……

「な…とさ………だいじょ……で…すか……-ッ!!?」

隣で誰かの声がする。何を言ってるのかよく聞こえない。

「なが……さ…しっか……て……さいッ!?…がとさんッ!?」

時間の経過につれ、しだいに耳が慣れてくる。

「長門さん!!?しっかりしてください!?長門さん!!」

……

なるほど、ようやく言ってることがわかった。
長門…、ここまで人が心配してくれてんだ。返事くらいしてやれよ…。その人に失礼だろう?

……

…?

って、何なんだこの状況は…?



違和感に気付いたときには、すでに俺は目を覚ましていた。

「!?キョン君!!?意識を取り戻されたのですね!?」
「キョン君……!!本当に…よかった……!!長門さん……ありがとう…!!」

涙をこぼす古泉と朝比奈さんがそこにいた。

……

ここはどこだ?…見覚えのある街路地だ。俺のこの体勢は何だ?…どうして地べたに寝ている?

「古泉…朝比奈さん……、俺は…一体…?」

ふと、横で倒れている人物を見つける。

…長門…??

「長門!?」

ッ!?

どうして…こんな状況になってしまってるんだ??俺が目を覚ますまでの間に… 一体何が起こったってんだ??
いや…そもそも…、なぜ俺はこんな場所で倒れていた??俺に何があった…??

??

……

落ち着いて…頭の中を整理してみるとする。











…ッ

背筋に寒気が走る

そうだ 俺はついさっきここで

刺     さ     れ     た     ん     だ

鋭利な刃物で

……

誰が?

一体誰がそんなことを…?

……

微かに記憶に残っている。血まみれに伏した俺を 酷く冷たい形相で嘲け笑う 生き物の姿を。
あんな奴、俺はこれまで会ったこともないし見たこともない。
…何言ってんだ俺は?知りたいのは犯人の様相ではなく、そいつが誰かってことだろうが!?






ダメだ。思い出せない。

…いや

思い出せないのではなく
思い出したくないだけではないか?

……

わからないなら、わからないままでいい。

「長門は…!!長門はどうして倒れてんだ!!?」

次に呈する疑問と言えばこれだろう…長門に…長門に何があった?

「……」

辺りを見渡すが…特に誰かいる気配はない。

「キョン君!安心してください!例の御三方はもうこの場にはいませんよ。」
「…そうか。そりゃ良かった…。」

俺の記憶が正しければ…先ほどまで長門・古泉は藤原、橘、周防の三人を相手取り
奮戦していたはずだ。それも重傷の朝比奈さんを介抱した状態で…。

「長門は藤原たちとの闘いで大けがをした…だから、今こうして長門は倒れてるんだろう!?
今ヤツらがいないのはお前らが撃退してくれたおかげか!?」
「いえ、長門さんが倒れた直接の原因は…
彼らの攻撃によるものではありません。多少のダメージはあるにしてもね。」
「実は…藤原君たち、途中でいなくなっちゃったんです…。」
「いなくなった??それはどういうことですか??」
「なぜ彼らが去ったのかはわかりません…ただ、去る間際に藤原君が
『時間切れか…!』みたいなことをイライラした様子で呟いていたのは覚えてます…。」

時間切れ??意味がわからない。

「要するに、ヤツらは逃げたってことか…。」
「その表現は不適切かと。あのときの我々の不利はどこからどう見ても明白…
ゆえに、あのまま戦闘を続行していれば間違いなく我々は全滅していました。」

全滅…

リアルな表現に背筋が凍る。

「そのおかげで我々は今生きているようなものですからね。…まったく、運がいいものです。」
「私も…あのときはホントに死ぬかと思いました…。」

…そういえば

あのとき彼女はハルヒを庇い、重傷を負ったではないか。全身を血で濡らせた彼女の様は痛々しくて……、
とても直視できるようなものではなかった。その彼女が…朝比奈さんが今…!

