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…目的地に着いたのはいいが。未だ返信が来ないのはなんともな…
果たしてチャイムを鳴らしてしまっていいものだろうか?

…まあ、もう来てしまってるわけだからな…。とりあえず、俺はインターホンを押した。

……

……

一向に誰かが出る気配はない。…日曜だから家族総出でどこか遊びにでも行ってるのか?だとしたら、
メールが返ってこないのは一体どういうわけだろうか。単にマナーモード、ないしはドライブモードで
気付かないとか…そんなとこか?

…まさかとは思うが、例の未来人たちに襲われたってことはねえよな…?

「…ハルヒ!いるか!?返事しろ!?」

玄関に詰め寄る。…やはり音沙汰が何もない上、玄関のカギは閉まっている。

「キョン…あんた、こんなトコで何してんの…??」

ふと背後から声をかけられる。そして、その姿を確認した俺は安堵の表情を浮かべる。

「…ハルヒか!無事だったんだな…。」
「無事って…?ていうか、人んちの玄関の前で叫んでみたりドアノブをいらってみたり…
あんた傍から見れば完全な不審者よ?見つけたのがあたしでよかったわね!」

人が心配になって見にきやがったら…不審者だと!?
ああ、確かにそう思われてもおかしくない状況だったかもな。素直に認めます、はい。

「なんとなくお前の顔色を伺いにきたんだよ。もう回復したのかなーなんてさ。」
「だからさ、大したことじゃないって言ってるでしょ。その証拠に…ほら。」

ハルヒが左手に提げている買い物袋を俺に見せる。

「お前買い物行ってたのか?」
「そうよ、夕食の買い出しにね。夢タウンまで。」
「夢タウンって…こっから3、4キロくらいはあるぞ?そんな遠くまで行ったのか。」
「大安売りの日だったからね。背に腹は変えられないわ!」

なるほどな…まあ、そんな遠方まで自転車で買いに行けるような体力があるんなら、
特に俺が心配するようなこともないのだろう。

「そうそう、俺は一応お前んち行くってメールしたぞ。なぜ返信しなかったんだ。」
「あ、そうなの?それはゴメンね。携帯、家に置き忘れてきちゃったから。」

そういうことか…

「まあ別にいいけどよ。携帯ってのは何かの非常時とかに有効だし、
なるべくなら肌身離さず持ち歩く癖はつけてたほうがいいと思うぜ。」
「ふーん…何?このあたしがどこぞの馬の骨とも知れない輩に襲われる心配でもしてるっての?」

お前をつけ狙ってる未来人がいるから注意しろ!とは言えねえなぁ…
変に言って刺激を与えてしまえば逆効果になる恐れだってあるし…

「いや、まあ、念のためだ念のため。」
「ま、持ってるに越したことはないもんね。次回から気に留めておくわ…。」

……

…気のせいだろうか?どこかしらハルヒの声が弱弱しく聞こえるのは…

俺の考えすぎか。

「…あ」
「どうしたハルヒ?」
「忘れた…」
「忘れた?何を?」
「カレー粉…」

……

どうやら今日のハルヒの夕食はカレーらしい。そういや買い物袋にはじゃがいもやにんじん、牛肉が
ちらほら見える。それにしたって、カレーの基本であるカレー粉を忘れるなんてよっぽどだな。
しかも、それがあの団長涼宮ハルヒときた。やっぱまだ本調子じゃねえんじゃねえか?と疑いたくなる。

「あんた今あたしをバカだと思ったでしょ!!?」
「あー、いや、気のせいだ。気のせいだぞハルヒ。」
「まさかあんたの前でこんな失態を晒すなんてね…不覚。」
「気にすんなよ。人間誰にだって起こりえることさ。」
「あたしだって、あんなことなけりゃ気疲れせずにす…」

ん?何だって?

「いや…何でもないわ。とにかく、買ってきた食材を家に置いてくるから
キョンはそこで待ってて。どうせヒマなんでしょ?」

そう言ってハルヒはカギを開けて家の中へと入っていく。…あの調子だと、
どうやら俺を否応にも買い物に付き合わせるつもりらしい。うむ、まったくもってハルヒらしい。
…まあ、もともと今日はハルヒと一緒にいようと思ってたから、結果オーライなんだが。

…それにしてもさっきハルヒは何を言おうとしたんだ?気疲れ?もしかして昨日長門が言っていたような…
ハルヒを昏睡状態に陥れた電磁波とかいうやつが今だ尾を引きずってんのか?いや、それは違うな。
ハルヒをタクシーで送ったあの夜、特にハルヒから何かしらの異常を報告された覚えもないし…
時間が経って悪性の症状を引き起こしたにせよ、長門曰く…異常波数を伴う波動だ。
ならば、仮にそうであるなら相当深刻な事態に陥ってるとみて間違いないはず。

ところが、ハルヒは軽いノリで『気疲れ』という単語を会話に混ぜてきたではないか。この時点で
すでに決着してるような気もする。粗方、テストで悪い点とったとか暖房のエアコンが故障したとかで
気落ちしたってとこだろう…頭脳明晰ハルヒ様なだけに前者はありえないがな。例えだ例え。






操行してる内にハルヒが中から出てきた。どうやら用事は済ませたようだ。

「じゃ行きましょ。」
「それはいいんだが、どこへ買いに行くつもりだ。まさか、また夢まで行くのか?」
「まさか。一個買うだけにそこまで労力は強いられないわ。近くのスーパーで十分よ!」

そりゃ非常に助かる。あんな距離、とてもじゃないが自転車で移動する気になれない…
あれ?俺ってこんなにも体力のないヤツだったっけか?いつもならあれくらいの距離どうってことないだろ?
いや、体力とか以前に元気が沸いてこな…

…ああ、そうか。ようやく気が付いた。
今日まだ何も食べてねえじゃねえか俺…何かだるいと感じてたのはこのせいだったか。

「あんたさ、もうお昼食べたりしたの?」

ハルヒが尋ねてくる。

「昼飯どころか今日はまだ何も食ってねえんだ…。」
「は?何それ、バッカじゃないの??もう3時よ??
普通朝飯やおやつの一つ二つくらいは食べてくるでしょうに…。」

哀れみの目でこちらを見つめてくるハルヒ。そんな目で見つめるな!仕方ねえだろ…起きたのが
2時過ぎだったんだしよ。まあ、これについてはハルヒには言わないことにする。まさかお前の今後について
本人抜きでファミレスで深夜遅くまでメンバーと会談してたなんて、口が裂けても言えない。

