだからね。」
「佐々木っ」
「ん?何だいキョン?」
「オクラ牛丼を頼もうと思うが、これでいいか?」
「いいんじゃない?しかし、そんな『オクラ牛丼』という突飛な名前だけじゃ、
僕の気はそれないんだなこれが。チョイス自体は悪くなかったと思うけどね。」
「そうですか。」

俺は抵抗することをあきらめた。っていうか放棄した。さっきも似たようなことを言った気がするが、
んな昔のことは忘れた。もう知ったこっちゃねーや。












しばらくして店員の方が来てくれた。さすがに前回みたいに機関の人間…
というわけではなかったので、そこは安心した。もしまた森さんだったらマジメにどうしようかと思った。

「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ええっと…オクラ牛丼2つで。」
「かしこまりました。サイズはいかがしましょう?」

そういやサイズも選べるんだったな。ちなみに、今の俺には選択肢はこれしかない。

「じゃあ特盛りで。」
「…オクラ牛丼特盛り2つ、以上ですね?しばらくお待ちください。」

厨房へと去っていく彼女。

……

実は今、俺の腹は極限状態だった。皆さんはお気付きだろうか?今日一日の、
今に至るまでの俺の食事情を…!まず、朝食は食ってない。起きたのが昼の3時だったからだ。
で、そこから急いでハルヒたちSOS団と合流して、まずは喫茶店でオレンジジュースを一杯飲んだ。
そして不思議探索中に古泉・朝比奈さんに断って肉まん、おにぎりを腹に入れた。
そこからまた、いろいろ長いプロセスはあったものの…とにかく、その間は何も食していない。
長門のウチでカレーくらい軽くごちそうさせてもらったらよかったかもしれない…後の祭りだが。

つまりである、おわかりだろうか??今日昼に起きて、そして現在夜8時におけるまで…
俺はオレンジジュース、肉まん、おにぎりの3品しか食っていないのである!!
大人朝比奈さんとの話、そしてさっきの作曲本との格闘では、精神的余裕がなかったことが功を成し、
おかげでそれほど顕著な空腹感は覚えなかった。しかし、外食店に入った今となっては限界だ…
意識せざるをえない…!昨日あんなことがあったばかりで、にもかかわらずハルヒに
叩き起こされ、今の今まで奔走してきた俺を一体誰が咎められようか??いや、むしろ褒めてくれッ!!

食事の到着をまだかまだかと心待ちにしながら俺は 切実に、そんなくだらんことを考えていたのさ。

「なんとも…悲惨なくらいに追い詰められた顔をしているね君は。さすがにこの有り様じゃ、
僕でなくとも君の異変には気付くよ。そんなにも腹が減っていたというのかい??」

俺は心なしにそう頷く。気付けばテーブルの上に顔をうつ伏せているではないか…
空腹というのもあるが、何より昨日からの疲労の蓄積というのも大きな原因だろう。

「なあ…佐々木よ。今日って日曜だよな?」
「ほ、本当にどうしたんだいキョン??さっきまで僕の理不尽な質問に
元気よく付き合ってくれてた君は、一体どこへいったというのか??」

ああ…理不尽って自覚はあったんすか佐々木さん。それは何よりです…

「それより…日曜だよな?今日は。」
「そ、そうだよ。日曜だね。」

さすがの佐々木も俺の途方ないマイナスオーラを感じ取ったのか、
すっかり萎縮してしまっている。なんとも、珍しいものが見れたもんだな。

「ってことは…明日はつまり月曜か…」
「きょ、キョン…」

なんということだ…こんな調子で、明日学校だというのか??宿題は??授業は??
いや、そう焦る必要もねえ…要は宿題はやらなきゃいいわけだし、授業中は寝てりゃいいんだ。
なんだ、簡単なことじゃねえか?

……

そうでも思わないと、もはややってられない俺なのであった。



……



「…1日くらい休んだらどうだい?」
「…え?」

今何か佐々木が言ったような気がする。何を言った?

