これは脱出ゲームか、サバイバルゲームか。

 そんなことはどうでもいい。


 早くここから出して欲しい。


 第2周期 VISION


 鉄。
 機関銃という名称をもつ鉄。
 一瞬でヒトを屍というモノに変えてしまうことのできる鉄。
 恐ろしい鉄の塊を、僕は両手で大事に抱えていた。
 こんな恐ろしい武器を、僕は心の拠り所としていたのだ。
 とてつもない殺傷力が、僕を守ってくれる唯一のものだとさえ思っていた。
 軽機関銃の部類なのだろうけれども、ずっしりと重たい鉄の塊であることには変わりはない。
 そんな重たいものを持っているため、歩くペースは遅くなっている。
 患者服を着て機関銃を持つという何とも奇妙な姿で、見た目は病院である謎の施設の中をさまよっていた。

 ここはどこなのか。一体ここで何が起こっているのか。僕には何も分からなかった。
 『分からない』。今の僕に分かることはそれだけだった。
 何が幻で何が現実なのか。あまりにも日常とはかけ離れた現象に取り囲まれて、今眼の前にある光景が果たして本当のものなのかも疑ってしまいそうだ。
 もしかすると、全てが偽りなのではないかという恐怖さえ覚えた。
 これさえも夢の中であるのか。
 どうやったら夢から覚めるのか。
 目覚めたら僕は僕なのか。
 その時どうなっているのか。

「……やめよう」
 こんなことを考えていたら、自我を失ってしまいそうだ。
 先程襲いかかってきたあの人型のモンスターが、まさに自我を失った人間だ。
 自分が二足歩行であることすら忘れ、目の前にいた僕を狩ろうとした。
 過程は知らないけれども、もしあのモンスターが幻覚やそれに類する偽の情報でないなら、あれも元々は人間だったんだと思う。何かが起こって人間というものを失ったのではないだろうか。
 要因についてはこれ以上考えても無駄だろう。僕はそれを防ぐつもりはない。あのモンスターから逃れられるだけで十分だ。
 今僕がすべきことはただ一つ。この施設から出ること、それだけ。
 その為には手段は問わない。向こうがあらゆる手を使って始末しようとしてくるのであれば、こちらも同様にして逃れるだけだ。

 あの謎の生命体の襲撃から数十分が経過していた。周りを警戒しながらゆっくりと進んでいるせいで、まだこの施設の脱出までは遠い道のりになりそうだ。
 裸足であったために歩くたびにぺたぺたという音がする。そのせいでゆっくり歩かざるをえないというのも、移動に時間がかかる原因となっていた。
 患者服が湿っている。これ一枚しか身にまとっていないのに、汗が止まらないのだ。

「報告」
 声が聞こえてくる。たった一言だけしか聞こえなかったので方向はわからないが、どこかにさっきの兵士がいるのだ。僕はとっさに最も近い部屋に身を隠した。通路から見えない位置にしゃがみ、片手で銃を抱き、片手で口を押さえるようにして息を潜めた。
「一名を発見し、直ちに射殺しました。まだ一名この付近にいるようです。引き続き捜索を行います」
 僕は息を潜めるどころか息を止めていたことに気づいた。射殺されたのは、あの子だ。そして、捜索しているのは僕だ。やはり狙われているのだ。推測していたことが確定し、改めて自分の生命の危機を感じていたのだ。
 心臓の鼓動さえ、兵士に聞き取られてしまうのではないかという恐怖感に襲われていた。実際、僕に聞こえるのは兵士の声と自分の心臓の鼓動だけだったから。