「運が良かったわね、あたしもまだ食べてないのよ。カレー粉買ってくる前にどこかに食事しに行きましょ!」

それは助かるぜ。今の俺には食欲は何物にも代え難い。

とりあえず、安いトコが良いってことで俺たちは最寄のファーストフード店へと足を運んだ。
看板にはMの文字が大きく書かれている。

「ダブルチーズバーガーのセットお願いします。飲み物は白ぶどうで。」
「あたしはテリヤキチキンバーガーのセットを。飲み物はファンタグレープで!」

しばらくして注文の品が届いた。俺たちは空いてるテーブルへと移動する。

……

おお、向こうの壁にドナルドのポスターが貼られているではないか。…だから何だという話だが。

「キョンどこ見てんの?…あら、ドナルドじゃない。」

最近のことだったろうか、俺の部屋に入ってきたと思いきや、いきなり
『ねえねえキョン君見て見て~!らんらんるーだよ~♪』とか言って万歳ポーズをとってきた妹の姿が
目に焼き付いて離れない。そういやそんなCM見た覚えはあるがな…妹曰く、これは嬉しいときにやるもんだとか。
それと、地味に学校で流行ってるんだとか何とか…なんとも混沌とした世の中になったもんだ…と俺は思った。

「そういえば、どうしてドナルドってマスコットキャラクターになんか成れたのかしら?」
「どうしてって…マクドナルドがそういう企画案を出したからだろ?」
「あたしが言いたいのはそういうことじゃない。仮にも国民皆に知れ渡っている有名チェーン店でもあるマックが、
どうしてこんな世にも恐ろしい顔をもつピエロなんかをイメージキャラクターにしたのかってことよ。」

世にも恐ろしい顔って…ドナルドに失礼だぞお前…。

いや、待てよ…

前言撤回、確かに怖い。
夜道を歩いていたとして真後ろにドナルドがいるとこを想像したらヤバイ。
就寝中ふとベッドの側で誰かが立っている気配があったとして、それがドナルドだったらヤバイ。
鏡を見たとき後ろには誰もいないのにドナルドの顔が映ってたりしたらヤバイ。
他にも…って、キリがねーな。

「百歩譲って、これがカジノとかパチンコみたいに大人客が中心の産業なら別にいいのよ。
問題なのはマックは子供たちからも絶大な支持を受けているってとこ。純粋無垢な子供たちが…
果たして妖怪ドナルドの顔を好き好んで食べに来たりするかしら?万一にもいたとすれば、
その子は精神科に見てもらうべきね。間違いなく病んでるわ。」

…ハルヒの言い分はめちゃくちゃなように見えて、実は結構筋は通ってる感じがする…まあ、さっきも
言ったように、俺ですら捉えようによってはドナルドは怖い存在だ。ましてや小さな子供たちは言うまでもない。

「言いたいことはわかるぜ。たいていマスコットキャラクターと言ったらカワイイ風貌してるよな。」
「そうなのよ。だから謎なの…これこそ不思議ってやつ?SOS団もようやく不思議らしいものを見つけたわね。」

おいおいそんなことで不思議になっちまうのかよ…お前の思考はいまいち理解できん。ドナルド様様だな。

……

「あれだな、こりゃ発想の転換が必要なのかもしれねえぞ。」
「どういうこと?」
「俺の妹がつい最近ドナルドのらんらんるーってマネやってたんだよ。結構面白がってやってたぞ。」
「妹ちゃんが??」
「ああ。そこで俺は思ったんだが…例えばマックは子供、中高生、リーマン、家族と言った様々な顧客層を
開拓してる。つまり大衆向けチェーン店なわけだな。で、たいてい大衆向けともなれば、イメージキャラクター像も
しだいと絞られてくるものだ。ポケモンやドラえもん、サンリオキャラのように愛くるしい容姿をしたものにな。」
「じゃあ尚更ドナルドはおかしいじゃないのよ。」

「そうだな。だから発想の転換だ。例えば、柄の悪い不良が…
公園で鳩や犬にエサをあげてるシーンを見かけたとしたら、お前はどう感じる?」
「漫画とかでありがちなパターンね…まあ、一気に印象はよくなるわ。」
「じゃあ、普段から動物たちにエサをあげている人と今言った不良…印象の上げ度合はどちらが大きい?」
「上げ度合と聞かれれば…後者かしらね。」
「そこなんだよ。見た目が怖いやつほど実際に良いことをしたときは周りから絶賛されるもんだ…人間心理的にな。
もちろん、普段から良いことをしてる人のがいいには決まってる。ただ、そのギャップの度合でついつい
錯覚しちまうもんだ。普段何らかのマイナスイメージをもってるヤツなんかに対しては…特にな。」
「つまり、ドナルドにもそれが当てはまるってこと?」
「そういうこった。よくよく考えてみれば、ただの芸人がふざけたことしたって当たり前すぎて何の面白味もないが、
おどろおどしいお化けピエロがらんらんるーをしてしまった場合は話は別だ。ネタ的要素が大きいが…
その分、面白さの度合は一気に跳ね上がる。」

「…そうね!いつもヘラヘラしてる谷口がやったって『相変わらずバカなことやってるのね』
の呆れた一言で終わるけど、キョンが『らんらんるー』やってたらなんかすっごく面白そう!
普段おとなしくて我が強い人間なだけに…くっく…想像したら笑いが…あ…あっは…は…
キョン、どうしてくれんの…よ、あんたのせいよ!あははは!!」

はあ…

ホントにもう…

そんなに俺のらんらんるーを見たいのなら、いくらでも見せてやろう。そんときはお前の夢にまで
出張するくらい洗脳してやるから覚悟しておけよ。悪夢を見てから悲鳴を上げたって、もう手遅れなんだからな?