「1日くらい休んだってバチは当たらないということさ。むしろ、今は12月という最も冷え込む時期。
そんな中無理して体をこじらせたら、それこそ本末転倒というものだろう?それに、そんな事情なのなら
涼宮さんだって決して怒ったりはしないよ。それどころか、SOS団の部員を引き連れ団体訪問のごとく、
君のとこにお見舞いに来るんじゃないかな??」

…意外だ。生真面目なこいつのことだから、てっきり説教をくらうとばかり思ってたが。

「それは曲解というものだよキョン。それに、僕はただ合理的な判断をしたまでさ。」
「…ここは、心配してくれてありがとうと言う場面か?」
「当人にそれを確認してどうするんだい…?けど、そう言われて悪い感じはしないかな。」
「じゃあ言ってやろう。佐々木、ありがとよ。」
「どういたしまして。」

……

「まあ、とりあえずはこれから来たる食事を存分に堪能することだね。案外、腹を満たせば君のその不調も
回復するかもしれない。病も気から…と言うから。良くも悪くも人間は単純なようにできてるのさ。」
「お待たせしましたー。」
「噂をすればだね。」
「では、ごゆっくり。」

職務をこなした店員が再び厨房へと戻っていく。つまり、今俺の目の前には…

…ゴクリ

一体どれだけこの時間を待ち望んでいたことか…!?感動のあまり、つい涙腺が弛むのがわかる…!ダメだ…
気を許せばその瞬間食器にかぶりつき、犬食いしてしまいそうな勢い。とりあえず俺は落ち着く必要がある。

「佐々木…ちょっとそこにあるポットでお茶を注いでくれないか?」
「了解だよ。」

俺が差し出したコップに、そっとポットの口を向ける佐々木。

「はい、あなた。お茶ですよ。」
「夫婦か!?」
「なんとも…!正直、今のは死者に鞭を打つようなマネだったから完全スルーも覚悟してたんだが…
なるほど、これが人間の底力ってやつなのかい??」

俺に聞かれても知らんわッ!!というかっ、死者同然だと認識しておき、何ゆえお前は
追い打ちをかけようと思ったのだ??俺にはまずそれが知りたい。切実に知りたい。
死者ってのはな、いたわってやらねえとダメなんだぜ…。

まあ、それとは別にいささか元気が出てきたってのは事実だが。おそらくは目の前に置かれた
オクラ牛丼特盛り…つまり、いつでも食おうと思えば食える。そんな環境下にあるという一種の安心感、
そして優越感…それだけで、俺の疲弊した精神状態に一時の安らぎをもたらすには十分といえた。
さて、もういいだろう?今俺が成すべきことをしようじゃないか。

「いただきます。」

付属されたカツオブシを丼の上に振りかけ、後はそれを食べるだけだった。

……

気付けば容器は空だった。俺ってこんなに食べるの速かったっけ?ましてや特盛りだから量はあったはずだが…

「おいおいキョン…君ってやつは。口にありったけ丼をかきこみ、噛み砕いたか怪しい部分は
お茶で一気に流し込む。それはそれは、普段の君からは想像もできない荒業を披露していたよ。
こんな文字通りの暴飲暴食をできる人もなかなかいないだろうね。」

…そんなに俺はひどい有り様だったのか。ヒドイやつがいたもんだな…。そういや、よく味わった記憶がない。
ただ、美味かった!それだけだ。 『美味かった!』それだけで十分ではないか??シンプルイズベストと
いうだろう??結果的に、俺は腹が膨れる多大なる幸福感にも包まれた。これ以上どう表現せよと言うのだ!?
…ああ、そうだな。最後に言うべき台詞があったよな。俺は手を合わせ、そして言う。

「ごちそうさまでした…!」

農家のみなさん、いつもいつもありがとう。おかげで日本の食卓は今日も平和です。

「うーむ…さすがに食べきれないか。参ったね。」

などと思ってたところ、不意に佐々木の声がする。

「どうしたんだ?」
「そのままの意味さ。どうやら完食できそうにないんだ。」
「なん…だと…」

ついさっき農家のみなさんに感謝したばかりだというのに…
残してしまっては彼らに申し訳ないじゃないか。というか、今気付いたことなんだが…

「佐々木よ…俺と同じ特盛りとは、一体どういうことだ??」

本当にどういうことなんだ??佐々木が大食いだった記憶はねえし…
ってか、特盛りサイズならそりゃ残しもするだろう?女の子なんだぜ?