 無線での報告が終わったらしい。声は聞こえなくなり、辺りはまた静かになった。でも、兵士がまだ近くにいるので、僕はまだ動けない。
 遠くに離れていったら移動を始めよう、そう思ってじっとしていたけれども、足音さえ聞こえてこない。ただ聞こえないだけなのかも知れないが、声が聞こえていたのに足音が聞こえないはずがない。
 こちらを捜索しているのではなかったのだろうかと不思議に思いながらも、早くここから脱出しなければならないという思いも捨てきれずに部屋を出た。最悪の事態に備えて銃を構えられるようにしていたが、私を探しているという兵士の姿は見られなかった。
「方向音痴なのかな」
 そんなとぼけたことを言ってしまうほど、今は落ち着いていられた。兵士もいなければ、あの四足の人型モンスターもいない。
 一人で廃墟のような建物を歩きまわるのは趣味ではないけれども、襲ってくるものがいないだけましであった。
 自分の足音以外が聞こえないことが、緊張感とか恐怖感よりも安心感を与えてしまいそうな、上手く説明できない空気に包まれていた。
 それからは少し移動速度を早めることにした。早くここから出たいという思いもあったし、兵士やモンスターに見つかってしまうのではないかという恐怖感もあったが、今はそれとは別の事情もあった。


「………はぁ……」
 生きている以上は仕方ないことだ。……何のことかはあんまりはっきりとは言わせないで貰いたいのだけどね。手洗い場だよ。
 個室に籠っている間も、機関銃を手放すことはなかった。あの悪夢のようなことが再び起こりはしないだろうか、そんな恐怖に怯えていた。
 無防備になっている間に襲撃はなかったのは有難い。
 水道は機能しているらしかったが、大きな音が出ると困るのでそのままにしてきてしまった。命がかかっているんだ、恥ずかしさなんて二の次さ。
 共感できないだろうね、僕もそう思うよ、同じ状況なんてまず起こりえないだろうからね。
 汗でべったりとして気持ちの悪かったので手は洗うことにした。蛇口をゆっくりとひねり、流れ出る冷たく綺麗な水で手をすすぐ。
「…………」
 ふと目の前の鏡に意識が行ってしまった。鏡に写る僕は、だいぶ疲れた表情をしている。当たり前だ、いきなりこんな状況の中に放り込まれてハツラツとしている方がおかしい。
 暗闇でかつ恐怖感がつきまとう時に鏡を見るというのは、何となく嫌な予感がしてしまう。だけど背後に誰かが立っているということもなかった。
 一つ異変があったといえば、ちょっと目眩がしたということくらいであった。どれくらいだったのかは覚えていない。でも10秒と経っていないはずだった。
 また鏡を見る。別に何も代わりはしない。見えるのは少し血色の悪い自分の顔だけだった。ついでに顔を洗って気分の一新を図った。どれだけ効果があるのかは自分次第。
「よし」
 タオルはないので服の袖で荒っぽく水気をふき取ると、機関銃を手にして手洗い場を出た。
 そこで地獄を見ることとなった。早々にして出鼻をくじかれたという訳だ。

「え……?」
 予想外のところで僕に精神的にダメージを与える出来事が起こっていく。あまり予想はあてにならないらしい。
 死屍累々とはまさにこれを言うのだろう。
 文字通り、死体が折り重なっている。言葉にすれば簡単だろうけども、それがどういう状況なのか見たことないから人にどういったものなのか説明しよにも無理そうだ。
 最初に見た時には誰もいなかったのに。どうして全く気づかなかったのだろう。これはまた幻覚なのだろうか? だとしても、このやや湿っぽく、よどんでいるこの空気を吸うことには耐えられなかった。
「うっ………ぇぇぇ………」
 充満していた鉄の臭いが肺に満たされた瞬間、強烈な吐き気に襲われた。嘔吐しないように口を押さえていたが、結局何も吐き出せなかった。それでも胃の痙攣は収まらない。
 呼吸さえ阻んでしまうような吐き気は、やがて嗚咽に変わっていた。吐瀉物が出ない代わりに涙が止まらなくなっていた。