急に目頭が熱くなる。

「朝比奈さん…!ご無事で…本当に何よりです…!!」

切実にそう思った。

「キョン君…心配してくれてありがとう!もう大丈夫よ!これも全部闘ってくれた古泉君と…
そして、ケガを必死に治してくれた長門さんのおかげ…。でも…長門さんが…!」

……

「…これはどういうことなんだ古泉…?藤原たちのせいじゃないのなら、どうして長門は今ここで倒れてるんだ!?」
「彼女は…おそらく、力を使い果たしてしまわれたのだと…思います。それによる疲労ではないかと…。」
「??何だと?」

俺は違和感を覚えずにはいられなかった。

以前…俺は朝倉涼子に殺されかかったことがある。あのとき長門は…情報改変や崩壊因子などといった
あらゆる手段を用い、結果として朝倉を葬った。再生と称し、貫通攻撃による腹部への大ケガも治癒した。
やり方さえ違うが、今回だってそうだ。朝比奈さんへの介抱を自身の再生、その後の藤原たちへの対応を
朝倉のそれと置き換えれば、状況に関しては酷似してる…と言っても過言ではないはず。
しかし、だからといって長門は朝倉を倒したのち意識を失って倒れたりはしてない。

だからおかしいのだ。なぜ今回に限って倒れる?

…わかっている。確かに、一概に比較もできないだろう。今回は敵が3人だった上、
古泉や長門の言うとおりならば、天蓋領域である周防九曜の実力は朝倉のそれとは桁違いだったはずである。
前回と比べ、長門にとってはいかに苦しい闘いだったか…それはわかっている。
だが…かといって、意識を失うというのは、さすがに行き過ぎではないか?

「古泉…。長門は…、何に対して力を使ったんだ?」
「…それは」
「…元気そうで……何より…。」

古泉の言葉は遮られた。聞き覚えのある微かな小声によって。

「長門!!?」
「長門さん!?目を覚ましたんですか!?」
「良かった…!一時はどうなるかと思ったんですよ…。」
「…命に別状はない。だが、過剰な情報操作・改変の濫用により、
情報統合思念体として本来有す能力をしばらくの間凍結せざるを得ない状況。」

過剰…

「つまりお前は…それだけ無理しちまったってことなんだな…。だから倒れたのか…。」
「そう。」

…どうやら古泉の言うとおりだったらしい。

「確かに、私は自身の体に負荷をかけすぎた。だが…
そうするに十分な見返りはあった。現にあなたとこうしてしゃべっていられる…。」

…?最後の言葉の意味がよくわからない。

……

そういや

俺の刺された傷は一体どうなった?

…背中をさすってみたが、特にケガをしている様子はない。
そもそも、先ほどから俺は一切の痛みを感じていない。なるほど…そういうことだったか。

「長門…感謝するよ。俺のケガを治してくれたのはお前だったんだな…。」



今度は自分の言った言葉に違和感を覚える。長門を失神にまで追い込んだ原因が俺の治療??
…そんなバカな。確かに、俺は死にかけていたかもしれない…ゆえに、処理は大変だったかもしれない。
だが、それは朝比奈さんとて同じだったはず。一体…何が長門をそこまで追い込んだ??

「長門…、俺の治療は…そんなに大変だったのか?」
「私は治療などしていない。」

…え?

「ちょっと待て長門…俺はさっき刺されたんだぞ!?だが、
現に俺は無傷でいる。お前が治してくれたとしか考えられないんだが…。」
「我々が倒れているあなたを発見したとき、すでにあなたに息はなかった。」

息がなかった…?

「事実上の死亡を確認した。」

…?今、長門は何と言った?し…ぼう…?死亡…!?
ははっ、まったく、相変わらず面白いこと言ってくれるぜ長門は。

「つまり、それはアレだよな?死んでると思われても仕方がない状況だったってことだよな?」
「違う。確かにあなたは今日の22時23分に死亡している。
心停止、自発呼吸停止、瞳孔散大…。一般的に有機生命体、即ち人間の死の概念とされる
心循環・肺呼吸・脳中枢機能の不可逆的停止…その全てをあなたは満たしていた。」

…信じられない

刺された覚えはある。だが、死んだ覚えはないぞ…!?
現に…俺は今生きている。死んだとか過去形で言われても…どう反応すりゃいいんだ…??

…だが。長門が言ってるんだ…これは事実なんだろう…?