「どうしたもこうしたも、君が頼んだんじゃないか。僕はただ、それを素直に受け入れ黙々と食してただけだ。」

俺が頼んだ…?ちょっと待て、あのときは確か

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「かしこまりました。サイズはいかがしましょう?」

そういやサイズも選べるんだったな。ちなみに、今の俺には選択肢はこれしかない。

「じゃあ特盛りで。」
「…オクラ牛丼特盛り2つ、以上ですね?しばらくお待ちください。」

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…しまった。佐々木のことを全く考えてなかった…いや、だって仕方がないだろう…?
ちょうど飢餓感で思考停止してた時間帯だぞ?ああ、御託を並べたところで
どうみても言い訳ですね本当にありがとうございました。

「すまない佐々木…あのときお前のサイズも聞いておくべきだったな。けど、それならそうで
お前も店員に横から注文入れりゃよかったのに。『片方は並でお願いします。』とかさ。」
「その意見は至極妥当だと言える。そしてサイズだって、自分に不釣り合いなのはわかってたよ。」

むしろ釣り合ってたら驚愕ものだ。まあだからといって、それで佐々木を嫌ったりは決してないが。

「それでも今日だけは君と同じ…あ、いや、何でもない。とりあえずさ、食べるの手伝ってくれないかな?
いくら特盛りだったとはいえさっきがさっきだし、君もまだ満腹というわけじゃないんだろう?」
「まあ、実を言うとそうなんだけどな。じゃあ少々いただくとするぞ。」


…というわけで、結局残さず食べることができた。


「ふーっ、満足満足。さすがにこれ以上は食べれないな。」
「お疲れ様キョン。はい、お茶だよ。」
「おう、サンキュ、佐々木。…今度は『あなた』とは言わないんだな。」
「言ってほしかったのかい?まさか君がそういう属性の持ち主とは思わなかったな。」
「違うっつーの。」

そういう属性が何なのか気になったが、聞けば最後ヤツとのイタチごっこ開始である。
即ちそれは俺の負けなんで、とりあえず否定だけしておく。

しかし…結局いただいたのは少々じゃなかったな。半分は収奪してしまったかもしれない。
そうなると、俺と佐々木が同じ値段支払うってのも何か理不尽だ…ここは俺がヤツの半額は出しておくべきか?
いや、そもそもだ。よく考えれば佐々木はまごうことなき女の子だった。断って言っておくが、決してヤツに
女としての魅力がないとかそういうわけではない(むしろ外面だけならかなりのトップレベルのはずだが)
あまりに友達としての距離が近かったせいか?口調のせいもあると思うが、とにかく、
これまで佐々木のことを女だと意識したことはあまりなかった。そういうわけでだ、昨今の男女観的に
女子相手に割り勘ってのはちょっとまずいような…?そんな強迫観念があった。
しかれば、ここはヤツの肩をもつつもりで…などと考えていると

「…何を考えてるか知らないけど、奢りとかそういうのはなしだからね。」

いや、知らないけどとかじゃなくてズバリ当ててるし…というか、なぜまたしても考えてることがわかった??
ここまでくると洞察力云々の問題じゃないような気がするんだが…アレか?こいつには何か
千里眼のような特殊能力でもあるんじゃないのか…?と、漫画みたいなこと考えても虚しいだけなんで
妄想はこのへんにしておく。どうせ、俺がそういう表情をしてたとか、そう言うんだろう?こいつは。
ここまでわかりやすいのもある意味特殊能力だな。俺。