「むぐっ………ぅぅぅぅ」
 涙で歪んだ視界の中で、血溜まりから一刻も早く抜けだそうとようやく一歩を踏み出した。
 しかし、どこをどう歩こうと、二歩目からはその血溜まりに入らざるを得なかった。恐る恐る、赤い水たまりに足を伸ばす。そして、一気に前進を試みる。
「う、わ、……」
 一歩踏み出すたびにぺちゃぺちゃという音がいやでも耳に入り、やや粘性のある生暖かい液体が足の裏を湿らせる。
 思わず足を止めそうになるが、そうしたところで何も楽になることはなかった。
 僕は、何か悪いことをしたのか?
 何でこんなことをしなければならないんだ?
 吐瀉物もしくは嗚咽を漏らさぬよう、ぐっと噛み締めてさらに手で口を押さえながら、ゆっくりと足の裏を過剰に刺激しないようにして進んでいく。

 パニックになっていた僕は、もう兵士がいるかも知れないという警戒心は忘れてしまっていた。最後の一歩から僕は我慢できずに走り出したのだ。
 一刻も早く血溜まりを抜け出し、もうそれが目に入らないところまで行きたかった。
 赤い足痕を残しながら、半ば発狂して走りだす。逃げるように通路の角を曲がったところで崩れるように座り込んだ。
 壁の冷たい感触が、心地良く感じる。胸に手を当てると、心臓は飛び出してしまいそうに激しく脈打っていた。
「はぁっ、はぁっ」
 肺に沈殿するよどんだ空気を吐き出して比較的綺麗なものに入れ換え、ようやく吐き気がおさまった。汗を吸い込んだ患者服は肌にべっとりと張り付いていた。

 脈拍が安定し始めた頃、あれは一体なんだったのかと考えてしまっていた。もうあんなこと思い出さない方がいいのだろうけども、あまりにも不可思議すぎてついあれこれと推測してしまうのだった。
 あの死体は、僕やあの時助けられなかった女の子が着ている服ではなかった。よく見てはいなかったが、黒かったと記憶している。それは、僕を探している兵士の服装に近い。
 犠牲になっているのは僕らのような患者服を着ている人だけではないのか。
 あのモンスターに襲われたのだろうか。いや、まさか銃を扱うプロが丸腰の相手にああも大勢がやられてしまうものなのだろうか。
 僕を探しているあの兵士たちとは別の第三の勢力がいるのかもしれない。それが敵か味方かは知らないけれども、兵士を標的にしている何かがきっといるのだ。
 もうそういうことにして早く進もうという考えのもとではあったけれども、妙に納得してしまっていた。
 謎が解けるのではなく、謎が増える。なんて不親切な謎解きだろう。もう僕には解く気はないよ。


 落ち着いたといえども、精神的なショックは大きかった。だからしばらくは壁伝いに歩いていくしかなかった。
 遅かった移動ペースはさらに下がってしまったが、ようやく、通路の突き当たりに辿りついた。ここからはまた別の通路が左右に伸びている。
 どちらに進むべきか、考えるまでもなかった。一方はもう棚などで塞がれていたのだ。
あんな重たいもの、とてもじゃないが一人では動かせそうになかった。
 兵士たちによって囲い込まれているのか、誘導されているのかに違いないだろうけども、だからといって引き返すつもりもなかった。
 そうやって一本道になってしまっている迷路を進んでいく。
 途上に、明かりの消えた部屋があった。見るからに嫌な雰囲気が漂っている。
 しかも、通路はここでまた塞がれていて、どうあがこうとこの部屋を通っていくしかないのだ。
 まだ血溜まりになっていないだけましだ。あの経験をまさか励ましに使うことになるとは思わなかったけれども、前進するためだ。
 別に水の中にもぐるわけではないのだけれども、一つ大きく息を吸い込んでから暗闇に足を踏み入れた。
 先程までと同じ無人だというのに、ここの静寂だけは嫌いだった。電灯が発する唸るような音が狭い空間に響いているのが僕の心臓を押し潰そうとしていた。