とまあ、冗談は置いといてだな…いくらなんでも谷口はそこまでバカじゃないぞ。友として、谷口の名誉のためにも
一応言わせてもらう。あいつは一見バカなように見えて、実際は越えてはならない境界線は常に把握している
立派なホモサピエンスだ。え?もしらんらんるーをしたらどうするかって?そんときゃ絶交だ。

「おい、国木田、あそこにドナルドの写真が映ってるぜ!」
「あー、そうだね。」
「そういやさ、最近ドナルドの…あるネタがブームになってるって知ってるか?」
「え…知らないなあ…谷口は知ってるのかい?」
「おうよ!流行を先取りした俺に知らないものなんてねーんだよ!」

…何か、後ろのほうで見知った声がするのは気のせいか?いや、気のせいだと思いたいんだが。

「あら、あれ谷口と国木田じゃない。あいつらもココに来てたのね。」

……

「そのネタっていうの何なのか見せてほしいな。」
「じゃあ、しかとその目に焼きつけよ!らんらんるー!!!」

…友情決裂。さらば谷口、てめーとは金輪際絶交だ。

「なかなか面白い芸だね。あれ…あそこに座ってるのはキョンと涼宮さん?」
「…え…?」

国木田がその言葉を発した瞬間だったろうか、谷口の顔がまるで
頭上からカミナリを落とされたかの如く硬直してしまっているのはこれいかに。

「あいつ…本当にらんらんるーやったわよ?やっぱ谷口ってバカだったのね。」
「ハルヒよ、とりあえず同意しとく。」
「お、お前らどうしてココに!?」

谷口が紅潮した顔で咆哮する。あまり大声を出すな、他の客に迷惑だろうが。

「どうしてって、ただお昼を食べに来ただけよ。悪い?」
「そ、それもそうだな…はは…は…」

谷口が生気を吸い取られるかのごとく屍と化していくのが見てとれる。そんなに俺とハルヒに
見られたのがショックだったか…まあ、せめてもの慈悲として見なかったことにするから安心しろ。

「谷口さ、今はキョンと涼宮さんには話しかけないでおこうよ。二人ともデートしてるみたいだしさ。」

国木田よ…お前はお前でどうして火に油を注ぐようなことを言うのか…
それも、俺たちにちょうど聞こえるくらいの音量で。

「な、何言ってんのよあんた!?何か勘違いでもしてんじゃないの!??」

言わんこっちゃない。団長様乱心でござるの巻。せっかくの温和な雰囲気がぶち壊しだ…
とりあえず国木田、来週の月曜顔を洗って待ってろ。












というわけで、俺たちはどこぞやの二人組のせいで早々と退散を余儀なくされた。
久々のハンバーガー…もっと味わって食べたかったぜ。

「あー、なんなのあいつら!?落ち着いて食事もできなかったわ!」

気持ちはわかるが、お前もお前で過剰に反応しすぎな気もするがな…。

「まあまあ、気を取り直してスーパー行こうぜ。夕食のカレーこそはのんびりと食せばいいじゃないか。」
「…それもそうね。」

そんなわけで、俺たちはカレー粉購入のため、スーパーへと立ちよった。早速カレーコーナーへと向かう。

「あったあった、これよこれ!」

カレー粉を手に取るハルヒ。…辛口か。

「…キョン、カレーらしさって何だと思う?」
「…辛さか?」
「そうそう!辛さよ辛さ!辛口ほどカレーらしさを追求してるものもないわ!」

…ハルヒもカレーに対して何かしらの情熱をもっているのであろうか?長門、よかったな。こんな身近に
ライバルがいたなんて、いくら万能長門さんと言えども想定外だったはずだ。とりあえず、突っ込みを入れとく。

「それは、単にお前が辛いもん好きってだけの話だろう…。」
「わかってないみたいね。まあ、あんたも食べてみれりゃわかるわよ。」
「へいへい、今度食べてみますとも。」
「何言ってんの?今から食べるのよ。」

…?

「つまりアレか…?お前が作るカレーを、俺がこれから食べるってことか?」
「そゆこと。どうせこの分量じゃ確実に一人分以上出来上がっちゃうし、両親も
仕事の都合で今日は帰ってこれないから、誰かに食べてもらわないとこっちが困るのよ。」

そういうことですかい。ま、せっかくの機会だし、ありがたく食させてもらうとするぜ。
後で家に連絡しとくとしよう…夕食は外食で済ますってな。

……

カレー粉を手に入れた俺たちは、特に寄り道をすることもなくハルヒ宅へと向かった。

岐路の途中で、俺は自宅へと先ほどのメッセージを伝えるべく電話をかけた。まあ、伝えたはいいものの
『朝6時に帰ってくるとは何事だ!?』とか『昼飯食べずにどこ行ってたの!?』とか散々怒られてしまったのは
秘密だ。いや、当然っちゃ当然なんだよな…おかげで思ったより長い電話となってしまった。
ハルヒが一人手持無沙汰になっているではないか…。

電話している最中に気付いたことなのだが、何やらハルヒは首をキョロキョロさせていた。
決して俺の方を見ているわけではなかったらしい。方向としては後ろか…後ろに何かあるのか?
と思い、俺も振り返ってみたが…特に変わった様子はなかった。

電話を終えた俺はハルヒに問いかけてみた。

「なあハルヒ、一体どうしたんださっきから?」
「あ、いや、何でもないわよ…」
「さては、後ろ首や背中がかゆくて仕方なかったんだろう?どれ、俺がひっかいてやろう。」
「な、なに許可なく体に触れようとしてんのよ!?このセクハラ!」
「じゃあ許可があれば触ってもいいわけか?」
「こんの…変態!!」

あー、ついには変態呼ばわりか。それはきついな…
まあ、お前の緊張をほぐそうと思っての行動だったんだ、大目に見てくれよ。

……

ハルヒが緊張しているのには理由がある。俺も先ほどまでは
単なる気のせいとしか思ってなかったんだが…やはり何かおかしい。

妙に違和感を感じるのだ…俺たちの後ろで。

気配が…

……

単刀直入に言おう。俺たちは何者かにつけられている。

そいつの姿を確認したわけではない。しかし、どう耳を澄ませたって…俺たち二人以外の足音が
後方から聞こえるという、この奇妙な事実…音の反響とかそういうわけでもない。

ただ一つ言えること。それは、早いとこハルヒ宅へと帰還したほうが良さそうだということだ。












さて、家へと着いた。

「早速作ろうっと。」

手を洗い、颯爽とキッチンへと向かうハルヒ。顔は笑ってはいるが…内心はある種の恐怖を
感じているに違いない。もしかして、昼に会ったときから何か様子がおかしかったのはこのせいか?
…まさかとは思うが、ストーカー被害にでも遭ってるのか…?