つまり

長門がいなければ 今の俺はいない

……

現実を受け入れたその瞬間からだったろうか。
俺は…長門に礼を言わずにはいられなかった。彼女を踏み倒す勢いだったと言っていい。

「ありがとう長門…、俺を…俺を、生き返らせてくれてよ…。」
「私は仲間として当然のことをしたまで。感謝されるような言われはどこにもない。」
「いや…言わせてくれ。本当に…本当にありがとう…長門…!」
「…そう。」

人の生死を覆すというあってはならないことをしようとした長門。
その禁忌を犯すため規格外の情報操作・改変に力を尽くした長門。
挙句の果てに意識を失うまでに心身を酷使させ続けた長門。

……

『お前の無理するとこは誰も見たくねーんだ!!ここにはいないがハルヒもな。だから…長門、俺に約束してくれ。
二度とこんな真似はしないってな。もしやるようなら…罰金だからな?それがSOS団ってやつだ。』

昨日あんなこと言っといてこのザマか…。長門、罰金は支払わなくていいからな。
それもまた…SOS団ってやつさ。本当にありがとう…長門。

…そういえば、長門にばかり意識がいってたから気がつかなかったが…。目覚めたとき
古泉や朝比奈さんも泣いてたんだっけか…。そりゃそうか。俺が古泉たちの立場でも間違いなく号泣してる。
…当たり前だろう?仲間が死んだんだぞ?…平然としていられるわけがない。
前にも言った記憶があるが…もう一度言わせてもらおう。つくづく良き仲間に恵まれたと思う…俺は。








さて

もう、そろそろ自分のことはいいんじゃないか…?俺には…やるべきことがある。

「ところでな長門…ハルヒが今どこにいるかはわかるか!?」

…起きたときからハルヒの存在が無いのには気付いていた。
自分や長門の現状把握で一杯一杯だった俺は、ハルヒのことを気にかける余裕すらなかったが…
だが、今ならそれができる。消えたハルヒを…なんとしてでも探しだして、そして守ってやらなくちゃならない!!

「…わからない。」

しかし長門の返答はあっけなく、そして絶望的なものだった。

「わ、わからない…!?どういうことなんだ長門…??」
「長門さんは…先程も申した通り、一切の能力が使用できない状態にあるんです。ですから今は…」

そうだった。『情報統合思念体として本来有す能力をしばらくの間凍結せざるを得ない状況』
って、さっき長門が言ってたばかりじゃねえか…しかも、その原因は俺ときている。
古泉に言われ、改めて気付かされる自分自身が情けない。

「ただ、全く見当がつかないというわけでもない。」
「っ!何か心当たりでもあるのか!?」

わずかだが、希望の光が射す。

「路上で伏しているあなたを見つけるまで、私は涼宮ハルヒの現在位置の特定にあたっていた。」

……

「最後に私がその観測を行ったのは22時35分。座標軸に照らし合わせて位置を算出した結果、
彼女はその時点において学校の校庭付近にいたことが確認されている。」
「学校って…俺たちが通ってる北高のことだよな?」
「そう。ただし、現在時刻は22時49分。最後の観測からおよそ14分もの時間が経過していることから、
現在も彼女がそこにいるかどうかはわからない。学校敷地内にいるという保障もない。」
「ありがとう長門…それさえわかりゃ十分だ。」

おそらく、今もハルヒは学校にいるだろう…。根拠はない。単なる勘でしかないが…俺はそう感じる。



……



…?

俺は疲れてるのか?古泉、長門、朝比奈さんの姿がぼやけて見える。
…気付けば視界に色彩が見えない。周りがモノクロの空間へと化してしまってる。

「おや…、どうやら時間のようですね。」
「…古泉?時間って、どういうことだ??」
「この世界が閉鎖空間へと化しつつある状況を見て予期はしていましたが…いやはや、残念です…。」
「以前、涼宮ハルヒがあなたを呼んで新世界の構築を試みたあのときと全く同じ状況下にある。
基本、この空間においては涼宮ハルヒを除くあらゆる生命体は存在不可な上、侵入も不可。」
「藤原君たちが途中でいなくなっちゃったのも…もしかしてそのせいなんでしょうか?」

嫌な予感がする

まさか…

「お前ら…消えちまうなんて言わねえよな!?」
「…残念ですが…。」

その古泉の一言で…俺の目の前は真っ暗になる。嘘だろ?
何もかも一人で…これから俺は立ち向かわなくちゃならねえのか!?