「…その諦観しきった表情見ると、やっぱり図星なんだね。まったく、君ってやつは…
どうしてそう変なとこでマジメになるかな?言っとくけど、僕はそういうの気にしないよ。
というか個人的に言わせてもらうなら、そういう風潮自体あまり好きじゃないんだ。確かに、
表面上は女性が得するようにできてるけどね。逆を言えば、それは暗に女性は男性より経済力がないと
言ってるようなもんだよ。ましてや君と僕は友達の間柄であって、決して特別な関係ではないんだ。
さすがに、そこまで大人の男女観を持ち込むのはね。もしそれを是とするならば、日本の青年諸君は、
きっと満足な青春すら送れなくなること違いない。日々の動作1つでも金銭が絡んでるとなると、
生活しづらいことこの上ないだろう?男はもちろんだが、相手に払わせたくないと思ってる女だって
気が気じゃないさ。そういうわけで君が僕に奢る必要はないんだよ。もちろん、その気持ちは嬉しかったけどね。
そういうのは恋人や夫婦間でのみ成立するものと、個人的にはそう考えてる。」
「そ、そうか…わかった。じゃあそうしよう。」

すっかり俺は佐々木の語るジェンダー論にひれ伏してしまっていた。
なかなか隙のない考えだったように思う。そりゃ男女観ってのが人によって千差万別なのはそうなんだろうが、
とりあえず本人がこう言ってるんだ。なら、敢えてそれに異を唱える道理もないだろう。
しかし…改めて佐々木には感服した。自分の社会的役割や責任というのを、
この歳にしてヤツはすでに自覚してるように思えたからだ。あー、なんというか、つい比べずにはいられない。
どこぞやの団長様に爪の垢で煎じて飲ませたいくらいだな。そう思うと、不意に笑いが込み上げてくる。

「?何やら楽しそうだね。」
「あ、ああ…すまん。なに、あまりにお前とハルヒが対照的だったんでな。つい。
奴なら間違いなくこの局面で俺に奢らせたろうよ。というか、そう命令するに決まってる。
実際問題、俺はこれまで何度も奢らざるをえない境地に立たされたんだからな。」
「それは…あれだろう?君がSOS団の活動時刻に遅れたからとか、確かそういう涼宮さんが決めた
規則によるものじゃなかったかな?彼女自体は男女どうこうとか、そういうことは考えてなさそうだけど。」
「まあ…そうなんだがな。そうなんだが…俺にはどうしてもハルヒが、
あのハルヒが俺と割り勘する姿が想像できねーんだ…」
「ほう…そこまで強く言うとは。ある意味確信の域に近いのかな?」
「そんな感じだ。」

「それはそれは…なんとも羨ましい限りだ。」
「『羨ましい』??お前は、理不尽にも奢らされる俺の身が羨ましいというのか?どういう了見だ…。」
「くっくっく、何を勘違いしてるんだい君は。君じゃなくて涼宮さんのことだよ。」

涼宮?ってことはつまり、お前は…相手に奢ってもらう立場が羨ましいということか??
まあ、ある意味じゃそれは当然か…だとすると

「佐々木…お前、もしかして本当は俺に奢ってほしいんじゃないか?」

当然こういう帰結になる。

「そうきたか…くっくっくっ、相変わらず君という人間は面白いね。残念だけどキョン、またしてもそれは勘違いだよ。」
「……」

一体どういうことなの?

「僕はねキョン、君に行動原理をしっかりと把握されてる、そんな涼宮さんが羨ましいと言ったんだよ。そして、
そんな彼女も君のことを把握してるからこそ、理不尽な要求が通せるんだ。互いが互いのことをわかってる…
なんとも理想的な、仲睦ましい男女じゃないか。」
「ちょっと待て…さすがにそれは飛躍しすぎだろう!?ハルヒはな、別に俺に限らず大体あんな感じだぞ??」
「ほう。じゃあ逆に聞こう。彼女が、涼宮さんが君以外の男子に対し
果たして奢ってくれなどという要求をするかな?」