「いたぞ!」
「あっ……」
 遂に兵に見つかってしまった。
 僕はああしまったと思っているだけで、手にしていた機関銃を向けることすらしていなかった。敵うわけがない、そういう思いが抵抗すらさせなくしていた。
 兵士が姿を表し、銃をこちらに向けた。

 その瞬間

───────

「うぐっ……」
 チャンネルを合わせていないテレビのようなノイズが耳になだれ込んでくる。そして、高周波のキーンという音が頭の中を突き刺すように響いている。
 その音のせいでひどく頭が痛い。それまで大事に持っていた銃を落とし、座り込んでしまった。
 目の前に居る兵士も、僕と同様に激しい頭痛に見舞われているらしく頭を抑えてふらふらとしているのが見えた。

 だけど、その兵士に襲いかかったのは頭痛だけではなかった。
 突然、その男は爆風でも受けたかのように吹き飛ばされてきた。しゃがんでいた僕の頭上を物凄い勢いで通り過ぎていく。壁に衝突したらしく、背後でごつんという嫌な音がした。
 未だに続く痛みをこらえながら振り返って見る。すると怪現象はまだ続いていた。
 兵士は壁に衝突した後落下することなく、壁から天井へと張り付きくようにして転がってゆた。呻き声を上げながら天井を転がっていく様はどこかの古い映画のシーンようであった。
「どうなっているんだ?」
 思わずそう口にしてしまったはずだったが、耳鳴りが酷くそれさえ聞こえなかった。
 目の前で起こっていることが、まるで作り物の映像にしか見えず、信じられなかった。あまりに不可思議だったので無意識的にそう感じさせているのかも知れない。
 そうかと思えば、落下するよりも早い速度で床に叩き付けられた。まるで僕に見せ付けるように目の前に落下してきたそれは、またごつっという音を立てて頭と四肢が跳ね返った。
 打ちどころが悪かったのだろう。もう反応することはなかった。
 ぐったりとしている兵士は、そのまま前方へと引きずられていき、暗闇へと飲まれていった。

 気付けば、頭痛がする程のあのノイズもないくなっていた。
「……何だ」
 何が起こったのだろう。いや、一部始終は見ていたけどもそれでも分からない。この時ばかりは恐怖よりも興味に駆られていた。
 機関銃を拾うと、引きずられて行った後を躊躇なくたどっていった。
 兵士の姿が見えなくなったちょうどそこに、焦げたような赤黒い跡だけが残っていた。
 異臭がする。肉が焼けたような臭い、といっても食欲をそそるようなものじゃない、その逆だ。
「うぅ……えええええええええええええええ」
 こういうのを見るのは二度目だから平気、な訳ではなかった。むしろ悪化させるものでしかなかった。凄惨さではあの時の方が桁違いに酷かったけれども、人が一瞬にして死んでしまったのを見たのだ。
 胃袋が空になっているせいで嘔吐には至らないものの、食道が異様な動きをしていて唾液を呑み込むことさえ拒んでいた。飲み込もうとした唾液が逆流し、それを口内にとどめておくことも出来なかった。
「げはっ…………ぇぐ…………」
 喉の奥に張り付いた粘液を排除しようとしているのか、食道が裏返り呼吸も出来なかった。しばらくの間、うずくまって涙と唾液をぽたぽたとだらしなく床に垂らしていた。