……

まあ、その是非を今ハルヒには問うべきではないだろう。あいつは今カレー作りに勤しんでんだ…
その熱に水をさすような野暮なマネは…俺はしたくない。とりあえず、聞くのなら
夕食を食べ終わってからでも十分間に合うはずだ。俺も、今だけはこのことを忘れることにする。

…さて、俺は何をすべきか。さすがにハルヒがカレーを作っている横で、一人テレビを視聴するのは
何かこう…罪悪感が…。かと言って、キッチンに入って手伝おうと言ったところで足手まといだろう。
なんせ、食材や調理器具の場所が一切わからないのだから。つっ立ってるだけで邪魔なだけである。

……

まあ、何もしないよりはマシか。手を洗い、キッチンへと入る。

「あら、キョン手伝ってくれるの?」
「ああ。できることがあればな。」

…不覚、エプロンをまとったハルヒに一瞬ときめいた。

「じゃあそうね…このたまねぎとにんじん、じゃがいもを水洗いしててちょうだい!
で、これ包丁…暇があるならたまねぎも切っててもらえると嬉しいわ。」
「おう、任せとけ。」
「あたしはナベに油をひいて、あと塩水でも作っとく。」
「塩水??一体何に?」
「いいからいいから、自分の作業へと戻る!」

へいへい。とりあえず水洗いに専念するとする。



……



大体終わったか…時間もあるし切るとするかな。ハルヒは…というと、りんごを小さくスライスしていた。
…デザート?にしてはやけに小さすぎる。ああ…なるほど、さっき言ってた塩水につけるつもりなんだな。
それでアクをとり、カレーに入れるって魂胆か。…ん?

「ハルヒよ、お前辛いカレーが好きとか言ってなかったか?」
「そうだけど、どうして?」
「そのりんご、カレーの中に入れるんだよな。りんごはすっぱさもだが、同時に甘さも引き出すぞ。」
「ちっちっち、甘いわねキョン、あたしをなめてもらっては困るわ!単に辛さだけを追求するほど、
あたしは単純な人間じゃないのよ!確かに本質は辛さ…でもね、それにちょっと工夫をこなすことで、
辛さの中に甘さを見出せるおいしいカレーを作ることができるの!覚えときなさい!」

何やら言ってることが意味不明だが…とりあえずハルヒさんの情熱に、俺は感銘を受けておくとする。
そんなことよりたまねぎだ…こいつ、目から涙が出るから嫌いだ。何か良い方法はないものか…
まあ、臆していても仕方ない、とりあえず切ろう。

……

くっ…涙が…

「キョ、キョン!?何やってんのよ!?」
「何って泣いて…いや、違った。見ての通り切ってんだがな。」
「じゃなくて、どうしてみじん切りしてんのかって聞いてんの!」

あ…

ああああああああああああっーーーーーー!!

しまった…カレー料理だということをすっかり失念してしまっていた…

「すまんハルヒ…申し訳ない。」
「…ま、いいけど。小さなたまねぎってのも、たまにはいいかもね。」

おや、すっかり怒鳴られるかと思ったが…それどころかフォローまでされてしまったぞ?
なぜ上機嫌なのかは知らないが…反動で明日にもアラレが降りそうで怖いな。

「じゃ、今度はにんじんとじゃがいも頼むわね。はい、これ皮むき機!」

すでに中火でナベを熱しているから、おそらくもう少ししたらたまねぎと牛肉、
そしてにんじん、じゃがいもってな段取りか。それまでには間に合わせねえとな。

「おう、今度こそ任せとけ!」

早速にんじんとじゃがいもの皮むきに取り組む俺。

……

ふう…慣れない作業はきついぜ…普段あんま料理などしたことのない身なんで特にな。
ハルヒはというと、すでに俺が切ったたまねぎと牛肉をナベへと入れ、しゃもじで混ぜている段階だ。
こりゃ急がねえと…

「キョン、別に焦る必要はないわよ。それでケガでもしたらバカみたいだし。
何かあったら弱火にすればいいだけよ。」
「お前が俺の心配すんなんて珍しいな。いつもなら『早くしないと承知しないわよ!』とか言うそうだが。」
「へえ…?あんたはそう言ってほしいわけ?そう言ったってことは、そう言ってほしいのよね?」
「すまん。俺が悪かった…。」

やっぱりいつものハルヒだった。

……

よし、なんとかむき終わった。あとは切るだけだ…!おっと、
ここで焦ってはいけない。さっきのたまねぎのような失敗をしないためにもな。

「ハルヒ、にんじんとじゃがいもの切る大きさはカレーの場合、
人によって好みがあるんだが、お前はどのくらいの大きさがいいんだ?」
「そうね…別に大きくても構わないわよ。」
「了解したぜ。」

仰せの通り、俺はにんじんとじゃがいもを大雑把に乱切りする。

「どうだハルヒ!?今度はOKだろう?」
「あら、キョンらしさが出てていいんじゃない?及第点よ。」

キョンらしさって何だ?大雑把に乱切りされた雑な形…なるほど、これが俺らしさか。意味がわからん。

「たまねぎと牛肉の色合いもそろそろ良い頃ね。キョン!にんじん、じゃがいもを入れてちょうだい!」
「おう。」

ジューッと音をたてて食材がナベに転がり落ちる。これは美味いカレーにたどりつけそうだ。

「さーて、今度は……むむ、キョンにしてもらうことは特にもうないわね。」
「そうなのか?」
「ええ。後はあたし一人がナベの番をしてたら事足りるし。」
「そうか…あ、そういやご飯はどうした?」
「あたしが忘れるとでも?昼にとっくに保温済み。いつでも炊きだちで取り出せるわ。
ってなわけでお疲れ様、キョン。リビングにでも行って休んどくといいわ!」
「まあ、やることがないなら仕方ないか。また何か
手を借りたいことがあれば呼んでくれよな。カレー頑張れよ。」
「あたしを誰だと思ってんの?あんたは大船に乗ったつもりで構えときゃいいのよ!」