え…?そりゃあ…するんじゃないか?と一瞬考えて思いとどまった。昔ならともかく、
SOS団の発足から随分の時が経過した今…団員以外のメンツに無理難題を言い渡したりするのだろうか?
特に最近のハルヒはおとなしくなってきてるから尚更だ。あ、ちなみに古泉は論外な。
副団長という階級で優遇されてる上、さらには機関とかいうとんでも組織の協力も得ている。
同じ団員への大号令でも、その質は俺と古泉とでは天と地ほどの差があるのは言うまでもない。
で、結局どうなんだろうな?ふと俺の知らない第三者がハルヒに奢らされてるシーンを想像する。
…胸がムカムカしてきたのはどうしてだろう。食べすぎたか?

「さっき僕は言ったよね?男女における奢るという行為は恋人や夫婦間でのみ成立するって。
もちろん、これは僕個人の勝手な考えだ。ただ、涼宮さんにしたって大きくこの考えから逸脱してるようには
思えないんだ…僕からすればね。彼女がじかにそれを意識してるかどうかは知らないけど、
少なくとも君のことは一人の男性として、特別な価値を置いてると思うよ?」
「あのなぁ…お前は、少々人間というものを過大評価しすぎだ。
世の中にはな、損得勘定だけで奢ってもらおうとする奴だってざらにいるんだぞ。」
「じゃあ聞くけど、キョンは涼宮さんのことをそういう類の人間だと思ってるの?」
「……」



……



「いや…思わない。」

天上天下唯我独尊その人であり、ただひたすら自分の覇道を突き進んでいく…
それが涼宮ハルヒだ。が、言ってしまえばそれだけ。良い意味で…あいつは単純なんだ。
ゆえに権謀術数などとは程遠い所にいる存在…それもまた涼宮ハルヒだ。

……

ところで、ふと思ったのだが…。佐々木が指摘するように、とりあえず俺がハルヒのことを
よく知ってる人間なのは間違いない。だが、ある意味では佐々木のほうが詳しく見えるのは
俺の気のせいか?2人はそこまで面識もなかったはずなのだが…

「どうしたんだい?難しい顔をして。」
「いや…やけにお前がハルヒに詳しいと思ってな。」
「おや、君にはそう見えたのかい?仮にそうだとしたら、さて…それはどうしてなんだろうね。
彼女とはあまり会ったこともないから尚更だ。なぜだか君にはわかるかい?」

いや、わからないからお前に聞いたんだが…!?しかし佐々木よ…またそれか。付き合い長いからわかるが…
あいつは今、決して自分がわからないから俺に聞いてる、というわけではない。敢えて聞いているのだ。
なぜかって?俺の反応を見たいからに決まってるだろう…?

「はぁ…やれやれだな。佐々木さん、わからんからどうか答えてください。」
「随分と早い降参だね。よしんばこの話題を引っ張ろうと思ってたんだけどな。まあ、わからないなら仕方ないか。
答えはね、僕と涼宮さんが似た者同士だから。そのせいかな、なんとなく考えてることがわかるんだ。」
「……」

似た者…同士…??そりゃあな…ある意味では似てるだろうよ。俺に対する立ち位置的意味でな…
実際、さっきそういうこと考えてたからわかる。しかしだ、俺の考えてる【似てる】と佐々木の言う【似てる】は、
果たして一緒の意味なのか??いや、なんとなくだが違うと思う…

「ふむ、どうやら意味をよく呑み込めなかったらしいね。じゃあもっと砕けた表現をしよう。
つまりね、同じ人を好きになった者同士ってことだよ。」
「え?」

こいつ今、さらりと凄いこと言ってのけなかったか?聞き間違いとかそういうオチ?

「すまん…誰が、誰のことを好きだって??」
「僕と、涼宮さんが、キョンのことを。」
「……」

幻聴?俺の耳はついにいかれてしまったのか?この歳で?
いや、だって…ありえないだろ??外食店で、それも平然と言ってのける。

…なんだ、ただの普通の会話か。俺の勘違いか。

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最終更新:2010年10月27日 17:46