 やや酸味の残る唾液を思い切り飲み込んで立ち上がる。兵士がここに来たということはまだその仲間がいるはずだ、ここにずっといる訳にはいかない。
 今目の前で起こったこと、それは何を意味しているのか。人を簡単に殺してしまうような怪現象が起こったのは分かっている。
 でも、一つおかしいと思わないかい? 確かに物理やその他いろいろな法則を無視した減少ではあったけれども、今僕が言いたいのはそれじゃない。
 どうして僕は何とも無いんだろうか。勿論、精神的にはそれはもう酷いダメージを受けているのだけれども、肉体的には全くと言っていいほどダメージが無い。
 人を一瞬で殺してしまうその怪現象が、なぜ僕を標的としないのか。兵士を標的としている謎の力は、僕の味方をしてくれているのだろうか。
 でも、あまり期待はできそうもない。わざわざ殺戮を目の前で見せてくれるのだから、そう親切でもなさそうだ。はめられているだけかも知れないという疑いも残っている。

 薄暗い部屋から出る。また通路を進んでいくことになるらしい。これがどれだけ続くのか。
 この施設の広さに驚くばかりである。相当大きな病院でないと、ここまで迷いそうなくらいの通路の長さにはなるまい。表向きは病院だったという説がますます濃厚になってきた。
 またそれまでどおりに歩いていると、何か硬いものを踏んでしまった。
「うわっ」
 反射的な動きで後ろに下がったが、よく見れば踏んだのはライトだった。
「びっくりした……」
 まだ便利な道具だったから良かったものの、もしこれがガラス片だったら今頃大変なことになっていただろう。今僕は裸足なのだからね。
 ライトを拾い、つけてみる。結構な明るさだ、これならもう暗闇でも足元が見えるようになる。使っているいる間は機関銃が使えないけれども、それは仕方ない。
 明るさを確認するためにあちこちを照らしていると、辺りにはライト以外にも落ちているのが分かった。機関銃を見つけた時と同様に、どうしてこんな所に落ちているのだろうと思えるものだ。
 見つけたのは、なんと手榴弾だった。それだけではない、辺りを調べると、僕が今持っている機関銃よりも更に高火力だろうと思える武器も見つけてしまった。
 そして最も驚いたのは、壁際に置かれていた重たいキャリーケースだ。中を開けてみると、とんでもない大きさの重火器が入っていたのだ。
 兵器についてはあまり詳しくないのでどちらがより頼れるのかは分からないけれども、僕は一つ持つので精一杯だ。
 なので今持っている機関銃のままで進むことに決めていたが、どうしてわざわざこんな爆弾や重火器まで持ち込んでいるのだろうとも思った。
 余程僕たちを消し去りたいのだろうか。それとも、あの怪現象を恐れてのことだろうか。
 前方にエレベーターを見つけた。こんな強力な武器を兵士に使われても困る。移動するのも兼ねてここにこの武器を隠してしまおう。
 そう思ってキャリーケースを引きずりながらエレベーターの前に立つと、そこにフロアマップがあった。現在地が示すのは、地下だった。
「地下……?」
 まさか、病院に地下なんてあるものだろうか。いや、もう既にここが普通の施設じゃないという証拠は十二分に揃っているのでもういい。迷わず上のボタンを押す。とにかく地上に出ないことには始まらない。
 すぐそこに止まっていたらしく、すぐに扉が開く。
 中に死体があったとか、血溜まりがあったとか、あのモンスターがいたとか、そういうことは一切なかった。ごく普通だ、でもいちいち身構えているので疲れてしまう。
 中に入って押したボタンは勿論1階。早く日の光を浴びたいものだ。

 誰か来る前にと、すぐに扉を締める。エレベーターはどこにも異常はなく普通に上昇を始める。
「ふう……」
 ここで一段落できる。ここなら誰にも攻め込まれることなんて無いだろうからね。
 今までずっと張り詰めていた警戒心をほどき、目を閉じて深呼吸した。壁にもたれて、できるだけ体を休める。
 よくも今まで無事でいられたものだよ。身につけているのは薄い服一枚だけで裸足。それでも怪我はなし。
 もうきっと将来も経験しないであろう酷い目にも遭ったが、こうして身体的には全く問題ないのだから、まあ良しとしよう。
 まるでゲームのような世界だ。道筋は限られていて、アイテムが落ちていて、イベントがある、やり直しは効かないだろうけど。