素直に『うん、頑張るね!』と返せばいいものを…ま、いいか。それがハルヒだもんな。
よくよく思い返してみれば、今日のハルヒはいつもよりおとなしく、そしてお淑やかなほうだったじゃないか…?
これ以上ハルヒに対して何かを望むのは、それこそ贅沢というものだろう。

そんなこんなで俺はリビングへと向かい、ソファーに腰を下ろすのであった。










ふう…ようやく一息ついたな。カレーができるまでのしばしの間ボーッとしとくとするか…
何やらいろんなことがありすぎて疲れたぜ…。思えばここ2、3日は随分と濃い日々だったのではないか?
今こそこうやって、ハルヒと平凡にカレー作りを営んでいるが…。

ヒマだしいろいろと回想してみるか。まず事の発端は何だっけか?そうだ、震災で町が崩壊する
夢を見たんだ。それから…ハルヒから音楽活動についての発布があったな。しまった…
そういやメロディー作ってこなくちゃいけなかったんだよな。いろいろあって忘れてた。

それから…そうだ、未来には気をつけろみたいな趣旨の手紙を下駄箱で入手したんだっけか。
その後、朝比奈さん大に会って藤原には気をつけろと言われ…

……

もしかして、俺たちをさっきつけていたのは藤原…ないしはその一味か?
だとしたらハルヒの監視ってことで十分説明もつくな。

回想の続きに戻るが…その後家に帰って寝て…今度は地球が滅ぶ夢を見てしまったと。翌日SOS団で
バンド活動に取り組もうとしてた矢先にハルヒが倒れる…それがきっかけで夜緊急集会が開かれたと。
それから…俺は夢の中で過去の自分を垣間見て、目を覚ましたのちに長門と古泉にそのことを話して…

…長門と古泉が俺を呼びだした理由、まだ聞いてなかったな。電話じゃなく口頭で話すつもりだったとこを見ると、
それなりに重要性を秘めた話だったのではないかと見受けられるが…。気になる、後で電話でもして聞いてみよう。
で、その後俺はハルヒの家に行き、途中で何かしらの気配を感じながらも家に帰り、そして今に至るというわけだ。



……



ハルヒが見せてくれた三度の夢、そして長門や古泉による解説等のおかげで…大体状況は
つかめてきたのだが、いかせん未だ腑に落ちない点が多い。不明なものが多すぎるんだよ…。
例えば下駄箱に入っていた例の手紙。未来に気をつけろってのが何のことなのか…未だにわからん。
『未来』などという抽象的単語はできるだけ使わないでほしいね。無駄に、処理に時間がかかる。
その後朝比奈さん大から藤原に気をつけろと言われるわけだが、じゃあどうしてあんな手紙を入れたのかと
問い詰めたくなる。あの手紙の差出人が彼女じゃなかったのだとしたら、それもわかるが。だが、その場合
一体誰があんな手紙を?誰が何のために朝比奈みくるを偽って俺に手紙を?いや…あの執筆は
前に俺が見た朝比奈さん大と同じだったような気がする…じゃあやっぱりあの手紙は朝比奈さん大が

…やめよう。頭が混乱してきた。

他は…ハルヒを気絶させた犯人は誰なのかってこと。朝比奈さん大の忠告を鵜呑みにするのであれば、
犯人は藤原一派だと一目瞭然なのだろうが…そもそもだ、俺自身何かしらのステレオタイプを抱いている
可能性がある。例えば、状況証拠から考えて犯人は未来人だと勝手に決め付けていたが…本当に犯人は
未来人なのだろうか?そうである場合は藤原一派だと断定できるものの、もしそうではなかったら?

…考えたって悪戯に頭を疲弊させるだけだな。

後は、長門と古泉が俺に何を告げようとしていたのかってことだ。
まあ、これはさして重大な案件でもないだろう。本人たちに聞けばわかることなのだから。

そして最後は、俺たちをつけていた輩が一体誰なのかという…ハルヒを気絶させたヤツと同一犯と見て
間違いないんだろうが…。とりあえず事態の進展を待つ他ない、か。闇雲に一人で考え込んでたって、
次々と新たな可能性が生まれるばかりでキリがねえ。かといって、真相がわかるまで何もしない
というわけにもいくまい。常に冷静に…氾濫する情報の取捨選択に徹して、なんとしてでもハルヒを守り抜く。
それが…今の俺にとっての最善であるはずだ。俺はそう固く信じてる。

「キョン!できたわよ!お皿出すの手伝ってー!」

おお、ようやく待ちに待ったカレーの完成か!今行くぞ。








「「いただきまーす。」」

合掌する二人。

……

「どうキョン?味のほうは?」
「悪くないんじゃないか。十分食えるぞ。」

…しまった、この言い方では…まるで【ハルヒは料理が下手だとばかり】
と暗に示唆してるようなものではないか!?弁解しておくが、決してそんなことは思っちゃいない。
『涼宮ハルヒ』と聞いて思い浮かぶものは何だ?たいていは奇人変人、天上天下、唯我独尊、ギターボーカル、
スポーツ万能、頭脳明晰…などといった類であろう。俺が言いたいのは、これらのワードから連想されうる限りで
『料理』の要素を含んだものは見当たらない、ということ。つまり、俺はこれまでハルヒに対して…少なくとも
『料理』という項目に関しては、特に明確なプラスイメージもマイナスイメージも抱いてはいなかった
ということである。おわかりだろうか?先ほどのハルヒへの返答は、先入観無きゆえの事故なのだ。

「ふーん、無難なコメントをするのね。ま、それも仕方ないか。」

おお、妙に勘ぐられたりしないで助かった…って、仕方ないとはこれいかに?