ふと気付く

「俺は…俺はどうなるんだ??俺も消えるのか??」
「いえ、あなたは我々と違って消滅することはありません。なぜならあなたは…」
「…異世界人だから。よって、涼宮ハルヒの影響下に置かれることもない。」

…そうだったな。そういや俺、異世界人だったな…自覚は全くねえが…。

「俺は…、お前らの協力無しに世界を救うことはできるのか…??」
「…キョン君にならできますよ!長門さんがさっき言ってたように、以前涼宮さんに呼ばれたときだって
大丈夫だったじゃないですか!結果、キョン君と涼宮さんはこの世界に無事戻ることができたわけですし…!」
「朝比奈さん…あのときとは随分状況が違います…。今回ばかりは俺一人でどうにかなるかはわからない…
それに、前回だって朝比奈さんや長門のヒントがあってこそのものでしたし…。」
「…え?私何かヒント言いましたっけ?」
「あ、いや…なんでもないですよ。」

『白雪姫って知ってます?』     朝比奈さん大の伝言。
『sleeping beauty』          長門が知らせてくれた言葉。

これら二つが掛け合わさって、初めてあの世界を脱出できたと言ってもいい。
それくらい、俺にとっては一生を…いや、俺だけの問題じゃない… 世界の行方を左右させた重要なヒントだ。

…朝比奈さん

……

朝比奈…さん…?

……

フラッシュバックが起こる

『キョン君…さっき私に聞いてましたよね?自分が今成すべき事を。それはね、死ぬことよ。』
『冥土の土産に教えてあげる。藤原君たちの本当の狙いはね、私の抹殺よ。』
『まさか、涼宮ハルヒを昏睡状態に陥れた犯人が私だったなんて想像もしなかったでしょ。』
『まさか、ここまで上手く事が運ぶなんてね。アハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!』

「あ…ああ…ああ…っ!!!」

陰惨な光景だった。思い出したのは残酷な事実だった。信じられない。どうしてこんなことを…ッ
朝比奈さん…!!? どうして!??

「……っ!!」
「だ、大丈夫ですかぁキョン君!?どこか具合でも悪いの…!?」
「朝比奈さん…。」

ふと、不安定になった俺の体を支えてくれる彼女。

「すみません…ちょっと魔がさしてしまって。」

大人のあなたに脅えていましたなんて、口が裂けても言えない。

……

ああ、わかってる。悪いのは大人朝比奈さんであって、目の前の彼女じゃない。
彼女は決して悪くない。命懸けでハルヒを守ろうとしてくれた時点で…それはすでに明白だろう…!?

……

気付くと、みんなの姿はすでに半透明へと化しつつある。

「もう時間がありませんね…キョン君、あなたにこれを渡しておきましょう。」
「これは…!?」

俺は古泉から…機関銃を受け取った。

「あなたと涼宮さんを除いては、この世界には誰も残らないはず…理論上はね。
しかし、非常時ですから何が起こるかわかりません。役に立つかどうかはわかりませんが
せめてもの力になってくれればと…思ってます。消えゆく僕にできるのはそれぐらいですから…。」

…機関銃ってのは、こんなにも重いもんだったのか。よくこんなもんを振り回して戦ったな…。
玉もしっかりと充填してある…、準備は万全ってか。これなら敵が現れたって

「……」

敵が現れて…俺はどうすんだ??そんなの決まってる。撃つだけだろう

……

敵って誰だ?

朝比奈…さん…?

彼 女 を 撃 つ … ?

撃たれた人間はどうなる

…死?

朝比奈さんを…射殺…?

「!?」

俺は…っ

「古泉…すまん、これは俺には少し荷が重い…。」
「まあ、確かに5kgは軽くありますからね。しかし僕にだって扱えたんです、あなたでも…。」

……

「……!」

何かハッとしたような顔をする古泉。

「…なるほど、どうやら単に重さの問題ではないようですね。
あなたがそれを躊躇うのは…あなたを刺した人物と何か関係が?」

!!

「……、ああ。」

古泉…お前の洞察力は大したもんだな。

「…、あなたを混乱させないようにと、なるべく避けていた質問ではあったのですが…
言わせてもらいましょう。その刺した人物の名を…教えてはくれませんか?」

……

どうする?ここでみんなに話すべきか?俺を刺したのは未来から来ました大人朝比奈さんですよと。

……

言える…わけがない…!!何の罪もない…この【朝比奈さん】の前でそんなことが言えるわけ…!!

「……」
「…いや、言いたくないのなら結構ですよ。…あなたの気持ちはわかりましたから。」
「古泉…すまん。」
「??い、一体何の話をしてるんですかぁ??」

話の展開について行けず混乱する朝比奈さん。あなたは…それでいいんですよ。

「…まあ、かといって何もせず消滅…なんていうバカな真似もするつもりはありません。」

そう言って古泉は俺に手渡した…さっきとは対照的な小さな鉄の塊を。

「これは…拳銃…か??」
「ええ…見た目はね。しかし、ただの拳銃ではありません。
麻酔薬、別名不動化薬の入った注射筒を空気圧で射出する…いわゆる麻酔銃ってやつです。」
「麻酔…銃…。」
「相手を殺さず、生け獲りにするケースを想定して試案された捕獲銃です。
万一の事態を想定して常に携帯はしていましたが…まさかこれが役立つ日が来ようとは。」
「古泉…何でお前はこれを俺に?」
「麻酔銃…ですからね。人を殺すための道具ではないんですよ。そう言えば、わかりますよね?」