 エレベーターが1階に近付いて減速し始めた瞬間、爆発音がして激しく揺れた。
 揺れでバランスを崩したというよりも、吹き飛ばされたといったほうがいいかもしれない。それくらいの勢いで身体が浮き上がり、思い切り壁に衝突して倒れた。起き上がろうにも激しい揺れは続き、床を転がるばかりだった。
 ようやく揺れがおさまると、恐らくここまでで初めての負傷であろう全身打撲の痛みをこらえながらゆっくりと立ち上がった。
 何が爆発したのか、知る由もないけれども、エレベーターにいたお陰で破片などによる直接的な被害は免れたのだろう。
 再び静かになった。
「え?」
 ちょっとそれはおかしくないか。今僕がいるのはエレベーターだから、機械音がしているはずなのだけれども……。
 エレベーターは停止していた。でも扉は開かない。
「閉じ込められた……?」
 このまま出られない……? そう思うと、急に背筋が冷たくなった。
 慌ててボタンを滅茶苦茶に押したがどれも反応はない。
 扉をこじ開けようにも、手を入れる隙間さえなかった。どうにかして隙間を作ろうとしたけれども、それすらかなわなかった。
「まさか、こんな所で……。どうすればいいんだい」


 ぽた。

 ぽたり。
「ん」
 天井から落ちてきたのは、赤い液体。
 見上げると、血が天井の隙間から落ちてきている。本当なら、ここで怯えるのが当然なのだろうけれども、今はそれどころじゃない、ここから出たいんだ。
「なるほど」
 まさかこんなのに導かれるなんてね。僕は運が良いのか悪いのか。ちょうど大きなキャリーケースがあるし、天井裏によじ登ることはできそうだ。
 天井の板を一枚、機関銃の先端で何度も突いて壊す。重たい機関銃を自分の頭よりも上の位置へ持ち上げてのことだから、それはもう大変だったよ。
 腕が痛くなってきた頃、ようやく板が外れて落ちてきた。

 どすん

「ひぁ!」
 板と一緒に、死体が落ちてきた。言葉にすればそれだけのこと。でも心臓が潰れるかと思ったよ。
 血をこちらに落としてきたのは彼のようだ。感謝すべきか恨むべきか。
「まったく……」

 驚いたときに出る言葉なんて、そんなものだろう。
 空けた穴に機関銃を投げ上げると、キャリーケースを踏み台にしてよじ登った。穴をあけるのに疲れてしまったのでなかなか腕に力が入らず時間がかかったが、なんとか上がることが出来た。
 言うまでもなく、そこは血でべとべとだった訳だけど、文句は言えない。
 ちょうどエレベーターの箱の上に、建物側の扉があった。こちらは半開きになっている。壊れて歪んでいるようにも見えないし、これなら開けることはできそうだ。
 僅かな隙間から機関銃を先に行かせ、両手に思い切り力を入れて、扉を開ける。これもまた結構時間がかかってしまった。僕だってそんなに力があるとは思えないからね。
 通れるくらいに開いたところで、ゆっくりと通り抜けると、転がるようにしてエレベーターから脱出した。
「やれやれ……」
 達成感のある疲労で、床に大の字になって体を休ませた。ひどく疲れていたが、眠気は全くなかった。
 ここで眠っていたら殺されてしまうであろうことも確かだったし、あんな恐怖を体験してすぐにぐっすり眠れるわけがなかった。
 横たわったまま周囲を見回していると、これから通るかも知れない道筋はこれまでよりもっと疲れるであろう事がわかった。
 横になっているので目の前の光景は90度回転しているが、僕に見えたのは明かりがなく真っ暗な通路と、暗闇のずっと向こうで点滅している蛍光灯の光だった。
「おいおい、勘弁してくれないか」
 らしくもない独り言が多くなる。みんなこの不都合のせいだ。


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