「例えばこのお肉。これ安物なのよ。」
「そうなのか!?」
「焼き肉とかで使用する高級肉を使えばもっと味も出たんでしょうけどね。財布との相談で、ついカレー用の
薄いバラ肉買っちゃったのよ。ああ、でも決して邪見したりしないでよね!?質による差異こそあれどカレーに
おいてはね、牛肉の場合ほとんどはカレー粉との整合性で味が決まったりするんだから!他にもナベに入れる
スープだって…本来なら鶏のガラを煮込んだものじゃなきゃいけなかったのに時間との都合で…。でも
一般家庭とかでもね!時間に余裕がないときは代わりに水を使うってのはよくある手法なのよ!?だから」
「わ、わかった!!お前が精一杯頑張ってるってのは伝わったからもういいぞ!
そりゃ金銭的・時間的な問題じゃ仕方ねえよ。それにだ、仮にもカレーをおごってもらってる身分の俺が
お前に対して文句や贅沢を言うとでも…思ってんのか?んなわけねーだろ。感謝してるんだぜ…本当にな。」
「わかれば良し!」

…顔が少し赤くなってるように見えるのか気のせいか?
まあ、いろいろ取り乱したからな。おおかた動揺でもしてるんだろう。

「それにしても滑稽ね…この細かく刻んである小さな物体は。」

いきなり話題変えやがったな…しかも、敢えて遠回しに言うことで俺に何かしらの揺さぶりをかけようとしてる。

「たまねぎ、みじん切りにして悪うございましたね。」

…こればかりはどうしようもねえ。どう見たって俺が悪い。

「それと、泣きながら切ってる誰かさんも滑稽だったかな。」

さすがにこれには反論させてもらおうか。これに関しては何一つ俺に落ち度はない!
相手がたまねぎである以上、この怪奇現象は生きとし生ける全ての者に訪れるものなのであるから。
調子に乗るのもそこまでにしてもらおうかハルヒさんよぉ…。

「そんなこと言っていいのか?ハルヒ。お前もこれを切りゃあ決して例外じゃねえんだぞ?」
「やっぱアホキョンね。そんな当たり前の反駁、聞き飽きたわ。」

…何…??

「良いこと教えてあげる。たまねぎってのはね、周りの皮をむいたあと 冷蔵庫に10分くらい入れとけば…
その後切ったって涙は出にくくなるのよ!その様子だと知らなかったみたいね~」
「何だと!?それは本当か??」
「本当よ。ま、疑うのならヒマなとき家で試してみることね。」

…またまた俺の敗北である。どうやらこいつのほうが俺より一枚上手らしい…って、ちょっと待て。

「ハルヒよぉ…そういうことはなぁ…」

……

「たまねぎを切る前に言え!!」
「怒らない怒らない、過ぎちゃったことなんだし…もうどうでもいいじゃない。
『過ぎ去るは及ばざるがごとし。』って言うし!」

どうでもよくない!しかもそのコトワザの使い方違う!あ、いや…ハルヒのことだ、
おおかた敢えて誤用してみましたってとこだろう。まったくもって嫌味なやつだ…

そんなバカ話をしながら、俺たちはカレーを平らげた。

……

「それにしても、こういう辛い料理と合わさると麦茶のうま味も一気に引き立つな。」
「確かにそうね。…おかわりいる?」
「お、すまんな。頼む。」

2リットル型のペットボトルから静かに麦茶を注いでくれるハルヒ。その麦茶をすする俺。

……

そろそろ本題に入るか?いや、こういう事は向こうから話してくるのを待つべきなのかもしれないが。
しかし、相手に自分の弱みを見せようとしない…気丈で自尊心の高いハルヒが
安々と悩みを打ち明けてくれる…ようにも思えない。ここは俺から切り出すべきではなかろうか?

「ハルヒ、最近何か嫌なことでもあったか?」
「…え、い、いきなり何??」

揺さぶりをかける俺。

「お前が元気なさそうに見えたからな。ちょっと気になったんだ。」
「…あたしそんな顔してた?」
「ああ。」
「……」

……

「あんたってさ…ボーっとしてるようで、実は結構鋭いとこがあるわよね。」

…ついに観念したのか、ハルヒは話し始めた。

「…朝方に両親が出てってからね…何か様子がおかしいの…。」
「……」
「最初はただの気のせいだと思ってたんだけどね…やっぱりするのよ…気配が。」
「…気配か。」
「家にはあたし一人しかいないはずなのに…何か音がするの。それも風の音とか暖房の音とかじゃなくて…。」
「…人的な音…か?」
「ええ…そうよ。聞き間違いだと思いたかったけど、確かに聞こえた。でも周りを見渡したって誰もいない…。」
「……」
「笑っちゃうよね、キョン。あたしがこんなこと言うなんてさ…少なくとも、おかしくはないはずなんだけど…。」

なるほど、ハルヒが俺に話をためらう理由がわかった。俺の考えていたような、単なるプライドだけの
問題じゃないらしい。話すことによって俺に【幻聴】や【被害妄想】などと断じられるのが怖かったのだ。
それもそうだろう…音がするのに周りには誰もいない。こういった不可解な症状を継続するようであれば、
たいていの常人はハルヒを【異常者】と決めてかかっても何らおかしくはない。
それをハルヒはわかっていた。だからこそ、俺にも話したくなかった。

「安心しろよハルヒ。お前がおかしいだけなら、俺もお前の仲間入りだぜ。」
「ど…どういうこと?」
「さっき外を歩いててな、俺も同様に何か気配を感じたんだよ。気配というか…人の足音みたいのをな。」
「キョンも!?」
「ああ。もちろん、そのせいでお前が極度の緊張状態に陥ってることもわかってた。
だから…くだらんジョークでも言って気休めさせてやろうと思ったんだがな、すっかり変態呼ばわりというわけだ。」
「…そうだったの。でもあたしは謝らないわよ!人の体を触ろうってのは、理由が何であれ言語道断なんだから!」
「おお、元気出たみたいだな。それでこそハルヒだ。」
「キョン…。」

……

「その後、あたしは家の中にいるのが怖くなって外へ出ようと思った。遠くて…そして人通りの多い場所へ。」
「…まさかお前が夢タウンまで買い物しに行ったってのは…そのせいだったのか??」
「ええ…本音はね。建前は大安売りって言っちゃったけど。だからね…
家に帰ってきてあんたを見つけたときは正直ホッとした。」