…こいつは俺の心中を察している。俺が朝比奈さんの殺害を躊躇ってることを察している。
考えたな古泉…。麻酔銃か…

「わかったが…この銃は本当に大丈夫なのか?
薬剤の種類や投薬量によっては…場合によっては死に陥るんじゃないのか?」
「…そこを指摘されては辛いですね。もともと麻酔銃というのは中・大型の野生動物の保護、
あるいは動物園で動物が逃げ出した場合などの捕獲用に麻酔を打つ際に利用されるものです。
そういうわけで実は…対人用の麻酔銃というのは開発段階にこそありますが、実在はしてません。
ですから、世間一般の正規ルートで手に入る麻酔銃で人間を撃ってしまえば、麻酔がかかる前に
過剰投与によるショック死、または呼吸抑制作用による窒息死を招くのは確実です…。」
「…ちょっと待て!?お前さっきこれは人殺しの道具じゃないって言ってたじゃねえか!?」
「残念ながら…通常ならばそうなんです。ですが我々機関はそれを踏まえ、密かに対人用の麻酔銃の
開発を続けてきました。あなたが今もっているその銃は、言わば非正規ルートで手に入れたようなものです。」
「…どう違うんだ?」
「普通の麻酔銃の中に充填される麻酔薬はケタミンという物質なのですが…なんせ麻薬指定にされているだけ、
動物ならともかく人間に向けて撃ってしまえば大事に至らせるのは確実です。そこで、我々はその代替薬として、
塩酸の一種であるチレタミンとゾラゼパムの混合薬を使用しています。哺乳類用の麻酔薬であることから
ケタミンより安全性が高いのは確かです…それでも、決して死亡率0%というわけではありませんが…
そこはどうか、お許し願いたいです。」

…古泉の機関とやらは一体どんな組織なのだろうか…?製薬会社?医療関係?
いや、銃が絡んでるってことは武器製造??…考えてもバカバカしくなるだけなのでやめとこう…。
そもそも、森さんや新川さんみたいな超人がいる時点で、この機関とやらに常識が通じないのは
前々からわかっていたことだろう…?

「…古泉、わかったぜ。そりゃ仕方ねえ、世の中に絶対ってのは無いんだからな…。
俺はこれでなんとかするとしよう。ありがたく受け取っとくぞ!」
「お気に召してもらえたのなら光栄です。」

これならば…俺は朝比奈さん大を殺さず、ハルヒを救うことができるのだろうか?

「…!そうだ…私もキョン君に渡さなくちゃ…!!」

ポケットを弄繰り回す朝比奈さん。どうやら古泉の譲渡を見て、何かを思い出したらしい。

「キョン君…これを…。」

俺は朝比奈さんから受け取る。…何だこれは?何かの装置??

「あ、え、ええっと…それ…、詳しくは私もよくわかんないんです…。」

そうですか…わかんないんですか…。俺はどういう反応をすればいいんだろうか?

「…というのも、これは…上司から未来経由で送られてきたものなんです…。
その際に、この小型装置が何なのかについての説明はありませんでした…。
ただし、用途は記されてました。キョン君、その端っこにボタンみたいのが付いてるでしょ?」
「…はい、ありますね。」
「それをね、ピンチのときに押すだけでいいの。」
「…それだけですか?」
「はい!」
「…押すと一体何が起こるんですか?」
「ごめんなさい…それはわからないです…。」
「……」

さっきまで長門や古泉による濃厚な説明を受けていただけに、そのギャップ度合が物凄い。
いや、決して朝比奈さんに非はない。ちゃんと情報を伝えなかった上司が悪いんだ。

「もともとは私に対し送られてきたものなんですけど…これから消えゆく私が持ってたって
意味ないものね。だから、せっかくだからキョン君に使ってほしかった…!
さっきの古泉君とのやり取りを見てて、これを貰ったことを思い出したの!」