…古泉と長門の話を聞かないでハルヒに会いに行ったのは、結果的には正解だったんだな。

「それからはあんたと行動を共にしたわけだけど…まさか外でも忌々しい気配を感じるとは思わなかった…。」
「スーパーから帰る途中だよな。」
「キョンはさ…あれ、一体何だと思う?人間?幽霊?」
「幽霊はないだろうよ。いつの時代のいかなる怪奇現象も元をたどれば
人為的、ないしは単なる自然現象であることが確定済みだからな。」
「…じゃあキョンはどっちだと思ってんの?」
「常識的にも考えてみろ、あんな自然現象あるわけねえだろうが。これはれっきとした人間の所業だ。」
「じゃあ何?ストーカーとでもいうの??…ワケわかんない!心当たりなんかないのに…」

ストーカー…まあ表現自体は間違ってねえかもしれねえな。
お前に神としての記憶を覚醒させようとする何者かの仕業なんだろうが。

…こればかりは俺一人では手に負えない。外に出て、古泉にでも電話して相談するとしよう。

「ハルヒ…ちょっとばかし外出してくる。」
「!?どうして?」
「いや…家の周りに不審人物がいないかどうか確かめてこようと思ってな。」
「な…!?もうあたりは暗いのよ?危険だわ!」
「安心しろよハルヒ。すぐ戻ってくるからさ。」

立ち上がり玄関のほうへ向かおうとしたら、急に後ろ方向へと引っ張られる。
…ハルヒにジャケットの裾をつかまれていた。

「…本当にすぐ戻ってくるんでしょうね?」

台詞こそ毅然としていた。…だが、その手が震えていたのはどういうことだ?これじゃまるで、
【一人にしないで】と言ってるようなもんじゃないか。その瞬間、胸が痛くなった。同時に、ある種の
苛立ちも覚えた。さっきこんな話をしたばかりだというのに、ハルヒ一人残して出て行こうとする、俺自身に。

「すぐ戻ってくるから心配すんな。」
「キョン…」

できれば俺だってハルヒと一緒にいたい。だが、事態を好転させるには今じっとしてるわけにはいかなかった。
後ろ髪を引かれる思いで、俺は外へととび出した。

…電話をかける前に、有言実行はしておかねばなるまい。
俺は庭や周辺を隈なく歩いてみた。…特に怪しいところはない…今のところは。

「もしもし、俺だ」
「おや、キョン君。無事涼宮さんとは会われましたか?」
「ああ…おかげ様でな。ところで話したいことがあるんだが…」
「僕でしたら、昼あなたとお会いした公園におります。どうせならそこで会話といきませんか?
昼のときと同様、長門さんもそこにいらっしゃいますので。」













目的地に着いた俺。ハルヒのとこから走って2分もかからない距離だ。

「夜分遅くご苦労様です。」
「……」

案の定古泉と長門がそこにいた。

「古泉…そして長門。まさかとは思うが…昼3時くらいに会ってから…
今(夜8時)の今まで、ずっとこの公園にいたんじゃあるまいな…!?」
「そのまさかですよ。ですよね、長門さん。」
「…そう。」
「…マジかよ。よくこんな寒い中5時間以上もいられたな。何かワケでもあるのか?」
「涼宮さんを守るため…と言っておきましょうか。この公園は彼女の家から非常に近いですからね。
何かあったときにもすぐ駆けつけられる距離にありますから。」
「…わかるようでわからないな。ここからハルヒ宅までは…400mくらいはあるぞ。
もっと良い場所があるんじゃないか?塀の近くとか。」
「それでは、通行人から不審者だと誤解されてしまう恐れがある。かえって無駄な事態を引き起こしかねない。」
「長門さんの言う通りです。逆に公園のような場所であるなら、留まっていたところで 別段不審に思われることは
ありませんからね。ベンチに座って読書をしたり、弁当を食べたりしているのであれば尚更です。」

なるほど。確かに一理ある…。

「ということは、お前は弁当をここで食ってたわけだな。」
「さすがに飲まず食わずでずっといるわけにもいきませんからね…途中コンビニに出向いたりはしてましたよ。
そんなことより、何か我々に話したいことがあってここに来たのでは?」
「おう。じゃあ、二人とも聞いてくれ。」



……



「それは恐ろしいですね…。これは僕なりの推理ですが、犯人は自身の存在を情報操作で
隠蔽したのではないでしょうか?実際はそこに存在していても、外部からは姿を確認することはできません。
長門さんのような力を有す人物ならば、いとも簡単でしょう。」
「情報操作?長門のような力?…じゃあ、ハルヒや俺をつけてた野郎の正体は宇宙人ってことか?」
「古泉一樹、その意見には反論させてもらう。」

珍しく異議を唱える長門。どうやら、彼女の犯人像は古泉とは異なるらしい。

「確かに古泉一樹の言う通り、その程度の情報操作ならば 我々情報統合思念体にとっては
造作もない。実行は可能。しかし、音が聞こえたというのであれば話は別。」

音…足音のことだな。

「なぜなら我々は環境情報の改ざんで、一般に有機生命体が移動時に伴うノイズ音をも
外界からシャットアウトできるから。外部に音が洩れるというのは、まずありえない。」
「…言われてみればその通りです。いやはや、長門さんには敵いませんね。」

宇宙人説は消えたか…。

「じゃあ長門、お前はこの件についてはどう思う?」
「…可能性として、ステルス迷彩を考えてみた。」

す、ステルス??って、アレか?光の屈折具合で姿が見えなくなるとかっていう…

「ステルス迷彩ですか。確かに、それを体にまとえば瞬時にして透明人間の出来上がりですね。
もっとも、現代の科学技術ではまだ実用化には至っていないようですが…。」

なるほど、それならばあの足音の説明もつく。だが、実用化されてないとなると…またしても行き詰まりか。

「確かに、この現代においては取得不可。しかし、未来技術をもってすればそれも可能。
今の科学技術の進展具合から推察するならば、そう遠くない未来ステルス機能は実用化の段階に入る。」

……

「つまり、犯人は未来人。私はそう考える。」

…これほどまでに説得力のある説明をされて異議を唱えるヤツなど、もはやどこにもいないであろう。
長門らしい見事な推理…彼女の手にかかればわからんことなど無いと言っていい。

「長門、ハルヒを気絶させたやつと今回の犯人は…もしかして同一犯か?」
「確証はない。しかしその可能性は高い。」

やはりそうか…まあ誰が相手にせよ、常に警戒レベルはMAXでいるべきだろう。なんせ、電磁波やステルス等
といったとんでも技術を有す連中だ。油断して攻撃を喰らうような事態にでもなればシャレにならん。

「お前らのおかげで大体のところはわかったぜ…恩に切る。」

よし、これにて一件落着…というわけでもない。まだ用事が一つ残ってる。

「古泉、長門、話してくれ。昼に俺を呼びだした際、一体何をしゃべろうとしてたのかをな。」
「「……」」

なぜか無言のままの二人。

「ど、どうした??大丈夫か?」
「あ、いえ…すみません。つい言うのをためらってしまいました。」

ためらう…とは?そんなに言いづらい案件なのか?

「私も、そして古泉一樹も話すことに抵抗を感じているのは確か。」
「長門がそんなこと言うなんてよっぽどだな…でも、お前らは
昼呼び出して俺に話そうとしたじゃないか。何を今更躊躇してるんだ?」
「「……」」

二人は答えない。アレか、話の流れ的に言いにくいってことか?…今俺たちは何の話をしてた?
俺とハルヒをつけてた犯人のことだな。で、それは未来人の可能性が高いってことで話は終了した。

……

「もしかして、未来に関係するようなことでも言おうとしてたのか?」
「…長門さん、そろそろ話しましょう。黙っていてもラチがあきませんし。
何を話すのか、薄々彼も気付いてるようです。」
「…了解した。」

嫌な予感がする。

「今から我々が話すことというのは」

……

「朝比奈みくるのこと。」









まあ、そんな気はしてた。昼に長門と古泉に呼び出された際、朝比奈さんの姿だけ見当たらなかった時点で。

「朝比奈さんが…どうかしたのか?」
「今日の午前11時47分、朝比奈みくるがこの世界の時間平面上から消滅した。」

……なん…だって?

「しょ、消滅って…どういうことだ?!朝比奈さんはどうなったんだ??」
「落ち着いてください!彼女は無事です!」
「午後1時24分、彼女は再びこの時間平面上へと姿を現した。」
「…つまり、今朝比奈さんは普段通りにこの町にいるってことか?会おうと思えば会えるってことか?」
「そういうことです。」
「よかった…。」

俺は安堵の表情を浮かべる。

「って…そりゃまたどういうことだ?つまり朝比奈さんは11時何分かに時間跳躍でもしたってことか?」
「そう。行き先はもともと彼女がいた世界…未来だということは判明している。」
「…なら、特に驚くようなことでもないんじゃないか?
上からの急な指令で未来へ帰ったりとか、大方そんなとこだろ?」
「平時であるなら我々もそう考えます…しかし、今は違います。非常時です。
一か月もしない内に世界が滅ぼされる…この事態を非常時と言わずして何と言います。」
「そりゃ、確かに非常時なんだろうが…だからどうしたってんだ?」
「今のこの世界が滅べば…当然ですが未来も消滅します。
そしてその影響は少なからず未来へも…すでに出始めているはずです。」
「そして今この世界は滅ぶか否かの…いわば分岐点にたたされている。それは、同時に
未来が滅ぶか否かの分岐点とも置き換えることができる。その瀬戸際の時間軸に位置する未来人を
未来へと帰還させるというのはよほどの理由があってのことだ、と私は考える。」

「…お前らの理屈で言えば、つまり朝比奈さんはこの世界、そして未来を救うべく奔走してるってわけだろ?
なら、それでいいじゃねえか!なぜ話すのをためらったりしたのか、俺にはわからんな。」
「確かに、ここまでの会話を聞いただけではそう思うのも当然でしょうね。ここからが話の核心なわけですが…
では、そんな重大性を秘める時間移動を…彼女はどうして我々に話してはくれなかったのでしょうか??」

……

「彼女がここの時間軸に戻ってきたのは午後1時24分。その時刻から
今(午後8時35分)まで…伝えようと思えば私たちにはいつでも伝えられたはず。」
「…禁則事項とやらで話ができなかっただけじゃないのか?」
「この世界は危機に瀕してるのですよ。我々だって…最悪の場合死ぬかもしれない。
そんな時期に際してまでも、彼女は我々より【禁則事項】とやらを優先しようとするわけですか?」
「…古泉よ、それ以上朝比奈さんのこと悪く言ったら承知しねえぞ。
あの人が俺たちのことどうでもいいとか、そんなこと思ってるわけねーだろが!」
「……」
「…古泉一樹を責めないであげて。彼は彼なりに頑張っている。
彼と機関の立場を…朝比奈みくるのそれと当てはめて冷静に考えてみるべき。」

長門…

朝比奈さんは俺たちの仲間であると同時に未来人でもある。
未来からの指令は絶対…禁則事項がそれを物語ってる。
古泉は…同じく俺たちの仲間であるとともに機関に属する超能力者でもある。
機関からの命令は絶対…

絶対…?

俺は以前古泉から聞かされた言葉を思い出していた。

『もしSOS団と機関とで意見が分かれてしまった際には…
僕は、一度だけ機関を裏切ってあなた方の味方をします。』

…古泉の俺たちへの仲間意識は相当なもんだったじゃないか。
だからこそ、古泉は朝比奈さんに対して苛立ちを覚えてしまったのか?
仲間よりも未来を優先する素振りを見せてしまった…彼女を。

「すまん古泉…お前の気も知らないで。」
「…いえ、いいんです。僕こそつい熱くなって…

仮にも仲間を悪く言うようなことを言ってしまい、申し訳ないです。」
「…私自身も朝比奈みくるのことは決して悪く思いたくはない。

しかし、まだあなたに伝えねばならないことがある。」 

話すのをためらってた理由は…まだありそうだな。

「言ってくれ長門。覚悟はできてる」
「…朝比奈みくるがここの時間軸に戻ってきた午後1時24分以降、
これまでに6回…ある未来人との電話での接触を確認している。」
「ある未来人?一体誰だ…?」

気のせいか動悸が速まる俺。

……

「パーソナルネームで言うところの、藤原。」

…え?

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