…つまり、あなたはその存在をずっと忘れていたというわけですね…。

「あ、もう一つだけ伝えなくちゃいけないことがあります…。さっきピンチになったら押してと言ったけど…
そのピンチというのは、ただのピンチじゃダメみたいなんです…!」
「…どういうことですか?」
「だからその…何ていうか、絶体絶命と言いますか…本当に本当の意味でもうダメだ!!
…みたいなときに押してください!そう紙に書いてありました!じゃなきゃ…ダメみたいなんです…!
なぜダメなのかは私にもわからないんだけど…。」

腑に落ちない点が多いが…こればかりは仕方ないだろう。

「わかりましたよ朝比奈さん。ありがたく受け取っておきます。」
「説明不足でゴメンねキョン君…どうか、それが役立ってくれることを祈ってます…!」

…あなたが謝ることはないんですよ…、全てはその怠惰な上司のせいなんですから。

……

上司?

…俺は彼女の上司を知っている

…ッ

罠!?まさかこれは自爆装置か!?ボタンを押せば、俺が死ぬような仕掛けになってるんじゃないか!!?

…落ち着け。冷静に考えてみろ…。そもそも、これは朝比奈さんへの贈り物だったはず。
ならば、そんな危険なもんを送りつけて過去の自分を殺してしまうような自殺行為など…
常識的に考えればするはずがないだろう!?自爆装置だの何だの…少し俺は頭がおかしくなってたらしい。
とはいえ、無理もないだろう…?その上司とは、つまり大人朝比奈さんに他ならないんだからな…!

…まあ、仮にも過去の自分に対して送ったんだ。非常時に押せば助かるという趣旨自体は
おそらく間違ってはいないだろう。未来製であるからして、おおかたバリアーが出るとか…
そんなとこだろうか?…発想が貧困な俺にはこれくらいしか思いつかない。
そんなこんなで考えをめぐらせていた俺だったが

「おや…、もう少し話したかったのですがね…。」

古泉の一言で俺は気付く。長門・古泉・朝比奈さんの姿が揺らぎ始めている。

「…キョン君、僕は信じてますよ。必ず世界を救ってくれる…とね。」
「キョン君…!!どうか…無事帰ってきてくださいね!涼宮さんと一緒に!!」
「何があっても決してあきらめないで。あなたならきっとできる。」

ちょ、ちょっと待ってくれ!もう…お別れなのか…!?

急すぎる…っ

お前らが消えたら…俺は…

…ッ!!一人になっちまう…!!

……

見苦しいぞ俺…だが、最後に本音をぶつけさせてくれ。

「俺一人で本当にハルヒを救えるのかよ…!!?」

「できますよ。あなたは涼宮さんに選ばれたのですから。」
「できます!キョン君は涼宮さんにとって特別な人ですから!」
「できる。あなたは…涼宮ハルヒにとって無くてはならない存在。」

口を揃えて言ったのは、それだけみんなの気持ちが一緒だった所以か。3人の最後の言葉だった。

「……」

ふと手に持ってる物を見た。古泉がくれた麻酔銃。朝比奈さんがくれた例の装置。

…俺は一人じゃない。

姿形こそないが…みんなの気持ちは、思いはちゃんとココにある。そもそも、長門の力が無ければ
俺は今、生きてすらいなかったじゃないか!?みんなの協力があって、今の自分がいる…!

「待ってろよハルヒ…っ!」

俺は学校へ向け、走りだした。













……













「…はぁ…はぁ…は…!」

北高が…見えてきた。

「…くっ」

一旦ストップする俺。後先考えず全力疾走したせいか…心臓がおかしくなりそうだ。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!!」

息切れを起こしているのは言うまでもない。しかし、歩いてもいられない。一刻も早く、ハルヒに会う必要がある。
…明確なタイムリミットはない。もしかしたら、そんなものはないのかもしれない。

だが

俺はついさっき感じていたんだ。一人でいることが…。孤独であることが…どれほど悲しいことか。
それは、今のハルヒも決して例外ではないはず。

……

わかってる。今のハルヒはハルヒであってハルヒではない。おそらく神としての記憶が宿り、
別人格と化していることだろう。ゆえに、そんな感覚は無いのかもしれない。だからといって、
長門・古泉・朝比奈さん…そして俺の知るハルヒそのものが…抹消されてしまったわけではない!

…月だ。今のハルヒは月だ。月が出ている夜に太陽は存在しえない。だが、消滅もしていない。
実際はすぐそこにあるのだ。ただ 見えなくなってしまってるだけで。

ハルヒ…!

「もう少しの間…待っててくれよな…っ!」

学校まで後わずかだった。

いや、後わずかだった…はずだった。


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